【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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今回はアクア視点がメインです。


7話

俺の名前は星野アクア。前世では産医の『雨宮吾郎』という男であり、現在は推しのアイドル『星野アイ』の息子だ。

 

現在の俺は五反田監督の依頼で、彼が製作する映画の子役として出演している。正直気乗りはしなかったが、アイを出演させて貰う為の条件でもある以上、断る理由は無かった。これも全てはアイの為、そのつもりで臨む所存だ。

 

「――ようこそ、おきゃくさん。かんげいします……」

 

隣で気味の悪い子供の役を披露している少女は『有馬かな』。重曹……銃創……”10秒で泣ける天才子役”と呼ばれる彼女の並外れた演技力を間近で見て、俺は絶望的なまでの実力差を感じている。

 

「どうぞ、ゆっくりしていってください……」

 

同じように演技をしたところで目も当てられないのは確実。……ならどうするか? 普通なら気味の悪い子供を演じれば良いのだが、監督が求めているものはそれじゃないと俺は至る。

 

すぐに次の出番が回ってきたので、俺は早速監督の意図に合わせた演技を始めた。

 

「この村に民宿は一つしかありません。一度チェックインしてから村を散策すると良いでしょう」

 

実を言うと演技は全くしていない。前世の時と同じ感覚で目の前の女性に話し掛けた、ただそれだけ。でも、それこそが監督が俺に求めているもの。

 

「……っ」

 

女性は冗談抜きで顔を蒼褪めていた。それもそうだ。1歳ちょっとの子供が大人と全く同じ話し方で接してきているのだ。外見と中身が嚙み合わない得体の知れなさを感じている事だろう。

 

(どうやら上手くいきそうだな……)

 

自分の演技(演技と称するべきレベルかな?)に本気で怖がる女性。視界の端に映る監督の口角を上げる姿。隣で此方を呆然と凝視する有馬かな。それらを見て俺は少しずつワクワクしてくる。

 

その時、俺の右目の綺羅星の輝きが増した様な気がした。

 

静寂に包まれる撮影現場。周囲で見守っていた人々も、同じく周囲に散らばるありとあらゆるオブジェクトも。誰もが俺に視線を固定し外さなかった。この場の全てを自らの思い通りに動かしている様な、そんな高揚感にも近い感覚。

 

(何だろう……段々楽しくなってきた)

 

ただ自然体で話しているだけなのに。本当に演技と呼べるか怪しい行為なのに。俺は映画の中の人物として物語に完全に溶け込み、その蚊帳の外に立つ者たちも登場人物として引き摺り込んでいる気がして――それが心から楽しく、嬉しいとさえ思い始めてきた事に驚く自分が居た。

 

最初は前世と同様に医者を目指すつもりだった……それも今度は産医ではなく外科医として。しかし、ここに来て発覚した意外な事実。もしかしたら俺は役者や演技にも興味があったのかもしれない。まぁ将来への選択権が増えるに越した事はないけど。

 

「カット! OKだ!」

 

そして監督から貰ったのは”OK”の言葉。それも1発で。

 

「待ってよ……!! 今のかな……! あの子より全然ダメだった……!! やり直して……!! もういっかい……!!」

 

有馬かなは納得出来ず、監督に撮り直しを要求していた。10秒で泣ける天才子役という二つ名を、皮肉にもこの場で発揮させて。

 

チラリとミヤコたちが待機しているところへ視線を向ける。何時も通りの俺だったとミヤコへ言うルビーと、そして――。

 

「1発OK? ただ普通に話し掛けてるだけだったのに……? いや、なら何故あれ程気味が悪く見えて……まさか演出家の意図を深いところまで汲み取り、それに見事合致する演技をしてみせた……? マジかよ星野アクア。アイツもルビーとは別ベクトルの”モンスター”じゃねぇか」

 

腕組みしている(マリア)が目を見開き、自分を凝視しながら小声で何かを言っていた。

 

 

 

 

 

その後、俺は有馬かなが女性スタッフに慰められる様子を遠目に、一緒にベンチに腰掛ける監督の話に耳を傾けていた。

 

「お前の演技、俺の想像にぴったりの演技だったぜ?」

 

正直ここまで褒められるのは予想外だった。監督曰く言語化まで出来ない意図まで読み取る能力を持つ役者はとても希少で、演出家にとって強く求めて止まない人材だとか。

 

