「にゃん。にゃーん……ワン、ワワン……」
オグリキャップは、不慣れな猫撫で声を出しながら犬や猫の鳴き真似をしていた。
料理店の個室で一緒にくつろいでいたタマモクロスは、訝しいモノを見る視線を彼女に向ける。
「いい加減犬か猫かはっきりせぇ」
そもそも何故オグリがこのような真似をしているかといえば、タマモクロスが以前に「ペットを飼いたい」と話題にしていた事に起因する。
無論、ペットというのはちゃんと責任を持って飼おうとするならばやたらと金が掛かる。タマモクロスはそれを理解しているから、貧乏な内は実際に飼おうなどというのは考えてはいないのだが。
対して、オグリキャップは今日誕生日であるタマモクロスをお祝いしたかった。しかし、タマモクロスは「お祝い分貯金せえ」と断るので、ならば何かしてあげたいと考えた結果、自分がペットになれば良いのではないかという結論に至った。
その事をタマモクロスに話すと、オグリの奇行を呆れたように笑った後、今日ばかりはオグリのオススメを奢ってもらうという形で決着はついたのだが。
「……わん」
食事が済んで少しくつろいでいたら、またオグリキャップが動物の鳴き真似をし始めたという次第だ。今度はタマモクロスと真正面で向き合って、両の手をぺたりと床につけて上目遣いで見つめてくる。
……まるで飼い主に対して命令を待つ犬のようだ。
タマモクロスはオグリから視線を逸らし、テーブルの上にある何枚もの大皿を横目に見た。
「……あのなぁ、オグリ。ペットが飼いたいいうても、ウチが飼いたいのはちっこい猫とか犬とかで、オグリみたいなウチよりデカくて大喰らいなのが欲しいちゃうんや」
気持ちは大変嬉しいが、正直言ってオグリにこのような真似をされ続けるのもタマモクロスにとって気恥ずかしい。だから早くやめて欲しかった。
「わかったらさっさと変な真似やめぇ」
タマモクロスがけらけらと笑いながらそう諭すが、オグリキャップには思いのほか利いたようで、彼女はしょんぼりした様子で俯いた。
「そ、そうか……」
しょんぼりとした表情で顔を俯けて、耳も尻尾もめいいっぱい垂れさがってしまう。その様子はまるで、主人に構ってもらえなくて悲しんでいる時の、素直な性格の大型犬のようだった。
「うっ……」
タマの胸がズキズキと痛む。自分を喜ばせようとしていたのが分かっていただけに、こんな表情をされると罪悪感に苛まれる。
――実際に犬を叱る時ってこんな気分にさせられるんやろうか……。
将来貧乏でなくなった時にペットを飼うとして、悪い事をした時に自分はペットをちゃんと叱ってあげられるだろうかとか。タマモクロスはそんな風に考えさせられる。
「ま、まぁ。デカい犬飼う予定はないけど、お試し期間っちゅー事で、ちょっとくらいやったら……」
とりあえずオグリを慰めようと、取り繕うようにタマモクロスは言う。
すると、耳をピンと立たせて顔を上げたオグリキャップの表情は途端に明るくなった。
「……! わんっ!」
そして、先ほどと同じように両手を床につけて、上目遣いで見つめてくる。
オグリキャップの頭に生えたウマ耳がぴょこぴょこと動いているのを見て、彼女が如何に喜んでいるのかがよく分かる。
――コイツ、ウマ娘やなくてイヌ娘やったりせんか?
オグリキャップの人懐っこい仕草にタマモクロスはそんな考えが頭を過ぎったが、黙っておいた。
いや、しかし。「お試し期間」とは言ってみたものの、実際問題どうすればいいのだろうか。タマモクロスは考える。
「……オグリ、お手」
とりあえず右の手の平を差し出して『お手』を要求した。すると、すぐにオグリキャップは丸めた手を出して、ぽんっと手の上に乗せる。
こういうやり取りは同年代の友人とじゃれあっている範疇だからか、少し楽しい。
「おかわり!」
続いて、左手も同じように差し出した。やはり同じように左手の上に乗せてきた。オグリの方はやたら自信ありげな表情をしていて、その様子も面白い。
「ははは、ウチにはトレーナーの才能があるかもしれん」
他愛もないやり取りに、思わず笑ってしまう。ペットと飼い主ごっこはそこで一区切りと思っていたタマモクロスだったが、オグリキャップは何か意味深な表情でタマを見つめ続けている。
「……なんや?」
気になって訊ねると、撫でて欲しいと言わんばかりにタマモクロスの肩に頭をコツンと当ててくる。
「わん」
オグリはそう言って、すりすりと頭を擦り付けてきた。オグリの髪が肌に当たって、タマはくすぐったくなってきる。気持ち的にもかなりくすぐったい。
どうやら、お手が上手に出来た事を褒めてほしいらしい。
――ホンマに犬やん……。
タマモクロスは乾いた笑いを浮かべ、呆れ返った。
