今回やたら長いです。
書きたいことが多かったので。
さて、八月十五日の球磨川
そのはずだ。そのはずなんだ。なんだけど……蝶ヶ崎くんが正気のままだ。どうしたんだよお兄ちゃん……まさか煽りのキレが落ちてるとかじゃあないだろうな?
私は悲しいよ。子供の頃は二人で夜な夜な罵詈雑言しりとりをして遊んだというのに、まさか蝶ヶ崎くんを怒らせられないほどまで落ちぶれていたとは……残念だ。
……しょうがない、事情を聞いてから私が怒らせるしかないか。
「蝶ヶ崎くん蝶ヶ崎くん、お兄ちゃんから何か暴言とか吐かれてない?」
「おや、
「そうなんだよ
「……いつまで話すつもりなんですかね」
よし、段々蝶ヶ崎くんがイラついてきたぞ。今は堪忍袋の尾が切れるか切れないかの瀬戸際だろうな。よし、この辺で話は斬り上げて、堪忍袋の尾を斬りにかかろう。安心院さーん、多分また私死ぬけどいい?
まあ君がいいなら構わねーが……本当にお兄ちゃんのことが大好きだねえ。大方僕に散々やられてる球磨川くんを見に行こうって魂胆だろう? 君の内心なんてお見通しだぜ。心の内側にいるからね。
……まあそれもあるし、誰かが蝶ヶ崎くんの理性を失わせなきゃいけないからね。まさか志布志ちゃんに任せるわけにもいかないでしょ。だから私がやんなきゃね。
「そういえば蝶ヶ崎くんって私がやるお兄ちゃんの物真似見たことあるっけ? 自分でも中々の完成度だと思ってるから、是非見てもらいたいんだけど」
「いや、見たことはありませんね……見せてくれるというなら是非お願いします。これでお兄さんの話はおしまいにして下さいね」
「分かった。それじゃあ行くよ。お兄ちゃんが言いそうな挑発の言葉を吐くから、採点でもなんでもしてみてよ。ふう……蛾々丸ちゃん』
…………どうだろう。
うまく行くかな?
「なんっ……でそこまで! 的確に人を傷つけるセリフが言えるんだよお前達はあああああっ!!」
よっし完璧。蝶ヶ崎くんの見た目が大人しめな感じからスーパーでサイヤ人な感じに変わってるし、間違いなく理性は吹き飛んだでしょ。
さて、死ぬか。
蝶ヶ崎くんに向かって斬りかかって……はい受け止められたね。ん? 何か言い遺すこと? うーん……どうしようかな……あっ、そうだ。
「半袖くんに『暴食は程々にね』って伝えておいて〜」
「OK!!」
元気が良くて何よりだっえっちょっと待って折角刀があるんだから頭を踏み潰すのはかんべっ──────。
「いったた……全くもう、女の子の顔を踏み潰すなんて酷いな蝶ヶ崎くんは……」
さて、そんなことはどうでもいいとして……うん、いつもの教室だね。髪の毛の色も元に戻ってるし、そもそも私の目の前に安心院さんがいるし、それに血塗れでボコボコにされてるお兄ちゃんもいる。つまり作戦は成功だ。
『……
「おいおい球磨川くん、こんな所だなんて酷いじゃないか。僕は僕なりに気に入ってるんだぜ? こんな所でも」
「こんな所って言っちゃってんじゃん」
あーそうそう、一応ここに来た経緯くらいは説明しておこうかな。お兄ちゃんも私のことが気になっちゃうだろうし、安心して本音をぶちまけてもらうためにもね。
「それで私がここに来た理由だけど、蝶ヶ崎くんが正気のまんまだったから私が怒らせて──ッ!?」
『正気のまんま?
