心より感謝致します。
ヴァルキューレ警察学校本部、生活安全局。
生活安全局の生徒は大半が出払っており、オフィスには少数の生徒が当直で残っている状態である。
中務キリノと合歓垣フブキのペアもそのひとつだった。
「パトロール当番がない日、サイッコー……」
フブキは部屋の片隅にあるソファーで寝転がり、手にしたドーナツを食べていた。
外勤がないからってデスクワークと学習が無い訳ではない、ようするにサボりだ。
幹部陣は会議のため全員席を外している。ゆえに注意する者はいない。
いや、
「フブキ! もう少しで局長たちが戻ってきます。早く席に戻らないとまた怒られますよ」
「えー。もうそんな時間かぁ……」
やれやれ仕方ないなという様子で自分の席に戻ると、ドーナツの欠片を口に押しこみぬるくなったコーヒーで一気に流しこんだ。
「めんどくさ」
フブキは支給されたタブレット端末をスリープから起こし、ぶつぶつ呟きながらヴァルキューレの教材を開いた。
その時、オフィスじゅうの電話機が鳴り響いた。
これは通信指令室から指令が伝達される時に起きる状況で、外線専用機と使用中のものを除いたすべてに呼び出しがかかる典型的なものだ。
デスクに着いていた生徒の中で最も早く反応したキリノは、すぐさま自身とリュウカの席の間にある電話を取った。
「はい、本部生活安全局オフィス」
『通信指令室より通達。D.U.北区芝タウン中央公園にて不審者出現との通報。不審者はトリニティ総合学園の制服を着用し、AR-15タイプの自動小銃を所持した女子学生とのこと』
「銃を乱射したり暴れたりはしてないんですか?」
『なにか得体の知れない言動と挙動不審から市民が不気味がった模様。ただちに局員を派遣し対処されたし』
「生活安全局了解、ただちに対応します」
キリノは受話器を戻すとすぐに巡回警備のリストを引き寄せ、この時間で一番現場に近い場所にいるであろうグループを探し出す。
そして当たりをつけると、当該生徒の持つ携帯無線機へ呼び出しをかけた。
『──むぐ。はい、こちら朝倉。夢月と共にD.U.北区をパトロール中』
呼び出しに応じたマーヤは何かを食べていたようで、話し方がしどろもどろとしている。
「こちら本部生活安全局、中務です。マーヤ、今どの辺にいますか?」
『芝タウン三丁目のエンジェル24前だけど、何かあったの?』
「中央公園でトリニティの生徒さんと思わしき、変な人がいると通報がありました。AR-15型らしいライフルを持っている以外の外見情報がありませんが、すぐに向かってください」
『復唱。『芝タウン中央公園にAR-15型ライフルを持ったトリニティ生らしき不審者あり、朝倉と夢月の両名は現場に急行せよ』。朝倉了解、
「ふぅ……」
連絡を終えたキリノは小さく息を吐くと、傍らに置いてあったお茶のペットボトルへと口をつけた。
「キリノはほんと真面目だねえ。不審者ぐらいその辺にいっぱいいるだろうに」
「市民から通報があった以上、放置はできませんよ」
『それに』と言葉を一旦区切り、口と眉をへの字にした。
「前にフブキがやったマクロの件*1が外部に漏れたみたいで、一部では『生活安全局は通報を受け付ける気がない』なんて言われてるんですよ?」
「……はぁ」
警備局の誰かが口を滑らせたな。
フブキは呆れたようにため息をつくと、箱の中のドーナツへと手を伸ばした。
……
D.U.北区、芝タウン中央公園。
本部からの連絡を受けたリュウカとマーヤは、件の『不審者』を探して公園内を歩き回っていた。
「でもさ、ゲヘナならともかくトリニティでしょ?」
『お嬢様学校の生徒が挙動不審なんて』とマーヤは半信半疑だ。
「有名校の制服を着て罪のすり付けを図る人もいるでしょう。それに」
「それに?」
マーヤが聞き返すと、リュウカは急に顔色を悪くして苦悶の表情を浮かべた。
「その、ですね。トリニティには学校指定の水着で校内をうろつく露出狂がいるんですよ……」
「は?」
リュウカのいたって真面目に告げられた言葉に、マーヤの脳裏に宇宙空間を背にした猫の画像が浮かんだ。
「マジ?」
「シャーレの部員ですよ、その方」
「……ほんと魔境だね、シャーレって」
テロリストだろうが指名手配犯だろうが、顧問と生徒の双方が承諾すればシャーレへ加える事ができる。
加えて先生が同行する形で監督責任を負うため、部員としての活動中は『シャーレの公務』となり罪状を追求する事はできない*2。
もし法執行機関がそれを破ろうものなら、ある意味連邦生徒会よりも権威があるシャーレと敵対する恐れがある。
