ならケモミミも居ていいよね
時刻が深夜に差し掛かろうとしている頃、警察学校の裏門側から一人の生徒が入ってきた。
「……くそっ」
生活安全局への転入生、甲斐レオナだった。
配属されてから数日、幸いにも“生活安全局らしく”銃器発砲にいたる案件は起きてきいない。
しかし『近日中に抜き打ちの射撃テストが行われる』という噂が流れ始めた事で、彼女の中に焦りが生まれていた。
上司に借りた銃を返却して
己の才能の歪さに絶望し、手で抱えられた頭の天辺では犬耳がペタンと伏せられている。
『拳銃しかまともに使えないとなると、気の毒だけど警備局入りは諦めたほうがいいよ……』
レオナの脳裏に、訓練教官を務めた生徒の申し訳なさそうな顔が思い出される。
最終的に行き着いた先は、例によって生活安全局だ。
もし
本部と学生寮の間にある広場のベンチに寝そべり、ジッと夜空を見上げる。
警察学校を含めた周囲のビルの灯りはまばらで、明るい星が巨大な
「あれ? レオナじゃん」
声のした方へ気だるく頭を向けると、いつものようにドーナツの紙袋とコーヒーを抱えたフブキが不思議そうに見ていた。
「ああ、夜勤だったか」
「そうなんだよねぇ。特に仕事ないからラジオ聴いていれるけどさ、なんだかんだ言って眠いんだよね」
やれやれといった様子でレオナの隣に腰掛けると、夜食のドーナツを口に運び始めた。
「……」
こんなところで油売ってていいのかとか、オフィスにいるであろう
そんな思考を遮るかのように、口にフレンチクルーラーが突っ込まれた。
「もご」
「……テストの話さ、普通に撃ったら全部人質に当たるキリノだって“裏ワザ”使えば切り抜けれるんだし」
身を起こしてフブキの隣に座り直す。
「オートマ以外使えないぐらいで、そう深刻に考える必要はないって」
フブキは“肩の力を抜け”とばかりにそう告げて、ストロベリーチョコのオールドファッションにかぶりついた。
「……ああ」
ドーナツを手に持ち直して黙々と食べる。
この時間に食べるには甘ったるくブラックコーヒーが欲しくなるが、残念ながらフブキは自分の分しか持っていなかった。
中務キリノと合歓垣フブキ。ドーナツを食べ終える頃にこの二人の共通点を思い出して口を開いた。
「……合歓垣ってさ、“シャーレ”に所属してるんだったか?」
「んー?」
コーヒーでドーナツを流しこむ。
「なんでか知らないけどねー。一口に“所属”といっても、学籍に関しては曖昧だし」
連邦捜査部
一見すると連邦生徒会の下部組織のように見えるが、SRT特殊学園とは違い生徒会内閣による影響を受け付けない独立した組織である。
かつてカイザーコーポレーションと共謀し二度クーデターを起こした不知火カヤは、シャーレと先生を目障りに思っておりその廃絶と抹殺を目論んでいた。
ところがいざ政権を握ると、シャーレを頭ごなしに取り潰すのではなく、先生を懐柔して連邦生徒会へ取り込もうと目論み失敗している。
これはカヤが『世界中に向けて行った政見放送内で、明らかにシャーレの権威目当てで先生を呼び出す』という、かなり非常識な行動を取ったというのもあり、目ざとい者がシャーレ脅威論を唱えるほどの事態となった。
シャーレの活動に口出しできるのは、先生自身と発起人の連邦生徒会長しかいないのだ。
シャーレの『部員』は連邦生徒会役員がそうであるように、生徒を所属する学園からシャーレに籍を移し直属とする事ができる。
だが生徒の自主性を重んじ、自分の都合で子供たちの環境を変えることに消極的な先生はその権利を行使した事はない。
一般的に部員と呼ばれているのは、生徒と先生双方の意思確認のもとに『外部協力者』として登録された生徒だ。
もちろん待遇は正規の部員と同じであるし、日給も一般から公募して主に先生に相談を持ちかける『当番』生徒よりも高い。
「先生ってさ、どんな人なんだ?」
「うーん……優しい人ではあるね。でも巷の評判ほどは優しくないよ」
「と、いうと?」
「やったらマズい事はちゃんと叱ってくれるし、理不尽な言い方じゃないけど『何がいけないのか』は自分で考えさせて気付かせるタイプ」
