「でさ? 酷いんだよ善吉くんったら。まるで全部私が悪いみたいに決めつけてさ」
『そいつは酷いね。善吉ちゃんってば女の子に庇われるだけじゃあ飽き足らず、まさか友達の女の子を悪く言うなんて。まったく! 許せないなあ』
やあ、球磨川雪だ。生徒会室にカチコミを入れてから数時間後。マイナス十三組は授業があるわけでもないし、私も暇だったのでお兄ちゃんに学園を案内してあげている。
「めだかくんは私のこと壁に叩きつけるし……阿久根くんはめだかくんをえこひいきするし……善吉くんは私を悪者扱いするし! ほんと喜界島くんだけが癒しだよあの集団! お金が絡まなければすっごいいい子だしさ!」
『やっぱりこの学園って碌でもない奴らの寄せ集めだよね。よーっし、俄然! この学校を改革する気に……ん?』
「あれ? いきなり止まってどしたのお兄ちゃん……あー! 瞳くん! こんにちは!」
「……こんにちは! どうもさっきぶり! ところで私、ちょっと急ぎの用事があるから通してくれないかなー、なんて!」
なーんだ、いきなり止まったからめだかくんでも見つけたのかと思ったら、瞳くんを見つけたのか。そりゃ止まるよな……って待てよ? 瞳くんとお兄ちゃんが出くわしたって事は……急げばあのシーン見れるか?
よし決めた、覗き見しに行こ。
「お兄ちゃん! ちょっと屋上がやけに気になるから見てきてもいーい? いいよね? お兄ちゃんも丁度瞳くんとお話したかったでしょ?」
『当然! 何てったって人吉先生は僕の初恋の人だからね。積もる話もあるし、雪ちゃんは先行ってていいよ。じゃ、また後でね』
「うん、また後で! 瞳くんばいばい! また今度話そ!」
「……意外と普通ね……?」
よし、とりあえず壁登ってうずくまってる江迎怒江くんからも……そういえばまだ紹介してなかったな。江迎くんはマイナス十三組に所属している、ちょっと思い込みが激しいだけの可愛らしい女の子だ。
とにかく、うずくまってる江迎くんからも倒れ込んでる善吉くんからも見えない場所にスタンバイして……さあ来い!
「ハァッ、ハァッ……意外とやれちゃうもんだな壁走り! 人吉クライム……いや、デビルクライムと命名しよう!」
うわっ……デビル……うわっ……えぇ、マジかよ。善吉くんってペットにソロモン72柱の名前とかつけそうだよな。
「て! それどころじゃねーか! おーい、お前は大丈夫か……どうした? ひょっとしてどこか痛め──」
「だっ……大丈夫だよ全然平気! どっ……どこも怪我なんかしてないわっ! ど……どこも……痛めてなんかないから──」
気が動転しすぎてキャラがブレてる……いや、最初の方は割とこんな感じだったか。恋多き乙女って感じですっごくかわいいね!
