【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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1日に2話連続投稿となりました。


※鬱回です。気分の悪い描写も含まれます。閲覧注意。


59話

……私の名前は……黒川、あかね。

 

「う、く……うぉええええ……」

 

学校のトイレに閉じ籠って胃の中の朝食を吐き出す、絶賛炎上中の高校2年生だ。

 

消化中の崩れた食べ物を便器に出しきっても吐き気は止まらず、胃液に食道を傷付けられる痛みを感じながら何度も何度も吐く動作を繰り返す。漸く収まったところで、最悪な気分は変わらなかった。

 

「はあ……はあ……う、うぅ……」

 

涙が零れる。いくら謝罪しても弁明しても、みんなが私を否定する、罵倒する。とても辛い。でも、もっと辛いのは、私の所業とは無関係な人達まで酷く言われている事だ。

 

「ごめんな、さい……」

 

ゆきちゃんの顔を傷付け、お母さんに事務所の人達、そしてみなみちゃんを炎上に巻き込んでしまった。彼等に対する申し訳なさで私は心が押し潰されそうだった。

 

「あかねの例の奴、見たー?」

「見た見た、何時かやらかすと思ってたわよ」

「なんかいっつも仕事があるからーとか、芸能人ぶっててムカつくんだよねー」

「いちいちマウント取らねーと気が済まないのかって」

「マジ性格悪いし」

「自分はアンタ達とは違うからみたいな空気出してくるよねー」

「今頃囲いの男共に慰めてもらってるんでしょ」

「ありそー」

 

「……」

 

この学校は普通の高校。私以外に芸能人はいない。ただただみんな番組の内容を揺るぎない真実と見做し、こうして扉越しに陰口を叩いてくる。此処に来るまでにも何人かの生徒や先生と擦れ違ったけど、誰もが白い目で私を見てきた。

 

(教室行きたくない……)

 

此処に私の居場所は無い。味方は一人もいない。外に出るのが怖かった私は一日中トイレに籠り、SNSを見て暇を潰す。

 

『今炎上してるあかねって子、ララライの劇で主演やっててめちゃくちゃ頑張り屋な子なんだけどさ。今回の騒動見てたらそういうのもただのアピールに思えてきた。今まで推してたけどちょっと無理になった』

『男が絡むと本性って出てきやすいんだな。これが素のあかねか。やっぱ女って怖』

『バイバイあかね、君のファン辞めるわ』

 

でも、ネットの世界も敵だらけだった。役者として今まで私を応援してくれていた人達も、今回の事件で掌返し。罵倒しながら私の元を去っていく。

 

『寿みなみって子、ゆきちゃんそっちのけであかねを助けるところを見て幻滅したわ』

『所詮胸だけで人気になったような女で、性格の方はカスだったんだろ? だから同じカスのあかねを助けられたんだろうな』

 

「みなみちゃん……ごめんね……本当にごめんなさい……」

 

地味で目立たない私の側に寄り添い、あの事件の時も即座に元気付けてくれた女の子。こんな優しい子まで巻き添えにして迷惑掛けて……何か償えないかと思考を巡らせても具体案は浮かばず、出てくるのは謝罪の言葉ばかり。今の私の謝罪なんかに、何の価値もないのに……

 

気が付けば今日の授業は全て終わり、窓から覗く景色は夕焼け色に染まっていた。殆どの生徒も帰ったのか、少し前まで聞こえていた筈の喧騒も無い。

 

(……もうこんな時間だし、家に帰ろう。遅くなるとお母さんが心配しちゃう)

 

ただでさえ炎上に巻き込んでしまっているのだ。お母さんにこれ以上の迷惑は掛けられない。私は便器から立ち上がり、扉を開けようとして――。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

………あれ、開かない?

