甘々です。お気をつけください。
善吉と
同時に飛び出したものの、そもそもの話、二人の身体能力には天と地ほどの差がある。互角な条件で互角な戦い方をすれば、めだかが有利になる事は必然であるとも言えた。
故に、めだかは禊よりも高く跳ぶ。空中での肉弾戦において、相手よりも上にいるという事はかなり有利に働く。めだかは「本気で殴るぞ」と宣言してから、禊の顔面を全力で殴り飛ばした。
(ああ、ちくしょう。やっぱり強いなあ、めだかちゃんは)
殴り飛ばされた当の禊は、時計台よりも目測三十メートルは高い場所から校舎の屋上に叩きつけられたにも関わらず、未だに意識ははっきりしていたし、すぐに体を起こせる程度のダメージしか受けていなかった。実際はそのように見えるだけで、常に限界なのだが。
(とことん強くてとにかく凄くてとりわけ気高くとびきり格好いい、圧倒的に絶対的な女の子だ)
禊の目の前にめだかは降り立ち、一切の油断なく禊を見据えた。そこにはわずかな綻びもほんの少しの気の緩みもなく、例え突然狙撃されたとしても避けてしまいそうな、そんな圧倒的な強者の佇まいだった。
「ははっ! 楽しいなあ球磨川! 貴様と戦うのは楽しいなあ──さあ! もっともっと戦うぞ!!」
(やれやれ、こっちの気も知らずに楽しそうに……本当に弱い奴の気持ちが、がんばれない奴やできない奴の気持ちがわからない子だぜ)
禊は目を閉じながら、そんな恨み言を脳内で呟く。確かにめだかのことを恨んでいる。
(僕は今も昔もそんなきみが大嫌いで、今も昔もそんなきみが大好きだったよ)
まさしく愛憎入り混じる。成程確かに間違った
それから禊は昔を思い出してにやりと笑うと、気づいてしまった自分の気持ちをめだかに伝えるために立ち上がった。
「めだかちゃん。僕からの相談を、受け付けて欲しい」
「……ほう」
「このまま戦い続けても決着はつかないだろう。僕もめだかちゃんも、どれだけ叩き伏せられようが負けなんて認めないはずだからね」
禊は実力では何があってもめだかに勝てない。今になってその事実を再認識し、格好付けず──格好悪く、泥臭く、貪欲に勝ちを狙いに行くことにした。当たるかどうかは五分の賭け、しかし相手は黒神めだか。当たりに来ると読んでの博打である。
「僕としては、
「成程……折角のタッグ戦なのだから数的有利を作り出して善吉を叩いてしまいたいと……そういうわけか。しかし球磨川、私をどうやって負けさせるというのだ?」
「まあ聞けよ。だからこその相談だ──僕の始まりの
禊はどこからともなくマイナス螺子を取り出して自分の前で構える。するとマイナス螺子はたちまち鋭く伸び、一般的な日本刀と
「『
その
「さあ決めてくれ、めだかちゃん。きみは僕の
その言葉を聞いた名瀬、古賀、真黒、瞳、そしてめだか本人に至るまで、全員が全員同じことを考えていた。
聞くまでもなく──
「言うまでもない。24時間365日、私は誰からの相談でも受け付けるし、どのような気持ちでも受け止める!!」
めだかはいつものように、凛とした、毅然とした態度でそう告げた。清く、正しく、清廉な精神で言ってのけた。
「……愛してるぜ、めだかちゃん」
「そうか。もちろん私も愛しておるぞ」
「ありがとう。だけど──
次の瞬間、めだかの胸にマイナス螺子が刺さり、そしてありとあらゆる全てが変わる。黒かった髪は白に。屈強な肉体は虚弱に。強靭な精神は薄弱に。清廉な態度は卑屈に。善は悪に。好きは嫌いに。光は闇に。最強の
「なッ──!?」
いや、違う。
それを見た禊は当然焦った。わざわざ一度死んでまで取ってきた『
「……どうして? どういうことだ? 間違いなく折れるはずだ、特に心は!! 何をしたんだめだかちゃん、君は一体僕の
「まだ気づいていないのか、球磨川──いや、目を逸らしているのか」
「──何だって? 目を逸らす……確かに散々してきたさ。現実から目を背け続けてきた。でも、だからって、それがどういう……」
「はあ……貴様、仮にも週刊少年ジャンプの愛読者なのだろう? あれらの漫画から、貴様は一体何を学んだのだ? ぬるい友情か? 無駄な努力か? 無価値な勝利か? いいや違うだろう。本当はもう、とっくの昔に分かっているのではないか?」
めだかはやれやれといった風に肩をすくめ、わざと禊を馬鹿にするような口調でそう言った。そこまで聞いても禊には、めだかが何を言いたいのかがイマイチわからない──フリをしていた。
本当は分かっている。とっくの昔から、およそ16年前から。自分は全人類の中で最も不幸で、最も最低で、最も最悪で、最も下劣な人間だと信じて疑っていなかった。
(……だけど、
幸せだった。天にも昇る心地だった。そうだ。ずっと昔から、今に至るまで、禊は幸福な人生を送ってきていた。
最低な自分を素直に尊敬してくれていて、何か嬉しいことがあると朗らかに笑いかけてくる。そんな妹が、心の底から誇らしくて、可愛らしくて、愛おしくて、気づけば
きっと、
どうでもよかった。
なんでもよかった。
同じ境遇の
人間としてはきっと間違っている。その在り方は歪んでいる。弾圧されるべくして弾圧され、排斥されるべくして排斥された、そんな社会の爪弾きものであるということは、否定できないし否定なんてしない。
それが球磨川禊だから。
それが
だから
だから、剣の才能があっただけの妹を、なにか嬉しいことがあるとけらけら笑っていた明るい妹を、
そして、まずは妹が通っていた中学の剣道部の連中を潰して、それから妹を排斥した奴らを螺子伏せて、それから──。
(……思い出した。そうだ、あの時。
思い出した。今になって、今更。妹を排斥した連中を始末して、それを
禊に残ったのは、漠然とした
しかし、しかし。恐らくは一度死んだ時。蝶ヶ崎に惨殺され、そして安心院と再会した時。
思い返してみればその時を境として、禊の心の内に巣食っていた曖昧な感情は消えた。代わりに、妹を守ってあげなければならないという、兄としてはかなり真っ当な感情が芽生えた……というより、
つまり、禊が目を逸らしていたのは──。
禊は天を仰いでぽつりと呟き、めだかはそれを一も二もなく首肯した。和やかな雰囲気というわけにはいかないが、先ほどまでのような危機迫る雰囲気は若干薄れていた。
「……うん、そうだね。思い返してみれば、僕は確かに幸せ者だ。ただまあ、少し幸せだったからといって、不幸なことを忘れられるほどおめでたい頭はしていないけれど……友達を友達と思えないとか、仲間を守りたいと思えないとか……そういう奴らよりは、僕はよっぽど幸せだったみたいだ」
「ふっ……恥ずかしいことでもないのだから認めてしまえば良かったものを……そのせいでお互い消化不良のまま会長戦が終わってしまうところだったではないか。で、まだやるのだろう?」
「勿論。
その言葉が放たれると同時に、めだかも禊も相手に向かって突撃する。戦略などない。考え事など
めだかと禊の、三億年待ち焦がれた決着は近い。
幸せになって欲しかったんです。きっとね。
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