戦女神の日常   作:目多須でぃてくた

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 本話で旧Twitterフォロワー様より提供していただいた
『怪物退治をしており、知り合いを失ったトリニティ生徒』
 というアイデアを基にした話は完結です。
 この場を借りて改めて感謝いたします。

 ……今思うと、からかわれていたのかもしれません。(24/09/10)


10 輪廻する世界

 

 暗雲が空を覆い、世界の嘆きかのように降り注ぐ雨。

 弾痕が穿たれ機能を停止したシッテムの箱。

 地面に跪く“彼”に悲しそうな顔で銃を向ける、黒衣を纏った始まりの君(砂狼シロコ)

 あの光景はきっと、“彼”がプレナパテスとなる直前の出来事なのだろうとルシアは考えた。

 

 ただ、それと今直面している状況は似てるようで違う。

 

 サオリに撃たれた時をはるかに上回る激痛と出血に倒れ伏す彼女。

 地面に落ちたシッテムの箱は、襲撃者の殺意を反映したかのようにグシャグシャに砕けている。

 「先生! ルシア先生!?」

 半狂乱になりながら体を揺するのは、異なる世界から来た迷子の生徒。

 

 「■■君……どう、して?」

 「……その顔で“俺”の名を呼ぶな」

 ルシアは傷の痛みでかろうじて意識を保ち、焦点が定まらない視線を襲撃者へと向けた。

 まるで“黒服”のようにスラリとした長身を包む黒い上下スーツ、黒髪の短髪に中折れ帽子を被ったそれの後ろ姿は“ゴルコンダ”を連想できるかもしれない。

 右手で硝煙を燻ぶらせているのは、彼が好きだと言っていた007シリーズに出ていたワルサーP99か。

 ……いや待て、“彼”はこんな黒ずくめだっただろうか?。

 

 「人殺し! 先生なんで言ってるけど、やっぱりあんたはまともな大人じゃなかったんだ!」

 チハルは愛用する突撃銃(HK416)の銃口を“先生”へ向け、素早く安全装置(セーフティ)を『単射』へと入れた。

 “先生”はチハルを見ると鬼のような形相を瞬時に変え、貼り付いたようなほほ笑みを浮かべた。

 「LYNX1、撃つなよ。……騙されないで。その人は悪い奴が作り出した“偽物の先生”なんだ」

 「どっちが! あの化け物騒ぎだって本当はあんたが起こしたんでしょ!? カイラやみんなを返してよ!」

 「それは……まあいい」

 吐き捨てるように呟くと、“先生”はゴミを見るような目で血の海に沈むルシアを見た。

 

 「業腹だが感謝してやる。シッテムの箱の複製品(ミメシス)を持つお前のおかげで“ロンギヌスの槍”が完成した」

 そう言いながら手にしたワルサーの銃口を、己の側頭部へと突きつける。

 「な……何をしてるの!?」

 先生が命の危険に晒されるような攻撃は、例え本人の自傷行為でもシッテムの箱(アロナ)が防ぐはずである。

 現に“奴”が左手に持っているシッテムの箱の画面がチカチカと点滅している。

 

 何かが起きようとしている。

 

 「SRTを存続させたのは悪手だったな……ミヤコたちには悪いけど、“次”からは無しだな」

 『おい先生何をしている!? ……まさかお前、ループ型の──』

 人差し指がトリガーセーフティを押し、引き金が絞られる。

 「■■君、やめ──」

 

 “先生”の頭が弾け飛んだ。

 

 

 


 

 

 

 “D.U.怪異動乱”。チハルは自身が観測した出来事がそう呼ばれていると語った。

 連邦生徒会より公表されたという事件の概要は以下の通りである。

 

 カイザーグループのペット販売会社が“キヴォトスの外”から持ちこんだ外来生物をD.U.内限定で販売・流通させた。

 これは“外”との防疫を担当する組織や、SRT特殊学園による警戒網を突破して行われていたという。

 原作に輪をかけて悲惨極まりない、ヴァルキューレの内情も監視の網が綻んだ一因だと言われている。

 