 

 

 

 

 

バシャッ

 

 

 

 

 

「――え?」

 

次の瞬間、私は全身がずぶ濡れになっている事に気付いた。何が起きているのか全く把握出来なかったが、さっきまで無かった視線を感じてゆっくりと見上げると……

 

「成敗完了♪」

「ゆきちゃんの仇だ」

 

普段から私の事を良く思ってなかった女子2人の邪悪な笑み。意地悪する大義名分を得られたと言わんばかり。その内の一人は両手に持ったバケツをひっくり返していた。水が滴っている。どうやら冷水を掛けられたらしい。

 

「アンタみたいなクズ、この学校にはいらないんだよ」

「二度と来るな暴力女」

 

「いたっ……!」

 

それだけ言ってバケツを私に投げ付けた彼女達は、楽しそうに笑いながらトイレから去っていった。

 

キイッと鈍い音と共に扉が開く。単に彼女達の体で押さえ付けられていただけだったようで、棒か何かで閉じ込められた訳ではなかった。でも私は俯き、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「……」

 

きっとこれも罰なんだろう。みんなを巻き込んでしまった、私への罰。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あかね、どうしたの!? 全身ずぶ濡れじゃない!?」

「あはは、ごめんねお母さん。帰る途中で転んで川に落ちちゃった」

 

帰宅した私を迎えたお母さんは、制服から鞄に至るまでビショビショの娘の姿に動揺する。虐められたなんて言える訳がない。心配させまいと咄嗟に嘘を吐き、作り笑顔を振り撒く。

 

「……本当にそうなの?」

 

でも普段通りの精紳状態じゃなかった為か、アラの目立つ演技にお母さんは不審がる。

 

「ほ、本当だよ本当。あーあ、このままだと風邪引いちゃうからお風呂入ってくるね?」

「え、えぇ……」

 

それでも強引に話を終わらせ、私は脱衣所に向かって歩いて行った。扉を閉め、お母さんの気配が離れていくのを感じてから、私は扉を背に崩れ落ちる。

 

「う……く……うぅ……」

 

蹲り、声を抑えて涙を流す。

 

元々私は学校での評判が良いとは言えなかった。あの2人だけじゃない。今後は私を虐めようとする人が増えていくのだろう。

 

怖い、もう学校に行きたくない。でも、そしたらお母さんに虐められてる事がバレてしまう、炎上中なのがバレてしまう。お母さんを批判するコメントも見て、お母さんも苦しんでしまう。

 

「それはもっと嫌……」

 

どうか明日になったら炎上が落ち着いて、平穏な日々に戻っていて欲しい。そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

――しかし、そんな都合の良い事がある筈もなく。次の朝に見た公式SNSは変わらず私とみなみちゃんの誹謗中傷で埋め尽くされていた。

 

「あかね、大丈夫? 顔色悪いわよ? 今日と明日は学校お休みだけど、稽古も休んだ方が……」

「そういう訳にはいかないよお母さん、次の公演も決まってるんだから。私だけ休んだらみんなに後れを取っちゃうよ」

 

結局殆ど眠れないまま朝食の席に座る。お母さんの作るご飯はとても美味しい。でも、今は色とりどりの料理を見ても全く食欲が湧かなかった。

 

「でもごめんねお母さん、今は食欲がないみたい。あとで食べるから冷蔵庫に入れとくね?」

「そ、そう……? あと今日は午後から台風らしいから、練習が終わったら早めに帰って来るのよ?」

「うん、分かってる」

 

その後、次回の公演の為にララライに赴いた私は練習に没頭する。そうすれば少しは辛い気持ちも薄れると信じたけど、やっぱり無理そうだ。

 

「ララライの事まで悪く言われてる……」

 

遂には劇団にまで非難の嵐が殺到する事態に。時間が経てば経つほどに炎上は収まらず、逆に大勢の人に飛び火して被害を拡大させていく。それに合わせるように私も罪悪感で精神を摩耗させていった。

 

「おい」

 

休憩中に批判のコメントを見続ける私に背後から声を掛ける人物。振り返ると其処には私と同じララライのエースの一人。

 

「姫川、さん」

 

男性の名前は姫川大輝。無精髭を生やした仏頂面のまま、彼は私の身を案じてくれた。

 

「今日はもう帰って休め。お前、見るからにコンディション最悪じゃねえか。そんな状態で何時もの演技が出来る訳ねえだろ」

「姫川さん……でも」

「今日は台風の影響で練習もあと1時間ちょっとで終わる。その程度の時間差で遅れるとか考えてるなら、そんな事はないから安心しろ。寧ろそんな酷い状態で無理矢理練習を続ける方が逆効果だ。――他の奴等には俺から話しとくから、さっさと帰りな」

