如何なる経緯でカヤはFOX小隊を誑かしたのか?
連邦生徒会の幹部、不知火カヤは天才ではないが有能な人物である。
それは彼女が責任者を勤める『防衛室』の実態を見れば明らかであろう。
防衛室は日本国で例えるなら『警察庁・防衛省・裁判所*1・法務省*2をいち省庁にまとめ上げた』、強大で危険きわまりない部門だ。
連邦生徒会そのものの堕落もあって腐敗しきっており、超人が創設した『SRT特殊学園』により罪を犯した幹部が告発されようと是正が図られることもない。
そんな汚職役人ばかりの部下をまとめ上げ、自身が現状に甘んずることなく向上心を失わないというのは、良くも悪くも強い心を持っていると言えよう。
……残念ながら『権力を振りかざして人を使う』のに終始しており、自覚はあるのだが人望はまるでない。
不知火カヤは傲慢な野心家である。
学園都市キヴォトスの主たる『連邦生徒会長』の椅子を狙うと同時に、人から“超人”と云われる当代の会長に脳を焼かれた夢想家でもある。
……『自分の政治基盤を強め支持を増やす』のではなく『相手の数を強引に減らして相対的優位に立つ』という考え方のため、人望のなさも相まってあまり上手く行っていないが。
そんな折、
カヤにとってはあまり気に食わない人選であるが、主席行政官の七神リンを代行に据えて数週間のあいだ必死に会長を捜索したが……誘拐された痕跡すら見つからなかった。
やがて生徒会はこう結論づけた。『連邦生徒会長は行方不明になった』と。
問題なのはキヴォトス全体の行政制御を担い、連邦生徒会の権力の源である『サンクトゥムタワー』が使えなくなったことだ。
最終責任者……“キヴォトスの主”である連邦生徒会長がいきなり姿を消したため、他の行政官にタワーを扱う権限が与えられなかったのが原因だ。
各地で巻き起こるライフラインや機械の動作異常。機械的故障でもない限り、サンクトゥムタワーが『命令』を出せばすぐに正常化する。
それが出来ないとなると、連邦生徒会の価値は見るも無残に消えてしまう。
そんな折、“キヴォトスの外”から一人の大人がやってきた。
連邦生徒会長が失踪前に作った謎の新組織『
カヤを含めた幹部陣ですら“らしい”という認識には事情がある。
超法規機関であるシャーレを担当するのは十一ある行政委員会ではなく、リンが室長を務める独立部門『統括室』である。
そしてリンは何でも一人で抱えこむ傾向にあり、会長失踪後の風通しは良いとは言えなかった。
『無能のくせに』と、カヤが内心でリンを見下していた理由の一つはこの悪癖だ。
自分のほうが人を使うのが得意だという自信がカヤにはあったのだ。
それはともかく。
“シャーレの先生”は
『謎の大人がこんな力を持つなんて危険極まりない状況だ』と、生徒会内で『シャーレ脅威論』が囁かれるようになった。
先生がロクに挨拶回りもせず、自分のしたい事だけをする社会人として無責任な大人であったなら?