 その外来生物は神秘(ヘイロー)持ちの人間に入りこむと脳に寄生し、神秘を異常変質させるという未知の性質を持つ寄生虫の宿主であった。

 肉体はゾンビとも口裂け女とも形容される『ヒトの形をした何か』となり、脳が寄生虫に破壊されているため治癒は不可能。

 神秘の変質により防御力は低下しているため、銃撃や肉弾戦による殺害は可能である。

 ……が。キヴォトス人の四肢をもぎ取って殺すほどの常軌を逸した力を持っているため、懐に潜り込まれれば命はない。

 

 原因はゾンビものの作品でありがちな『ウイルス』でないため感染力は低く、犠牲者の肉体は生命活動を停止するとまるで複製(ミメシス)のように消滅するため事後処理も容易であった。

 しかし可愛らしい見た目と飼いやすい生態から爆発的ブームとなっていた事が、被害を拡大させることに繋がった。

 また販売はカイザーの根城であるD.U.の系列店のみであったが、人気に目をつけた転売屋が学園自治区に持ちこんだため状況は更に悪化した。

 

 チハルの友人もその時に巻き添えを食らい、彼女の目の前で命を落としたらしい。

 

 最終的にはシャーレが各学園と共同で開発した特殊な電波をサンクトゥムタワーから放射し、寄生虫を死滅させる事で動乱は終結した。

 そして到底看過できない事態を招いたカイザーグループは遂に裁きが下り、首脳陣の多くが起訴され組織も完全に解体された。

 だが誰もが予想した通り、いまのD.U.は経済的にも治安的にも大混乱に陥っているという。

 

 

 リュウカはマーヤが運転するミニパトの中で、チハルの証言を頭の中で反芻していた。

 物思いに耽る彼女がハンドルを握るのが怖い、とは出発直前のマーヤの弁である。

 こうして外に出ているのは、『後は私がなんとかする』と申し出たルシアをチハルと共に指定された場所へと連れて行ったからだ。

 「ねえリュウカ。ルシア先生ってもしかしてさ、アガサさんの同類だったりする?」

 一切よそ見をせずにマーヤはそう語った。こう見えて彼女は生活安全局生徒の中でも運転が上手な方だった。

 というより、パトカーに限らずわき見運転は厳禁である。

 「そうですよ? ママの古い知り合いです」

 「通りで……。じゃあさ、いま悩んでるのは亡くなったっていうチハルの“友だち”の事?」

 「ええ」

 

 

 『“カイラ”に気持ち悪いぐらいに似てるんだよ、お巡りさんは』

 

 朱野(あけや)カイラ。トリニティ総合学園一年生、無所属。

 ある良家の子息と市井の女性との間にできた不義の娘であり、責任を取り養育費こそ与えられたものの家族愛に乏しい環境で育つ。

 唯一自分に愛情を与えてくれた従姉の後を追うようにトリニティへと入学、そこでチハルと知り合う。

 怪異動乱の末期、逃げ遅れた幼い子供をその身を犠牲にして救い落命。享年一六歳。

 

 『私の持ち物の中にSTACCATO P(スタカート)があったでしょ? あれはカイラがバックアップに使ってたのを形見として貰ったのさ……』

 『……』

 

 

 夕焼けに照らされたリュウカの横顔に、一瞬視線を向けて語りかける。

 「もしかして、その朱野って人が実のお母さんかもって考えてる?」

 「まあ、状況証拠的には。どうでもいいですけど」

 残念ながらキヴォトスにおいても『捨て子』というのはありふれた問題である。

 一度『学園』という枠から外れると社会復帰が事実上不可能になる高校生ほどではないが、親のいない子供に対する世界からの庇護は地球より事情が悪い。

 たまたま観光に来ていた養母(アガサ)に見つけられなければ、そのままロッカーの中で短い生涯を終えていただろう。

 また他人に発見され保護されたとしても里親が現れるとも限らず、中学校までは児童養護施設で育っていたかもしれない。

 

 「(ほんと、私は幸せ者ですね)」

 愛するママにこれからどう恩返ししていけばいいのかと、今から卒業後の事にまで考えを巡らせ始めるリュウカ。

 「(“その人を探す気があるの?”なんて言わない方が良さそうだね)」

 もし問いかければきっと『私の親は夢月アガサだけです!』と怒るだろうなと、マーヤは喉まで出かかった言葉をぐっと飲みこんだ。

 

