渚視点
大波乱の中間試験も終わり、修学旅行の時期がやってきた。僕たちの班はカルマくんと神崎さんと奥田さんと茅野と杉野と神田さんを合わせた計7人。僕から誘ってなんだが、神田さんは正直こういった行事に興味がないと思っていたので、良い返事をもらえたのはかなり驚いた。
あと烏間先生から自由行動に暗殺を組み込むように言われて、京都でも暗殺するのかと、驚いた。でもそんな条件の中で7人で計画を立てていくのはとても楽しい時間だった。
そして当日、開始早々E組だけ普通車という嫌がらせを受けたけど、せっかくの修学旅行なんだ。いちいちそんなことを気にしていたら楽しめなくなってしまう。
新幹線の中では班のみんなでトランプをしていたが、大富豪でもババ抜きでも、神田さんが全て1位を取っていた。神田さんだしということで僕は考えるのをやめていたんだけど、茅野は諦めずにずっと考えていたようで、うーんうーんと頭を抱えて悩んでいる。でも結局分からなかったのか、神田さんにその秘訣を聞いていた。
「ねぇ神田さん。なんでそんなにトランプ強いの?私のトランプだから細工とかないし、もしかしてトランプの必勝法とか思いついてたりする?」
「いやいや、必勝法なんて大したものじゃないよ。ただ相手の表情や仕草そして思考パターンなどを分析しているだけさ。誰でも簡単にできることだよ」
うん。まず間違いなく言えるのはそんなことができるのは神田さんくらいだ。間違っても簡単にできることじゃない。まぁ今回みたいな発言はいつも一緒にいる僕たち3人は聞き慣れているから、そこまで動揺しないけれど、他の3人はポカーンとした表情になって固まっている。
そんな様子を見ていた神田さんは、何かを思いついたように、具体的なやり方について説明してくれた。丁寧だったことは何となく分かるけど、結局のところ1%も理解できなかった。
ただ、カルマ君だけはうまくその話を理解したようで、その後トランプでは、勝てさえしなかったが、神田さんと接戦の勝負をしていた。ちなみに僕は1度だけ2位を取ることができた。
トランプを止めたあと、僕たちは、殺せんせーのことや勉強のことなどいろいろな雑談をしていた。そしてその途中でカルマ君がいつものように、神田さんにE組に来た理由について聞いていた。毎回毎回はぐらかされて終わっているのに、すごい執着だ。
どうせ今回も同じように対応されて終わるのだろう。そう思っていたけれど、どうやら今回は違っていたみたいだ。何かを考えるような仕草をすると、少しの沈黙の後、周りには聞こえないよう声を抑えて話し始めた。
「この話は君たちに話すべきではないと思っていたのだが、この機会だ。話すことにしよう。ただ、この班だけの秘密ということで、よろしく頼むよ」
「そうだな。まず私は何を隠そこの学校の理事長のことがとても嫌いでね。経営者としては優秀なのかもしれないが、まず間違いなく教育者としては3流以下だ。働きアリの法則だとかなんとか言い、思春期真っ盛りの生徒を虐げ、健全な発育を妨害する。将来そんな待遇を受けた生徒はどう育つかなど、火を見るより明らかだ。だから私は改革を訴えていたのだが、彼は一切聞き入れようとしなかった」
「幸い彼は学力の高い優秀な生徒による支配構造を作っていて、私にはA組の学年1位という立場があった、だからわざと試験を放棄しE組に行くことで、私をA組に引き戻そうと交渉の余地が生まれるのではないかと思っていたのだが、恥ずかしい話ながら失敗してしまってね。それでそのまま今に至ると。だいたいはこのような理由からだね」
「だけどそれ自体に後悔はない。むしろ私はこのクラスこそが私の居場所だと思っている。このE組では本校舎では味わえなかったような面白い出来事が絶えないし、今日も含めてかけがえのない良き友人にも恵まれた。だからわざわざ私が好きなE組を抜けて、向こうに戻ろうなんて一切考えていない」
彼女は本当にすごい人だ。そして彼女が僕の友達であることを心の底から誇りに思う。優遇されてるにもかかわらず、その立場に甘えず、むしろ僕たちを助けるために立場を捨てることも厭わない。仮に僕が彼女の立場だったら絶対にE組を助けるような行動を取らず、見て見ぬふりをするだろう。そしてそんな彼女に大好きなクラスや良き友人と言われて、胸の奥が熱くなった。
他の皆も同じような気持ちになったのだろう。あのカルマくんですら黙って神田さんを見つめている。カエデに至っては泣きながら神田さんとハグをしている。そんな少し異様な雰囲気が醸し出されていたけれど、辺りが騒がしかったのもあってか、こちらを気にしている人は誰もいなかった。
それからはまた、京都に着くまでいろいろな雑談をしていて、班員全員、神田さんともっと仲良くなることができたと思う。
京都駅に到着し、そこからバスに乗って旅館に着くと、辺りはすっかり夕方になっていてた、1日目の修学旅行はこれで終わりだ。
そして2日目。今日は自由行動がある日なので、朝の時間に烏間先生から諸注意を受けた後、班で散策を始めた。
京都のいろんなところを皆で巡ったり、暗殺について考えたりするのはとても楽しかった。班の皆もいつもよりテンションが上がっているようだ。特に神田さんは京都のいろいらな場所をキョロキョロと観察している。もしかしたらどういった古風なものが好きなのかもしれない。