しかし、まぁ、今日お祝いしてくれた事に関しては感謝してもいいかもしれない。
そう思って、オグリキャップの頭に手を置いて、よしよしと優しく撫でる。
「ええ子、ええ子。今日はありがとな」
そう言って頭を撫でていると、オグリは心地よさそうに目を瞑り、撫でられる感覚に身を委ねている様子だった。
オグリの髪質は柔らかく、触っていて気持ちが良い。小動物の毛を撫でている感覚に陥って、タマモクロスも撫でる事に夢中になりかける。
――いや、待て待て待て。
危うくほだされるところだった。相手はウマ娘であって、イヌではない。
仲の良い間柄とはいえ、ずっと頭を撫でるのはスキンシップがすぎるのではないだろうか。自分だってスーパークリークに赤ん坊扱いされて、延々頭を撫でられたりするのはイヤだ。
そう思ったタマモクロスは、そっと手を離した。
手が離れるとオグリは目を開いてタマモクロスの方を見つめる。
そうした後、畳の上にごろんと仰向けになって寝転んだ。そのままじっとタマモクロスの事を見つめている。
まるで、お腹を見せて服従のポーズを取っているような姿勢だった。
その姿を見て、タマモクロスは冷や汗を流す。
「オグリ。ちょい、はしたない事なっとる」
直前に大皿何杯もの食事を完食したせいか、オグリのお腹はボテッと膨らんでいる。それはとてもじゃないが、年頃の女の子が他人に見せていい格好ではなかった。
だが、オグリはタマモクロスの指摘を受けても動じず、甘えた声で鳴いた。
「……わん」
その仕草はイヌの真似というよりも、一種の……。
――アカン、オグリにそのつもり微塵も無いのわかっとるけど、これは、アカン……。
クリークが自分に赤ん坊プレイを強要してくる気持ちが一瞬でも理解出来た事を後悔しつつ、タマモクロスは顔が赤くなるのを自覚した。
いつもなら軽快に「ペットがこんな太っとたら即刻ダイエット期間突入や!!」とでも言えたのだろうが、目の前にあるソレに対して言葉が出なかった。
オグリは自覚が無い節があるが、容姿もよくスタイルもいい。間違いなく美少女なのだ。
そんな彼女が憂いを帯びた甘えるような顔で、まるで「タマの好きにしていい」とでも言わんばかりに無防備に体を晒しているのだから、反応に困る。
――いや、ウチはクリークのヤツと違ってそういう趣味は……。
必死に理性を保とうとするが、好奇心には抗えず、気づけばタマモクロスはオグリの腹の辺りに手を触れていた。
ぷにぷにとしてて、柔らかい。そして温かい。すべすべとした心地よい肉に指が包まれて、タマモクロスは思わず頬を緩ませた。
――あかん、これクセになるやつ。
ペットとして飼うなら小さい猫や犬が良いと考えていたが、でっぷりと太った大型犬や大きめの猫というのも、それはそれで悪くないのかもしれない。
そんな事を考えながら繰り返し腹を揉んでいると、オグリはだんだん頬を赤らめていた。
「……タマ」
「なんや?」
聞き返すと、オグリは少し言いづらそうにして、恥ずかしそうに言った。
「そういう風にいやらしく揉まれると、私だって恥ずかしいんだが……」
その言葉でタマモクロスは我に返り、数秒間を置いて「スパーンッ」と軽快な音が鳴った。
「さ、最初からこんな恰好するのが恥ずかしいって気づきーや!!」
顔を真っ赤にしてオグリの腹太鼓を鳴らしたタマは、慌てて立ち上がって店を出ていく。オグリも勘定を払ってから、それを追いかけた。
――やってもうた。調子に乗りすぎたわ……。
タマはオグリと一緒の帰り道、今更ながら自分の行動を恥じる。
普段、スーパークリークにからかわれる事はあったが、まさか自分が同じような事をしてしまうなんて。
オグリの方もさっきのやり取りを思い出しているのか、終始無言だ。
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「タマ」
先に口を開いたのはオグリの方だった。彼女はいつもの無表情のまま言う。
タマモクロスは恥ずかしさで何も言えずに立ち止まって、彼女の言葉を待つ。
オグリは歩きながら話を続ける。
その表情はいつもと変わらないように見えるが、耳と尻尾は少し嬉しそうにピンっと立っている。
「ペットが飼いたい欲求が溜まったら、また私にあぁいう風にしても大丈夫だ、にゃワン」
変な語尾をつけて、オグリは言った。
それを聞いて、タマモクロスは突っ込むでもなく、呆気に取られる。
――……クリークの事叱れんくなったわ、コレ。
タマモクロスは「次はいつオグリにペットになって欲しいと頼もうか」という算段を頭の中で考えてしまっていて、そんな自分が恥ずかしいやら情けないやら、顔を赤くして俯けるしかなかった。
ただ一つの救いだったのは、タマモクロスの誕生日は楽しい一日だったという事か。