「ほらリュウカ、起ーきーてー!」
「……今日は休みじゃないですか」
「キミがやりたい事があるからって丸一日開けてるんじゃないか! 絶対ろくでも無いことでしょ!?」
「……碌でもないとはなんですか」
リュウカはマーヤによってベッドから引きずり下ろされると、そのまま洗面台のところまで引っ張られていった。
今日はいつもとは逆にリュウカの寝起きが良くない。
廃棄された制式拳銃のレストアと
だが今抱えている最大の悩みは──
……
身支度を整えたリュウカはリビングに“ある物”を持ってくると、テーブルに向かうマーヤの前にそれを置いた。
「これ……ずいぶん古めかしい見た目だね? 漫画でしか見たことないよ」
「見た目だけの復元品であるなら、それなりのお金を出せばキヴォトスでも買えるでしょう」
遠回しに『これはキヴォトス製ではない』と告げるそれは、アンティークな置物と見紛うような固定電話機だった。
「これは私の
「嘘ぉ!?」
こんな見た目で電話線もアンテナもないのに、遠く離れた“外”と連絡できるという。
「リュウカのお母さんって異世界人でしょ!? それじゃ異世界電話じゃん!」
あまりにも突拍子もない話にマーヤはソファーから滑り落ちた。
「ところで、“キヴォトスの外”ってどういった意味なんでしょうね?」
「え? 色々あるけど外は外でしょ?」
「まあ、そうなのですけど」
“学園都市キヴォトスの外”とはどういった事を指すのか?
キヴォトスが地球の尺度でありふれた連邦国家ならば、せいぜい大陸ひとつ分の面積だと解釈できる。
現にシロコ(ライディング)の絆ストーリーにおいて『公道に沿って4000kmライディングするキヴォトス縦断』というシチュエーションがある*1。
往復距離だとしても片道2千キロメートル、日本列島の本州を一周する勢いの距離を走っている事になる。
メインストーリーFinalに登場する『虚妄のサンクトゥム』の位置を示したスチルと模写元となったと思われる世界地図の地形との対比が正しいなら、物語の主な舞台であるD.U.周辺部だけで北海道がすっぽり納まってしまう。
プロローグで語られた“数千の学園”というのも、学園の自治区が日本の市町村〜都道府県程度の規模であるとするなら理解しやすいだろう。
ならば、キヴォトスの外とは違う大陸の事を指すのだろうか?
現にミヤコのモモトークにおいて“外からの密輸業者”の存在と活動が触れられており、外部の人間がある程度は行き来できるという解釈も可能である。
プレイヤーの分身たるシャーレの先生と宿敵であるゲマトリアも、一時はそういった外界の人間とも考えられていた。
この通説が揺るがされたのが、文字通り
受話器の縁を指でなぞりながら、リュウカは一つの説を唱える。
「『私』……いえ。ママの解釈を取るならば、キヴォトスの外というのは異世界……いわゆるマルチバースという事になります」
「分かりやすく言ってよ」
「砕いて言えば、ママもシャーレの先生も違う星から来た宇宙人ってことですよ」
「なるほど理解」
そういえば前に『コテコテの剣と魔法の世界! 実は同じ宇宙にある他の惑星だった!』という内容の小説を貸してもらったなと、マーヤは少し前の過去を振り返りながら床に寝転がった。
「でもどうして今それを説明するんだい?」
警察学校に入学しマーヤが居候してからそれなりの月日が経っているが、リュウカがここまで深く踏みこんだ話をしたのは初めてである。
存在が知られれば大きな波紋を生むであろう、件の電話機の存在を語ったのもまた然りである。
「……一昨日、ミヤビさんと話していて知ったのですが」
リュウカは顎を組んだ手の上に載せ、俗にゲン■ウポーズと呼ばれるあれに近い体勢を取った。
「どうも私はある時期から『キヴォトスの外で育った半異世界人』としての記憶と認識を失っていたようなのです」
頭上に浮かぶヘイローが示す通り、リュウカは学園都市キヴォトスの原住民同士の間に生まれた“ヒト種キヴォトス人女性”である。
だが生後間もなく捨てられていたところを観光に来ていた養母に拾われ、連れて帰られて学園都市の“外”で育った。
そのため身体はキヴォトス人でも、メンタリティは地球人などのそれに近い。
彼女は前世の記憶を得る前から“異世界人”としての自意識を確立していたと言える。
それが失われていたとはどういう事なのか?