だけどそんな浮かれた気持ちはすぐに消えることになった。それは僕たちが班で決めた暗殺場所に行ったときのこと。人目が無く、狭い路地だからと選んだこの場所は、逆に僕たちを窮地に陥れた。
突然前後に不良の高校生だと思われる集団がぞろぞろと現れ、僕たちを取り囲んだ。それに対し、カルマ君がおちゃらけたように話すと、すこし苛ついたのか怒気を含んだ声色で話し始めた。
「男に用はねぇ。女置いてお家に帰ん…」
ただ、すぐに終わることになった。不良が話している途中だというのに、カルマ君が問答無用でその頭を地面に叩きつけたからだ。相手にペースを握らせないことが大事だと習ったけれど、あまりにも唐突すぎで心の中は驚きで一杯だ。
結局それがきっかけで、不良と本気の喧嘩が始まってしまった。前方ではカルマ君が、後方では神田さんが戦ってくれていた。戦闘が苦手な残りの僕たちは、下手に手を出して邪魔になるわけにもいかず、見ていることしかできなかった。僕はただ、何もできない自分の無力を痛感していた。
カルマ君は、周りのものをすべて使いながら次々と不良を倒していっている。逆に神田さんはさすがに不良の数が多いからか防戦一方といった感じだ。それでもしばらくの間2人が優勢だったが、さすがに押され始めると、僕たちの一瞬の隙をついた不良が茅野と神崎さんを人質に取ってしまった。
それを見た不良達は好機と思ったのか、カルマ君や神田さんを押さえつけた。そうして動けなくなったカルマくんはリンチにあい、神田さんは少し抵抗していたが、それを煩わしいと思ったのか、ブラックジャックを彼女に叩きつけ、それ以降体の糸が切れたかのように動かなくなってしまった。
そうなると残っていた僕と杉野はカルマ君と同じ様にリンチにあった。全身が痛かった。痛かったがそれ以上に何もできなかった無力感が僕の頭を支配していた。それ以外何も考えられなかった。
僕が意識を失う直前に見たのは、車に無理やり連れられていく、女子達の姿だった。
ーーーーー
神崎視点
やってしまったと、心の底からそう思った。不良達が何故私たちを待ち伏せていたのか。いや待ち伏せることができたのか。それは間違いなく、私が作った予定表をこの不良たちに取られてしまっていたからだ。
1日目の宿に付いた時にはなくなったことに気づいていたのだから、情報漏洩のことを考えて、烏丸先生や殺せんせーに相談するべきだった。そもそも取られないように工夫したり、取られても内容が他人にはわからないようにすればよかったのだと次々と後悔が生まれてくる。
私のせいで班のみんなが危険な目に遭ってしまっている。特に私と一緒に誘拐された茅野さんと神田さんには合わせる顔がない。だからせめて2人だけでも逃がすことはできないかと、私たちが連れてこられたこの廃墟のような場所を必死に観察するが、状況を打開できるようなものはなにもなかった。
ただわかったことは、私たちの前には11人の不良がいるここと、私たち全員縄で後ろ手に拘束されているのと、そして未だに神田さんは気絶しているという絶望的な状況であることだけだった。そしてそんな私の心境に気づいてか気付かずか、不良は話し始めた。
「今俺の連れに招集かけていろいろ準備させてるからさぁ〜。楽しい楽しい撮影会まであともう少しだ。ここならいくら叫んで泣いてもだれも来ねぇ~。だからいい声聞かせてくれよ?」
「あっそうそう。そういえば起きてるほうの黒髪のおめぇ、どっかで見たことあると思ってたんだけど、これさぁ~おめぇだろ?去年の夏ごろ、東京のゲーセンにいたの」
そう言い手に持っていた携帯電話をこちらに向けた。その言葉に心当たりがあった私は、恐る恐るそれを見ると、そこに映っていたのは、今とは違うギャルのような格好をして、ゲームセンターで遊ぶ私の姿だった。
私が2年生の頃、父から求められる重い肩書から逃げたくて、名門の制服を脱ぎたくて、知ってる人がいない場所で格好を変えて遊んでいた時期の写真だ。
ただ、そうして遊んだ結果私はエンドのE組に落ちることになった。だからもともと思い出したくない嫌な記憶だったけれど、まさかそれが今の自分を苦しめることになるなんて、夢にも思わなかった。
私がちゃんと予定表を管理しなかったからこんなことになった。私が人質になったせいでみんな傷ついた。私のせいで誘拐されてしまった。私のせいで……。そんな自分を責める言葉ばかりが浮かんでくる。こんなことをしたのだからE組ももういられないだろう。もう、自分の居場所がわからない…。
「目ぼしい女は報告するようダチに言っててよぉ~。攫おうと計画してたんだが、見失しなっちまってたってわけ。まさかあの名門中の生徒だったとはねぇ~。でも俺には分かるぜ?毛並みのいいやつらほど、どっかで台無しになりたがってんだ。これから夜まで台無しの先生が何から何まで教えてやるよ。」
もう、だめだった。それに反論する気力も、抵抗するような勇気も、なにも沸かなかった。だから完全に諦めてしまおうと、そう思った時、意外な声がした。
「全く、本当ならもう少し様子を見ておこうかと思っていたんだが、もうやめだ。君たちの言動、行動そのすべてが、あまりに幼稚すぎて見ていられない」
それは今まで気絶していたはずの神田さんだった。横を見るとソファーに転がされていた神田さんは起き上がっており、ソファーに座っていた。いつも微笑を浮かべていた顔は、やれやれとでもいいたげな呆れた顔に変化しており、それは不良たちを怒らせるには十分な効果があった。