 ミニパトを駐車場に停め車から降りた直後、リュウカの“キヴォトスでは学びようがない”感覚がビリリと警告を発した。

 「……上?」

 「えっ?」

 

 

 

 約一分前。

 ヴァルキューレ本館地上五階の窓際に、警察学校の最高戦力である『公安局』のオフィスがある。

 

 公安局はヴァルキューレの“上層部”*1にあたる連邦生徒会・防衛室から直接指示を受ける立場にあり、警備局や捜査局では対処できないような凶悪犯罪だけでなく“きわめて政治的な”事案にも対処する。

 例えば主に警備局が起こす警察不祥事の隠蔽や後始末*2であったり、防衛室の汚職官僚と悪徳会社が水面下で手を結んだ結果の後ろめたい案件であったりする。

 数か月前に起きた公安局そのものが起こした汚職(リベート)事件も、もとを辿れば防衛室の官僚とカイザーグループの癒着関係が根源にある。

 

 公安局の責任者であり“狂犬”の異名を持つ尾刃カンナは、自身のデスクで久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。

 ここ一週間は公安局が出動するような事件も起きず、事務担当の不足に起因する山のように積み上がった書類もない。

 「……しばらくぶりか、ここまで何もないのは」

 カンナは持ち前の三白眼を細めながら、一人感慨深げに呟いた。

 

 

 ほんの半月前までは“連邦生徒会長代行”カヤの逮捕──実際はRABBIT小隊の功績を譲られた──に絡んだ行動や自身に関係する騒動をしつこく糾弾されていた。

 

 前提となるのは、カイザーによるクーデターと≪色彩≫の襲来が立て続けに起きた二日間での公安局の活動とその顛末だ。

 

 あの日連邦生徒会は突如として行政委員会を解散させ『戒厳令』を発令*3、ヴァルキューレ警察学校を含むD.U.すべての行政機関は権限を剥奪され活動停止に追いやられた。

 情報と交通網が遮断され街をカイザーPMCが跋扈するなか、カンナは独自に得た一連の情報から『誘拐されたシャーレの先生が監禁されている』場所を割り出して単独行動を起こす。

 彼女の部下たちもまた独自の行動で『局長と先生がRABBIT小隊の拠点(子ウサギ公園)に居る』事を知り、無断出動してカイザーに奪われたシャーレの奪還作戦へと協力した。

 

 しかしキヴォトス全土の行政制御権を担うサンクトゥムタワーを用いた“行政命令”の無視は『国家反逆罪』に等しい。

 『プレナパテス決戦』後しばらくして、タワーを失いながらも機能を取り戻した上層部はこれを問題視した。

 これによりカンナは公安局長を解任のうえ無期限の停学……事実上の懲戒免職処分を受けてしまう。

 この沙汰に部下たちは激怒し、上層部への抗議のためストライキを始めてしまい公安局は機能停止に陥ってしまった。

 

 ここまでは本作でも何度か触れている出来事である。

 しかしカンナの口からそれが語られる前、『カルバノグの兎編』2章10話において、防衛室の次席*4はカヤに対してこう説明している。

 

 『今までそういった事を担当していた公安局長と公安局の生徒は命令不服従で謹慎中でして……』

 

 まるで不知火カヤ連邦生徒会長代行による新政策に反発し、ストライキを起こしたかのような言い方だ。

 それぞれ別の『命令不服従』を一纏めに話しただけかとしれないが、この世界線(本作)においては以下の理由がある。

 

 ヴァルキューレ警察学校の内部抗争だ。

 

 公安局は通常『捜査局』と『警備局』がそれぞれ担当する『捜査活動』と『武力行使』の両方を単独で行う権限を持つ、独立性が高い部門である。

 カイザーとのリベートで警察学校の制式装備からかけ離れた兵器の供給を受けているように、装備品に関してもある程度の自由裁量権が認められている。

 単純に規模が桁違いの警備局を除けば、割合的には警察学校でもっとも予算を使っていると言っていい。

 活動範囲の一部重複*5や後ろめたい案件に使われるように、前後関係が逆だがヴァルキューレ公安局は『防衛室配下のSRT特殊学園』という立場にあるのだ。

 

