「……なんなんだマジで……どうなってんだ?」
善吉は一人、校庭でそう呟く。
思い返すのは数分前のこと。めだ関門を仲間達とともにクリアし、晴れて生徒会副会長の腕章を入手するはずだった彼の未来は、あまりにも呆気なく幕を閉じた。
それどころか、善吉が負けた──否、最初の暗号さえ解けなかったifの世界線が始まっているという有様だった。
当然必死に善吉は弁明した。本来参加者しか知り得ないはずの、それぞれの関門の内容についてだって話した。
話そうとした。
しかし、その行動が行われることはなかった。
代わりに善吉の口から飛び出したのは、誰が聞いたって言い訳だと分かる、醜い言葉。
醜悪。
「賭けのせいで緊張した」から解けなかっただとか、「もう一回やれば俺が勝つ」だとか。
そんな事は思ってすらいないのに。
そんな言しか出てこなかったのだ。
そんな、戯言しか。
結果として善吉はめだかに見放され、時計台の片付けを一人でやらされる羽目になった。しかも、やけに余所余所しい言葉遣いでの命令で。
今だって、めだかに思い切り殴られた頭が痛む。頭蓋骨は悲鳴を上げているし、脳みそが崩れているかのような痛みがまだ残っていた。
が、しかし。
そんな脳が沸騰するほどの痛みのおかげで、善吉は却って冷静になることができていた。
未だに痛む頭をさすりながら、善吉は一人で思考の海へと潜る。まず初めに考えたのは、自らの勝利がなかったことになった件について。
(──俺の勝ちが無くなったのは、まあいい。どうせ譲られた勝利だし、そこまでの未練はない。どっちかっつーと、めだかちゃんにとっての俺の価値が暴落したことの方が問題だな)
善吉は蹲るのをやめて立ち上がり、顎に手を当てて考え始めた。頭の痛みがいい刺激になっているせいか、いつもよりも頭の周りがいい。
(候補生五人衆──安心院なじみと同じ『悪平等』だよな。思いっきりあいつのことを『安心院さん』って呼んでいたし、間違いないはずだ)
そうなってくると怪しいのは、やはり安心院なじみである──と、いつもの善吉であればここで考えるのをやめて、彼女のことを一方的に敵視していただろう。
しかし善吉は気が付いていた。先ほど校庭へやって来たレクリエーション挑戦者の中に、雪がいなかったことに。
さらに善吉は思考を進め、そしてとあることを思い出す。世界が斬り変わる時の感覚を。
(確か安心院なじみは一京のスキルを持ってる。だからまあ、こんなことも一応できるとは思うんだが──あいつ、そんなに雑なことするタイプか?)
一言で言ってしまえば、あれは粗雑だった。
(『斬る』と言えば、やっぱり雪か雪のどっちかだ。そして、雪は他のみんなと同様に記憶を失ってたみたいだし──)
「──あんま疑いたくはねえが、やっぱり雪が犯人だろうな。どういうつもりか聞かねえと……まさかあいつ、兄貴の役職を守るためだけにこんなことしたわけじゃねえよな……?」
結論は出た。そしてそれは当たっている。尤も、正解かどうかは善吉には知りようもないことだが。
ともかく、考え事を終えた善吉は動き出そうとして……いつの間にか目の前にいた雪と目が合った。
「うおっ……あっ、雪お前! 今までどこで何してやがった!?」
「ん? ああ、すまないね。ちょっとこっちにも野暮用があったから君のフォローに来るのが遅れちまった。許しておくれ」
善吉の問いかけに対して雪は──雪のような姿をした安心院なじみはそう答えた。
この回答を怪しまない善吉ではない。当然目の前にいるのが雪ではなく安心院なじみである事は即座に理解したし、おおよその事情は把握した。
「……何のつもりだよ、安心院なじみ」