「お前は、すごい演技よりぴったりな演技が出来る役者になれ」

 

そう言って監督に頭を優しく撫でられた時、俺の中に生まれたのは嬉しいと言う感情。プロから自分に備わっていた能力を称賛され、その道を進めと後押しされる程なのだ。俺の頭の中で将来の夢という天秤が、徐々に外科医から役者へと傾き始めていた。――意図せずして芸能界に片足を突っ込んだが、このまま先へ進んでみるのも良いかもしれないと。

 

でも同時に不安にもなる。何せ役者なんて前世では全く関わってこなかった道だ。自分に可能性があるとはいえ、実際に何処まで行けるかは未知数。夢半ばの挫折も当然あり得る。役者として自分が何処まで進めるか試してみたいという気持ちと、前世でのアドバンテージを駆使して無難に医者の道を再度進むべきではという気持ち、両方の感情がせめぎ合う。

 

「……いや、役者にならないし」

 

だから俺は監督にこう答えてしまった。

 

 

 

 

 

「――勿体ねぇな」

 

「!!?」

 

その時。何時の間にか俺の隣に座っていたマリアが、首を大きく傾けて俺を見上げていた。……ってか傾け過ぎだろ? 何で90度近くも曲げるんだ? 普通に怖くて夢に出てきそうなんだけど……。

 

「お、早熟ボーイその2」

「せめて”その2”の部分は”弟”に変えやがれ、五反田」

 

俺は思わず飛び跳ねそうになった。心臓がバクバクと激しく脈打っている。

 

(音も気配も全く感じなかった。 マリアの奴、瞬間移動でもしたって言うのかよ……?) 

 

時折感じるマリアの只者ではない雰囲気、それのみで相手を殺しかねない強烈なプレッシャー、そして今回の気配を感じさせる事なく相手に接近する能力。……この男は前世で一体何者だったのだろうか? 疑問は尽きないが本人から詮索は無しと釘を指された以上、聞く訳にはいかなかった。

 

「折角その道のプロにここまで称賛されてんのによぉ。お前だって満更でもない顔してんじゃねぇか、アクア。本当はやりたいって顔に書いてあるぞ?」

 

監督との遣り取りもそこそこに、マリアが俺の顔をジッと見詰める。

 

俺たち兄弟の中でも、マリアは母親のアイに最も似ている目をしていた。星を想起させるハイライトも俺とルビーが片目だけなのに対し、マリアはアイと同じで両目に宿している。ただその二つの綺羅星はアイのそれと違い、ブラックホールの如く全てを飲み込みそうな漆黒の色。そのブラックホールは、俺を事象の水平線を越えてしまった哀れな星の様に離さない。

 

「……そうなのか?」

「あぁ。五反田の言う通り、演出家の意図を深くまで読んで最適な演技を見せるのは非凡な力だ。あのアイの息子と考えれば別に不思議でもないけどな、お前には役者としての才能がある。モンスターと称して良いぐらいだ」

「モンスター? また随分と凄い例えだな」

「それだけお前は逸材だって認めてんだよ。少なくとも五反田と、あの銃創の餓鬼……そして俺はな」

 

気が付けば監督はベンチから立ち上がって去っていた。兄弟の会話を邪魔しないよう配慮したつもりなのだろう。……ってかまだ有馬かなを銃創呼びかよ、良い加減名前で呼んでやれ。名前覚えられないとこだけ母親(アイ)に似たのかお前は。

 

「というより、アイの息子である事が理由なのか?」

「そりゃああの女も逸材だしな。俺はアイドルには興味ないが、奴のパフォーマンスは見てて天賦の才を感じた。この間の撮影の時もそうだ。演技そのものは並でも、カメラの位置を正確に把握して自らが最も魅力的に映る姿を撮影させるなど、普通は出来ない事だ。モンスターの中のモンスターって奴だよ、アイは」

 

それは俺も同意だ。アイは正しくアイドルになる為に生まれてきたかのような、他の誰もが持たない才能の持ち主だと思ってるから。いや、マリアの言葉通りなら、役者としても天才なんだろう。

 

「その息子のお前にそれが受け継がれていない筈がない。努力次第ではアイに匹敵する怪物に化けるかもしれねぇな?」

「……マリアだってアイの息子だろ。お前はどうなんだよ?」

「言ったろ? 俺は芸能界に興味はない。金を稼ぐなら別の手段でも構わないさ」

 