「あ、はい……」

 

私は姫川さんに言われるがまま、身支度を済ませて劇団を後にする。その際に練習へと戻る姫川さんから、

 

「あとそうやって批判コメントに全部目を通そうとすんな。お前が真面目過ぎるのは百も承知だけどよ、自分を否定する言葉を全て真に受けてたら本当に持たねえぞ?」

「はい、ありがとうございます……」

 

 

 

 

 

そう忠告を受けても、私はコメントを見続けた。苦しくて胸が締め付けられるばかりなのに、そう分かっていてもスクロールする指は止まってくれない。結局お母さんからの夕飯の誘いも断って、何時間も自室のベットに転がって……

 

「――もう夜か……」

 

何時の間にか外は、暴風と豪雨に包まれた暗闇の世界と化していた。そこへピロンという音が鳴り、今ガチメンバー全員からのメッセージが続々と入ってきた。

 

『あかね、大丈夫? 返事が全く無いけど、無理しちゃダメだからね?』

『何かあったら遠慮せず相談してくれ!』

 

……いや違う。前日からも毎日毎日、私を気遣う言葉が投稿されているのを、私は全く気が付けていなかった。

 

『あかねー、ご飯はちゃんと食べたー?』

 

MEMちょからのメッセージで、私は思い出す。

 

「……そういえば、何も食べてないや」

 

私はラインに食事を買いに行く旨を送り、雨具を羽織って傘を片手にコンビニを目指す。危険だから行くなとメンバーがメッセージを送ってきたけど、それを見る前に私は嵐の中へ飛び出してしまう。

 

そしてコンビニでパンや牛乳などを購入し、帰路の途上にある歩道橋を歩いている時により強い風が吹く。煽られた私はその場で盛大に転んだ。

 

「――!」

 

傘はぐしゃぐしゃで使い物にならなくなり、雨具の中まで雨水が入ってビショ濡れ。買った商品も水溜まりにブチまけられて台無しになったが……もうどうでも良い。

 

「……疲れた」

 

とうとう私の心は完全に折れてしまった。何もかも考えるのが嫌になって、この苦しみから解放されたかった。

 

「……此処から飛べば、楽になるのかな」

 

目に入ったのは歩道橋の手摺。私にはそれが自分をこの地獄から救ってくれるクモの糸のように映った。

 

ふらふらとして足取りで、手摺の上に立つ。夜である事と土砂降りで視界は悪く、眼下には底の見えない真っ暗な闇がどこまでも広がっている。これから私はあそこへ入っていくんだな。

 

「……あはは、真っ黒だ。私みたいな女には相応しい場所だね」

 

何故か乾いた笑い声が出てしまう。だって私は”黒”川あかね。黒い場所にいるのがお似合いなクソ女だもん。でも、きっと心地良い思いをするに違いない。

 

「よし、いこう」

 

私は全てを終わらせたくて、一歩前へと踏み出そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――むぐっ!?」

 

しかし、背後から伸びてきた男の手が私の口を塞ぎつつ、私を手摺から引き摺り下ろした。

 

「いや、離し……!?」

「どうせ死ぬんだったら人の役に立つ事しようぜ? その方が償いになるだろ?」

「ぐっ!?」

 

お腹に受けた強い衝撃で、私の意識は刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、次はこの少女だ。例のモデルの女の子を傷付けて絶賛炎上中の暴力女だ」

「了解。しかし、台風のお陰で誰にも見られずに済みそうですね」

「あぁ、正体がバレたら俺達はお終いだからな。好都合だ」

 

暴風雨の中、フードを纏った男達が気絶させた黒川をワゴン車へ乗せる。誰にも見られないように、夜の暗闇に紛れてコッソリと。

 

 

 

 

 

「――あ、あかね……ちゃん?」

 

「「「!!?」」」

 

だが、それを目撃する人間が一人いた。

 




珍しく筆が進みましたが、それに比例してより辛くなってきました……
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