許可を出していただき、ありがとうございます。
「──亡くなられた? それはどういう事でしょうか?」
「歩道につっこんできた車から子供を庇って……地球人の体はひどく脆いですから」
私はそう言いながら彼女へ封筒を差し出しました。
ああ、これはあの日の記憶を夢で見てるんですね。
事故で命を落とした
前に買った家はあらかじめ無事なのを確認していましたし、学園都市で手に入らないものも備蓄を補充しておいたので荷物は持たずに済みました。
いま直接持ちこんだのは二つ。
私の名を保有者として刻んだ“大人のカード”と、彼の署名と拇印が入った代筆の委任状。
キヴォトスにおいては“契約”というものは地球や■■■■■■以上に重要視されているものです。
国家元首である連邦生徒会長からの直接指名である以上、ジン君は連邦生徒会と正式な契約を結んでいると考えるのが自然です。
いつ死んでもおかしくない状態なのに……あの子は医師に頼んでこれを用意していました。
そのおかげでほんの少しでも、リンちゃんにこちら側の事情を受け入れてもらえました。
「……承知致しました」
この時のリンちゃんは不承不承といった様子を隠していませんでした。取り繕う余裕がなかったということでしょう。
「改めまして……私は
「ルシア・ガーネットさん。あなたはおそらく、私たちがここに呼び出した先生……の代理。という事でよろしいのですね?」
「ええ。ジ……
私自身はまだ名乗っていません。
委任状に書いてある名前を読み上げただけ。
「あなたのお気持ちは理解できます。こんな事態になってしまったこと、遺憾に思います。でも今はとりあえず、私についてきてください」
リンちゃんは小さくため息をつき、椅子から立ち上がりました。
「どうしても、“先生”にやって頂かなければならない事があります」
レセプションルームのある階へ向かうエレベーター、その中での会話はなかった。
リンちゃんも私も、どう話をしていいのか分からなかったから。
只々窓の外に見えるサンクトゥムタワーの光を眺めていた。
『キヴォトスへようこそ』
『キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。これから先生が働くところでもあります』
リンちゃんの声で聞き覚えがない説明が頭に響く。
きっとこれは『あるべき世界』でジン君が聞いた言葉なのだろう。
プレナパテスとあのイレギュラー、“ジン先生”とは世界線を超えて二度も遭遇している。
だからどこかで“先生”の記憶が混信しているのかもしれない。
『あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね』
私はあの子に選ばれていない。
本当は“ジン先生”の代わりでしかない。
レセプションルームでは、この日連邦生徒会へ文句を言いに来た生徒たちが待ち構えていた。
そう、ユウカたちとの初対面です。
「ようやく会えた! 代行! 今すぐ連邦生徒会長を呼んできて──あれ?」
「主席行政官、探しましたよ」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況に関して納得のいく回答を要求されています」
「トリニティ自警団です。ここ数週間の急激な治安悪化に対して、連邦生徒会長に直談判に来ました」
リンちゃんの姿しか目に写ってない三人とは裏腹に、ユウカは後ろにいる私の顔と頭の上を交互に見ました。
だけどハスミたちが矢継ぎ早に自分の用件を押し付けはじめたのに同調して、私の存在を気にしなくなったようです。
リンちゃんに煽られたのもあるのでしょうけど、彼女は三人と違って
苦情と事態への対処を連邦生徒会に対して、ミレニアムの正式な要求として伝えなければいけません。
私自身まだ何も説明を受けていませんでしたから、情報収集のために黙ってみんなの言葉を聞いていました。
そしてリンちゃんから明かされる連邦生徒会長の失踪、最終責任者不在によるサンクトゥムタワーの制御権喪失。
「認証を迂回できる方法を探していましたが……先程まで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今はその方法があるという事ですか? 首席行政官」
「はい」
リンちゃんは一歩右にずれると、前に出る形となった私を手で指し示しました。
「この方が
『この先生こそが、いま混乱の最中にあるキヴォトスを救う、救世主となってくれる存在です』
救世主、か。
フランシスの主張が正しいと言っているようでなんか嫌だな。
あの子は本当に普通の人間なのに。
……まさか、あのイレギュラーは『救済者』としての役割を与えられた末路じゃないでしょうか?