 一方ヴァルキューレ警備局はとつじょ閉鎖されたSRT特殊学園の生徒の受け皿となっている。

 ごく限られた数の生徒であるが、警察学校の有り様を嘆き、あるいは嘲笑う者が加わったことは劇薬のように『組織の現状に不満を持つ者』を刺激した。

 そしてSRTが正式に廃校となった矢先、公安局は深刻な汚職事件を起こし、連邦生徒会を巻きこんだ不祥事は大々的に報道された。

 

 複雑な事情が重なり公安局長であるカンナに対する処分は軽いもので済まされたが、これがますます各部局の急進派・過激派を刺激した。

 事件報道からしばらくした後、晄輪大祭会場の警備を主催のミレニアムが『D.U.内にも関わらず』自治権を主張して拒否する“事件”が起きた。

 ミレニアムの横暴に対して、会場内から締め出されたヴァルキューレは『警備局と生活安全局を根こそぎ動員して会場を包囲警備する』という力技で応えている。*6

 これは『連邦生徒会からの命令を忠実に遂行しています』という対外的なポーズというよりは、警備局の力を示すための示威行為の面が強かったのだ。

 

 生活安全局長(天田ミヤビ)「なんで生活安全局まで巻きこんでいるんですか? 内ゲバも大概にしてください」

 

 本部だけではなくD.U.各所の警察署から執行隊が引き抜かれた結果、当然ながら犯罪対応能力は激減。

 ヴァルキューレの評判はむしろ悪くなった事に、過激派は気付く事はなかった。

 

 そんな中起きた『戒厳令の無視』は、警備局の一部を中心とした『過激派』にとってはひどく都合が良い不祥事だった。

 

 先生が『カンナたちが罪に問われないよう』手を回す前に防衛室へ公安局の不祥事を『告発』、防衛室内に作っていたシンパがそれを『確認』し『内々に処理』する事でカンナを懲戒処分。

 次期公安局長が決まるまでは副局長に全指揮権をゆだねられたが、当の副局長を始めとした“カンナ親衛隊”はこれに怒り処分の撤回を求めてストライキを始めた。

 

 それこそが過激派の狙いだ。

 警察組織の特殊部隊が『いち個人の私兵』と化しており、それが度重なる不祥事を起こしているとなれば最早言い逃れはできない。

 この状況を生み出すことで公安局を解体に追いこみ、警備局が天下を取ろうとしたのだ。

 防衛室トップのカヤが公安局の現状を知らなかったのは問題のシンパが『普段あまり関わらない部下』であり、行動が管理責任者クラスの承認を得ない完全な独断だったため。

 防衛次長が曖昧な表現でそれを伝えたのは、自身も最近知った本件でカヤに咎められるのを恐れたためだ。

 

 だが公安局を機能停止に追いこんだところで、これまで団結していた過激派と急進派の足並みが乱れた。

 元々『公安局を潰す』という目標で当面の利害を一致させていただけなので、それが概ね達成された事で己の利権だけを求めるようになったのだ。

 『浮いた予算で警備局の装備を強化すべきだ』『警備局内にSRTなみの装備を保有した特殊部隊を作るべきだ』『いやいや公安局の後釜として都合のいい新組織を設置するべきだ』などなど……。

 

 そうやって揉めに揉めてるうちにカヤのクーデターが勃発し、新政権によって警備局は検問係に貶められた。

 加えて失脚していたカンナがカヤとカイザーの陰謀を暴いた事で復職、公安局が活動再開してしまった。

 焦った過激派は『停職中のカンナが生活安全局を煽動し、政令に基づく治安維持活動を行っていたPMCを武力排除した』と真否織り交ぜた難癖をつけて再び公安局の排除に動いた。

 だが派閥の後ろ盾となっていた防衛室の行政官は、違法行為を行っていたブラックストーン社との癒着関係*7をRABBIT小隊と『真面目に仕事に取り組む』生徒たちに暴かれた事によって失脚。

