004
ある日、雪は怪我をした。無論、剣道の稽古中に。原因は稽古によって積み重なった疲労が肉体的限界を超え、足の骨にヒビが入ったためである。
かかりつけのスポーツドクターに話を聞いたところ、どうやら少し重めの疲労骨折らしい。幸いなことに、剣道生命に支障がない程度ではあるが。
さすがの雪といえど、骨折している最中にわざわざ怪我を悪化させに行くほど見境がないわけではない。ドクターストップもかかってしまったので、しばらくの間稽古はお休みすることとなった。
松葉杖や包帯無しで歩いて怪我が悪化してしまえば、目も当てられないことになることは目に見えている。学校生活、そして寮生活中は常に松葉杖を携えて行動することになった。雪としては、非常に不本意ながらではあるが。
学校側も、剣道部のスーパースターが足を疲労骨折しているとなれば、当然心配する。それは大人達の善意によるものでもあり、学校の評判を下げないための策略でもあった。人間は善悪併せ持つものだ。なのでこの対応は当然である。
日常生活の介助の為、学校は剣道部の顧問に雪の補助を要請した。といってもそれは、足を骨折しているので階段を登る時に気を配ってあげてね、程度のものであったが。
学校の要請を受けた顧問はその日の昼休みに剣道部の女子部員に集合をかけ、雪の状態についての説明をした後、学校生活で雪が困っていそうだったら助けてやって欲しい、という旨のことを言った。部員達は頷いた。
その日の部活が終わった後、部員達はこぞって雪の心配をして近づいてきた。三年の男子主将は「これでも食べて早く治しな!」とぶっきらぼうに言いながら、プロテインバーを箱で渡してきた。なんだかズレているような気がするが、雪はその厚意をありがたく受け取った。
女子主将は雪の頭を撫でて優しく労わりながら「これ飲んで早く治してね!」と朗らかに笑いながら、大量のプロテインとシェイカーを渡してきた。やはりどこかズレているが、雪はこれもありがたく受け取った。
雪は嬉しかった。剣道しか能がない自分ではあるが、その剣道ができなくても、みんなは雪のことを見てくれていると分かったからだ。なんだか心がじんわりと暖かくなってしまい、思わず雪は涙をこぼしそうになったが、流石に恥ずかしかったのでなんとか堪えた。
──もっとも。
堪えた分の涙は、その後すぐ流すことになったのだが。
やっほー。私だ。
えっ? 誰だお前、って? いやだなあ、私だよ私私。私刑で有名な私だよ。
ま、それは置いておいて、だ。
私から君たちに言っておいてあげられることはコレだけだよ。
騙されるな。
間違っても「間違ってない」なんて言わせるな。安心院なじみの思うツボだぜ。
そういうわけだから、よろしくね。
「間違ってる」って言わせてくれたら、あとは私がどうにかするからさ。
それじゃ、また明日とか。
第31箱で会おうぜ。
005
雪が悪かったかと問われると、『雪は悪くない』というのが答えになる。0:10で相手……この場合は雪のチームメイトであった、一年生の那知椰という部員が悪かった。
【検閲済】
雪はぼんやりとした頭で精一杯考える。目の前にいるチームメイトはなぜ自分に対して怒っていて、どうしてそんなに楽しそうなのか。なんでそんなに嬉しそうに笑うのか。友達が嬉しいと、私も嬉しい。はずだ。それなのに、今は全く嬉しくない。
【検閲済】
那知椰は雪に近づいておもむろに足を上げ、上がりきった所から思い切り雪の足を踏み潰した。踏んだ場所は当然、疲労骨折している脛である。ギプスで保護されているとはいえ、それだけでどうにかなる問題でもなかった。
雪は声にならない悲鳴を上げた。
【検閲済】
那知椰は何度も雪の足を踏み付ける。叫び声が止むまで。泣き声が消えるまで。骨が砕けるまで。終わる頃には、 那知椰は汗だくになっていた。そしてその頃には、雪はどうしてこのような状況になったのかを思い出していた。
部室から寮へと向かう最中、数人のチームメイト……剣道部一年生女子に囲まれて非常階段へと連れ込まれ、松葉杖を使って階段を登っていたところを突然突き落とされ、階段を転がり落ちながら頭を強打、並びに出血。制服はぐちゃぐちゃに血で染まり、出血と脳震盪で意識が朦朧としていたことを、足を踏まれた痛みで思い出した。