「ちょっと待って。そういえばこの人は誰なの? ヘイローがないし、もしかしてロボット?」
『ちょっと待って。そういえばこの先生は一体どなた? どうしてここにいるの?』
「……こちらのルシアさんは、これからキヴォトスで“先生”として働く方で、連邦生徒会長の権限に基づいて『外』から特別にお招きしたお方です」
……リンちゃん、いま思い返すと言葉選びがうまいね。
シャーレは連邦生徒会長から直接与えられた権限を使って活動します。
本来の顧問であるジン君が後任として私を指名した以上、『連邦生徒会長が指名した』などと言わなければ嘘にはならないのです。
「先生ですか? キヴォトスではもう見かけなくなった職業だと覚えていますが」
『キヴォトスではない所から来た方のようですが……先生だったのですね』
ハスミが訝しむような目で私を見る。
五年ぐらい滞在していれば、“学園都市”の呼び名とは裏腹に教師……
デジタル教材による自己学習やリモートワークによる通信講座が当たり前となって、教壇に立って直接生徒に教える教員は大昔に廃れてしまったのです。
私たちの一般的イメージに近い先生は、私塾の講師や専門学校などの教官など残るのみだそうです。
「なんでわざわざそんな人を連れてきたのよ?」
「……“先生”は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来る事になりました」
連邦捜査部
失踪する直前、連邦生徒会長が設立した直属の超法規機関。
それ故に権限や予算は連邦生徒会のものに基づいてはいますが、私が帰郷している間に出来たSRT特殊学園と違って、活動や組織の有り様については干渉を受けません。
そこが誰かの私有地であろうと侵入と戦闘を起こした事による損害は罪に問われませんし、顧問のさじ加減ひとつで生徒を強制的に捜査部へ転籍させる事もできます。
……はっきり言って存在そのものが異常でしょう。
ですがそのおかけで連邦生徒会が乗っ取られようと崩壊しようと、社会的地位さえ築いてしまえば短期的には問題なく活動できます。*1
ええ。カヤちゃんとカイザーが起こしたクーデターと≪色彩≫の襲来が、皮肉にもそれを証明しました。
なぜこのような組織を部外者であるジン君に任せようとしたのか?
それは生徒会のナンバー2であると同時に、会長と親しい仲のリンちゃんですら知らされていませんでした。
……
会合場所となった建物から三〇キロメートル離れた場所に立つシャーレの
そこへ向かうためのヘリを手配するのに、リンちゃんは
でもモモカちゃんが出したのは『シャーレビルが重武装の
「なんで私たちが不良と戦わなきゃならないのよ!?」
「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから」
「それは聞いたけど!」
その身で銃弾を弾き返しながらユウカが叫びました。
リンちゃんが下した判断はこうです。
その場にいた生徒四名と私を現場に直行させ武装集団を排除、そのままシャーレオフィスの安全を確保するという……すごく無茶苦茶ですねこれ。
もちろんリンちゃんも無策に突っ込ませた訳ではありません。
ユウカはともかく、他の三人はキヴォトス中央部でも名の知れた武力組織『正義実現委員会』『ゲヘナ風紀委員会』『トリニティ自警団』の
またヴァルキューレ警察学校と連絡を取り、警備局の出動を要請しています。
今はシャーレの先生をしている私が言ったらまずいかもしれないですけど、警備局も公安局も事務処理が非効率すぎて出動が遅いんですよね。
出動指令が下って警備局の部隊が到着するよりも、勝手に出動したキリノとフブキが到着するのが数分単位で早かったそうですから。*2
つまり私たち五人は孤立無援の状態に置かれました。
皆で横転したトレーラーの陰に隠れるなか、スズミは私に問いかけます。
「先生、銃は生徒会の建物にお忘れになられたですか?」
「最初から持ってません」
「え?」
信じられないといった表情を全員から向けられました。
「……先生、あなたはその程度の知識で先生を名乗っているのですか?」
ハスミは怒鳴りそうになるのを必死に堪えながら、怒りに満ちた目で私を見ました。
「保育園児でも爆弾を持っています。それともあなたは産まれたての赤ん坊なんですか!?」
「ここではそうです! でも私の故郷じゃ一般人が銃を手に入れるのは許可が必要ですし、いつでも使えるように持ち歩くのは禁止されてたり手続きが更に厄介なんです!」
化け物を見るような目で見られました。ひどい。
もちろん何年も住んだ経験があるので、キヴォトスの“常識”は知っています。
ですがアヤネのように外見上銃を持っているか分からない*3子もいますし、実際に銃を持っていなくても困ることはないのです。
帰郷した時はこっちの家に銃を置き去りにする訳にはいきませんし、今回は当初の予定が大幅に狂っているので銃の持ち出しを忘れてしまったんです。
車を貫通したガトリングガンの弾が、顔の真横を飛び去りました。
怖い怖い! 今は基本的にシッテムの箱が守ってくれますが、この時は本当に死ぬかと思いました。
弾倉を替えながらチナツが叫びます。
「では前方に出て敵の注意をひいてください! それぐらいは出来ますか!?」