フブキは何か思い出したかのように目を細くする。
「私もゴロゴロしてたら、後で割り当てられた仕事キッチリやらされたしさー。生徒をただ甘やかしてる訳じゃあないね』
先生という人物は、世間一般から『生徒の言うことやる事全てを肯定し、責任を取ってくれる』などと思われているという。
そんなのはもはや狂人の思考だ。
「そうか」
レオナはシャーレの先生を見たことがない。
ある時まで真面目に勉学に励んでいた彼女は第2校舎におり、主に問題児や風紀委員会に対応していた先生と顔を合わせる機会がなかったからだ。
ただ一度だけ、シャーレオフィスへ電話を掛けたことがある。
しかし向こう側に誰もおらず、その電話が繋がることはついぞなかった。
先生は自分に気付いてくれなかった。助けてくれなかった。
その事実を思い浮かべるたびに、心の底にモヤモヤとしたものが溜まってゆく。
楽しそうに先生のことを話すフブキを見ているうちに、その笑顔を曇らせてやりたいという醜い欲望が頭をもたげ──
「あのさ……先生が“助けられなかった”生徒、どれだけ居るんだろうな?」
“つい”口にしてしまった。
「え?」
何やら物々しい雰囲気の言葉に、フブキは顔をレオナへ向けた。
その瞳はまるで死んだ魚の目のように淀んで見えた。
どこか自分に近い悟りを持っていると感じていた後輩の豹変に、フブキはどう答えていいのか分からない。
背中を嫌な汗がつたうのを感じた時、コツコツと石畳を叩く足音が近づいてくるのに気が付いた。
「その話、私が聞きましょうか」
とうに自宅へ帰ったはずのリュウカが、私服に身を包んだ姿で現れた。
「リュウカ、なんでこんな時間に?」
「ミヤビ局長に用がありましてね。それよりもキリノが探していますよ。早くオフィスに戻ってください」
「いや、さ。今ちょっと取りこんでて──」
「“大丈夫、任せて”」
入学以来の
不可解なことに、フブキはその中に
「……じゃあ、後は頼んだよ?」
フブキはらしく無くリュウカへ会釈すると、足早にその場から立ち去っていった。
リュウカはフブキに代わってベンチに腰掛けると、レオナの顔をまっすぐ見据えた。
相手は“なんだこいつ”といった様子で窺うような視線をぶつけてくる。
「レオナ。あなたがどうしてそんな風に思うようになったのか、教えてくれませんか?」
「……」
「全知全能の人なんて居ないのですから、言葉で伝えてくれないとどうしていいのか分かりませんよ?」
『口に出して楽になる事もある』と促すと、レオナはわずかに躊躇したあと口を開く。
ゲヘナでは珍しい、生まれつき持った獣耳のせいで
風紀委員には“忙しいから”現行犯以外は取り締まれないと突っぱねられたこと。
スケバンを自分で追い払っているうちに不良のレッテルを貼られ、勉強を邪魔する厄介者として第2校舎に居られなくなったこと。
シャーレへ電話をかけても誰も出ず、全てを諦めてゲヘナ学園から逃げると決めたこと。
そして転校を認めてもらえるような場所が他になく、仕方なくヴァルキューレへ転入したこと。
「なるほど」
レオナという生徒の不遇な経歴を、リュウカは最後まで聞いて“理由”に気付いた。
「(逃げるための大義名分が欲しかったんですね)」
「……“先生は生徒の味方”なんて言ってるらしいけどさ、結局ただの大人じゃないか。大層なこと言ってるくせに、随分と取り零しが多いと思わないか?」
『俺が助けを求めても電話は繋がらなかった』と吐き捨てる。
「ふむ」
“どんな事でも解決してくれる”と謳われる先生に
「どれだけ崇め讃えられようと、奴はただの人間だ。神様なんかじゃない」
リュウカは“宗教的側面の強いトリニティの生徒が聞いたらどう感じるだろうか?”と少し思ったが、この場と関係ないので呑みこんだ。
「救世主みたいに謂われてるけど奴は聖人でもなんでもない。自分が贔屓にしてる子供だけを甘やかす俗物なんだよ」
ひと通り悪口を出し切ると、大きく息を吐いて手を頭の後ろに回して背もたれに寄りかかった。
「こんなのそこらじゅうに溢れてる汚い“大人”と同じだ」
