この中に一人、【ふたなり】がいる……!?   作:これ百合科?

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結局ふた×♀が最強なんだよね。

 

 

 茹るような暑さの、放課後の教室。いつもの仲良し五人で雑談を交わしていた時だった。不意にそれは我が身を襲った。

 

 粘つくような、絡みとるような気配。黒く、黄色いドロドロとした感情。ぶるりと震え、鳥肌が立つような嫌な視線。

 

 それは、私にとって初めての体験だったので最初の内は、よく解らなかった。だけど、暑くて襟元をばたつかせたり、頸を拭ったりすると視線が強まったものだから、答えはすぐに見つかった。

 

 ——これって噂に聞く性欲丸出しの視線か?

 

 つまり、私、塔山(トウヤマ)ユイナなんかを性的に見ている奴がいる。それも、"この友人女子四人の中に"ということだ。

 

 自分で言うのは癪であるが、私は特別容貌が優れているわけではない。身長だって、高校二年生になったというのに中学生に間違われる程だ。脚が長いわけでもないし、顔が小さいわけでもない。睫毛だって長くないし、眼だってデカいわけではない。

 

 それなら、私なんかの何処に惹かれる要素があるのか……。まぁ、おおよそ検討はついている。

 

 ——胸だろうな。

 

 顔を俯かせると、下は見えず、胸元で大きく膨らんだ山脈によって邪魔をされる。これでも着痩せするタイプで外見には本来の大きさは出ていないし、一回り大きな制服を選んだ為か、はっきりとした形は浮かんでいない。

 

 男子からの視線すら感じていなかったのだ。騙せていた筈なのだ。外部の存在を疑い、教室内を一瞥してみても、他の生徒達は気にもしていない様子であった。つまり、私の体型を知り得る身内ということになる。

 

 

「あ、あのさぁ……今日ちょっと体調悪いから帰るわ。」

 

 

 纏わり付くような気持ちの悪さに堪え兼ねて、体調を言い訳に逃げ出すことにする。会話を途切れさせてしまい、彼女達には悪いが、いつまでも黙り込んでいるよりは幾分かマシだろう。

 

 そそくさと身支度を済ませ、席を立つ。

 

 

「じゃ、じゃあな……。」

 

 

 一体、自分は今どのような顔をしているのか。もしかしたら引き攣った笑みを浮かべてしまっているかも知れない。それを悟られるのが嫌で、そっぽを向いて別れを告げた。

 

 

「なんか今日、お前変じゃね? 大丈夫かよ。」

 

 

 友人の一人が手を伸ばし、引き止めようとする。

 

 

「大丈夫だって!」

 

 

 そんな友人の気遣うような行動も、手を振り払い、教室を去る。私が姿を消す最後まで、身の毛もよだつような視線は消えなかった。

 

 私はもう、確信していた。

 

 ——友人の中に、【ふたなり】がいる。

 

 

***

 

 家に帰り、着替えもしないでベッドの上にぼふんと寝転がる。そうして色々と考える。

 

 ——ふたなり。

 

 創作上では男性器と女性器を併せ持った存在として描かれがちであるが、現実世界の【ふたなり】は全て女性だ。

 女性のような乳房を持ち、男性器を持った"女性"。男性の特徴である毛深さや、力強さを持っていないことや、男性器以外は女性と変わりないことで生物学上でも女性と定義されている。

 

 勿論、女性/ふたなりと分けられているようなわけは有り得ず、身長や体重といった個人差のある特徴として扱われている。ふたなりを蔑視するような差別が有るでも無いし、社会では「あ、そうなんだ!」くらいの反応をされる当たり前の存在だった。

 

 しかし、生まれて十六年。私の周りにはいなかった。いなかった故に、こうまで身近な存在から性的な目で見られているという事実を受け入れられずにいる。

 

 私が、いまの今まで【ふたなり女子】と触れ合って来なかったのには、それなりの理由もあった。【ふたなり】は単純に珍しいのだ。絶対音感、ましてやオッドアイレベルというわけではないが、百人に一人程度と言われている。学校で考えると全校生徒が一千人なら十人だ。

 そりゃ、会わない可能性だってあるだろう。

 

 

「どうすっかな……。」

 