きっと連邦生徒会は“リン派”の中で最も彼女に親しいアユムとモモカ以外、先生とシャーレに『得体のしれない組織で好き勝手する大人』という認識を持っていたかもしれない。
『私はルシア。昨日から“シャーレ”の顧問として働く事になった先生です』
しかし“彼女”は赴任早々と生徒会へ挨拶回りを行い、日頃の活動の合間を縫って各部署を手伝い始めた。
あの人は時々フラリと現れては話しかけてきて、カヤの仕事の不備を見つけては諭すように指摘していく。
それは時に不正の証拠にまで近づく事もあり、カヤにとって先生は要らぬお節介を焼くうえに目障りな存在であった。
でも、それがどこか心地よく感じられてしまった。
やがてシャーレは数多くの学園の事件や生徒の問題に対処していき、その知名度と人気は徐々に上がっていった。
連邦生徒会内でも先生の評判は良く、彼女を危険視する声はあまり聞かなくなった。
ところがある日、カヤはふとこう考えた。
『彼女の得た名声は、本来なら連邦生徒会長が得ていたものではないのか?』
社会システムそのものはともかく、キヴォトスの支配層は“子供”だ。
カヤはその意識が人一倍強かったし、何よりも『憧れた人の立場を“大人”が奪った』という事が許せなかった。
その時から、彼女は先生の
“連邦生徒会を蝕む大人”を排除するために。
先生が連邦生徒会への書類提出を怠ったり*3仕事が杜撰であれば、カヤの配下であるヴァルキューレ警察学校『公安局』を動員し不正の証拠でも探せただろう。
だが彼女は
先生が公安局長である尾刃カンナと度々顔を合わせている*4事から、彼女へ聴き取りを行ったが『巷で流れる噂以外、怪しいところはない』との返事が返ってきた。
気に入らない。
カヤは先生にお節介を焼かれながらも、心の中でそう毒づいた。
リンを会長代行から引きずり落とすための政治工作も、進捗はあまり良くない。
“彼女”が間を取り持つことで統括室……というより、リンに対する不満や能力への疑問視が緩和されているのだ。
ここでもカヤ自身のやり方が足を引っ張っている。
正攻法での行き詰まり感を覚えていたある日、ロスト・パラダイスリゾートの件*5から戻ってきた先生がカヤに尋ねてきた。
「SRT特殊学園の方は、相変わらず動かせないの?」
LPリゾート群島の騒ぎにはカイザーローンのダミー企業が関与しており、雇いこんだヘルメット団に武器を提供していた他カイザーPMCも展開していたという。
たまたま先生が詐欺事件に巻きこまれた生徒と共にカイザーを排除した直後だったが、そんな状況のなか何も知らないリンとモモカが無防備に駆けつけてきたという。
もしシャーレ側の動きがもう少し遅ければ、元カイザーPMC理事やヘルメット団によって二人は捕らえられていた可能性が高い。
連邦生徒会は長年に渡る組織の堕落により、D.U.で覇権を握る“商売上手”のカイザーグループへ半ば依存しているような状況だ。
連中は生徒会が管理する土地で好き勝手やっていたのを棚に上げ、身代金なり司法取引を求めてくるに違いない。
そのまま捕まってれば『愚か者』として不信任決議案を出せたのに。
先生手作りのBLTサンドを食べながら、リンの“無能度”をワンランク上げた。
「難しいですね。“大いなる力には大いなる責任が伴う”などと言われていますが、誰もがその責任を取るのを尻込みしてますから」
連邦生徒会はSRT特殊学園とヴァルキューレ警察学校以外、独自に指揮可能な“軍事組織”を有していない。
しかし非学園自治区に限り自由な活動が許されるSRTは、創設者にして
生徒会の『内部粛清』にも使われる超法規的部隊の責任者など、下心を疑われて誰も引き受けたくないのだ。
赴任直後の先生はSRTの活動に関して問い合わせてきた事がある。
しかし『連邦生徒会内部の問題』『いまの先生が口を出すとリンの立場
「一度生徒と話し合ってみたいのだけど、難しいかな?」
コーヒーを飲んでから口を開く。
「……やめておいた方が良いと思いますよ?」
