第四関門(2)
「螺子でカードを固定することですり替えは封じたけど……これってどう動くのが正解なのかしら……」
「変にジョーカーを取って、先行してしまうのも……はぁ、まずい気がするよね……」
「いや
財部・喜々津・与次郎は熱を一手に引き受けた
「いやそれにしても、体温42℃は……大丈夫なんですか、
「ああ、いや……だいじょぶだよ、与次郎くん。わたしってさ、ほら……剣道やってるから」
「それは理由になってない気がするけどにゃー……まあ平気でしょ。赤さんがその辺の調整ミスるとは思えないし」
「
禊の身を案じ、財部はそう口にしかける。しかしそれに待ったをかけたのは倒れている
「まあまあ、安心しなって財部くん(
『そうだよ、こういうのは先輩に任せておけばいいのさ……ほら、今だって♡の8が揃ったところだからね』
「……なんて言うか、意外と戦えてますね、禊せんぱい。っていうか、それより!
「ええ……? いいじゃん別に、私が使ったって……」
先ほどまで庇われた財部はそこそこ、いやかなり落ち込んでいたのだが、
「……解せませんね。先ほどからあなたへかけているプレッシャーに動揺しないのはともかくとして、愛する妹にかけた病にまで動揺しないとは……あなた、とことん欠落しているんですね」
『え? ああ、ほら。病は気からって言うだろう? それよりも、意外と簡単だね、このゲーム。まさかこんなに簡単にカードが揃うとは……ま、不完全な僕に対して、完全を冠するなんて片腹痛いぜ』
凋落している
しかし気が付くのに遅れたとはいえ、赤は箱庭学園保健委員会の委員長である。すぐさま思考を切り替え、球磨川禊に安定して勝つための方策を考え始めた。
(さっきから揃えるカードがランダム、つまり
「……♤の4と♡の
『じゃあ僕の番だね。えーっと、もう最初の方のカードは忘れちゃったんだけど、確かこの辺に♡の
(やけにわざとらしい口振りね──ッ、まさか、この男──!?)
その瞬間赤は、カードをめくろうと伸ばされた禊の手を思い切り掴み、そして
手の中には、
「ふぅ、危うく騙されるところでしたよ。まさか
『ははは、よく気づいたね。いやほらさ、このゲームって数だけじゃなくマークまで覚えなきゃいけないでしょ? そんな面倒なことやってられるかよ』
「なっ、ほらイカサマですよイカサマ!!
「うぐっ、ぅ……たっ、財部くんやめてぇ揺らさないで死んじゃう」
禊のイカサマ封じによるイカサマ。その無法さにさしもの赤も動揺を隠しきれなかったが、すぐさまいつもの無表情に戻り、平静を取り戻した。
『まさかこれを
「言いません──が。当然これから螺子は全部同じ規格のものに変えてもらいますよ。それくらいはいいでしょう?」
赤の要請に禊も(渋々)応じ、それからゲームは再開。この時点で禊は20ポイント近くリードしていて、勝ち筋は十分あった。
しかし螺子を統一した直後、禊は驚くほどカードを揃えられなくなる。結果として赤にすぐさま追い抜かされてしまい、逆転を許すこととなった。
タネはごく単純なものである。螺子を変える際、赤はどさくさに紛れてカードをしっちゃかめっちゃかに入れ替えたのだ。
イカサマ封じを利用したイカサマ──封じを利用したイカサマである。その殆どが場外戦。ここに来て二人の戦いは、あからさまにイカサマ合戦の様相を呈していた。
そして、30分が経過し──。
「♢の
赤はそう宣言し、安堵のため息をこぼす。混沌よりも這い寄る
「ど、どうしましょう
「落ち着きなよ
「とっ、とりあえず! 負けちゃったなら負けちゃったで、早く
候補生三人組は慌てふためき──喜々津だけは違ったが──もう禊が負けてしまったと考え、撤退の準備を固めていた。
しかしそこに再び
「いいや、もう少し待ちなよ、もう少しの辛抱だ……お兄ちゃんなら、ここから大どんでん返しを繰り広げてくれるだろうぜ──!!」
「はあ、あのねえ
『──いいや、まだだよ赤さん。僕はまだ負けてなんかいない。気付いていないのかい?