「起きて早々何を言い出すかと思えば。威勢がいいじゃねぇか。あ?」
怒った不良は彼女の胸ぐらをつかみ、ドスの利いた声をあげながら、にらみつけて威圧した。だがそんな状況にも臆することなく、彼女は話を続けた。
「私はそんな幼稚な君たちに先生を名乗られたことも、ここにいる私のかけがえのない友達2人を傷つけられたこともひどく怒っているんだ」
私はその言葉を聞いた瞬間、少し心が救われたような感じがした。こんな私でもまだ友達だと言ってくれる人がいるなんて、考えなかった。考えることなど、できなかった。でも、そう言ってくれる人は今、私の目の前にいる。
「はっ、こんな状況でも優等生ぶって仲良しこよしのお友達ごっこかよ。いやぁ関心関心。これも先生の教育の賜物ですってな!ハハッ、おめぇ~が大好きな先生はよっぽど頭の中がお花「黙れ」」
不良は最後まで言葉を発することができなかった。それは神田さんが言葉をかぶせたのもあるが、1番の原因はその不良が話すことができなくなったことだ。
不良は地面に倒れ伏し、その頭には彼女の足が乗せられている。良く見れば、彼女を拘束するはずだった縄は、無造作に地面に転がっていた。
だけどそんな状況なのにもかかわらず、この場所は静寂が支配していた。それは先ほどの声が今まで聞いたことのない、体の芯から冷えるような恐ろしく冷たい声だったからか、それとも一瞬のうちに仲間が倒されたからか。
静寂は数秒続いたが、状況を把握したであろう1人の不良が声を上げたことで破れることになった。その不良は神田さんに向かって殴りかかると、それを見た他の不良達も一斉に攻撃を始めた。
本来ならこの隙に私と茅野さんはここから脱出して助けを呼ぶのが1番だとは思うが、あいにく出口は不良を挟んだ反対側。もし途中でばれてしまえばまた人質になってしまい、せっかく神田さんが体を張って戦ってくれているのに、全てを水の泡にしてしまうことになる。
それに出口に見張りを立てている可能性も否定できない。幸いにも、不良たちの意識は全員神田さんに向いているし、こちら側にはソファーをはじめとするいろいろな廃棄物がある。だからそこに身を隠せば、私たちが人質になるリスクを回避できて、神田さんも全力で戦うことができる。
彼女1人に戦わせるのは忍びないが、模擬戦とはいえ、烏丸先生に勝った彼女なら、不良に後れを取ることはないだろう。室内の不良が全滅すれば、さすがに見張りの人数が室内よりも多いとは思えないし、出口から容易に逃げることができるだろう。
そこまで考え、茅野さんに伝えようと横を向くと、お互いに目が合った。どうやら彼女も同じことを考えていたようだ。その証拠に彼女の人差し指は物陰を指している。私たちは1度頷き合うと、急いで別々の物陰へと身を隠した。
それからは考えた通りに万全の状態で不良と戦ってもらおうと考えていたのだが、思いもよらず、彼女は戦いながら話し始めた。
「私たちのクラスは落ちこぼれと呼ばれ、嘲られ、見下され、ひどい差別を受けている。校舎は山の上でエアコンも、ろくな設備もない。だが、そんな状況に置かれながらも、だれも君たちのように誰かの足を引っ張るようなことはしていない。諦めてもいない。みんな必死に勉強して、前を向いて夢を掴もうと、必死に努力している」
「だから学校や肩書など、そんなものは全くもって関係ない。どんな環境に置かれようとも、本当に大切なのは前を向いて進むこと。それだけだ」
「だから私は大した努力もせず、前に進もうとしない君たちが、前に進もうと必死に努力している私の友達の足を引っ張ることが、心底気に入らない。だからこの機会に1度、頭を冷やすがいい」
彼女はそう言い切ると、最後の不良を倒した。彼女の言葉は、傷ついていた私の心を癒すような、温かく、優しいものだった。もう、迷うこともない。もう悩むこともない。神田さんという太陽を得た私の心には、雲1つ存在しない快晴が広がっていた。
ーーーーー
渚視点
「………渚くん!杉野くん!」
誰かが僕達の名前を呼ぶ声で目が覚める。起きて早々感じたのは体の痛み、不良に殴ったり蹴られたりしたところがズキズキと痛んだ。そんな痛みに絶えながら、声のしたほうに向くと、そこには奥田さんがいた。
「よかった。奥田さんは無事だったんだ」
「ごめんなさい。思いっきり隠れていたので…」
彼女は1人だけ無事だったことを気に病んでいるのか、申し訳なさそうにしていた。だけど僕はそれを責めることはできない。あの状況なら誰だって隠れたいと思うだろうし、むしろあの状況で隠れきる事ができたのは正直かなり凄いと思う。
「そんなに申し訳なさそうにしなくて大丈夫だよ奥田さん。むしろあの状況で隠れきれたことがずこいと思う」
「俺もそう思う。手口からして、あいつら犯罪慣れしてやがるから、通報してたとしてもすぐには解決しないだろうね。というか、俺が直接処刑したいんだけど、まぁ十中八九無理だろうけど」
カルマ君が言った絶望的な言葉に、僕たちの間にどんよりとした暗い雰囲気が蔓延する。心の無力感を埋めるように、なにかしなきゃいけないとは思うものの、友達が攫われるなんて想定外なことすぎて、動揺して思考がうまくまとまらず、出てくるのは単語だけだった。