「キヴォトスの外の人は、一発撃たれただけで普通に死ぬんですけど……?」
この日、私は危険な世界に行く時に使うフード付きのロングコートを着ていました。
アー■ナ■ツでしたっけ? あれの主人公たちが着ているようなデザインです。
拳銃弾ぐらいはなんとかなりますけど、さっきから飛んできてるライフル弾を無傷で……とはいきません。
「……嘘ですよね?」
チナツはショックのあまり、こうとしか言えなかったようです。
『先生はキヴォトスではないところから来た方ですので……私たちとは違って、銃弾一つでも命の危険にさらされる可能性があります。その点はご注意を!』
シャーレの顧問になって、あちこちの風紀委員会や司法機関に出入りするようになってから知った話なんですが……彼女たちは『外』から来た人でも平気で撃ちます。
キヴォトスは時空間を隔てて交信する技術すら発明されていませんから、そもそも他の文明との交流が乏しいです。
私やゲマトリアのように善悪関係なく自力でここに来る者が少なからずいますから、『異世界なんて存在しない』とまでは行っていませんが。
そして神秘の大地キヴォトスでは、何らかの現実改変効果が強制的に働くことで『肉体が一時的に作り変えられる』のです。
ヒマリの言葉を借りるなら『キヴォトスの理』によって、銃弾を物ともしない肉体とヒト種であるならヘイローの付与がなされます。
私が知る地球とは別の地球から来た“あの子たち”が実例です。
だからこそ、『外部の人間の脆弱性』というものを知る由も無い訳ですね。
……ならどうして“本来の先生”に対して、ユウカたちはさも当然のように気を使っているのでしょうか?
シャーレを私利私欲のために利用する、しようとする学園のトップでも『この程度で死ぬわけがない』という認識で私に危害を加えたのですよ?*4
そしてジン君はどうして“キヴォトスの理”が適用されていないのでしょう?*5
……連邦生徒会長に選ばれたから?
そもそもどうやってジン君を連れてゆくつもりだったのでしょう?
あまりにも危険すぎるのでキヴォトスへは定期便が出ていませんし、後から調べても連邦生徒会がチャーター便を手配した痕跡はありませんでした。
彼は本当に普通の人間なんですよ?
「じゃあ何ができるってのよ!? 何が先生よ役に立たないわね!」
短気なハスミほどではありませんが、怒りっぽいユウカは遂に我慢の限界に達したようです。
元々この状況に不満しかありませんでしたしね。
『先生、先生は戦場に出ないでください! 私たちが戦っている間は、この安全な場所にいてくださいね!』
……私は何■年生きてる大人で先生ではあります。
ですが聖人君子ではありませんし、子供の言葉であろうと差別的な発言は大嫌いです。
それに子供に舐められ続けてはジン君に代わって『シャーレの先生』になることはできません。
できるだけ平静を装い、大人の余裕を見せつけながら告げましょう。
「今から私の指示に従って」
「はあ!? 何を言って──」
ユウカの文句を最後まで聞かず、トレーラーの陰から勢いよく飛び出します。姿勢制御に役立つので耳と尻尾も出してしまいましょう。
「なんだありゃ!?」
面食らったのはチンピラ集団も同じで、一瞬攻撃の手が緩みました。
すぐ近くのビル外壁を斜めに蹴り上がりながら指示を出します。
『スズミ、一四メートル先三名に閃光弾! ハスミ、二一メートル先ミニガン持ちを狙撃!』
四人はインカムもなしに私の声が耳元に届くのにきっと驚いているはずです。
『ユウカとチナツ、七メートル先バリケードまで前進! 指示あるまでその場で自由戦闘!』
ですが互いに困惑させる暇など与えません。
隣の六階建てビルの屋上へと滑りこんで下を見ると、射程内の敵を掃討したハスミとスズミが先に進んだ二人の元へ移動しているのが見えました。
『先頭より三〇メートル先交差点で敵六名が再編中、全員SMG装備! 二四メートル先の青いミニバン付近まで前進!』
いくら目がいいからと言っても透視まではできません。私自身も隣のビルに跳び移る形で先に進みましょう。
……
今はシッテムの箱がありますから楽に“戦術指揮”ができますが、この時はとにかく自分でやれる事を継ぎ接ぎするしかありませんでした。
流出した巡航戦車*6をハスミに渡した即席の特殊弾で撃破し、ようやく到着した警備局と一緒に敵を掃討して……ようやくユウカたちは私への認識を改めました。
……といっても副音声として聞こえる“ジン先生”への手放しの称賛と違って、利用価値を見出したから掌を返したといったニュアンスでしたけど。
常にフラットな対応をしてくれたスズミだけが例外です。一般人のボランティア活動ですから政治とかには無縁ですしね。
建物の中でワカモと出会って、彼女が立ち去った後にリンちゃんが合流して、そして──
“我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を”
どこまでも続く青空と海を背景に、壁と天井が崩れた教室。
真ん中にある席で居眠りをしている
シッテムの箱を手に、頭の中に浮かんだ言葉を唱えた私の意識はその不思議な空間に移動していました。
外界とは時間の流れが違う……ここでの一分は外での一秒といったところでしょうか?