 旗色が悪くなった過激派の活動は沈静化し、急進派もまた潜伏期間へと入った。

 

 しかし気になるのは『誰がRABBIT小隊に情報を渡したか』だ。

 いくら件の行政官が幾度も礼状の発行を拒む形で捜査活動を妨害していたとはいえ、外部への情報漏洩は問題になる。

 警備局や捜査局内にいる“一部の生徒”の独断とも考えられるが、正規のルートでこそないが罪に問われない方法がひとつある。

 RABBIT小隊の後ろ盾であるS.C.H.A.L.E(シャーレ)に依頼を持ちこむことだ。

 

 カンナはそう結論を下し、行きつけの屋台の席で先生へそれとなく聞いてみた。

 すると彼女は『私はミヤコたちに“相談”を持ちかけただけだよ』と軽く笑った。

 

 

 

 『(……まったく、あいつらには助けられてばかりだな。今度何か差し入れてやろう)』

 そう思いながら愛用のマグカップを手に取った直後、天井に巣を張っていた蜘蛛を捨てようと窓を開けた副局長が叫んだ。

 「姉御ォ! 空から先生が!?」

 「笑えない冗談だな。いくら先生でもそんな状況──」

 ウソ丸出しの冗談を鼻で笑い、コーヒーに口をつけながら窓の外に顔を向けた瞬間

 「ブッ!?」

 本当に先生が頭から落ちていくのを目の当たりにして、口の中のものを噴き出した。

 「せ、先生!?」

 

 

 

……

 

 

 

 「……どうしたものか」

 慌てて地上に降りたカンナは、そこで無傷で伸びている先生と何やら疲れ切った様子の生活安全局生徒ふたり(リュウカとマーヤ)を見つけた。

 騒ぎが大きくなる前に館内へ連れこんで事情聴取を行ったが、目を覚ました先生の供述にカンナは頭を抱えた。

 「先生と出会ったばかりの頃でしたら、正気を疑って精神鑑定を受けさせたでしょう」

 「地味にひどくない局長?」

 「そう判断せざるを得ないだろうが」

 カツ丼*8をかき込むマーヤの野次を軽く流し、対面に座る先生へ向き直った。

 「カンナの反応はもっともな話だよ。人より長く生きてるけど、私でもあんな事は初めてだもの」

 

 

 経緯をかいつまんで説明するとこうなる。

 警察学校本館を出たルシアとチハルは、彼女がこの世界に迷いこんだ原因と思わしき“時空の歪み”を見つけ出した。

 それを通って並行世界へと渡りトリニティ自治区へ向かう途中、“向こう側”のシャーレの先生らしい男性と遭遇。

 その男性はルシアを“ゲマトリアによる実験成果”だの“嫌がらせのような名前だ”などと訳のわからない事を言いながらこちらを銃撃した後、突然拳銃自殺を図った。

 男性の頭がはじけ飛んだ直後にキヴォトス全体の時空間が歪み始めたため、ルシアは咄嗟に自力で空間転移を行い脱出するも空中に出現してしまった。

 

 

 彼女が多芸なのはカンナもある程度知っているので深く追求しない事にしたが、それにしてはその“先生”の奇行が信じられなかった。

 「嫌がらせのような、ですか。名前を救済者(メシア)とでも聞き間違えたのでしょうか?」

 先ほどまではグッタリしていたが、ルシアから渡された謎のドリンク(ポーション)を飲んで回復したリュウカがそう呟くように話した。

 「その『ゲマトリア』ってなんなの先生?」

 「うーん。マッドサイエンティストの集まり、かな?」

 「……お前たちには関係ない話だ。そう名乗る犯罪組織があるという程度の認識でいい」

 シャーレ部員間である程度“共通の敵”に関する情報は共有しているが、カンナとてそのゲマトリアが何ものであるかを理解できていない。

 否、理解してはいけない気がしていた。

 