……さあ、来るぞ。気合い入れろよ、並大抵の神経じゃ耐え切れないからな、あれは。
「あ、あの! 人吉くん! 私、江迎怒江っていうんだけど!」
いやまあ、江迎くんが舞い上がっちゃったってのは分かるよ。彼女の持つ過負荷である『荒廃した腐花』のせいで、今まで彼女の手を取ろうとしてくれる人はいなかったから、初めて手を取ろうとしてくれた善吉くんに惚れてしまうのは分かる。ただ──。
「子供はっ……」
「子供は何人欲しい?」
「……………………………………」
「私は三人欲しいな。女の子がふたり、男の子がひとりね。名前は人吉くんが決めてあげて。私ってあんまりネーミングセンスないから。えへへ、どっちに似ると思う? 私と人吉くんの子供だったら、きっと男の子でも女の子でも可愛いよね。それで庭付きの白い家に住んで、大きな犬を飼うの。犬の名前くらいは私に決めさせてね。人吉くんは犬派? 猫派? 私は断然犬派なんだけど、あ、でも、人吉くんが猫の方が好きだっていうんなら、勿論猫を飼うことにしようよ。私、犬派は犬派だけれど動物ならなんでも好きだから。だけど一番好きなのは、勿論人吉くんなんだよ。人吉くんが私のことを一番好きなように。そうだ、人吉くんってどんな食べ物が好きなの? どうしてそんなことを聞くのかって思うかもしれないけれど、やだ明日から私がずっと人吉くんのお弁当を作ることになるんだから、ていうか明日から一生人吉くんの口に入るものは全部私が作るんだから、やっぱり好みは把握しておきたいじゃない。好き嫌いはよくないけれど、でも喜んでほしいって気持ちも本当だもんね。最初くらいは人吉くんの好きなメニューで揃えたいって思うんだ。お礼なんていいのよ彼女が彼氏のお弁当を作るなんて当たり前のことなんだから。でもひとつだけおねがい。私『あーん』ってするの、昔から憧れだったんだ。だから人吉くん、明日のお昼には『あーん』ってさせてね。照れて逃げないでね。そんなことをされたら私傷ついちゃうもん。きっと立ち直れないわ。ショックで人吉くんを殺しちゃうかも。なーんて。それでね人吉くん、怒らないで聞いてほしいんだけど私、中学生の頃に気になる男の子がいたんだ。ううん浮気とかじゃないのよ、人吉くん以外に好きな男の子なんて一人もいないわ。ただ単にその子とは人吉くんと出会う前に知り合ったというだけで、それに何もなかったんだから。今から思えばくだらない男だったわ。喋ったこともないし。喋らなくてよかったと本当に思うわ。だけどやっぱりこういうことは最初にちゃんと言っておかないと誤解を招くかもしれないじゃない。そういうのってとても悲しいと思うわ。愛し合う二人が勘違いで喧嘩になっちゃうなんてのはテレビドラマの世界だけで十分よ。もっとも私と人吉くんは絶対にその後仲直りできるに決まってるけど、それでもね。人吉くんはどう? 今まで好きになった女の子とかいる? いるわけないけども、でも気になった女の子くらいはいるよね。いてもいいんだよ全然責めるつもりなんかないもん。確かにちょっとはやだけど我慢するよそれくらい。だってそれは私と出会う前の話だもんね? 私と出会っちゃった今となっては他の女子なんて人吉くんからすればその辺の石ころと何も変わらないに決まってるんだし。人吉くんを私なんかが独り占めしちゃうなんて他の女子に申し訳ない気もするけどそれは仕方ないよね。恋愛ってそういうものだもん。人吉くんが私を選んでくれたんだからそれはもうそういう運命なのよ決まりごとなのよ。他の女の子のためにも私は幸せにならなくちゃいけないわ。うんでもあまり堅いことは言わず人吉くんも少しくらいは他の女の子の相手をしてあげてもいいのよ。だって可哀想だもんね私ばっかり幸せになったら。人吉くんもそう思うでしょう?」
「…………うんっ! そうだなっ!」
──流石にこれはねえよ。怖いよ。可愛いけど流石に怖いよ。善吉くんも恐怖のあまり思考放棄して生返事で返しちまった。その返事は江迎くん的には『結婚しよう』的な意味に聞こえてるぞ、分かってんのか善吉くん。
「あ! そうだ! 俺用事を思い出したからこれで──」
あーあ、いっつも一歩遅いんだよな……なんていうか、間が悪いというより、運が悪いのかな? 星の巡りとかも悪そうだ。
あーほら、文化包丁が善吉くんの足にぐっさりと……一度決めたら押し切るまで突っ込む姿勢は乙女ポイントが高いけど、些か思い込みが激しすぎるのが難点かなー。それさえなければ、江迎くんは手で触れたものを腐らせてしまうだけの、普通に可愛い女の子なんだけど。
「何で逃げるのよ何で逃げるのよさっき手を差し伸べてくれたじゃないあれって好きってことでしょ好きってことでしょ私のこと好きなんだよね? 私達はもう恋人同士なのでしょう? 大体用事って何よ私より大事な用なんてあんたにあるわけないじゃないあんたは私を愛するために生まれてきたんだしあんたは私に愛されるために生まれてきたんだし私に出会ったあんたはもう何もしなくてもいいのよいいんだから」
