TSした上に『負完全』の妹   作:Minus-4

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 甘々です。お気をつけください。




第27箱「僕は」

 

 

 善吉と雪(そそぎ)が教室で対峙していた時、めだかと禊は丁度時計台を駆け上がり切っていた。既に屋上へと到達した二人は更に跳躍し、空中にその身を晒す。

 

 同時に飛び出したものの、そもそもの話、二人の身体能力には天と地ほどの差がある。互角な条件で互角な戦い方をすれば、めだかが有利になる事は必然であるとも言えた。

 

 故に、めだかは禊よりも高く跳ぶ。空中での肉弾戦において、相手よりも上にいるという事はかなり有利に働く。めだかは「本気で殴るぞ」と宣言してから、禊の顔面を全力で殴り飛ばした。

 

(ああ、ちくしょう。やっぱり強いなあ、めだかちゃんは)

 

 殴り飛ばされた当の禊は、時計台よりも目測三十メートルは高い場所から校舎の屋上に叩きつけられたにも関わらず、未だに意識ははっきりしていたし、すぐに体を起こせる程度のダメージしか受けていなかった。実際はそのように見えるだけで、常に限界なのだが。

 

(とことん強くてとにかく凄くてとりわけ気高くとびきり格好いい、圧倒的に絶対的な女の子だ)

 

 禊の目の前にめだかは降り立ち、一切の油断なく禊を見据えた。そこにはわずかな綻びもほんの少しの気の緩みもなく、例え突然狙撃されたとしても避けてしまいそうな、そんな圧倒的な強者の佇まいだった。

 

「ははっ! 楽しいなあ球磨川! 貴様と戦うのは楽しいなあ──さあ! もっともっと戦うぞ!!」

 

(やれやれ、こっちの気も知らずに楽しそうに……本当に弱い奴の気持ちが、がんばれない奴やできない奴の気持ちがわからない子だぜ)

 

 禊は目を閉じながら、そんな恨み言を脳内で呟く。確かにめだかのことを恨んでいる。だ(・)が(・)、そ(・)れ(・)だ(・)け(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。

 

(僕は今も昔もそんなきみが大嫌いで、今も昔もそんなきみが大好きだったよ)

 

 まさしく愛憎入り混じる。成程確かに間違った人格(キャラクター)だ。しかし人間としては至極真っ当だ。全(・)て(・)を(・)愛(・)し(・)て(・)い(・)る(・)奴(・)よ(・)り(・)は(・)、よ(・)っ(・)ぽ(・)ど(・)人(・)間(・)ら(・)し(・)い(・)感(・)情(・)だ(・)。

 

 それから禊は昔を思い出してにやりと笑うと、気づいてしまった自分の気持ちをめだかに伝えるために立ち上がった。

 

「めだかちゃん。僕からの相談を、受け付けて欲しい」

 

「……ほう」

 

「このまま戦い続けても決着はつかないだろう。僕もめだかちゃんも、どれだけ叩き伏せられようが負けなんて認めないはずだからね」

 

 禊は実力では何があってもめだかに勝てない。今になってその事実を再認識し、格好付けず──格好悪く、泥臭く、貪欲に勝ちを狙いに行くことにした。当たるかどうかは五分の賭け、しかし相手は黒神めだか。当たりに来ると読んでの博打である。

 

「僕としては、雪(そそぎ)ちゃんの方が心配でね……だから早いとこ助けに行きたいんだ」

 

「成程……折角のタッグ戦なのだから数的有利を作り出して善吉を叩いてしまいたいと……そういうわけか。しかし球磨川、私をどうやって負けさせるというのだ?」

 

「まあ聞けよ。だからこその相談だ──僕の始まりの過負荷(マイナス)、『却本作り(ブックメーカー)』を避けずに受けてくれないか?」

 

 禊はどこからともなくマイナス螺子を取り出して自分の前で構える。するとマイナス螺子はたちまち鋭く伸び、一般的な日本刀と大凡(おおよそ)同じ長さまで伸びた。

 

「『大嘘憑き(オールフィクション)』を現実(すべて)を虚構(なかったこと)にする過負荷(マイナス)だとするなら、『却本作り(ブックメーカー)』は強さ(プラス)を弱さ(マイナス)にする過負荷(マイナス)だ。具体的には、こ(・)の(・)過負荷(マイナス)の(・)被(・)害(・)を(・)受(・)け(・)た(・)者(・)は(・)みぃーんな! 不完全(ぼく)と完全に同じになる」

 