「どうして?」
「こう言っては失礼かもしれませんが、先生の頑張りすぎが原因ですよ。固有の戦力を保たないとはいえ、権限的には上位互換のシャーレが成果を挙げてきているのを妬んでいる生徒が現れてきていますから」
SRT特殊学園は連邦生徒会長が不在でも、各室の室長や幹部級の行政官との協議のうえで活動の可否を決定する事ができる。
だが日和見主義者の幹部陣や代行権限の行使に消極的なリンでは、どれだけの事態に見舞われようと反対多数で活動は許可されないであろう。
そうやって自分たちが訓練に終始し燻っている間に、“外”からやってきた大人が率いる似たような組織が活躍し続けている。
数十名のSRT生徒のうちの何割かが、多かれ少なかれシャーレに対する敵意を持っているらしいと教官*6側から連邦生徒会へと報告が入っていた。
「それと莫大な運営費も槍玉にあがっていますね。SRTの装備品は内部生産・内部消費の特注品が多いですから、量産効果によるコストダウンは期待できませんし」
弁当箱をハンカチで包み直して先生へと渡す。
「今は連邦生徒会内でもSRTを存続させるかどうかの協議が行われているぐらいです。下手に先生が彼女たちに会いに行った結果『シャーレを廃してその権限をSRTに移譲せよ』と反乱を起こして、そのまま『危険分子』として学園閉鎖という可能性も……」
「……そっか」
先生が帰ったあと、カヤは先程自分が告げた言葉を思い出して天啓にうたれた気分になった。
「……そうだ! そうですよ!」
SRT特殊学園にとってシャーレは目の上のタンコブ、自分たちのためにも消えて貰いたい相手である。
そして“あの人”無き連邦生徒会にとっては、SRTこそが目の上のタンコブだ。
「“敵の敵は味方”。……確か三年生のチームに
カヤは遂に一線を越えた。
彼女は盟友ともいえる連邦生徒会長を突然失ったうえに、己のアイデンティティであるSRTの活動を制限されひどく憔悴していた。
カヤは言葉巧みにユキノを唆す。
『“SRT存続の件”で反対する者を消してしまえ』と。
「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。そのぐらいの隠密行動はSRTなら得意でしょう?」
数日後、連邦生徒会事務局での襲撃事件が発生。
サンクトゥムタワーの一部が損傷し、多数の負傷者が出た。
その中で『SRTの閉鎖に反対』していた室長らが瀕死の重傷を負わされ再起不能に陥った。
彼女らは俗にリン派と呼ばれていた者たちだった。
生徒会で起きた騒ぎに駆けつけた先生へ、カヤは力なく語る。
「監視カメラや被害者の目撃情報から、犯人はSRT特殊学園の三年生……FOX小隊なのは間違いありません」
学園の内情は分かっていたのに『存続賛成派』として食い止められなかった、そんな後悔を滲ませた顔で。
カヤが襲撃の黒幕なので当然演技なのだが、悔しいのはある意味事実であった。
政治的味方であるハイネが襲撃現場に居合わせ負傷したのは想定外であり、何をしてるんだあの脳筋バカは! と内心苛立っていたからだ。
とにかく、本件が原因で連邦生徒会内では『SRT特殊学園は一刻も早く閉鎖すべし』という意見が過半数を占めた。
リンは代行権限を行使して同校の廃校を決定し、かくしてSRTの命脈は断たれた。
この判断と多数の賛成意見すら、カヤの手のひらの上である事すら知らずに。
SRTの生徒たちへ『SRT特殊学園の閉鎖とヴァルキューレ警察学校への転籍命令』が伝えられた日、内々に指名手配され姿を消していたユキノは、闇夜に紛れる形でカヤへと掴みかかった。
しかしカヤは彼女の浅はかさを嗤い、“事実”を突きつける。
人の話をよく聞かずに動いた結果、自分自身でSRTにとどめを刺したのだと。
「私は『SRTの存続に反対している』とは一言も言っていませんよ? あなたが勝手にそう解釈して襲ったんじゃないですか」
「貴様……!」
「さあ、これであなた達は私の“仲間”ですよ?