マーヤは身を起こしてソファーへ座り直すと、説明を続けるリュウカへ向き直った。
「というと、具体的には?」
「ママの存在とキヴォトスに戻ってくるまでの一五年以上の人生、それがごっそりと思い出せなくなっていました」
そう言ってリュウカは受話器を手に取り、本体のダイヤルを『220260717』と回し受話器を戻した。
「ある時期から事故で頭をぶつけるまでの間、私は“身寄りがないのに高級マンションで悠々自適な学生生活を送る生徒”という、意味のわからない状態にありました」
いま二人が生きているキヴォトスには普通にヒトの男性もいるし、マーヤの両親はミレニアムサイエンススクールの自治区内に住んでいる。
そういった人々と夢月母娘の違いとはなにか?
彼女の養母は異世界人であり、リュウカ自身も高校進学までは
「うーん……そう言われると、確かに今までリュウカが入学前まで何をしてたか聞いたことないね」
「でしょう? そして問題の“ある時期”というのが、先生がキヴォトスへ来る数日前から当じ──」
その時、電話機がけたたましく着信のベルを鳴らした。
リュウカは逸る気持ちを抑えながら、第一声はどうしようかと考えつつ受話器を手に取った直後
ふわりと、背中から懐かしさすら覚える温もりに包まれたのを感じる。
顔を向けると、青みのかかった白と栗色の髪の女性が後ろから抱きついている姿を捉えた。
「……ママ、お久しぶりです」
「最後の連絡から主観時間で二年と七か月。電話じゃ我慢できなくて来ちゃったよ」
にへらと笑う養母の姿に、
「あわ、あわわわ……しゅ瞬間移動!? ワープ!? テレポート!?」
その一方で、マーヤは目の前で起きた超常現象を前に開いた口が塞がらなくなっていた。
『ブルアカ』最終編をプレイした者なら知っている設定であるが、キヴォトスの高度に発達した科学力を持ってしても空間跳躍は実用化できていない。
多元宇宙を行き来できる超空間制御能力を持つ『アトラ・ハシースの箱舟』の天文学的な演算能力を利用して、ようやく実現可能というレベルである。
むしろごく短時間で完全な
ただ、それはあくまでキヴォトス内だけでの話である。
宇宙人が色んな世界で悪事を働き光の巨人がそれを追っているように、違う世界の文明ではマルチバース間の移動すら当たり前に行われている。
リュウカの養母が住む世界もそういったものの一つであるというだけである。
「リュウカ、この子は誰?」
「私の学校での相方で、私がキヴォトスで一番信用している人物です」
そんな技術を当たり前のように使う人間が家族だと見せること自体が、マーヤに対する強い信頼を示しているといえる。
「こんにちわお嬢さん、私はアガサ。見ての通りリュウカの
「あ、ハイ。朝倉マーヤです……」
差し伸べられた手を固く握り、二人は友好の握手を交わした。
……
「うーむ……。
リュウカから事のあらましと推測を原作ゲームと前世には触れない言い方で聞いたアガサは、紅茶が注がれたティーカップを傾けながら唸った。
「ええ。
「主役っていうのは?」
「
一旦言葉を区切り、ティーカップの中身を一気に飲み干してから口を開く。
「主人公たる“生徒”の概念は、条件がありますがシャーレの先生が能動的に付与する事もできるかと」
「へぇ。興味あるから帰る前に会ってみようかしら」
『ブルーアーカイブ』は教師を主人公とした“教師もの”ではなく、子供たちの青春を描いた“学園もの”でありシャーレの先生はサブキャラでしかない。
イベントストーリー内において『いても居なくても成り立つのに』登場するのは、狂言回しとして強引に先生を盛りこんでいるにすぎない。
それを先生にやんわりと否定されると、今度は先生を『主人公』と呼び
少年漫画的な努力と勝利を低俗と見做し、理不尽で救いのないバッドエンドを“文学的”と称したゴルコンダと同じく、彼はきわめて迷惑な“批評家”といえる。
デカルコマニーが本体なので根本は同じなのかもしれない。
一方で先生は“生徒みんなの味方”と名乗るように、一度関わった生徒はその後の社会的地位がどうなろうと“生徒”として接し続ける。
指名手配犯となった上にワカモと違い学籍を失ったことで、キヴォトスの社会的には“存在しない人間”となったアリウススクワッドが分かりやすい例だ。
だからこそ、彼女らは“生徒”という
母娘で専門的なやり取りを繰り広げていると、オブザーバーと化していたマーヤが手を上げた。
「はいはーいちょっといい?」
「どったのマーヤさん?」
「だいたい解ったから、
面白そうだなとアガサは頷き、お茶のおかわりをカップに注ぐリュウカも興味深そうな顔を向けた……が。
「では三行でお願いします」
「えっ。えーっと」
1:
2:この世界の女子高生はすべからく“主人公”の概念を持っており、“学園”たるキヴォトスにおいては絶対的な存在である
3:ただリュウカの持つ“異世界人”という概念が邪魔だったのか、世界がそれを抹消する事で帳尻を合わせた結果認識改変・記憶喪失に陥った
4:このクッキー美味しいね。どこで買ってきたの?