 その過負荷(マイナス)は言うなれば、引(・)っ(・)張(・)り(・)上(・)げ(・)る(・)めだかとは対極の、引(・)き(・)下(・)げ(・)る(・)過負荷(マイナス)だ。つまりは真黒や日之影が最も警戒していた、めだかが過負荷(マイナス)になるという事態を引き起こしてしまう過負荷(マイナス)である。

 

「さあ決めてくれ、めだかちゃん。きみは僕の過負荷(きもち)を、受け止めてくれるかい?」

 

 その言葉を聞いた名瀬、古賀、真黒、瞳、そしてめだか本人に至るまで、全員が全員同じことを考えていた。そ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)聞(・)く(・)ま(・)で(・)も(・)な(・)い(・)。

 

 聞くまでもなく──受(・)け(・)止(・)め(・)る(・)し(・)か(・)な(・)い(・)。

 黒神めだか(我らが生徒会長)は、そういう人格(キャラクター)だから。

 

「言うまでもない。24時間365日、私は誰からの相談でも受け付けるし、どのような気持ちでも受け止める!!」

 

 めだかはいつものように、凛とした、毅然とした態度でそう告げた。清く、正しく、清廉な精神で言ってのけた。

 

「……愛してるぜ、めだかちゃん」

 

「そうか。もちろん私も愛しておるぞ」

 

「ありがとう。だけど──き(・)み(・)が(・)好(・)き(・)な(・)の(・)は(・)『僕(・)を(・)』じ(・)ゃ(・)な(・)く(・)て(・)『人(・)を(・)』だ(・)ろ(・)う(・)?」

 

 次の瞬間、めだかの胸にマイナス螺子が刺さり、そしてありとあらゆる全てが変わる。黒かった髪は白に。屈強な肉体は虚弱に。強靭な精神は薄弱に。清廉な態度は卑屈に。善は悪に。好きは嫌いに。光は闇に。最強の人格(キャラクター)が最弱に──。

 

 

「──貴様の過負荷(おもい)は、こ(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)か(・)?」

 

 

 

────ならなかった。

 

 

 

「なッ──!?」

 

 いや、違う。な(・)っ(・)て(・)は(・)い(・)る(・)。つまり効(・)い(・)て(・)は(・)い(・)る(・)。しかし、大(・)し(・)た(・)変(・)化(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。髪は白い。体は弱い。だがそれでも、精神に一切の変化がない──というより寧ろ、以(・)前(・)よ(・)り(・)も(・)必(・)死(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 それを見た禊は当然焦った。わざわざ一度死んでまで取ってきた『却本作り(ブックメーカー)』が効いていないから……ではない。効いてはいるというのに、めだかの様子に大差がないからである。

 

「……どうして? どういうことだ? 間違いなく折れるはずだ、特に心は!! 何をしたんだめだかちゃん、君は一体僕の過負荷(マイナス)に何を──」

 

「まだ気づいていないのか、球磨川──いや、目を逸らしているのか」

 

「──何だって? 目を逸らす……確かに散々してきたさ。現実から目を背け続けてきた。でも、だからって、それがどういう……」

 

「はあ……貴様、仮にも週刊少年ジャンプの愛読者なのだろう? あれらの漫画から、貴様は一体何を学んだのだ? ぬるい友情か? 無駄な努力か? 無価値な勝利か? いいや違うだろう。本当はもう、とっくの昔に分かっているのではないか?」

 

 めだかはやれやれといった風に肩をすくめ、わざと禊を馬鹿にするような口調でそう言った。そこまで聞いても禊には、めだかが何を言いたいのかがイマイチわからない──フリをしていた。

 

 本当は分かっている。とっくの昔から、およそ16年前から。自分は全人類の中で最も不幸で、最も最低で、最も最悪で、最も下劣な人間だと信じて疑っていなかった。

 

(……だけど、幸(・)せ(・)だ(・)っ(・)た(・))

 

 幸せだった。天にも昇る心地だった。そうだ。ずっと昔から、今に至るまで、禊は幸福な人生を送ってきていた。

 

 最低な自分を素直に尊敬してくれていて、何か嬉しいことがあると朗らかに笑いかけてくる。そんな妹が、心の底から誇らしくて、可愛らしくて、愛おしくて、気づけば異常(アブノーマル)の抹殺なんてと(・)っ(・)く(・)に(・)ど(・)う(・)で(・)も(・)よ(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

 きっと、他(・)の(・)こ(・)と(・)だ(・)っ(・)て(・)そ(・)う(・)だ(・)。

 どうでもよかった。

 なんでもよかった。

 