ユキノに『責任』を押し付け心を砕く様は、彼女を真に知る者が見れば『彼女が考える悪い大人』そのままだと言ったかもしれない。
かくして不知火カヤは『裏工作』に必要な人員を確保する事に成功した。
彼女の野望は始まったばかりだ。
Tips:RABBIT小隊からの好感度は、既に『カルバノグの兎編』終了後の数値と同じ。
チェックメイト
≪色彩≫の襲来からしばらくして、不知火カヤは遂に七神リンを『連邦生徒会長代行』の立場から引きずり下ろす事に成功した。
リンに対する内外の印象操作や自身の汚職の擦付け、捏造した証拠を駆使して罪をでっち上げ逮捕。
そして“自身へ票を入れる”ようにと生徒会役員への地道な根回しが実を結び、
連邦生徒会はこの高度な科学社会に対して、分権化が全く図られていない時代遅れ甚だしい組織だ。
防衛室長は警察と軍事だけでなく司法を握る立場でもある。カヤにとってこの程度の工作は朝飯前だった。
≪色彩≫との戦いの中でリンの素顔を知った者たちとしては、あまりにも理不尽で不自然極まりない交代劇。
学園都市全土へ向けた演説のなか、カヤはリンの無能を糾弾し『キヴォトスの新秩序』の宣言すると、更に衝撃的な決議を公表した。
『──また、前代行の独断で認可され、活動内容の不透明性や度重なる破壊活動について予てより問題視されていた“連邦捜査部
「なんだって!?」
子ウサギ公園のベースキャンプで放送を見ていたRABBIT小隊とルシアは、『カヤが後ろ盾となってSRTの再興をしてくれるから、自分たちへ合流しろ』というFOX小隊の言葉の真意に気付いた。
「これってSRTが閉鎖された時と大して変わらないじゃん!? あの糸目何考えてるのさ!?」
「あの、それってつまり……」
声を張り上げるモエの横で、ミユはいつも以上に不安げな顔をルシアへと向けた。
「……シャーレは廃絶される。“民意”を組んだ連邦生徒会の正式な決定でね」
『──そして最後に。ルシア先生。先生もどこかでこの放送をご覧になられていることでしょう。』
『キヴォトスとシャーレの未来のために、ルシア先生に折り入ってのご相談がございます。この放送が終わり次第、連邦生徒会のレセプションルームへとお越しくださいませ』
『連邦生徒会一同、先生のお越しを心よりお待ちしております』
「……そうか、そういうことだったんですね」
カイザーコーポレーションによる連邦生徒会へのクーデター、その前段階である警察学校を騙ったカイザーPMCによるシャーレの先生拉致。
ヴァルキューレ第3分校がカイザーの手に落ちていたこと、更に遡れば警察学校が弾の補充にも事欠くほど異常な困窮に見舞われたのも。
そしてこれだけの事をしておきながら罰金刑などの軽い処分で済んでしまったのも。
警察学校の元締めであり、司法長官でもある不知火カヤが最初からカイザーとグルだった。
そしてその配下であるらしいFOX小隊は、連邦生徒会を襲撃しリンに親しい者を襲い、SRT特殊学園を閉鎖に追いこんだ……。
「全部……あなたのせいだったのか!? カヤ!」
怒りを抑えることが出来ずに、ルシアは手にしていた缶コーヒーを地面へと叩きつけた。
「(……こんなに激情を露わにする先生は初めて見ました)」
ミヤコはひしゃげたスチール缶とルシアの顔を交互に見やると、ふと湧いた疑問をぶつけてみる事にした。
「先生、先ほど『シャーレはリン代行の独断で認可された』と言われてましたが、本当はどうなんですか?」
ルシアは生徒の問いかけを耳にし、昂ぶる感情を抑え落ち着きを取り戻す。
「……あれは嘘だよ。シャーレは連邦生徒会長の命令のもと、
「じゃ、じゃあその書類をマスコミに公表したら、認可の正しさぐらいは──」
「ごめんミユ。シャーレ関連の公文書は旧連邦生徒会事務局の地下一階、統括室に割り当てられた保管金庫の中に保管されてたんだ」
「マジか。それじゃサンクトゥムタワーもろとも……」
天空より出現した≪虚妄のサンクトゥム≫はサンクトゥムタワーをその質量と運動エネルギーで圧し潰し、周囲数キロメートルにも及ぶクレーターを形成した。