そんなリスクを侵すような者はめったにいない。
通報者から話を聞いた二人は、いま不審者が居るという噴水広場へと足を運んだ。
「あの人です。何かに驚いたように叫んだり、こんな人前でナイフを砥いだりとか……」
「ふむ……。ご協力ありがとうございました」
パグ犬獣人の通報者に礼を言って別れると、噴水の縁に座っている問題の人物へと目を向ける。
背丈一五〇センチ以上一六〇センチ未満(推定)、髪はアッシュグレーのややボサボサしたロングヘア。
通報の通りトリニティ総合学園の制服*3を着用しているが、生地の傷みが激しいのが遠目からでも窺える。
傍らにはAR-15型……正確にはHK416型アサルトライフルが立て掛けられていた。
件のナイフも鞘に入れた状態で、邪魔になりにくい太腿に巻き付けられている。
トリニティの生徒とは思えない。それが二人の正直な感想だった。
そんな少女が俯いて無言で地面を見つめていた。
「ねえ、ボク正直近寄りたくないんだけど……帰っていい?」
「し・ご・と、ですよ」
「はーい」
仕事なら仕方ないと、渋々不審者との距離をつめる。
リュウカはホルスターに手が伸びかけたが、現状では職務質問の段階なので銃を手にするのはやめた。
「そこの女の方、少しよろしいですか?」
マーヤの声掛けに少女は俯いていた顔をあげた。
鼻の上から横一文字に大きな切り傷の痕が残っている。
キヴォトスのヒトは『潰れた空き缶』と揶揄されるほどの怪我でも短期間で全快するため、傷跡が残ることは珍しい。
原作ゲームに登場する生徒の中では、首吊りやリストカットの常習犯だったと思われるミサキが首と手首を隠すように包帯を巻いているのが目立つ程度だ。
「あなたがこのような公の場で怪しい行動を取り続けていると通報がありました。どうでしょう? 少し人気のないところで話を──」
任意同行を求めたリュウカに向けられたのは、まず驚愕と恐怖の表情。
そして座った状態から全身をバネにして繰り出した、渾身の頭突き。
それはきれいにみぞおちに入り、そのままリュウカの体を硬い石畳の地面へと叩きつけた。
「ぐぉ……っ」
「あんたは死んだんだ……! なんで私の前に姿を現した!?」
馬乗りになった少女は太腿に巻いていた鞘からナイフを抜くと、迷う事なく逆手で頭上へ振り上げる。
ナイフが振り下ろされる直前、突然の出来事に反応が遅れたマーヤが手首を掴んで無防備な背中へ膝蹴りを食らわせた。
「ぐ」
生まれた一瞬の隙をついてリュウカは足を引き抜き、横へ転がって距離を離した。
そして立ち上がりながら警棒を手に取り、伸ばしたそれをピタリと少女の目前へ突きつけた。
「ナイフを捨てなさい」
少女は膝蹴りの姿勢のままのしかかったマーヤを振りほどこうとするが、いくら後ろ足で背中を蹴ってもびくともしない。
それどころか腕を引き上げる力を強め、逆エビ固めのように腰を砕きにかかってきた。
やがて無意味な抵抗だと理解したのか、ナイフをあっさり手放して大人しくなった。
リュウカはナイフを蹴って手元から遠ざけると、マーヤが握ったままの手首へと手錠を掛けた。
「一三時三七分、公務執行妨害の現行犯で逮捕します」
……
二人は本部へ戻り少女を留置場へ押しこむと、所持していた学生証をもとにトリニティ総合学園へと問い合わせを行った。
「すみません、一年四組に所属している『
ところが帰ってきた返答は予想外のものだった。
「鹿島田チハルにはアリバイがある?」
『はい。当時彼女は授業に出席していて学区からは離れていません』
電話の向こう側にいる正義実現委員会の部員は、事務的にそう答えた。
所在を確認しに所属するクラスへ赴いたところ、本人がしっかりと教室にいたという。
例の“チハル”は警察学校の留置所に入れられているため、同一人物であるならあり得ないことだ。
「今から聞き取りに向かいます。すみませんが鹿島田さんを正実の方で引き留めておいてください」
『それが、その……』
リュウカがそう言うと正実部員は急に言いよどんだ。何かあったらしい。
『鹿島田さんの“ご友人”を名乗る生徒が『これ以上難癖をつけるなら名誉毀損でヴァルキューレと正義実現委員会を訴える』と言ってきまして……』
「ふむ」
話を聞くとその“自称”友人は
実際のところチハルは友人ではなく取り巻きの一人でしかなく、手下の『冤罪』で自分の名前に傷がつくのを嫌って口を出した事は明白だった。
「わかりました。お手数をおかけしました」