「えっと、その……お兄ちゃん、そんな怖い顔しないでよ……私、嘘ついてないよ? だから、怒んないでよ……」
私にとってお兄ちゃんに、球磨川禊に本気で怒られるというのは……いや、球磨川禊に限った話ではない。みんなに本気で怒られると、嫌悪感で自分が嫌になる。ただでさえ嫌いなのに。
『……いや、
「いやいやいや! 私なんかに謝ることなんてないよ! お兄ちゃんはいつもみたいに、好きに振る舞っていてくれればそれでいいんだから!」
本当にそう思う。直前まで気付いていなかった私が悪いんだから。だからお兄ちゃんは悪くない。さて、そろそろお暇するか。
球磨川
「お話は終わりかな? さて、それじゃあ
『……それで、安心院さん。僕の
「まだ諦めがつかないみたいだね。それならばもう一度かかってくるといいさ。心優しい僕が貸してあげたスキルである『
「4925兆9165億2611万0643個の
「合わせて1京2858兆0519億6763万3865個のスキルを持つ僕にだって、ひょっとしたら勝てるかもしれないぜ」
安心院さんは息を吐くついでみたいに、いとも容易くそう言ってのけた。どうも、実況の球磨川
その後お兄ちゃんと善吉くんと私に貸し出しているスキル3つ分を差し引いて「勝つなら今が大チャンスだぜ」的なことを言っていたが……戯言だ。勝てるわけがない。
『……やれやれ、ものには限度ってものがあるんだぜ、安心院さん。少年ジャンプのバトル漫画じゃないんだからさ』
「はは、少年漫画? 今は
『へえ、高尚ねえ……ちなみに僕はそんなに難しいことを考えながら漫画を読む文化圏の人間じゃないんだけど、安心院さんは少年漫画から何を学んだのかな?』
「
『…………』
「能力があるから努力ができて」
「能力があるから勝利できる」
「そんな救いのない現実を」
「僕としては見ていて忍びないんだよ」
『……ご丁寧に、どうも』
「ま、これは勝ち組である僕の価値観だ。負け組の球磨川くんは、一生少年漫画でも読んでいればいいさ」
……かなり手厳しいが、こうでもしないとテコでもお兄ちゃんは動かないだろう。それも、安心院さんでもない限りは絶対に。私には同じことはできない。
『……はっはっは! そうだねその通りだ。僕らが何をしようがめだかちゃんに勝てるわけないよね! あーあ馬鹿馬鹿しい。らしくもなく頑張っちゃったな恥ずかしー! さーて、負け犬の僕は負け犬らしく、大人しく家に帰って少年漫画でも──』
『…………待て、と言うと?』
「僕なんかに言いたいことを言わせるなよ。好きな物を侮辱されたんだぜ、少しくらい怒って言い返してみたらどうなんだ、腰抜け野郎」
『……言い返すことなんてないよ。
「球磨川くん、追い詰められたらそうやって格好つけて煙に巻きたがるのは君の悪い癖だぜ?
──ああ、これはまずい。こんなのを、こんな言葉を聞いてしまったら、
あまりに滅茶苦茶であまりに支離滅裂であまりに自分勝手であまりに荒唐無稽。括弧が付かなくなったところで、何を言いたいのかなんて到底分からない。
ちょうどお兄ちゃんもはじまりの
でも、きっと大丈夫。勘だけどそんな気がするんだ。
今度こそ、きっと。
だから、安心して、行ってらっしゃい。
禊は唇を拭いながら、安心院と対峙していた。彼女のことをやや睨みつけながら、半ば吐き捨てるように台詞を口にする。
「……とにかく、返してくれてありがとう。これで、僕は僕になれる。お礼に君には、不幸が幸福を凌駕する、歴史に残る衝撃映像を見せてあげるよ」
「そうかい、楽しみにしておくよ。抵抗も対抗も、あまり意味がないことだとは思うけどね……ん? どうしたんだい球磨川くん。言いたいことは言い切っただろう?さっさと行ったらどうなんだい?」
「うん、言い切ったさ。
禊がそう言うと同時に、安心院の真隣に
「……いや、マジかよ。てっきり
「……実際、そのまま帰ろうと思ってたけどね。だけど、お兄ちゃんのあんな台詞を、本心を聞いちゃったら……ぼくもちょっとだけ、隠すのは──
「お兄ちゃん、ぼくの頼み、聞いてくれる?」
「当然。可愛い妹の頼みなんだ、僕に叶えられることならなんだって叶えてあげるさ。いい加減僕も、そっちの
「……お見通しっぽいね。敵わないなあ──その通りだよ、お兄ちゃん。ぼくのこと、嫌わないでいてくれる?」
「当然。
「……そっか。うん、そうだよね。それじゃあ、見てて」
そう言った次の瞬間
「やあ、久しぶりだね。
「……えっと、えっとね、なんて言うんだろう、これをどうやって言い表せばいいのかな。怖いよ。寂しいよ。虚しいよ。まっ、また無視されるんじゃないかって、また何も遺せないんじゃないかって、また、いなっ、いなかったことに、されるんじゃないかなって、不安で不安で仕方がない。今だって、本当の姿を見せたことをすっごく後悔してる」
「大丈夫、大丈夫だよ、
「……うん、うんっ。すっごく怖いよ。本当に、今すぐにでも死んでしまいたいくらいに怖い。また結果を残せなかったらと思うと、腹を割りたくなる。だけど、お兄ちゃんは覚悟を決めたんだ。だったら、私だって勝ちたいよ。借り物の言葉じゃなくって、作り物の思考じゃなくって、紛い物の容姿じゃなくって──」
「うん、それじゃあ行こうか。一緒にめだかちゃん達に勝利して、バッドエンドを迎えに行こうぜ」
「うん……あっ、安心院さん。本当にありがとうね、色々と。それじゃあぼく達は頑張ってくるから、応援しててね」
「うん、行ってらっしゃーい……行っちまったか。いやー、
「いやー、君だけは分かってくれてると思ってたんだけどな。勝ちとか負けとか、そういうのは全部どうでもいいことなんだってことを」
教室に残された安心院は、誰もいない空虚な空間に向かって、そう一人呟いた。
そこにあったのは静寂と、寂寥感だけだった。
なんちゃって。
例の台詞を見ると
「僕はお前なんかに屈したくない。」
「お前なんかに負けたくない!」
「お前なんかに負けないんだ!!」
って続けたくなる呪いにかかってます。
助けてください。
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