でも今回に限って言えば、それは好都合で、逆に頭の中が整理することができた。友達、不良、誘拐、拉致、対応…とそこまで考えたとき、事前に読んでいた広辞苑のような厚さのしおりの中に、班員が拉致られた時の対処法が載っていたことを思い出した。こんなことまで想定するなんて、殺せんせーはマメすぎるなと、強く印象づいたのを覚えている。
幸いにも荷物は取られていなかったので、バックからしおりを取り出し、該当ページを広げながら皆を呼んだ。
「ねぇ、みんな。ちょっとこのページを見てみて」
「班員が…拉致られた時?やけに分厚いなと思ってたけど、こんなことまで書いてあるのかよ!?というか渚はよくこんなページがあるって知ってたな」
「あまりにも分厚いから何が書いてあるのか気になっちゃって。そうそうそれで、今回の場合、不良たちは学生服を着ていて、なまりはなかったでしょ?つまり相手も僕たちと同じ修学旅行生だと思う。だから見るべきはここにある、旅先でおいたをするような修学旅行生の場合っていうやつだ」
「えっと、この場合、土地勘のないその手の輩は拉致した後、遠くへは逃げない。近場で人目に付かない場所を選ぶでしょう。その場合付録134pへ。先生がマッハ20で下見した、拉致実行犯潜伏マップが役に立つでしょう、だってさ」
「なんか…。殺せんせーってすごいですね…」
「ああ。俺も正直ツッコミどころがありすぎていろいろ言いたいが、まずはそのページを確認しよう」
僕もツッコミたい気持ちをぐっと抑え、杉野が言ったように該当ページを開く。それはここ最近で見慣れた京都のマップだったが、何か所か四角で囲まれた部分があり、その中にはそれぞれ赤、黄、青の色で塗りつぶされた箇所があった。左上を見ると、どうやらそれは潜伏確立を示すらしく、左から順番に大中小ということらしい。
「僕たちがいる祇園エリアだと…北と南の二か所しかない!」
「だけど、どっちも赤色でここから歩いて20分くらいの距離にあるし、どっちから行けばいいんだ?」
確かに杉野の言う通り、この場所はちょうど2つの場所の中間地点にあるし、どっちも潜伏確立大の赤色だ。今回の場合、あの不良た達なにをされるか分かったものではないので、できるだけ救出時間は短くしたい。だからどちらも行けばいいという話ではないのが悩ましいところだ。そうして僕たちが頭を悩ませ始めた頃、今まで不思議なほど黙っていたカルマ君が口を開いた。
「北に行こう」
何か気づいたことがあったのか、その物言いには確固たる自信が含まれていた。なぜそう思ったのか、その理由が知りたくて僕たちの視線が一斉に彼へと向く。ただ、そんな張り詰めたような空気は当の本人であるカルマ君によって粉々に砕かれることになった。
「いやぁ~。大した理由じゃないんだけどね?ようやく神田さんに付けた発信機が機能するようになってさ。位置を見てみたらちょうど北の場所と一致するから、多分そこかなーって思っただけだよ」
先ほどとは打って変わって、いつものおちゃらけたような雰囲気でとんでもない爆弾発言をした彼に、僕は動揺が隠せなかった。
「はっ…しん…き?」
「そう発信機」
「いやいや、そうだけどそうじゃない!この際発信機を持ってること自体はカルマ君だからという理由でなんとか納得できるけど、なんでそれを神田さんに付けてるの!?」
「いや、落ち着け渚!いくらカルマだからって普通は持ってること自体納得できないだろ!」
「そうだよ?落ち着きなって渚君」
「元凶のカルマは一旦黙っててくれ!渚もそうだが、奥田さんなんて、あまりの情報量の多さに放心状態になっちゃってるんだから!」
この後しばらく、混乱した僕を必死になだめる杉野と余計に変なことばかり言うカルマ君という絵面が続いていたが、復帰した奥田さんが僕をなだめ、杉野君がカルマ君を止めたことで、ようやく冷静になることができた。
「それで?結局なんで発信機なんて付けたの?」
「なんか神田さん1日目から、いや、2日目の今日の自由行動が始まってから特に何かを警戒しているような様子だったからさ。殺せんせーじゃないけど、何かあった時のためにこっそり服に付けといたんだよね。実際役に立ってるわけだし。結果オーライってやつだよ」
「本当に役に立ってるから何も言えない…。」
「そういえば、このことって誰か先生に報告したか?」
「みんなを起こした時、一応私が烏間先生に連絡したんですけど。ここまで来るのに1時間ほどかかるらしく、一番手が空いている殺せんせーを呼ぶと言っていたので、たぶんそろそろ…」
とそこまで奥田さんが言ったところで、辺りに突風が吹く。噂をすれば影がさすとはよく言うけれど、本当にちょうどいいタイミングだ。
「みなさん、遅れてしまい申し訳ありません。人目を避けて移動していたら案外時間がかかってしまいました。それで状況はどうなっていますか?」
僕たちは今まで出た情報をすべて殺せんせーに伝えた。もちろんカルマ君の発信機の件についてもだ。
「なるほど。居場所がわかっているなら、話は速いです。早速乗り込みましょう!たぶん大丈夫だとは思いますが、先生は、発信機が壊れていた場合や不良たちの仲間が分散している可能性に備えてそちらの確認をしてから向かいます」
「心配せずとも大丈夫です。ターゲットとして明言します。君たちの力を合わせれば、不良くらい簡単に制圧できますよ。あとカルマ君はあとでお説教があるので忘れないようにしてください!それでは!」