本当に微塵も興味が無さそうである。マリアをアイ推しにする為、あれだけルビーと協力してライブや撮影へ連れて行ったけど、全くと言って良いくらい関心を持ってくれなかった。

 

……いや違う。マリアの場合、アイドルそのものに興味がないという感じで少なくともアイ個人に対しては前みたいに無関心という訳ではなさそうだった。

 

「――俺の事は良い。だがお前は違うだろ、アクア? 言葉では否定してても、”やりたい”って思い始めてんだろ?」

 

確かにやってみたい。予想してなかった自分の才覚を指摘され、医者よりも役者になってそれを発揮させたいと思ってる。……それでもやはり迷いは強くて、無難に慣れた道を進んだ方が良いのではないかと頭の中で理屈を捏ねてしまって。

 

「…………いや、役者には……ならないって」

 

口から出たのは、本心ではない言葉だった。

 

 

 

 

「あ゛?」

 

「……ッ!?」

 

空気が一変した。マリアを中心に、あの猛烈な殺気みたいなプレッシャーが漏れる。

 

「おい」

 

マリアが電光石火の動きで両手を突き出し、俺の頭部を側面から叩き付ける勢いで挟んだ。

 

「ぐ、う……!」

 

い、痛い! マリアの奴、そのまま俺の頭を潰してきそうだ! 実際にはそこまで力は強くなかったが、強烈なプレッシャーも相まって何故かそのように感じてしまった。

 

「アクア、俺に目を見せろ。そしてもう一度答えてみろ? ――本当は役者を目指したいんじゃないのか?」

 

マリアの顔は無表情だった。だが、その一見感情の無い顔から怒りを感じる。俺は答えない訳にもいかず、もう一度同じ返答をした。

 

「だ、だから……俺は役者になろうとは思「嘘を吐け」……!?」

 

母譲りの可愛らしい顔が鬼の形相へと変わる。闇の如き黒星のハイライトに、俺は全てを見透かされている様な錯覚を抱いた。

 

「良い機会だから教えてやるよアクア。俺はな、嘘を吐く人間は目を見れば一発で分かるんだ。今の台詞を吐いた時のお前の目、物凄く濁ってて非常に不愉快だったぞ?」

 

はったりではない、何故か俺はそれを直感で理解した。

 

「舐めんなよ兄さん。俺の前で本心を隠す事なんて……絶対に出来ねぇんだ」

 

この子の前では嘘を吐けない、と。

 

「不安に思う気持ちがあるんだろうが、要らぬ心配だ。コレでも俺は前世では巨大組織のトップだった男だ。人を見る目だけは誰よりも優れているという自負がある。きっとアンタは、誰よりも凄い役者になれる筈だ」

 

俺はこの時気付いた。怒るマリアの瞳の奥に、兄の夢を応援したいと言う”弟”らしい心情を感じた。

 

「俺は嘘を吐かれるのは大嫌いなんだ。だから正直に答えろ。兄さんはどうしたいんだ……?」

 

そして……彼の背後に一人の男の子を幻視した。今の俺等よりも背が高い、小学校に上がったかどうかくらいの黒い髪の男の子。その子は光の無い瞳で、何の感情も宿していない表情で、しかし今にも泣き出しそうな様子で俺を見詰めていた。

 

“どうして僕に嘘を吐くの……?”……と。

 

「……ここで自分に嘘を吐いたら、死ぬほど後悔するかもしれねぇぞ?」

 

マリアのその言葉に、俺の前世での記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 

――産医になるのね! お母さんの事があったから……やっぱり貴方は優しい子ね……!

 

 

 

 

違う、違うんだよ祖母さん。俺、本当は外科医になりたかったんだよ。好きな小説に出てきて格好良いって思ったから。……結局、母を犠牲にして生まれてきた後ろめたさから、人に合わせて生きる選択をしてしまったけど。

 

あの時、正直に言っていればまだマシだったのかな? 今のマリアみたいに俺の嘘に気付いて、正直に話してくれって祖母さんに言って欲しかったのだろうか。

 

あぁ、でも……結局外科医になれても、きっと無力なままだったんだろうなぁ……

 

 

 

 

――せんせぇ……だぁいすき……もし……生まれ変わっても……きっと…………

 

 

 

 

さりなちゃん……。どうすれば君を救えたんだろう。親に見捨てられたも同然の扱いを受けていた君に、俺は最後の最後まで寄り添う事しか出来なかった。

 

 

 

 

――せんせ、産まれそうになったらすぐ来てね? せんせが傍で見てくれなきゃ嫌だからね?