「ちょっと待ってください、四行あるし最後無関係じゃないですか。あとこのお菓子はママの付き人をしているアナベルさんのお手製です」
「え? これってそういうフリじゃなかったの?」
マーヤは大真面目にそう返しつつ、コーヒー風味のクッキーをかじって『ああ、これ非売品かぁ』と残念がる。
「百点あげるわ。少なくともこの
アガサはきれいに包装されたクッキー入りの袋を鞄から取り出し、ご褒美とばかりにマーヤへと渡した。
「……でもさ、リュウカはどうして自分自身の
彼女のその疑問にリュウカは一瞬動きを止めた。
「実証のしようがない理論は仮説の域を出ない、ってことじゃないかな?
母は娘のわずかな動揺も見逃さず、多少の説得力を交ぜたフォローを入れる。
「うーん。ボクがアレコレ考えるだけ無駄かー」
マーヤは考えるのをやめた。
彼女は文系であるが文学少女であり、この問題にかかわるであろう心理学や哲学は門外漢でしかない。
「さあ、難しい話はオシマイ! 今日は二人ともキヴォトス観光に付き合って──」
直後、アガサの懐から金星怪獣の鳴き声のような着信音が鳴り響いた。
渋々といった様子でスマートフォンを取り出し、通話ボタンをスワイプした。
「アナベル、どうしたの?」
『お仕事を放ってどこに行かれたのですか? 通話が切れてから現地時間で一分以内にお戻りくださいませ』
「げっ」
ブツッ、と電話は切られた。
「チクショウ! 一家団らんさせろ鬼メイド!」
「あのー、アガサさん?」
「ごめんリュウカ、マーヤさん。すぐ戻らなきゃならなくなった!」
「ママ……またですか」
呆れた表情を母に向けるリュウカ。どうやら常習犯であるらしい。
「今度はちゃんと予定組んでから来るから! それじゃまたね!」
足元に何か魔法陣のようなものが光ると、アガサの姿はまるで陽炎がゆらめくようにかき消えた。
あとに残されたのは、呆然とそれを見届けた子供二人。
「……魔女かなんか? リュウカのお母さんって」
「そうだとしても善い魔女ですよ」
リュウカは“前世の記憶を得ている”というのを母が察して有耶無耶にしてくれた事に感謝した。
電話相談だけではこうはならず、マーヤにすべてを打ち明ける事になっていただろう。
同時にこれまでの議論を経て、ひとつの疑問が新たに浮かんだ。
「(……ゴルコンダの主張が正しいとして、私がいま持っている
ただ前世の記憶を得ているだけならともかく、その記憶の持ち主は
彼女はこのせいで表沙汰になっていない物を含めた事件の全容だけではなく、語り部たるシャーレの先生の理念も強く意識するようになってしまった。
先生と同じく“キヴォトスの外”からやってきたとも捉えれるリュウカが、これによって
「(“先生と生徒”の狭間に立っているといっても、私は“子供”ですからね)」
先生を内面的にでも支える
それはこの世界が滅びなければではあるが、まだ何年も先の話である。
リュウカが高校卒業後に先生への道を進むより、サオリが先生になる方がよっぽど現実的である。
「ねえ、半日余っちゃったけどどうするの?」
「出かけましょうか。いい加減新しい銃を決めたいですし」
今はただ、友と一緒に
結局、あれ(