肩を揺すってあげると、彼女は寝ぼけながら起きて私を見て
「せ、先生!? この空間に入ってきたってことは、ま、ま、まさかジン先生……!?」
……彼の名前を口にしました。
「私は……」
「う、うわぁーー!? もうこんな時間!?」
テンパったアロナは私が名乗る暇も与えず、ひとしきり騒いでから自己紹介を始めました。
「私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!」
「アロナ」
「やっと会うことができました! 私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました!」
「アロナ、私の話を聞いて」
「? どうかしたんですか先生?」
膝を折って、頭に疑問符を浮かべるアロナに目線を合わせます。
「私はルシア・ガーネット。ある事情で来れなくなったジン先生の代わりに来ました」
「……へっ?」
アロナは目を丸くしてしばらく呆けると、苦笑いを浮かべながらそれを否定しました。
「イヤですね先生、ここにはジン先生しかアクセスできないんですよ? そんな訳が──」
「ごめんなさい」
この時は半ば衝動的に謝ったんだと思います。
彼が書いた委任状を懐から取り出して、アロナの目の前に差し出しました。
「……ジン先生は、キヴォトスに来る前に事故で亡くなりました。私は彼に後任として指名されて、ここまで来たのです」
「……」
彼女は震える手で委任状を取り、小さな指先を押された拇印に重ね合わせました。
「……そんな」
水晶のような瞳が揺れて、やがてじわりと涙のしずくが溢れ出した。
「う……うわぁぁぁぁぁああ……!!」
やがてアロナは水浸しの床に膝をついて、幼子のように大声をあげて泣き始めました。
「そんな! そんな事って! ジン先生ぇ……!」
「……ごめんなさい」
私は泣き止まない彼女を抱きしめてあげる事しかできませんでした。
魔法も魔術も使えない、銃を取って戦うための訓練も受けていないし不老不死でもない。
本当にただの若手教師でしかないジン君を、どうして連邦生徒会長が選んだのかは未だにわかりません。
ですが、一つだけハッキリとしている事があります。
彼が背負おうとしたもの、そして私が託されたものは、あまりにも重く大きいという事です。
遮光カーテンの隙間から差す朝日に照らされる室内。
ベッドに横たわるルシアが目を覚まして最初に見たのは、テーブル上で充電ケーブルに繋がれたスマートフォンとシッテムの箱。
酒をあれだけ飲んだのに二日酔いがないあたり、アガサが片付けと並行して“処置”をしてくれたのだろうと目星をつけた。
掛け時計はキヴォトス標準時午前五時四三分を指している。今日もシャーレの業務があるので二度寝をする時間は残っていない。
「……はぁ」
怠そうに身を起こすと、着替えとバスタオルを持って浴室へと向かった。
永年の友はどこまでも気が利いている。
鍋には具沢山のポトフが仕込まれており、テーブルには手作りのライ麦パンがひと籠。
ずいぶんと昔三人で歩き旅をした時、彼女がよく出していた組み合わせだった。
フウカやルミが作る料理も美味しいが、これは別格だとルシアはノスタルジーに浸る。
『あの、ルシア先生?』
『昼の分もあるな』と考えながら食事をとっているルシアに、スタンドで立てたシッテムの箱からアロナが話しかけてきた。
『昨日の夜のことなんですけど……』
「ああ。みっともないところ見せちゃったね」
『いえいえ! そうではなくて!』
アロナは両手をブンブン振って否定し、真面目な表情で“先生”に向き直る。
『確かにジン先生が亡くなってしまわれたのは残念ですし、今でも時々思い出して泣きそうになります。でも──』
『今はあなたが“シャーレの
そう笑みを浮かべるアロナの顔に、会った事もない連邦生徒会長の顔が重なって見えた。
「……ありがとう」
今日もまた、ありふれたキヴォトスの日常が始まる。
皆様、よいお年を。