 

 

 

 

アイ……。あの時、死んでしまってゴメン。元気な子を産ませるって約束したのに、立ち会えなくてゴメン。約束破っちゃって……ゴメン。

 

何だよ俺……結局……医者として何も出来ていないじゃないか。

 

「……あ」

 

それに思い至った瞬間、俺の中にあった医者への憧れが、医者としての信念が……ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 

ここに来てそれに気付いちゃうのかよ、きついなぁ……。もう、俺に残ったものなんか何も無……

 

 

 

 

――きっとアンタは、誰よりも凄い役者になれる筈だ。

 

 

 

 

其処へさっきのマリアの言葉が頭に過ぎった。

 

そうだ。俺は役者をやりたいという想いがある。今日の様に周りを惹き込み、魅了する。そんな演技をしてみたい。監督が、何より(マリア)が、俺には才能があるって言ってくれたから。――もう俺は、医者になろうとは欠片も思わなかった。

 

「――あぁ、やりたい。役者になって、色んなドラマや映画に出演してみたい。凄い役者に……なりたい」

 

俺はマリアの目を真っ直ぐ見詰め、正直にそう答えた。

 

「……フン。始めから素直にそう答えやがれ」

 

マリアの手が俺の顔から離れた。相変わらずこの子の言葉は冷たく、表情も不機嫌なままだ。しかし、その仏頂面が何処か少し安心している様に見えた。

 

「マリア」

「何だ?」

「ありがとう。お陰で将来の夢が定まったよ。誰もが羨む凄い役者になれるよう、頑張ってみる」

 

素直になれなかった自分を叱ってくれた弟に、俺はお礼を言った。周りに合わせた生き方はそう簡単に治らないかもしれないが、それでも少しだけ……自分に正直でいようと思えた。

 

「……礼を言われる覚えはねぇよ。俺は嘘吐きが嫌いなだけだ」

 

そう言ってマリアはベンチから降り、歩き出そうとする。俺はマリアの小さな背中に向かって話し掛けた。

 

「それにしても凄いなマリア。人の嘘を見抜く力なんて、もしかしてそれがアイから受け継いだマリアの才能なんじゃないか?」

「っ!!…………………………………………そうか?」

 

あれ? 振り返ったマリアの顔が一瞬だけ強張った様な……? しかし、次の瞬間には元の無表情に戻っていた。だから、この時の俺は自分の言葉がどれだけ酷いものだったのか……気付けなかった。

 

「今日の仕事は終わりだろ? 腹減ったからさっさと帰ろうぜ? 俺、ミヤコにそう伝えてくる」

「うん、分かった」

 

今度こそマリアは此方を振り返らず、ルビーと一緒に居るミヤコの元へ向かって行った。

 

 

 

 

 

「――ククッ、才能……か。確かに才能かもしれん」

 

俺は皮肉を溢し、乾いた声で小さく笑った。嘘を吐く時の人間の目に宿る特有の濁りを認識するなど、普通の人間には絶対出来ない芸当だろう。俺が出会ってきた猛者たちは数知れずだが、同じ能力を持つ者は一人として存在しなかったからな。

 

「その才能を得た経緯を話したら、お前はどんな顔で曇ってくれるんだろうなぁアクア?」

 

最も、話すつもりは全く無いんだが。

 

「……それにしても、最近らしくもねぇ事ばっかしてるな…俺」

 

母さん、アンタがあの時嘘を吐いて俺を捨てなければ、アンタも後悔してばかりの人生を歩む事はなかったんじゃないのか? 俺はアクアにアンタと似た雰囲気を感じた。自分の意思で真面に動けない、動きたくても周りに押されて望んでいない行動をする……アイツはそんな奴だ。このままだと、あの兄も母さんみたいになりそうな気がして、柄にもなく怒ってしまった。所詮協力者程度の認識だった筈なのに、本当にらしくもねぇ。

 

でも、悩んでる(アクア)が俺の激励ですっきりした様子の顔を見た時……俺は少しだけ…………安堵してしまった。




次回はルビー視点がメインとなります。
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