「うわあああああああああっ!!」
あちゃー、流石にまだ善吉くんには耐え切れないよな、あの気持ち悪さは。それにしてもついうっかりとはいえ、女の子を本気で蹴るなんていただけないなあ。
「……おい大丈夫か! えっと……江迎!?」
「大丈夫なわけないじゃん。痛かったよね?」
「なっ……杵築、じゃない雪! お前らやっぱり裏で繋がって……」
「あーいや、これは私の来るタイミングが悪かったかな。ごめんごめん、勘違いさせちゃったね。正真正銘初対面だよ。ねっ? 江迎くん」
「……? 雪お前、さっきまでとは……」
あー待て待て、そんな事より今は江迎くんの怪我の具合を確認する事が先決でしょ?ほら悪いと思ってるならまずは蹴ったこと謝らないと。
「もしかしてあなた、球磨川さんの……妹?」
「そそ。それより大丈夫? 女の子の体に痣が残ったら大変でしょう。触ってみた感じだとどう? まだ痛むかな?」
「いや……痛いは痛いけど、私はそこに愛を感じるから……って何言わせるの!? もう!!」
あはは、年相応にぷんすこ怒る江迎くんは可愛いなあ。ほら善吉くん、今なら多分大丈夫だからさっさと謝って。
「江迎、驚いたとはいえ……いきなり蹴っちまってごめん! そうだよな、球磨川の野郎と関係があるとはまだ決まってないのに……本当にすまん!」
「ほら、江迎くんも。いきなり足刺しちゃってごめんなさいって言わなきゃ……」
「善吉くん! その子は……あら? 平和ね?」
あー……こっからどうなる? もしここからバトルに発展しなければ、だいぶ大きい収穫になるんだけど……。
「──人吉くんのお母様ですか? 私と人吉くんの絶対的な愛を引き裂こうっていうのなら手加減はしませんけどお? もっとも! 私の抱える過負荷、『荒廃した腐花』は加減したところでどうにかなるようなものじゃないですけど!」
「はあ……結局そうなるなら最初から猫被ってんじゃないわよ! 愛だの恋だのほざくんだったら、意中の相手にくらいは何もかも曝け出して見せなさいな!」
……くそ。バトルに発展する経緯自体は変わったけど……結局のところバトルに発展しちまった。多少の時間稼ぎはできたけど、多少の変化じゃほとんど意味がない。
はあ……もうこうなったら、瞳くんの縫合格闘技だけでも見て帰るか……。何か一つだけでいいから収穫が欲しい。うひゃー、瞳くんえげつない蹴り……あんなもん食らったら骨がバキバキになっちゃうよ。
「……お母様、あなた昔、どこかで私と会ってますかあ? 今の蹴り、なんだか身に覚えがある感じなんですけれどお」
「……さあねー、私はあなたみたいな小娘知らないけど? それからそれとなくお母様って呼ぶな」
そうそう、江迎くんは実は昔、あの悪名高き箱庭総合病院の心療外科医だった、瞳くんの診察を受けている。問題なのは、その時から江迎くんが一切成長していない事だが。
正直なところ、私は江迎くんが成長できるはずがなかったと思っている。誰の手も借りられず、誰からも手を差し伸べられない環境なんて、子供にとってはそれこそ地獄すら生ぬるいだろう。そんな状態で成長できるのは異常の連中だけだ。
否、江迎くんだって成長はしている。
マイナス方面に、だが。
だからまあ、触れた空気を腐らせてそれを風下に送ったところで、別に驚きはしない。なんなら原作でやってるからな、これ。
その後江迎くんはうっかり口を滑らせてお兄ちゃんの目的……『十三組の生徒を皆殺しにする』という、まあなんとも荒唐無稽な目的を口走ってしまった。そしてそれに自分が加担していることも。
……ん? どしたの善吉くん。私は関わっているのかって? いやだなあ善吉くん。そんなわけないじゃん。人殺しちゃったら殺人犯だぜ? 流石にこの歳で人殺しはごめん被るかなあ……さっきからちょくちょく何なんだよ、不思議そうな顔しやがって。
「いや……お前、球磨川と一緒にいる時とそうじゃない時で人格でも入れ替わってるのかなーって思って……」
「そんなことあるわけないじゃん! それよりほら、瞳くんがピンチだよ! 息子! 助けなくていいの!?」
「いいや大丈夫! 母は強し、だよ!!」
おおっ、含み針で形勢逆転……腐った空気を吸い込んでおいて、よくあそこまで動けるなあ。私が普通にやってもそれは無理だ。ただまあ、口の中に何か含んでおくってのは使えるかもな。
「縫合格闘技『狩縫』・六の技『針漬』、つってね!」
おー、かっこいい。コンクリに縫い付けるって結構ヤバいよな。やっぱりこの人、普通に異常だ……おっと、そろそろ江迎くんが校舎を大規模に腐らせて脱出するはずだったな……あれ? 思ってたより出力強くない?