 「ルシア先生、少しよろしいでしょうか?」

 「なに?」

 「“先生”が自害した途端に世界が崩れ始めた現象について、なんとなく仮説を立ててみたのですが」

 リュウカは一種の確信を持って話題を切り出した。

 『ブルーアーカイブ』というゲームを通してキヴォトスを知り、様々なユーザーが世界観を考察しているのを見た“前世”の記憶が自信を裏付けていた。

 「言ってみて」

 「はい。……と、その前にカンナ局長。“ループもの”というジャンルはご存知ですか?」

 「まぁ、ヒット作が多いからな」

 「あー。夏休みを何万回もくり返すアレとか?」

 

 『ループもの』とは『主人公や周りの人物などが特定の期間を追体験し続ける』物語の類型で、その原理はタイムトラベルであったり超常的な現象であったりする。

 例としてマーヤが挙げた話は、シリーズ名にもなっているメインヒロインが“ある理由”で現実改変能力を無自覚に使い続けていたのが原因である。

 主人公らが異変に気付けたのは、あまりにも同じ事をくり返しすぎて『違和感を覚える可能性』が発生した事と、ヒロインの一人が全ての周回の記憶を覚えていたためだ。

 

 リュウカは“面倒な記憶を持っている”事を悟られないよう慎重に、自分が知りうる範囲の情報を選んで語る。

 「先生とシャーレが今まで解決してきた事件や騒ぎ、これらは“偶然”と“幸運”に左右された事もあったでしょう。例えば子ウサギ駅の件です」

 

 もし所活幸が武装蜂起して加勢しなければ?

 もしカンナが生活安全局(キリノたち)を連れてあのタイミングで駆けつけなければ?

 そうでなくとも、キリノとフブキ以外の生活安全局生徒が“退学処分同然の汚職警官”カンナの頼みを聞き入れなければ?

 ミヤコは目的地に到達する前に消耗し、カヤの計画を阻止できなかったかもしれない。

 

 「運が味方せずに“失敗した”結末もあると思います。そんな時、先生が“今の記憶を維持したまま最初からやり直せる”方法を知っていれば?」

 「……並行世界(パラレルワールド)への分岐ではなく、歴史改変による未来の変更か?」

 「ええ。そしてその方法こそが、ループ対象である『シャーレの先生が死亡する』ことなんだと思います」

 躊躇なく頭を吹き飛ばしたのは苦しまず一瞬で死ねるから、そして『自害する事に慣れている』から。

 おそらく『チェックポイント』は全ての始まり……先生がリンに起こされるあの時だ。

 「時空間が歪んだのは、歴史が違うものへと変わろうとしていたってことだね?」

 「咄嗟に脱出したルシア先生の判断は正しかったかと。あなたがあの場にいる事自体が矛盾なのですから」

 

 バイオ・ハザードによって大勢の人が死に、カイザーが崩壊した事でキヴォトス中央部は混沌とした状況と化した。

 統治機関である連邦生徒会と犯罪を取り締まるはずのヴァルキューレは形骸化しており、D.U.は悪の楽園となっているだろう。

 そんな世界を望む者は、連邦生徒会長に“シャーレの先生”として選ばれないはずである。

 

 「んじゃあボクたちが見知ったチハルはどうなったのさ?」

 「全員が記憶を持ち越しては歴史がまったくの別物になってしまいます。全てが“無かったこと”になった結果、チハルさんは変わらずカイラという方と仲良くやるはずです」

 どうかそうであって欲しい。

 軽く言い放った言葉に、リュウカはそんな想いをこめていた。

 

 話を聞き終えたカンナは、頭痛を誤魔化すようにブラックコーヒーを呷った。

 「荒唐無稽だ。……だが、≪色彩≫の襲来(あんなこと)が起きた後だと否定もしづらい」

 無限に広がる時空の海(マルチバース)のどこかにはリュウカの言うような理のキヴォトスもあるだろう。

 だが自分がいま居る世界がそうとは思いたくない。

 

 

 心の中に残ったなけなしの正義感。それに火をつけ一人駆け回ったあの夜。

 いつのまにかカイザーPMCの手に落ちた第3分校に殴りこみ、シッテムの箱を奪い返して彼女のもとへたどり着いた。

 あの時見た光景は、悪夢という形で今もカンナの心を苛む

 

 