来た時と同じような突風が吹き、思わず目を閉じてしまう。次に目を開けた時には、すでに殺せんせーはいなくなっていた。だけど、僕たちに残された言葉は、とても暖かくて、自信をつけてくれた。
「殺せんせーも行ったことだし、早速行こうか」
それはカルマ君も例外ではなかったようで、後でお説教があると言われたのに、その声色は明るかった。そして僕たちは、その発言を合図として、目的地へと足を進めた。
それから20分ほど歩いただろうか、ようやく目的地に着くことができた。そこは古びた倉庫で、正面からはシャッターと1つの錆びれたドアが見える。建物にはツタが張っており、すでに使われていないようだ。
周囲には見張りらしき人影や入口らしきものもなく、路肩に1代の車が止まっているだけだった。その車は僕が意識を失う前に見た車と瓜二つで、確実にここに不良がいるだろう。他の皆もそのことに気づいたのか、先ほどよりも、より緊張感のある面持ちになっている。ただ、カルマ君だけはいつもと変わらない様子で、2度目の爆弾発言をしてきた。
「あっそうそう、たぶん中にいる不良たち全滅してるから、そんな緊張しなくていいよ」
「「「………」」」
「「「なんで今言ったの!?」」」
一瞬の静寂の後、脳が理解すると同時に僕たちは思わずそうツッコんでしまった。杉野も奥田さんも僕と同じ気持ちだったのだろう、示し合わせたわけでもないのにツッコむ内容やタイミングはほとんど同じだった。
そこに、一つの拍手が聞こえてくる。そちらを見るとどうやら神田さんが拍手していたようだ。
「いやはや、皆揃ってなかなかいいツッコミだったよ」
「いやいや神田さん。今それどころじゃなくて、って神田さん!?」
「どうしたんだい渚君?人の顔を見るなりそんなに驚いて。それに杉野君や奥田さんもどうしたんだい?そんな狐につままれたような顔をして」
「えっ、いやなんで神田さんがここに!?」
「なんでと言われてもそこから出てきただけで、特におかしなことは何もしてないよ」
彼女が指を差した先を見ると、そこには僕たちが今まさに突入しようとしていたドアが開け放たれた状態になっていた。神田さんが助かったのは喜ばしいことだけど、1度に多くのことが起こりすぎて、正直かなり混乱している。でもこれだけは聞かなくてはならない。
「茅野と神崎さんってどこにいるか知ってる?」
「あぁ。彼女たちか。そう言えば合図を出すのをすっかり忘れてしまっていたよ」
そう言うと彼女は口に指を持っていき、甲高い音を発生させた。そうして少しすると、ドアの奥から2人が歩いて出てきた。
はじめは何かを警戒しているような表情をしていたけれど、僕達のことを発見すると、2人とも一気に明るい表情になってこちらへと駆け寄って来た。見たところどちらもけがをした様子はない。3人が無事に助かってよかった。その安堵が全身を巡る。
「取り敢えず、情報共有と行こうじゃないか」
それは混乱を収めたい僕たちにとってはとてもありがたい提案だった。もちろんその提案に乗り、今までの流れをすべて話した。ただ、2回目の爆弾発言についてはカルマ君に有耶無耶にされてしまったけど。
神田さんからもいろいろ情報があって、まとめると1人で全ての不良をぼこぼこにして出てきたということらしい。やっぱり神田さんってすごく強い人なんだと思う。それは単純な武力や知力だけじゃなくて行動力や優しさといった部分も含めてそう思う。
だけどそれと同時に、なぜそこまで強いのかとても気になっている。1度だけ強さの秘訣を聞いたことがあるけれど、結局教えてくれなかった。彼女が強いなんて話は1回も聞いたことが無く、むしろ華奢な体型や体育に参加していなかったことも相まって体が弱いのではないかと噂されていたくらいだ。
「それで、なにか用事でもあるのかな?カルマ君」
「おっと。ばれちゃった」
「そんなに視線を向けていたら嫌でもわかるさ。用件があるなら手短にお願いするよ。ここはまだ敵陣だからね」
「確かに言う通りだ。それなら場所を変えよう。こっちについて来て」
僕たちはカルマ君の言った通りに少し離れた小道のような場所に移動した。そしてそこで本日3度目の爆弾発言を聞くことになった。
「面倒だから単刀直入に聞くけど、実は不良が襲ってくることって知ってたでしょ?」
その話に僕は目を丸くした。なぜなら神田さんたちを助けに行く道中、それと全く同じことを考えついていたからだ。
きっかけはカルマ君が言った、神田さんが何かを警戒していたという話。最近知ったんだけど、どうやら彼女は暗殺者や殺し屋といったのが嫌いなようで、いつも誰にでも優しく接している神田さんが、ビッチ先生だけは素っ気ない態度を取っている。
だから初めは、今回の修学旅行でも暗殺者がついてくることに対して警戒しているんだと思っていたけれど、そうすると暗殺者がいない1日目から警戒していた理由が説明できない。
それで状況を1度整理した時に考えついたのが、神田さんは不良が襲ってくることを知っていたという理由だ。半信半疑ながらも、試しに考えてみると、恐ろしいほどきれいに全てが繋がっていった。
不良たちの行動として、彼らはまるで僕たちが行く場所や時間を知っていたかのような待ち伏せをしていたことが挙げられる。その理由を考えた時に思いつくのは、神崎さんが作った予定表の紛失だ。新幹線が出発したときに見せてもらったから覚えているけど、そこには僕たちの予定が全て書かれていた。