ヤバっ……このままじゃ善吉くん達が校舎掴めなくてそのまま落ちる! だいぶ不味いぞそれは!!
「あーもう、今回だけだぞこんちくしょう!」
こうなったら私がどうにかするしかない! ここは杵築ミラージュでどうにか……よし届いた! あっぶねーマジで危ねえ! 落ちたら洒落にならないからな。
「二人とも大丈夫!?」
「いやまあ、大丈夫なんだけどさ……」
「えっと……助かったんだけど……」
「「どういう精神状態?」」
……えっ? 何が?
「いやだからさ、ついさっき生徒会のことをボロクソ言って出てったよな?」
「うん。でも友達とその母親が怪我しそうなの見過ごすと思う? 見過ごす奴がいるとしたらそいつはかなりヤバい奴だよ?」
「えっと、じゃあ何で江迎の事は助けなかったんだ? 俺が二回蹴って、お母さんが一回蹴ってるんだけど……」
「んー? いやだって、先に攻撃したのは江迎くんの方でしょ。しかも足を包丁で刺してるんだぜ? 先に攻撃したんだから、やり返されるのは当たり前じゃん」
「それじゃ、最後に私から一つ質問させてもらうよ……雪ちゃん、君は味方? それとも敵?」
「うーん……敵は敵ですよ。ただ、味方じゃないってわけじゃない。敵味方とか、あんまりそういう考えじゃないんです。私は私の目的……やっぱこれはいいや。ま! 私は私が楽しくなれればいいんです! そんじゃバイバイ!」
さっさとお兄ちゃんと合流しなきゃいけないからな、あんまり長話をするわけにもいかない。今の私はマイナス十三組の球磨川雪だし、生徒会と関わりすぎるのも良くないだろうしね。
よーっし、ここからは完璧に悪役になるわけだし、さっさと二年十三組の教室に向かおーっと。
「……善吉くん、あの子やっぱり、過負荷では無いっぽくないかな?」
「そりゃそうさ、杵築……雪は元々、完璧に俺と同じ普通の人間だったんだからよ」
「それに……私達を助けてくれた時の動き……めだかちゃんにそっくりじゃなかったかしら?」
「そうさ、だってあれはめだかちゃんの動きを真似たものだ。本当に『過負荷』だったなら、そんな芸当出来るはずが無いんだけどな……」
「雪ちゃん、一体あなたは何者なのかしら……?」
腐った校舎に取り残された二人は雪について考え込んでいたようだが、情報が出揃ってもいないのに正体を見抜けるはずもなく……。
「ま、とりあえず雪が悪意を持って敵対してるわけじゃねえって事は分かったんだ。難しいこと考えるのは後に回して、とりあえず今はみんなの所に戻ろうぜ」
「うん、そうしよっか。はあ……こういうのは腰を据えて話した方がいいもんね……あっそうだ! 戻るまでの間、学校でどう過ごしてるのか教えてよ! この際だし!」
結局、考えることをやめて二人して軍艦塔へと帰って行った。そこにあったのは腐りきった愛でも偏り斬った愛でもなく、ただ単純な──家族愛だった。