【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
――大輝くんがいるでしょ? 君と姫川さんの子供。いや~無理無理! 私には重すぎるよ!
まただ。今日もまたあの日の夢を見る。まだ私が15歳で、”彼”が14歳だった頃。子供達を身籠った事が分かった直後、”彼”に別れ話を切り出した時を再現したような夢だ。こういう時は決まって寝苦しい夜になる。
――私は君を愛せない。
そう言い残し”彼”の元を去っていくところで、私は目を覚ました。
「……暑い」
全身汗びっしょりで、濡れたパジャマが肌に張り付いて気持ち悪い。こんな姿、子供達に見られたら絶対に心配掛けさせちゃうだろうなあ……。中学に上がって部屋も別々になっちゃったのは少し寂しいけれど、お陰で魘される様子を見られずに済んだのは良かったかも。
一旦起き上がって箪笥から明日の仕事で着ていく洋服を取り出し、着替える。替えのパジャマに着替えないのは、私が見ている悪夢を子供達に悟らせない為だ。その後自室を出て脱衣所へ向かい、洗濯機に濡れたパジャマを放り込む。
凄く喉がカラカラなので自室には戻らず、重い足取りで暗いキッチンへと赴く。そして棚から取り出したコップに水を入れて、口の中へ一気に流し込んだ。
「ん、ん、ん……はぁ」
コップの中の水を空っぽにして、漸く一息吐く。
私の名前は星野アイ。元B小町のアイドルで、今や日本では知らない人など居ない大物女優だ。
……違う。人の痛みをまるで理解出来ない、信じられない位の大馬鹿女だ。
「ごめん、ごめんねヒカル。馬鹿過ぎる女でごめんね……」
”彼”――神木輝はもう限界だった。芸能界の闇に侵され、姫川さんから性被害を受けて子供を設けて……私から見て彼は潰れる寸前まで追い込まれていた。その上で私が妊娠した事まで背負わせてしまったら、きっとヒカルは完全に壊れてしまう。当時の私はそう思った。
今なら分かる、私はヒカルを愛していた。彼との子供達を産みたいと思った。心の底から家族になって、一緒に人生を歩みたいと願っていた。
でも愛していたからこそ、彼の心を守りたい一心で敢えて突き放す方を選択した。それで彼が救われる、これ以上傷付く事はないと、本気で信じて……
「あんな言い方……誰が聞いたってヒカルを嫌ってるとしか思えないよ」
その想いを胸に私から出た台詞は最低なものだった。言葉選びがあまりにも酷過ぎる。あれじゃ余計に傷付けただけでしかない。
彼もまた愛情に飢えていた子だった、当時の私と同じように。容姿のみで判断され上辺だけの愛ばかり受けてきた彼は、自分の価値が分からず苦しんでいた。
そんな中での私との出会いは、彼にとって大きな救いとなっていたのだ。彼も私や子供達と一緒に未来を生きる事を望んでいた筈なんだ。そうじゃなきゃ私が妊娠を告げた時に結婚を申し出てくる訳がない。ただ責任を取ろうとしただけじゃない、彼は純粋に私達とずっと一緒にいたくて、支えていく覚悟を決めたんだ。
――無理。
……その決意と覚悟を、私は笑顔でへし折ってしまった。やっと巡り合えた心を許せる相手から拒絶され、突き放される。どれ程の絶望だったんだろう。お母さんに捨てられた時の私よりも酷い心境だったかもしれない。
私がヒカルにしてしまった事は悪手だ。彼の心を守るどころか、完全にトドメを刺してしまった。
しかもそんな相手に私は子供達を会わせようとした――あくまで子供達の為であり、ヒカルの為でなく。”よりを戻すつもりはない”とまで告げて。愛が分からなかった当時の私は、一度ならず二度も彼の心を弄んだ。
「怒って当然だよね……」
その数週間後に私はリョースケくんに刺されたけど、どうして彼が私達が暮らすマンションを知っているのか、ふと浮かんだ疑問はすぐに結論が出た。
私達の住所を知っているのはマンションを用意してくれた社長達と、私が直接教えたヒカルの3人だけ。社長達がリョースケくんに住所を教える筈がないから、となると残るはヒカルしかいない。