だからそれを不良が拾ったのだと考えれば、辻褄が合う。それに加えて、彼女が紛失に気づいた時点まで、新幹線かバスでの移動しか行っていないから、無くした場所として考えられるのは、新幹線内が1番有力だ。不良たちは、なまりもなく、同じ修学旅行生だったこともあって、同じ新幹線に乗っていた可能性が高いことも、この話の信憑性を高めている。
つまり状況としては不良たちが神崎さんの予定表を新幹線内で奪い、それを神田さんが目撃。わざわざ奪うくらいだから襲ってくるかもしれないと、以後警戒していたという流れだろうか。
それなら1日目よりも自由行動のある2日目をより警戒するのにも説明がつく。僕達に言ってくれなかった理由としては、優しい神田さんのことだ。可能性の話をして、楽しい修学旅行を台無しにしたくないとか、そういった理由だろう。
まぁ結局のところ、僕の想像でしかないし、いくつか疑問は残るけど、これが僕の中では一番納得できる理由として考えていた。だからカルマくんも同じ事を考えていたのだと知ったときすごく驚いた。
「どうしてそう思ったのかな?」
神田さんはその言葉を聞いても至って冷静に続きを促した。
「う〜ん。色々理由はあるけど、まぁ一番は神田さんが弱すぎたってことかな。だっていくら相手が武器を持っているからって所詮素人。烏間先生相手に勝つような人間が、蹴散らせないわけないよね」
「それは、私のことを買いかぶり過ぎではないかい?君にはあれがまぐれだと、何度も説明したと記憶しているが?」
「実際、神田さんは1人で11人の不良を全て倒したそうじゃないか。それも1分以内に。つまりあの時点でそれができたにもかかわらず、しなかったわけだ。普通あんな連中に襲いかかられたら、その後どんな目に合わせられるかなんて想像に難くない」
「だけどわざわざ戦わなかったってことは、それが安全であり、尚且つその後何をされても、自分で対処可能だと知っていたからなんじゃないかなって。それにいくら神田さんでも人の心が読めるわけじゃない。なのに連中の目的や行動を知っているかのような立ち回りをしていた。一応またまだ理由はあるけど、これ以上必要かい?」
そうカルマ君が言い切るが、神田さんは返答を返さなかった。それは無言の肯定であり、皆神田さんの方を向いて固まっている。
それもそのはず、皆の中には「何で言ってくれなかったのだろう」や「なんで隠していたのだろう」など、いろいろな考えが渦巻いているだろうから。でもそんな静寂を打ち破ったのは、他でもない神田さんだった。
神田さんは1人1人の顔を見て回った後で、この状況がもう変えられないこと悟ったのか、1つ大きなため息をつくと、ぽつぽつと話し始めた。
「最初に言っておくけれど、別に君たちに害意があったわけじゃない。おこがましいと思われるかもしれないが、むしろ君たちを守ろうとして起こした行動だ」
「1番初めはそう。新幹線の中での話だ。私がトイレをしに出かけた際、運が悪く3号車も離れたトイレしか空いてなくてね。仕方なくそこを使っていたんだけど、ふと外から不良たちの話し声がしたんだ」
「それで耳を澄ませて良く聞いてみると、誘拐という物騒な言葉が出ていてね。全てを話すと長くなるから要約するとどうやら名門中である椚ヶ丘の女学生を狙っているようで、予定表を拾ったからそれを使って待ち伏せして誘拐しよう。とのことだった」
「別にAからD組の連中が襲われようと知ったことではないが、具体的に誰を狙うのかについては言及がなかった。だからE組にその毒牙が向いたとしても対処できるように常に警戒していたというわけだ」
「そして、1日目は無事に終了した。だが、自由行動のある2日目は1日目よりも遥かに襲撃確率が増す。正直その時点で君たちや烏間さんに相談するか悩んだが、烏間さんはこの日のために準備してきた暗殺計画があり、君たちには可能性の話をして、修学旅行を台無しにしたくなかったから、話さなかった」
「そして、もしもの時の対処法として考えたのはわざと誘拐されることだ。カルマくんの言った通りあの程度の不良が何人かかってこようと大した問題ではないが1人でも逃がせば、修学旅行中にいつ襲われるか分からないという不安が残り続ける」
「だからその可能性を生まないよう、集まっているであろう敵のアジトで一網打尽にしようと画策していたわけだが…1つミスを犯してしまった。本来なら奴らに取り押さえられた後、少し暴れて私以外を連れ去る余裕を無くそうとしていたんだが、まさか殴られて意識を失ってしまうとは思わなかった。だから君たちには、本当に申し訳ないことをしたと思っている」
一通り話を聞いて、いつも感じていた彼女とのズレをようやく理解することができた。それは視点の違いだ。僕達がE組の生徒の目線で物事を考えているとき、彼女はE組の保護者のような目線で物事を考えている。だから彼女は被害者なのにもかかわらず、作戦を成功することができなかった自分の責任を感じている。
彼女にどんな言葉をかけてあげれば良いのだろうかと僕が考えていると、不意に殺せんせーの声がした。
「不良の残党を倒していたら時間がかかってしまいました。すいません。それで、神田さん、神崎さん、茅野さん。まずは無事に帰ってこれて良かったです。ただ、神田さん、あなたには少しお話があります」
気づいたときにはすでに3人の前に立っていた。どうやら少し前の神田さんが話し始めたタイミングからいたようだ。いつもの突風がなかったからぜんぜん気が付かなかった。