 同じ境遇の過負荷(なかま)がいて、そんな過負荷(なかま)を守るために戦えて、時には傷を舐め合って、慰め合ったりして、それでまた、落ちこぼれ同士で堕落しきって。

 

 人間としてはきっと間違っている。その在り方は歪んでいる。弾圧されるべくして弾圧され、排斥されるべくして排斥された、そんな社会の爪弾きものであるということは、否定できないし否定なんてしない。

 

 それが球磨川禊だから。

 それが過負荷(マイナス)としての矜持だから。

 

 だから過負荷(なかま)達と無為に人生をやり過ごし、妹が楽しく生きているのを見れば、それだけで良かった。

 

 

だ(・)が(・)そ(・)う(・)は(・)い(・)か(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

 

 だから、剣の才能があっただけの妹を、なにか嬉しいことがあるとけらけら笑っていた明るい妹を、苦(・)し(・)め(・)て(・)追(・)い(・)込(・)ん(・)で(・)殺(・)し(・)た(・)普通(ノーマル)と特別(スペシャル)の連中を許さないと決めた。雪(そそぎ)にしてあげられることが、それくらいしか思いつかなかったから。

 

 そして、まずは妹が通っていた中学の剣道部の連中を潰して、それから妹を排斥した奴らを螺子伏せて、それから──。

 

(……思い出した。そうだ、あの時。雪(そそぎ)ちゃんのことをほったらかして全国の学校を潰しに行ったあの時……僕は確か、雪(そそぎ)ちゃんに斬られて異常(アブノーマル)の抹殺を始めたんだっけ)

 

 思い出した。今になって、今更。妹を排斥した連中を始末して、それを雪(そそぎ)に報告した瞬間。雪(そそぎ)は何(・)か(・)に(・)絶(・)望(・)し(・)た(・)よ(・)う(・)な(・)顔(・)を(・)し(・)て(・)、それから禊の意識は書(・)き(・)換(・)え(・)ら(・)れ(・)た(・)の(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 禊に残ったのは、漠然とした異常(アブノーマル)を抹殺しなければならないという使命感と、何かを忘れているような気がするという曖昧な感情だった。

 

 しかし、しかし。恐らくは一度死んだ時。蝶ヶ崎に惨殺され、そして安心院と再会した時。雪(そそぎ)が心の内側に入ってくるまで、安(・)心(・)院(・)は(・)雪(そそぎ)と(・)能(・)力(・)を(・)共(・)有(・)し(・)て(・)い(・)た(・)は(・)ず(・)だ(・)。

 

 思い返してみればその時を境として、禊の心の内に巣食っていた曖昧な感情は消えた。代わりに、妹を守ってあげなければならないという、兄としてはかなり真っ当な感情が芽生えた……というより、心(・)を(・)塗(・)り(・)潰(・)し(・)て(・)い(・)た(・)黒(・)が(・)斬(・)り(・)落(・)と(・)さ(・)れ(・)た(・)とでも言うべきだろうか。

 

 つまり、禊が目を逸らしていたのは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──僕は、幸せ者だったのか。」

 

「ようやく向き合ったな、馬鹿者(くまがわ)。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 禊は天を仰いでぽつりと呟き、めだかはそれを一も二もなく首肯した。和やかな雰囲気というわけにはいかないが、先ほどまでのような危機迫る雰囲気は若干薄れていた。

 

「……うん、そうだね。思い返してみれば、僕は確かに幸せ者だ。ただまあ、少し幸せだったからといって、不幸なことを忘れられるほどおめでたい頭はしていないけれど……友達を友達と思えないとか、仲間を守りたいと思えないとか……そういう奴らよりは、僕はよっぽど幸せだったみたいだ」

 

「ふっ……恥ずかしいことでもないのだから認めてしまえば良かったものを……そのせいでお互い消化不良のまま会長戦が終わってしまうところだったではないか。で、まだやるのだろう?」

 

「勿論。雪(そそぎ)ちゃんに聞かなきゃいけないこともできたしね。あっそうそうめだかちゃん、さっきの質問、僕が少年漫画から何を学んだかの答えだ。僕は確かに弱いさ。僕だけならね。だけど──」

 

 

「妹を守る兄ってのは強えんだぜ」

 

 

 その言葉が放たれると同時に、めだかも禊も相手に向かって突撃する。戦略などない。考え事など以(もっ)ての外。ただ目の前の相手をいち早く倒し、それぞれの相方のことだけを考えて二人は打ち合う。

 

 

 めだかと禊の、三億年待ち焦がれた決着は近い。

 

 

 






 幸せになって欲しかったんです。きっとね。

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