【検閲済】
那知椰の周りに他のチームメイトが集まってくる。何やら雪を嘲笑しているようだが、あまりの痛みに耐えかねた雪は意識を手放しかけている。そのまま眠れれば楽だったのだが、不幸なことに、そうはいかなかった。
【検閲済】
という誰かの声とともに、雪は蹴り飛ばされた。頭から壁にぶち当たり、再び脳が揺れる。体を支えきれずに倒れた所で、下腹部と胃の辺りを思い切り踏み潰された。雪は血と胃液の混ざったものを吐いた。
【検閲済】
那知椰は雪を痛めつけて気分を良くしたのか、騒ぎ立てていた時よりも穏やかな口調でそう言った。穏やかとは言っても、行動は野蛮そのものだったが。
その後もしばらく、順番に雪の体を痛めつける時間は続いた。謝ろうにも既に耳はほとんど聞こえないため、正しい発音ができない。妙なイントネーションの言葉は那知椰達には格好の嘲笑の的だった。
そうして痛めつけられ、嬲られ、暴力という暴力を振るわれ、暴言という暴言を吐かれた雪が許しを乞うたのは、助けを求めたのは、一体どこの誰だったのだろうか。
言うまでもない。
【検閲済】
最愛の兄へ、万感の思いを込めて。今の雪にできる、精一杯の想いを込めて。今の今まで、人生で一度だって発信したことのない救難信号を送った。
──普通の人間が、テレパシーじみた以心伝心など使えるはずもなく。漫画やアニメのように、颯爽とヒーローが駆けつけるわけでもなく。発した言葉は、雪のように溶け消えた。
雪の必死の助けを求める声を聞いた那知椰達は大いに笑い、ひとしきり笑い終わったあと、雪の目の前に一枚の紙を落とした。
【検閲済】
概ねそのようなことが書かれた紙を見た雪は、当然狼狽えた。自分の人生の全てであるともいえる剣道を捨て、あまつさえ全裸で土下座など、耐えられるものではない。
しかし断れば再び痛めつけられることは明白であった。雪の目の前でわざとらしく指を一本ずつ折りたたんでカウントダウンを行う那知椰の姿が、雪の思考を狭めてゆく。
10。
謝れば許してもらえる。これ以上痛くない。
9。
でも剣道をやめなければならない。耐えられない。
8。
そもそもどうして私が謝らなければいけないのか。
7。
私は死ぬ気で努力して強くなったのに。
6。
私より弱いくせに調子に乗りやがって。
5。
全員そうだ。ここにいる全員、私より弱い。
4。
こいつらに負けたくない。私の努力を踏み躙らせない。
3。
そうだよ雪、弱気になるな。
2。
私の方が強いんだ。言うことなんて聞かなくていい。
1。
断ってやる。断固として、剣道はやめない。
0。
【表現規制】【閲覧可能期間終了】【ハーメルン利用規約違反】【不快な表現】【年齢制限】【事実と異なる文言】【削除済】【醜悪な虚偽】【検閲済】
雪はもはやよく分からない【過激な表現】の上で、【コンプライアンス違反】の姿になり、真っ白い雪のような髪の毛と額を地面に擦り付け、携帯電話のシャッターを構えた那知椰達に向けられ
【検閲済】
【検閲済】
【検閲済】
「もうやめろ!!」
「おや、もういいのかい? ここからが面白い所なのに。勿体無いねえ、善吉くんは」
「何が『面白い』だ!! こんな……こんなの、面白いと思う奴がどこにいるっつーんだよ!? 最悪だ! 害悪だ! 醜悪っ……極まりない……!!」
「ここにいる。まああまり出来のいい過去ではないけれど、面白いと思って読んでたやつは、まあ一人か二人くらいはいたはずだぜ」
ま、今はもう読めねーけどさ。いやしかし、まさかここまで不評だとはね。随分と優しい連中が多いらしい。
「つーか、そもそもてめーは誰だ!! てっきり雪が性格を斬り変えてたのかと思ってたが、全くの別人じゃねえか……!!」
「ふうん、やっぱり覚えてないんだね。僕は悲しいよ、善吉くん……ま、いいさ。君が投げ出した雪ちゃんの過去の続きは、まあ次回にでも要約しておいてやるぜ」
人外は善吉と二人きりの教室で、誰に向けてか呟いた。