彼女の唱える“先生観”を噛み砕いて表すならば、『無能な独裁者』だろうか。
こんなもの、SNSをエゴサーチをすればすぐに出てくるありふれたものでしか無い。
「……先生の名誉のため、一つだけ訂正しましょう」
レオナとは逆に、背もたれから身を離して太腿に手を置く。
「あの人は特定の生徒だけを甘やかしてるのではなく、“自分のもとまで言葉が届いたからこそ”手を差し伸べているのですよ」
リュウカは『本当は先生に来てもらう気はなかったのだろう?』と言外に匂わせた。
助けを求める事すらできずに消えていく者が世界に大勢いるだろう事を考えれば、レオナの言っている事は小学生レベルの言い訳でしかない。
彼女は言葉の含みに気付いて歯を噛みしめる。
レオナは愚鈍な人間ではない、こんなことは最初から全部自分で理解していた。
ただ八つ当たりの対象として、先生の存在は都合が良すぎたのだ。
「ですが、“逃げる”という選択肢がある中で迷わずそれを選んだ決断力……これは素晴らしいことです」
こういう時、人は意固地になって逃げなくなるものだ。と付け加える。
人間不信の果てに、自分を貶めて社会的に破滅する形で逃げようとした者。
“逃げる”という発想すら持つ事が許されず、悪人に動かされるがまま罪人に落ちぶれた者。
逆に助けてもらったのが仇となり、恩人へ病的に依存してしまった者……。
そういった“実例”を知っているからこそ、自分の判断と決断を持ってして逃げた彼女をリュウカは評価した。
「先生を
「……ああ」
「ならそれでいいじゃないですか。もし知っても先生は何も言いませんよ」
ベンチから立ち上がってスカートについた埃をはらうと、レオナにほほ笑みながら振り返る。
「生まれや経緯はどうあれ、今のあなたは
リュウカは話は終わりだと言わんばかりに歩き出した。
「ちょっと待てよ夢月! お前は一体何なんだ!? 先生の何がわかってるっていうんだ!?」
足を止め口元に指をあてて考えこむと、すまし顔でこう言い放つ。
「この世で二番目に、
「……キモっ」
ヴァルキューレ警察学校・学生寮、ミヤビの部屋。
リュウカは局長である彼女のもとへ押しかけ、時間外を承知で“ある代物”に関する手続きを求めた。
寝ようとしていたミヤビは透明度の高いベビードールに身を包んでおり、
ちなみに、ミヤビはトリニティ自治区出身の令嬢である。
実家はトリニティ総合学園生徒会“ティーパーティー”を構成する三大派閥“パテル分派”に属しており、彼女も生徒会へ参加する権利を持っていた。
しかし同校のドロドロとした内情、なによりも
ゆえに自分に対して劣等感を抱いていた妹に道を譲り、今の仕事に就いたのだ。
「がらくたを拾ってきたと言われた時には焦りましたが、まさかこうも完璧に直すなんて……」
驚く彼女の手に握られているのは“
数日前に警備局が廃棄しようとした物を譲り受け、レストアしたものだ。
二線級や旧式装備ばかりの生活安全局において
何ならシャーレの先生がこれを支給されているという噂*1もある。
だが金属製のフレームゆえに重く、また
本銃も第3号制式拳銃と同じく、そう遠くないうちに第17号のような
ミヤビはフッと息を吐いて銃を机に置くと、パソコンに銃のシリアルナンバーを入力してゆく。
「リュウカちゃん。なんかこう……入学したばかりの雰囲気に戻りましたね?」
「え?」
情報をデータベースへ入れ終え、眼鏡を外して大きく背伸びをした。
「あなたは最初、好奇心の塊って感じで色んなことに積極的でした。こんな感じで突飛なことをしていましたし」
卓上の第9号制式拳銃に目を落とす。これは明日レオナの手に渡ることになる。
「でもある日を境に淡々と仕事をこなす感じになってしまって……」
『まるで色が抜け落ちたようでした』。
リュウカはその言葉を“信じられない”といった表情で受け止めた
『そういえば最近また書類を英語で書いちゃうようになったんですね?』と笑うミヤビの声が、今のリュウカには遠くに聞こえるように思えた。
「(……私が
一番先生のことを知ってるのは、歪み捻れた先の終着点を経験した後の連邦生徒会長でしょう。