連邦生徒会は異様なほど紙媒体に依存していたのが仇となり、データ化されていない公文書の多くがこの時に失われた。
「それだけじゃないよ。実は──」
「先生、少し時間を貰えるかしら」
セイアの予言の事を告げてリンへ警戒を呼びかけた日、ルシアは事務局を出る途中でアオイに呼び止められた。
普段人の出入りがない資料保管室へと入ると、アオイは険しい表情で詰め寄った。
「うさん臭い予言で連邦生徒会に動いて貰おうなんて一体どうしたのよ? 普段は根拠を必ず示してくれるのに、今回は先生らしくないわ」
「それはそうなんだけど……キヴォトス全体を詳しく複合的に観測できる施設がサンクトゥムタワーしかないから、その根拠を用意するのにどうしても協力して欲しかったんだ。何も起きなかったらそれに越した事はないしね?」
「……ハァ」
この先生にも限界というのはあるんだなという驚きと、それで組織を動かすなという呆れが半分ずつこもったため息だった。
「本題に入るけど、ここ最近シャーレに関して怪しい噂が流れてるのよ」
「というと?」
「シャーレはリン先輩……連邦生徒会長代行が独断で認可した、正当性が疑われる組織だという話よ」
それを聞いたルシアの目が細められた。
「おかしくない? 組織としてのシャーレが認可されたのは、リンを統括室長とする今の体制に切り替わる直前。卒業した前の室長たちが会長の出した案を承認してる」
「ええ。それは私も前任から聞かされて引継ぎしてるわ」
「連邦生徒会長がいなくなってリンが代行に就いて、私が来るまでの数週間以内にシャーレのような超法規機関を勝手に作ったのなら言いたい事はわかる。でも公文書でしっかり残ってるのなら──」
「無くなってるのよ」
アオイは吐き捨てるように言い放った。
「不審に思って確認してみたのだけど、問題の認可状が『連邦生徒会長失踪後、会長代行が各室長の承認を得ずに認可した』という内容のものにすり替わってたの」
「……!?」
「統括室内部の犯行か、あるいは連邦生徒会の誰かが工作員を手引きした……というのが私が出した結論よ」
何者かがシャーレを屋台骨から崩そうとしている?
「シャーレ預かりのSRT生徒が警察学校本館を襲撃した件*10、晄輪大祭の種目に口を出して一部を変更させた件とか、先生の判断や介入への批判が増えているわ。……もっとも、これまでの先生の貢献を考えれば、ありえない程急激にだけど」
「……」
「とにかく今はこれ以上目立つ動きは控えた方がいいわ。リン先輩だけでなくシャーレの立場も危うくなるわ」
『連邦生徒会の誰かがリンとシャーレを排除しようとしている』。その事実にルシアは薄ら寒いものを感じた。
自分だけが非難されるなら『責任を負う者』として甘んじて受け入れるが、態度に問題があるにせよ真面目に仕事をしているだけのリンがそうなるのはおかしい。
そして連邦生徒会長が
だが数日後、キヴォトス各地に謎の高エネルギー反応が検知された。
アオイの警告を無視した非常対策委員会の招集、カイザーによる先生とカヤの誘拐、会議の失敗とリンの権限凍結。
そしてカイザーコーポレーションによるクーデターと、≪色彩≫の襲来による世界存亡の危機。
目まぐるしく状況が変わってゆくなかで『シャーレの認可状が何者かにすり替えられた』件は記憶の片隅に追いやられ、忘れ去られていった。
他ならぬ犯人と、彼女に誑された者たち以外からはだが。
「……サイアク。打つ手なしじゃん」
モエは天を仰いだ。
なにが『データ化すると不正アクセスによる改竄の可能性が高い』だ。原始的な手段で被害に遭ってるのなら本末転倒でしかない。
「先生、これからどうされるおつもりですか?」
「……結果が分かってても、ここまで徹底的に逃げ場を塞がれちゃ行くしかないよ」
ルシアは重い腰を上げると大げさなため息をつく。
「ミヤコ、サキ、モエ、ミユ。シャーレの権限が凍結された以上、あなたたちの活動は違法になる可能性が高い」
「『武器に意思は必要ない』って考えの是非は問わないけど、ユキノの誘いに乗るのが安牌だとは思う」
カヤが本当にSRT特殊学園を再興する可能性は限りなく低いだろう。だが全くのゼロではない。