「──ッ!! ……そういえば、そうでしたね。それで? だからなんです? 私がジョーカーを揃えることはあり得ない。それともまさかあなたはこの状況で、自力でジョーカーを二枚引こうとでも言うんですか?」
『言うよ。
「……言ってろ、誇大妄想」
そう言いつつも赤は、このターンからジョーカー潰しに打って出た。ポイントでの勝ちは確定しているから、白地図を塗りつぶすかのように、まだめくっていないカードをめくっていく。
1ペア。また1ペア。少しずつ、身を削ぐように削っていく。
が、しかし。その願いも虚しく、カードが残り8枚になるまで減ったというのに、ジョーカーが一枚も出ることはなかった。
「残り8枚中の2枚がジョーカー……!」
「これならもしかしたら、もしかするかも!」
「言ったでしょ? 私のお兄ちゃんは
場に残ったカードは残り8枚。そしてそのうち、いまだに引かれていないカードは5枚。そこから禊はカードを2枚選んで引くが──。
『うーん、そろそろ引けるかと思ってたんだけど。どうやら友達だと思っていたのは僕だけみたいだ。悲しいことだが、それはそれとして赤さん。君のターンだぜ』
「ぐっ……こんな、こんなことが……」
禊はやはりハズレ──この場合は♧の7を引いた。当然そのカードを揃え、場に残ったカードは残り6枚。その内ジョーカーの可能性があるカードは、4枚。
震える手で赤はカードをめくる──そこに書かれた数字は♤の9だった。
つまりここから赤は、めくられていないカード3枚の中からジョーカーを探し出し、めくらなければならない。ここで安牌のカードに逃げてもいいが、それはみすみす禊に3分の1の確率を明け渡すこととなる。つまり──。
赤は今更後悔し始めた。関門の番人を安請け合いしたこと。後輩の
そして、
「……禊せんぱい、提案があります」
「この勝負引き分けってことにしませんか? 関門は五人とも通してさしあげますから……」
「もちろん皆さんの病気の治療はしますし、なんだったら
「……堪忍してください、私が悪かったです……」
禊は立ち上がって、赤を見下すような姿勢を取った。先ほどまで熱で気怠げだったのが嘘のような速度で指を指し、赤を急かす構えを取る。
『ハリーアップ!! ただし今なら特別に、ナースキャップの着用だけは認めよう──』
もうどうにもならない状況まで赤は追い込まれてしまった──が、しかし。この状況を打ち破る者がいた。
「この辺にしておきましょうよ禊せんぱい!! 許してあげましょ! ねっ!」
禊の背中に飛び込みそう言ったのは、他でもない財部その人だった。バカにされたというのに、彼女は赤を助けるために動いたのだ。
『……財部ちゃん?』
「お願いします、もうやめてあげてください……でないともう、あなたを先輩と呼べなくなる……」
『……オッケーそうしよう。僕と
禊は振り返って赤に背を向け、机から離れる。その背中には、先輩としての自負が乗っかっているように見えた。
『あの子達は僕の、かわいい後輩なんだ──』
「んー、さっすが
「……悪かったわね、二つも病気を押し付けて。それから
心の傷までは治せないんだから、と赤がそう締め括ったところで。
『ねえねえ赤さん。
「はあ、返す? 一体私に何を──ッ!?」
禊が赤に手渡したのは──螺子の穴が空いていない、二枚のジョーカーのカードだった。
『いやーやっぱり友達だねえ、この子達! いつの間にか僕のポッケに潜り込んでいたんだよ』
「なっ……いつの間に……」
「ねー、だから言ったでしょ、みんな? 私のお兄ちゃんは
「ッ
そして支えるために肩を組んだ時、ひっそりと禊にジョーカーを渡していたのだ。赤に気取られることなく。
「
「そ、底が知れないですね……」
「女には秘密があるんだよ、財部くん、与次郎くん。私と仲良くなれれば、もしかすると分かっちゃうかもしれないぜ?」
財部も、与次郎も、喜々津も、そして赤も──驚きを隠せない。そんな芸当が果たして出来るだろうか?
否。しかし、実際目の前で起きている。
「……こうなるのを見越して、この
『計算? あはは、何それ。計算なんて人生で一度もしたことないよ。僕は自分の妹を、
禊は
『どうやら期待されているようだし、最後は格好付けさせてもらおう──僕はただ好きなだけさ。スリルとリスクで神経を削る、分の悪い賭けってやつがね』
球磨川先輩、ちょっと好きすぎる。
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