でも怒りは全く湧かなかったし、少しも恐怖を感じなかった。寧ろヒカルがどれだけ苦しかったのか身をもって味わった気分だ。
これは罰なんだ、私がヒカルにしてしまった事に対するケジメなんだ。刺された跡が残るお腹をギュッと掴んで、私は目尻から涙を溢す。
「本当にごめんね……ヒカル」
私はヒカルに謝る事しか出来ない。彼に全く届かないのに、遠く離れた場所からの謝罪なんて無意味な事しか出来ない。
だって会いに行く訳にはいかないから。彼の気持ちも考えず傷付けた最低な女が、彼に会う資格なんてないと思ってるから。余計に彼の傷を増やすだけかもしれないから。
「――母さん、眠れないの?」
「ッ!」
背後から声が聞こえる。振り返ると、パジャマ姿のマリアがリビングの入り口に立っていた。
「何だか元気ないみたいだけど、大丈夫?」
「マリア……ううん、何でもないよ? 全然平気」
そう言って私は最愛の息子に笑い掛ける。誤魔化す際に浮かべていた、本当に久々の貼り付けたような笑顔だ。
するとマリアは私の前まで近付き、ジト目で見詰めながら声を漏らす。
「嘘。ちょっと辛そうじゃないか。怖い夢でも見たの?」
「……うん、そんなところ」
あはは、やっぱこの子には嘘が全然通じないや。強がっているのを一瞬で見抜かれちゃった。本当に凄い能力だね。
……でも、だからこそ知る事が出来た。無自覚だっただけで、私は子供達を生んだ瞬間から愛せていたんだと。マリアには心から感謝している。
「マリア、おいで?」
「うん」
そのマリアの背中に手を回し、ぎゅ~と抱き締める。今は少しだけ、我が子の温もりが欲しくなったから。
「……大きくなったねー」
「母さんとほぼ同じくらいの背丈になったよ。……何故かそれ以降1ミリも伸びなくなったけど」
「マリアは女の子みたいにきゃわいいからね~。きっと神様はマリアに可愛いままでいて欲しくて、身長が伸びるのを止めてたりして?」
「見付け次第ズタボロにしてやる、そのクソ神」
「ダメだよ、神様をそんな悪く言っちゃ。君達を生まれ変わらせてくれた人かもなんだから、寧ろ感謝しないと」
「……分かった」
ふふ、素直で良い子だね。
「母さん、忘れないで」
私の腕の中でジッとしていたマリアが頭を動かし、正面から真剣そうな顔で此方を見据える。
「おれ達はいつだって母さんの味方だから。何か辛い事があったら、躊躇しないで助けを求めて欲しい」
「マリア……」
「もし母さんの苦しみに気付けないで、結果取り返しの付かない事態になったりしたら……おれ絶対に嫌だから」
男の子らしい頼もしさと格好良さを感じる表情が、次第に弱々しいものへと変わっていく。もっと幼かった頃の、私を見送る時にしていた悲しそうな顔へ。
「もう失うのは懲り懲りなんだ……」
マリアは前世でお母さんと悲しい擦れ違いを経験している。どちらも愛し合っていたのに、相手の本当の気持ちを知る方法が無くて、一緒に過ごす未来が潰えてしまったから。
悲しむマリアを少しでも元気付けようともう一度抱き締め、頭を撫でる。
「うん、私もだよ。この幸せが無くなる事なくずっと続いて欲しい」
これは間違いなく私の本音。マリア、アクア、ルビー、社長、ミヤコさん、監督、B小町の仲間達――そしてヒカル。誰も欠ける事なく一緒に未来を生きたい。
……だから、ごめんねマリア。君達のお父さんの事は話せないの。それがどれだけ私やみんなを守る為だと分かっても。
多分、今のヒカルは私の所為で危なくなっちゃてるから。そして君達は彼を潰すつもりでいる筈だから。 もし会えば間違いなく傷付け合って、最悪誰かが死んじゃうかもしれない。そんな悲しい未来を私は拒否する。
ヒカルも君達も、私は誰も失いたくない。
だって私は――星野アイは、欲張りだから。
最後、もし原作でもアイが生きてたならこう考えるんじゃないかと。
……だからアクア、生きて帰ってこい。
あと最新話は「アクかな」かと思ってたらやっぱり「アクルビ」だった。