詭弁でしかないが、頭ごなしに否定してしまえば『生徒の考えを
「でも取り返しがつかなくなる前に選択を変えるのも手だからね? あなたたちにはそれだけの時間がある。……それじゃ、行ってくるよ」
困惑する四人の視線を背に受けながら、ルシアは子ウサギ公園を後にした。
Tips:弾の補充に事欠くほど程盛大に横領されたヴァルキューレの予算は、
“カヤ派”の行政官の案内でレセプションルームへと向かう途中、ルシアはアユムとモモカから聞いた経緯を頭の中で反芻する。
『連邦生徒会長からの手紙を隠蔽・偽装し、権力を握るために行政官襲撃事件を起こした』罪で拘束されたリンの解任が決定した途端、“リン派”や自分に従わない中立派の幹部を追い出して議会を掌握。会長代行の任命やシャーレ閉鎖の決議案を強行採決したという。
どこが民主的な議会の決定だ? これは独裁者による明確なクーデターだ。
通路ですれ違う連邦生徒会の生徒から向けられる視線は嘲笑が七割、残り三割が憐れみ。
まるで
ルシアは様々な学園と関わり合いを持ち、そしてこの事態に直面したことで確信した。
連邦生徒会を構成する生徒の質は、他の学園の生徒会と比べて明らかに良くない。
昔は相応に優秀な生徒たちによって運営されていたのだろうが、ある時期からは『キヴォトス全体のインフラを遠隔制御可能な』サンクトゥムタワーを保有するに至った。
……生命線を握ることでキヴォトスを構成する学園を『統治』する。これはカイザーの『企業による支配』と何ら変わりない。
そんな連邦生徒会の官僚たちが驕り高ぶる様を見た数々の学園は、自校から選出される生徒の質を少しずつ下げていったのだろう。
その結果がこれだ。
只々現状維持に注視することで自動で入ってくる利益を貪るだけの、運営者が“子供”であるのを考慮しても堕落しきった統治機構。
化石化しようと非効率的な書式にこだわるのは、誰もがそれを『そういうもの』だとして疑問に思わないから。
防衛室に権力が集中し腐敗が平然と見過ごされているのは、その方がヴァルキューレを始めとした下部組織の予算を中抜きし、悪人から賄賂を受け取ることで私腹を肥やしやすいから。
そういった環境がずっと続いたからこそ、カイザーのような悪知恵が回る企業に付け込まれ、ズブズブに依存してしまったのだろう。
そして『超人』と持て囃され、本物かどうかも分からない手紙一つで『公文書偽造』の罪に問えるほど妄信されている当代の連邦生徒会長ですら、SRTやシャーレといった対症療法を用意するに留まり抜本的な改革までは踏み切れなかった。
こうして行き着いた先が、この状況なのだろう。
……
通されたレセプションルームでは、連邦生徒会長代行となったカヤがただ一人で待ち構えていた。
「こんばんわ*11先生。この度はわざわざ──」
「お世辞はいらないよ。用件を言ってもらえないかな?」
ルシアは既に『シャーレの先生』としての仮面を脱ぎ捨てていた。目の前にいるのは『教え導く子供』ではなく『互角の立場にいる社会人』だ。
「つれないですね……リン
「手紙の真贋は問うだけ無駄、状況からしてリンはおそらく寮にでも閉じこめてるんでしょ?」
「……流石ルシア先生ですね。いいでしょう、すぐ本題に入ります」
カヤは数枚の書類をホチキス止めした冊子を取り出し、机の天板の上に置いた。
表紙に連邦生徒会のロゴマークと『シャーレ組織改善計画草案』の文字が印刷されているそれを手に取ったルシアは、中身をなめ回すように読んでゆく。
「シャーレは各地の学園から絶大な支持を得ている一方、活動内容が不透明でキヴォトス全体から見れば『得体のしれない危険な組織』として批判的な論調が目立ちます。ルシア先生の尽力も虚しく連邦生徒会内部でも同じような風潮となったので、議会を納得させるため
ここまでの騒ぎは人為的に引き起こされたものでもあるが、彼女が言っていること自体は紛れもない事実だ。
カイザーやその辺のチンピラ集団を含めた『子供や弱者を食い物としている』側にとって、ひと度関われば確実に犯罪計画を破綻させてくるシャーレは実に厄介な存在である。