電話を切ってため息をひとつ。
チハルを名乗る不審者の取り扱いは『警察官へ暴行を加えた』以外の事件性がなく、捜査局に案件を回すことができない。
その辺の不良やならず者のように強盗やテロをした訳ではないので、警備局からは門前払いだ
つまり“落ちこぼれの”生活安全局が独力で対応する必要がある。
「ねえリュウカ先輩、あの不審者はどないするんですか? このまま無罪放免ってわけにはいかんとしょ?」
そう大阪弁で話しかけながらコーヒー入りの紙コップを置くのは、レオナと同時に転入してきた『大山コトヒナ』だ。出身は百鬼夜行連合学院の方面にある小さな学園だという。
ヴァルキューレ警察学校はキヴォトスの首都たるD.U.を根城としているが、まがりなりにも連邦警察であるため、定められた管区ごとに地区本部とそれの指揮下に置かれる
リュウカが『ブルーアーカイブ』という名で知るゲーム内で登場する学園は、すべてD.U.にある総本部が治める中央管区に属しているため、警察署同士で人員の異動もある。
ただ新入生や転入生は『土地勘を持っている』点から出身地近くの警察署に配属される事が多く、レオナはともかく彼女が本部へ配属されたのは比較的珍しいケースであった。
「根無し草を留置所に入れる事自体はいつもの事ですけど、
言いながらコーヒーを一口。保温器にかけたままだったため煮立っており、香りはとうに消し飛んでいる。
「聴取を行って他にやましい事がなければ即釈放ってところでしょう。被疑者に食べさせる食事もタダではないんですし」
「いつものキヴォトスやね」
糸目であるため目の動きは捉えにくい。が、彼女は少し呆れているのが言葉の抑揚で理解できた。
「リュウカ、取り調べ始めよう? いま警備局から『暴徒化した野球観戦者を大勢逮捕したから留置所を少しでも開けとけ』って連絡が来たらしいよ」
「さっきニュースになってましたね」
コーヒーを飲み干し紙コップを足元のゴミ箱へ捨てると、椅子から立ち上がってマーヤと共に出入り口へ向かった。
「二人とも頑張んねんでよー」
……
取調室に連れてきた“チハル”と正対し、改めてミランダ警告を行った上で取調を始める。
聴取はリュウカが行い、マーヤは傍らに立って脱走防止のために見張る形だ。
「まず最初に、あなたの本当の名前はなんと言うのですか?」
「鹿島田チハルって言ってるでしょ」
「その鹿島田さんはあなたが私を襲った時、トリニティの教室にいたそうです。これは正義実現委員会が裏取りを行いました」
それを聞いて“チハル”は首を傾げた。
「なんで? 私なんか騙ったって何も得しないじゃん」
「それを聞くのはこちらの方ですよ」
これを発端として、リュウカと“チハル”の間で認識のズレが表面化してゆく。
聞き取りを行う過程で話が頻繁に脱線するが、彼女が知る事実はこうである。
『アリウス分校の処遇問題の違い』
『ミカがティーパーティーから除名されていない』
『SRT特殊学園が廃校になっていない』
等など。
なんとも奇妙で、世間一般からも
「はぁ……。ウソなら『カイザーグループが崩壊する』ぐらいわかりやすいものにしてください」
いくら温厚なリュウカといえども限度がある。いい加減ウンザリして適当な事を口走った。
「え? “あの騒ぎ”で潰れたじゃん。カイザーって」
「へ?」
突飛すぎる一言に二人は一瞬思考が止まった。
「逆に聞くけどさ、おまわりさん」
そしてトドメの一撃がくり出された。
「どうしてサンクトゥムタワーが無くなってるの?」
「……何を言ってるんです? あれは結構前に──」
反論しかけて、リュウカはある可能性に気付いて言葉を飲みこんだ。
学園都市の象徴たるサンクトゥムタワーは『虚妄のサンクトゥム』出現時に跡形もなく破壊され、いまは再建計画が進められている途中である。
その事業は『これほど大規模な建築のノウハウを他に持っていない』という建前で、カイザーの傘下企業へと発注されている。
そもそも連邦生徒会はその組織的な堕落からD.U.の経済活動をカイザーグループに依存しきっており、それを突然失ってはキヴォトス中央部全体が混乱に陥るのは目に見えている。
世界の前提がそもそも狂っている。
そうなると、彼女について考えられるのは二つ。
ひとつはこの少女が精神疾患を抱えており、『自分を鹿島田チハルと思いこんでいる』可能性。
そしてもう一つは──
「(よく似た世界からやってきた並行同位体……!)」
かつての≪色彩の嚮導者≫プレナパテスらと同じように、
次回に続く