「今回の作戦、神田さんなりにいろいろ考えた結果思いついたのは話を聞いていて分かりました。そして、その根幹に皆への優しさがあることも。神田さんの良いところは頭の良さや身体能力の高さもありますが、一番は間違いなくそうした皆への優しさでしょう」
「しかし、皆のためにと思うばかり、何でも一人で解決しようとしてしまう。普通ならそんなの不可能ですが、そこは神田さん持ち前の能力でどんなことでも解決できてしまった。ですが今回、自分だけでは解決できない壁にぶつかった。ではどうしたらよいか」
「あえて言いましょう。E組は君が守るほど弱くない。今回だって犯人の場所を突き止め、乗り込むところまで自分たちでやってのけました。だから神田さん。皆を頼ってみてください。皆を信じてみてください」
神田さんは終始冷静に黙って殺せんせーの話を聞いていた。その表情には変化は見られない。殺せんせーの言葉は、彼女に届いたのだろうか。その問は少しの沈黙の後に彼女の口から答えとして聞くことができた。
「はぁ。私が君に説教されるなんて焼きが回ったね。確かに私にはE組を守ろうとする保護者のような感覚があった。今後はそういったことはできるだけ控えるようにしよう。そして、これからはもう少し、周囲の友人、そしてクラスメートを頼ることにしよう」
やれやれという感じながらも、彼女の声や表情はどことなくいつもより明るくなっているような気がする。修学旅行二日目。波乱万丈の1日だったけど、絶対に忘れることのできない良い思い出がまた1つ出来た。
ーーーーー
茅野視点
現在時刻は午前1時45分。良い子はとっくに寝ているはずの時間に、私は制服に身を包み、月光に照らされながら予定の場所へと向かっている。街は静寂そのもので、私の靴の足音だけが異様に響いて聞こえる。
そうして15分ほど歩いた末に到着したのは宿の近くの廃神社だった。ここが使われていないというのは、鳥居や拝殿を見ればすぐに分かる。鳥居はところどころ欠けていて、ツタや苔でびっしりと覆われている。拝殿は建物が半壊しており、後ろの本殿が少し体をのぞかせている。
少し不気味なのは、使われていないはずの神社に雑草が一切生えてなかったことと、本殿がやけにきれいな状態であるということだ。
ただ、今回はそんなことに構っている余裕はない。私の1年をかけた計画が今まさに打ち砕かれようとしているのだから。
「やぁ茅野。まさか君が一つ返事で来てくれるなんて思わなかったよ」
そこにいたのはいつものような薄ら寒い笑みを浮かべる神田美琴だった。あんな脅しのようなメールを送っておいて良く'来てくれるなんて思わなかった'だ白々しい。
「私はあなたと楽しくおしゃべりするために来たわけじゃない。用件があるならさっさと言ってよ」
「おぉ怖い怖い。それじゃあご要望通り、早速始めるとしよう。まず、私が送ったメールをここでもう1度読んでくれ。」
本当は今すぐにでも殺してやりたいが、そうはいかない。お姉ちゃんの仇を討つためにも今ここで計画が露呈するのはなんとしても食い止めなければならない。だからこんなふざけた文章を読むのにも必死に気持ちを抑えて我慢しなくてはいけない。
「殺せんせーに対する復讐についてお話があります。つきましては修学旅行二日目の午前二時に下記住所までご足労ください。なお、もし来られない場合には、私が持つ茅野カエデもとい雪村あかりに関するすべての情報をE組の教師含む全員にばらまく手筈になっておりますので、重々注意してください。」
「ふむ。ちゃんと伝わっているようだね。」
「それでなに?脅迫して私の復讐を止めに来たわけ?」
「いやいや、むしろその逆さ。君の計画に乗る形で私も復讐をしたい」
なんだ?こいつは何を言っている?もしかして十分な証拠を集めるためにわざと協力者として私を泳がせようとしているのか?いや、それなら本名と復讐について割れている時点で、もう証拠としては十分なはずだ。だったらなんでだ?本当に復讐が目的か?お姉ちゃんとどんな関係なんだ?駄目だ思考がまとまらない。
「おや、そんな驚かれるとは思わなかった。私が、あいつに恨みを持っているのがそんなに意外かい?」
「意外って、そもそもそんなのいきなり言われて、はいそうですかって普通は信じないでしょ」
「そういえば理由を話していなかったな。失敬失敬。では今はまだ決めなくてもいい。ただ、私の話を聞いて少しでも信用に足ると思ったなら、私も復讐仲間に入れてくれ」
とりあえず、主導権をこいつが握っている今、下手な回答はできない。思考する時間を稼ぐためにもここは頷いておいたほうが得策か。
「そうかそうか。では少し長くなるが話していこうか。始まりはそう。私が中学1年生の時のことだ。当時から優秀であった私は、毎回のように学年1位をとり、不動のAクラスとしての地位を確立していた」
「ただ、そんな功績の一方で、私は孤立していた。確かに誰も彼も私を求めたさ。だが、もれなく全員私ではなく"学年1位という肩書を持つ私"を求めていた。彼らの目線の先には私が写っていなかった。早々に両親を亡くした私は、家でも、学校でも碌な居場所がなかった。まさに死んだような日々だった」
話の中に映る神田さんは今の神田さんとは全く違う人物のように聞こえる。今の彼女はむしろ孤独を好むようなそんな様子が見受けられるからだ。