 

 少し、学校に行くのが憂鬱になった。

 

 本人がカミングアウトしてくれるなら、別に構いやしない。問題解決、あたシコ精神宜しくとばかりに情を煽って揶揄ってやっても良い。私達はそれだけの仲だ。

 隠したいと言うのなら、それも一興。友人同士にだって秘密はある。言うまでも無い事であるとするのなら、私が間違っているのだろう。

 

 しかし、あぁも近くで、あぁも強烈だと私の方が耐えられるか分からない。

 

 やはり、誰なのかはっきりさせるべきだ。そして、真摯に向き合おうと思う。残念ながら、それ以外良い方法は思いつきそうになかった。

 

 ——ひとまず、明日は普通に過ごそう。明日には収まってるかも知れないし……。

 

 重たくなる瞼に抗えず、意識が沈んでいく。私は、制服に皺がつくのも厭わずに眠りこけてしまうのだった。

 

 

 

***

 

 

「——……イナちゃん、ユイナちゃんてば。起きて下さい、ユイナちゃん。」

 

 

 躰を揺すぶられ、目を覚ます。

 

 パンプキンみたいだった外は、すっかり真っ暗で、時間を知らない私にとっては、夜五つでもあり、深夜でもあった。或いは日食によって真っ暗な昼間だとか。

 

 寝惚けた瞼を擦り、瞳を開く。

 

 

「おはよー、九華(キュウカ)。」

 

 

 ぽやぽやとした頭で挨拶をすると、目の前の彼女は頰を膨らませた。

 

 

「『おはよー』ってユイナちゃん、今20時ですよ!?」

 

 

 九華の呆れたような、怒っているような声が、寝起きの頭に突き刺さる。どうやら二、三時間眠っていたらしい。私の哲学的時間感覚は、ネジを巻かれて治されてしまった。

 

 

「全くもう……。いきなり顔を青くして帰ってしまったから心配して来てあげたのに。涎まで垂らして寝てるだけじゃないですか。」

 

 

 やれやれだぜ、といった具合に九華は頭を抑えた。

 

 

「どうせ、秋増(アキマス)さんや氷野(ヒノ)さんとゲームでもして夜更かしでもしていたのでしょう。私、いつも言っていますよね? 翌日に支障が出ない程度にって——。」

 

 

 母親のような事をガミガミと言う九華。毎度の事なので特に気にもせず右から左へと聞き流してしまう。何かと心配して家まで来てくれたり、起こしてくれるのもいつもの事だ。

 

 どうして彼女が、私に此処まで世話を焼いてくれるのか。

 

 ——和谷九華(ワヤキュウカ)

 

 私の幼馴染で、親友で。世話好きのきらいがあるのか、私をフォローしてくれる存在だ。

 

 尾骶骨程までの黒く長い髪に、切り揃えられた前髪と毛先、優しく垂れた瞳は彼女の清楚さの表れだった。

 

 そんな彼女が居た為か、私はどうも生活力が乏しい。甘えてしまっているのだということは重々承知していた。

 

 幼馴染である九華。私が体調不良で帰った事を知っている九華。つまり彼女は、グループメンバー四人の中の内の一人なのだ。

 

  ——今はあの、嫌な感じはしない。九華じゃないってことか……?

 

 私は彼女が【ふたなり】かどうか知らない。こんな事なら風呂の一回や二回入っておけば良かったと今では思うし、着替えの一つや二つ覗いておけば良かったとも思う。

 しかし、今更この歳になって一緒に〜等という事は出来そうになかった。

 

 私は頭を抱えて、がしがしと掻いた。

 

 

「ど、どうしたんですかユイナちゃん!? やっぱり、体調が優れないんですか!?」

 

 

 あまりにもいきなり、私が奇行に走ったものだから、わやわやと戸惑う九華。あたふたとして、先程までの落ち着きは何処へやら。

 

 ——どうにかして、見ることは出来ないか。着替えを見る、それだけでいいのに……。

 

 うーんと唸り、思索に耽る。とっ散らかった脳内では、型落ちのパーソナルコンピューターみたいに遅く感じた。

 

 

「着替え……着替え……。そうだよ! 体育! 体育だよ!」

 

 