 頭から流れた血で赤く染まった白髪と制服。

 手当もされず牢屋のなかに適当に投げこまれ、まるで死んでいるかのように動かない女性の姿。

 背負ったその軽い身体からは、体温が半ば失われて──

 

 

 間に合わなかった、救えなかった、全ては無意味だった。

 あの日あの時見た光景を思い出すたびに、そんな結末が頭をよぎる。

 

 

 椅子から立ち上がったルシアは、目を伏せるカンナの肩に手を乗せ語りかける。

 「安心して。私は一度たりとも死んでなんかいないよ」

 電源が落ちたシッテムの箱を取り出し手を触れる。

 

 “我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を”

 

 あの時と同じように、唄うように合言葉(パスワード)を紡ぐ。

 液晶画面に光が灯り、二人の少女の姿が先生(ルシア)の目に写った。

 

 『せ゛ん゛せ゛ぇぇぇぇ!!

 『先生、ご無事でしたか。それとアロナ先輩は声を抑えてください』

 

 『それにさ』と一旦言葉を区切り、リュウカとマーヤを見る。

 「“最高の結末を迎えるまで何度もやり直す”っていうのはよくある物語の類型だけど、『実績含めてオールクリアするまで帰れません』を現実でやってるみたいな感じがしない?」

 「……普通の人間では精神的に無理ですね」

 「どっかで気が狂いそう」

 

 

 “世界の救済者”って役割を与えられた主人公。

 『シャーレの先生』はそれを否定した。

 救済者でも審判者でも絶対者でもなく、学園ものの主人公でもない。

 ただ、世界がそれを認めるかどうかは別だろう。

 それでも先生は否定し続ける。

 自分は舞台装置などではないと。

 

 

 「(ですけど、本当に『救済者』として己を認識してる先生ともいるはずです。それがその世界のルールなのでしょうし)」

 はたしてその先生は“人間”で有り続けれるのだろうか?

 

 

 


 

 

 

 「──起きなさいチハル!」

 「うぇへ?」

 授業を終えたチハルはトリニティ・スクエアの広場で人を待つうちに、春の陽気に照らされて眠ってしまっていたようだ。

 「あんたね……一応“お茶カス(ティーパーティー)”の取り巻きでしょうに。変に隙を見せてたら何されるかわかったもんじゃないでしょ」

 修道服に身を包みひと目でシスターフッド所属とわかる生徒は、ベンチに座るチハルを見下ろしながらため息をついた。

 「誰が好きで奴の奴隷なんかになるかって。同調圧力って怖いよね」

 「シスターフッドにでも入る?」

 「規則がクソ厳しいからそれも嫌だよ。ネリスはいつもその辺ブラついてるけどさ」

 「いいわよ〜皆が奉仕活動してる裏でコーヒーブレイクするのは」

 「破戒僧!」

 

 じゃれ合い程度に罵り合っていると、校舎のある方向から一人の生徒が駆け寄ってくるのが見えてきた。

 「あ。ようやく終わったみたいだね」

 「人助けと称して体よく利用されてるだけじゃないかしら? あの子中身はいい子だから……」

 

 瑠璃色(ラピスラズリ)の髪を揺らしながら走る少女の姿を見据えて、チハルはふと思う。

 「(変な夢だったなぁ。キヴォトスが化け物だらけになるわカイラは殺されるわと)」

 

 

 彼女は『ひどく長い悪夢を見ていた気分』だと、夢を振り返って語った。

 ただ、最後の方に出てきた“シャーレの先生”を名乗る大人の女性の側はひどく居心地が良かった気がしたとも答えた。

 

 

*1
状況証拠による独自解釈。原作では『命令を受ける立場』という程度の扱いで、実態はよくわかっていない。

*2
カンナ絆ストーリー2

*3
実際は生徒会を乗っ取ったカイザーによるもの

*4
キャラ名は『防衛次長』

*5
キヴォトス全域を担当するSRTに対して、公安局はD.U.とその周辺の非学園自治区が活動エリア。

*6
晄輪大祭サイドストーリー『舞台裏のかくれんぼ』9p 10p

*7
RABBIT小隊グループストーリー1

*8
食堂から取り寄せたもの

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