「そんな私が変わったのは2年1学期のこと。いつものように死んだように過ごしている私に1人の先生が声をかけてくれた。それは雪村あぐり先生だった。彼女は'辛いことはない?私でよければ相談に乗るよ'と優しく微笑みかけてくれた。彼女は初めて私の内面を見てくれた。うれしかったさ。とてもうれしかった。だからそんな彼女になら良いと思って洗いざらい全て話した」
「そしたら彼女はなんて言ったと思う?'私が君の居場所になってあげるよ'だと。屈託のない笑みで私に語りかける彼女には後光が差しているように見えたよ。そして彼女は私の心の救世主であり、太陽であり、生きる理由になった」
「それからというもの、授業を抜け出してはE組にいるあぐり先生のところへとこっそり向かい、放課後になったらまた向かうような日々を過ごすようになった。他愛のない話をしたり、勉強を見てもらったり、そんな日常が他の何よりも楽しかった。A組での生活も、もはや何も苦痛でもなかった」
お姉ちゃんが良く話してくれた神田ちゃんって神田さんのことだったんだ。全く気が付かなかった。だって話の中の神田ちゃんはいつも笑顔が絶えなくて、どんなことでも楽しそうにしているって聞いていたから。
「そして、ついに理事長に直訴が成功して、3年生からE組行きが決定した。それはもちろん私の中でたった一人の先生である、あぐり先生と共に歩んで行きたかったからだ。だが、そんな私の考えはあの怪物によって打ち砕かれることになった。」
「3月のある日を境に彼女と連絡が取れなくなり、E組にも姿を現さなくなった。私は彼女が研究員であることを知っていたから、何かあったんじゃないかと、寝る間も惜しんで探し回った。いろいろな場所を探し回ったり、いろいろな研究所や国家にハッキングしてみたりした」
「その結果分かったのは怪物があぐり先生を殺したことと、そいつがあぐり先生に成り代わって私立椚ヶ丘中学の3-Eの担任をするという事実だった。私のあぐり先生を奪っておきながら、のうのうと教師面をするあの化物を見るたび私は感情が抑えられなくなりそうになる。私が復讐を望むのはそんな理由からだ」
彼女からは未だ溢れんばかりの殺気を感じる。今までの話に嘘はないだろう。なぜなら今までの演技の経験が、それが本物だと私に告げているから。彼女は絶望の果てに大切な人の仇を取るために復讐を望んだ。私はそんな彼女の気持ちに共感できるからこそ、一緒に復讐を成し遂げたいと思うようになっていた。
そして、頭のいい彼女のことだ。私に協力を持ちかけてきたということは、2人ならあいつを殺す勝算が生まれると判断したからに違いない。
「話は分かった。それで、このタイミングでそれを言ってきたってことは、何か勝算があるってこと?」
「もちろんあるとも。私が持っている特殊な力と君の持っている触手とを合わせて攻撃するというシンプルなものだが、今のところ成功率は約7割といったところだ。この力を知るには一度体験したほうが早いだろう。加減はするから今から始めてもいいかな?」
触手のことまで知られてるとは思わなかったが、今更な話だ。それよりも彼女が持ってる力についてすごく気になる。私は痛みやいろいろな弱点を得る代わりに触手の力を得た。彼女どうなのだろうか。そう思いすぐさま了承した。
そして、次の瞬間私は全く動けなくなった。しかし、原因が全く分からない。私の周りには先ほどと同じ光景が浮かんでいて、特に拘束具といったものは見当たらない。しかし私には、まるで大きな手につかまれているような感覚があり、周囲から強い圧迫感を感じている。本気で脱出を試みるが、触手の力で身体能力が上がっている私でも、どうにもならなかった。
そんな状況の中で私は喜びに満ち溢れていた。正直な話、今のまま私一人では精々成功率は20%程度だっただろう。でも、神田さんのこの力があれば、成功確率は格段に跳ね上がる。それこそ彼女が言っている7割、いや9割にだって届くかもしれない。
「さて、そろそろいいだろう」
そう言って彼女が指を鳴らした次の瞬間、圧力がゆっくりと緩んでいき、最終的には霧散した。そして私は興奮した状態のまま彼女に駆け寄った。
「すごいよ!これならあいつを殺すための大きな戦力になる!」
「まずは褒めてくれてありがとう。ただ、この力にはデメリットがあってね。使えば使うほど寿命が削られ、相手の力が強ければ強いほど、より速く削られる。あいつを相手にするとだいたい30秒持てば上々だ」
寿命が削られるという発言に、私は心底驚いた。確かにこんな力がデメリット無しで使えるとか思っていなかったが、そこまで重いとは想定していなかった。ただ、その重さとはまさしく彼女が抱いた覚悟の重さだ。私もそれに応えられるように、絶対に計画は成功させなければならない。
「神田さん、いいや美琴の覚悟は十分に伝わったよ。だから、今日この日が私達2人の復讐計画の始まりだ」
「ああ。その通りだ。カエデの姉と私の先生。そのどちらも奪っていったあいつを殺して、せめてもの手向けとしよう」
月光が照らす秘密の会合は、その憎悪と殺意がある限り、これから何度だって開かれることになるだろう。もし終わりが来るとすれば、それはターゲットが死んだときか、それとも復讐を諦めたときか。いずれにせよそんな先の未来など、考える必要もないだろう。
もしよかったらぜひ感想を聞かせてください