 どうして、こんなにも簡単な方法に気づかなかったのか、私は自己嫌悪する。それでも確実に確かめる策が見つかったのだ。これで私のモヤモヤは晴れる。

 

 時間割を確認すると、幸運にも明日体育の授業が入っていた。

 

 

「ふふん……!」

 

 

 今日だけの杞憂だったと分かり、私はにこにこと上機嫌になる。明日には全て終わらせるのだ。

 

 

「体育……? ユイナちゃん体育苦手でしたよね? 何か楽しみになるようなことが……?」

 

 

 頭を傾ける九華を横目に、私は楽しみで仕方なかった。

 

 ——暴いてやるぜ、【ふたなり】の正体を。

 

 

***

 

 明かりの着いていない暗い部屋、可愛らしい寝息が一つ、ぐーすか、ぴーすか。月明かりの光が眠る少女の顔を照らし、その容姿を露わにする。贅沢なスポットライトだった。

 

 ぽかりと少し開いた口元から、つうっと溢れる雫が一筋。閉じられた瞼に、睫毛が月光によって煌めいている。呼吸の度に胸元が大きく隆起していた。

 

 実に魅力的で扇情的な光景だった。

 

 ちょっぴり阿呆っぽい白雪姫は、九華にとって最愛の人のあどけない姿だったのだ。

 

 寝返りをし、くしゃりと癖付いたボブヘアーに、ひくひくとする小さな鼻。半分脱げかけている靴下や、着崩された女制服。脚を動かす都度、スカートの中がちらりと見えてしまいそうだった。

 

 九華にとって、その全てが愛おしかった。

 

 他の誰も拝めない、彼女だけの特別。最高の目の保養。

 

 

「あはは❤︎」

 

 

 九華はスマートフォンを取り出す。カメラの性能に全振りした最新機種の高価なスマートフォン。カメラアプリを開いては、眠るユイナにピントを合わせた。一枚でも多く残しておきたかったのだ。脳裏だけでなくデータとして残しておきたかったのだ。

 

 

「あはっ❤︎ユイナちゃん❤︎ユイナちゃんは最高です❤︎初めて撮った四歳の時のユイナちゃんから、成長した十六歳のユイナちゃんも❤︎全部ぜんぶ最高で、全部ぜんぶ尊すぎます❤︎貴女の成長の全てを記録したい❤︎今までも、そしてこれからも❤︎だから——誰にも渡さない、私だけのユイナちゃんじゃないと嫌です❤︎❤︎❤︎」

 

 

 ついだらしなく緩み切った、九華の口元。目にハートが浮かんでいるとさえ錯覚させられる狂乱っぷりは、彼女の偏愛の表れだった。

 

 九華はユイナを愛していた。その愛情は友愛から始まったものであったが、やがて歪んだ愛へと移り変わり、爆発する。

 

 重過ぎる愛情は、ユイナ本人に暴露ることもなく、ただじっくりと、ことことと、どろどろと長年煮詰まるばかりだ。その全ては、彼女の部屋のアルバムを見れば一目でわかる事であり、何冊も何冊も置かれたアルバム、何枚も何枚も撮られた写真。全部ぜんぶユイナが被写体のものだったのだ。

 

 誰にも渡したくない、誰にも見せたくないという願望が、時を切り取ってくれる写真へと走らせた。

 

 九華は、ふふふと笑う。そろそろ彼女を起こしてあげなければならない。居眠り姫を目覚めさせてあげなければならない。本当は、まだまだこの甘美な時間を味わっていたかったけれど、彼女にはまだまだ今日と同じような"いつもと同じ日常"が待っている。

 

 明日は、どんな事をしようか。九華はそれを考えるだけで心が躍って仕方ない。ユイナがいれば、それだけで良いのだ。

 

 ——あぁ、私って幸せものです。

 

 自身の幸福を再認識する九華。その彼女の口元はいやらしく歪み、空に浮かんだ今宵の三日月ように弧を描いていたのだった。

 

 

 

 






 読んでくださり、ありがとうございます!好評だったら続けてみようと考えています。

 九華ちゃんは変態クソヤンデレ幼馴染だけど、【ふたなり】かどうかまでまだ解ってないからヨシ!



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