そんな存在をローリスクハイリターンで攻撃できる手段がインターネット社会には存在する。
『
キヴォトスには最大のマスメディアにも関わらず『報道の自由』と称して進んで偏向報道や捏造報道を行い、それを正当化するクロノススクールという存在がある。
故にそういうデマは簡単に学園都市全体へと流布される。
道を歩けば見に覚えのない奇行やセクハラを理由に白い目を向けられることも珍しくない。
唯一『生徒の足を舐めた』ことだけは根拠があるが、あれは切羽詰る状況でイオリに強要され、衆目の視線が向く中やむなく実行しただけだ。
それなのに世間では『褐色肌の生徒を無差別に襲う足舐め妖怪』などと尊厳破壊レベルの風評が出回り、たまたまゲヘナ学園の近くを通ったら『全裸でプールを泳いでいた』という冤罪をかけられ風紀委員会に捕縛された事もある*12
連邦生徒会に勤務する生徒にとっても、自分たちを差し置いて
カヤはそんな負の感情を、
「──ですので、責任の所在を明確化するためシャーレを“連邦生徒会直属の独立機関”ではなく、ヴァルキューレなどと同じく“行政委員会の下部組織”として再編しようというのがその“組織改善計画”の概要となります」
シャーレは組織の有り様としての異質さもあるが、その内情は異常である。
専属の事務員は誰も付けられておらず、現場を自らの足で回らなければならない顧問がたった一人で膨大な書類を処理し続けている。
また純粋に困っている生徒だけでなく、私利私欲にまみれた生徒や『横着者』の大人からも『助けてくれ』と電話がかかってくる。
それを断れば悪く言われるのは間違いないだろう。
安い給料で馬車馬のように働き続け、ひっきりなしに依頼が来る状況ではマトモな休日もない。
キツい汚い危険の3K職場がシャーレという組織だ。
「シャーレの権限は従来と何ら変わりませんし、先生はこれまで通り生徒を手助けして頂いて構いません。上につく部門が書類仕事を請け負いますので自由時間は増えますし、連邦生徒会としてもシャーレの責任者となる事で支持を受けやすくなります。……Win-Winの関係と言って良いでしょう」
「……」
読み終えた冊子を閉じて懐*15に仕舞うと、腕を組んでしばし悩む。
「どうでしょう? ここで承諾書へサインを頂ければ明日すぐ──」
「今すぐには決められないかな」
カヤは驚いたように目を見開いた。
「……なぜでしょうか?」
「草案そのものに不備はないし、
超人でもない者が後から『改革』できるのなら、超人が思いつかなかったり出来なかったとは言えないだろう。
「会長の真意は分からないけど『大人だけが責任を負う』ことで、連邦生徒会や色んな学校の子供たちだけじゃ出来ない事をやってもらおう……と考えたんじゃないかと思う」
“彼女”は“彼”を信頼してこの歪な組織を作り上げたのだろう。
その先には地獄の釜の蓋が開いているのが分かっていようと。
ルシアはそう考えた。
「この案を受け入れるのが
「……そうですか」
カヤは残念そうにため息をついた。
「仕方ありません、本件は保留ということで。……ただ、シャーレの権限は明日午前〇時を持って凍結、オフィスビルは連邦生徒会の決定が下されるまでヴァルキューレによって封鎖されます。それまでに私物をまとめて退去を済ませてください」
「わかったよ」
ルシアは踵を返し部屋の扉を開くと、背後のカヤへと振り返った。
「おやすみカヤ。会長代行の仕事、明日から頑張ってね」
短くそう告げ、レセプションルームを出ていった。
「……はあ」
シンと静まり返った室内で、カヤはスマートフォンを操作し“ある人物”へと連絡をした。
「ええ、先生は提案を現時点では保留しました。……ですので、後はそちらの自由になさってください」
相手の返事を聞き通話を切ると、幾度目かのため息をつく。
「ルシア先生、あなたは愚か者ですよ。いま提案を呑んでいれば
この後の内容はぶっちゃけ原作と大差ありません。
原作からして先生がやるのは迷ったり悩んだりする生徒を諭すぐらいなので。
でも先生の理解度の差からカヤの命乞いの内容は変わってそうです。