「僕のことは親しみを込めて安心院さんと呼びなさい。何のつもりもなにも、僕が雪ちゃんの体を使って出て来た時点で、そこまで選択肢は多くないはずだがね」
「……まさか、お前! なんかのスキルで雪の体を乗っ取って、それで俺をこんな風にしやがったのか!? あの五人組もそうなんだろ!!」
「あー、いや? 惜しいっちゃ惜しいんだが、微妙に斜め上だ。雪ちゃんを乗っ取ったのと五人の悪平等を送りつけたのは僕で間違いないぜ」
安心院なじみは何でもないように、あっけらかんとそう言ってのける。なにかと推理が明後日の方向に飛びがちな善吉だが、こればかりは勘違いしても悪くは言えない。
「『乗っ取ったのと送り込んだのは』ってことは……『世界を斬り変えた』のは、雪の仕業ってことだな?」
「ご名答。ま、今彼女と話そうったってそうはいかないぜ。ほら、ご覧の有り様だからね」
安心院なじみはおどけたように笑いながら、胸に手を当ててそう言った。雪にそっくりな──あまりにも、そっくりすぎる容姿で。
「──お前、まさか……また変な計画のためにスキルを使って雪の体を利用するつもりじゃねえだろうな!?」
「ふうん? 珍しいねえ善吉くん。やはり宝探しを経て成長したからかな。以前の君とは見違えるようだぜ」
「ッ、お前っ!!」
善吉は堪えきれず、安心院なじみへと掴みかかる。突然のことだったからなのかは分からないが、特に何の障害もなく掴むことに成功した。
「おいおい、人外であるとはいえ僕も一応女の子なんだぜ? あんまり乱暴されると困っちゃうな」
「雪のことを乗っ取っておいて、今更何を……!」
「あー、誤解があるようだからあらかじめ言っておくけどさ、むしろ僕ってば恩人なんだぜ? だって雪ちゃんのことを助けてやったんだからさ」
「は、助ける……? いや、どういうことだよ。体を乗っ取るのと雪を救うのがどうして両立するんだ?」
不自然に善吉の怒りが収まるが、本人はその不自然さに気が付かない。何はともあれ、会話の土台は整った。
ここからは、安心院なじみの手腕に託された。
「いや、ね。僕だって最初はこんなことするつもりなかったんだぜ? めだかちゃんの中での善吉くんの価値を下げるために、普通の悪平等を五人ほど送り込みはしたけどね。だけど僕は、君がそれすらも跳ね除け、副会長の座を勝ち取るのだったらそれもありかな、と思っていたんだぜ」
「……つまり、俺が副会長になって都合が悪いのは雪の方だ、と。そういうことなのは分かったがよ、それじゃあ俺は納得できねえ。雪を乗っ取った理由になってないしな」
「信じるか信じないかは君の自由だが、僕だって別に好きで乗っ取ったわけじゃないんだぜ? 負安心モードが気に入っているのは事実だけどさ」
「……俺に変な視力を貸し付けたり、めだかちゃんと仲違いさせようとした奴に言われてもな。あんたのせいで俺の人生ほとんど台無しだ」
「ああそうだね、僕のせいで君の人生は滅多なことになっちまった。だから是非とも、僕に償いをさせてくれたまえ」
負安心モードになったことによって全身の封印がほとんど外れかけている安心院なじみは、一度善吉に掴まれて着付けが崩れている、巫女服の襟を直しながらそう言った。
「実のところ、僕は善意で動いていてね。君のところに悪平等を五人送り込んだのも、雪ちゃんの体を乗っ取ったのも何もかも、僕なりの善行だ」
善吉からすれば、到底信じられたものではない。話しかけに来たタイミングも完璧すぎるし、そして何より、雪の体を使ってモーションをかけてきたことも怪しすぎる。
「信じてないって顔だね」
「信じられねえって顔だよ。俺の人生めちゃくちゃにしたのは──よくはないけど、まあいい。それよりも今はどうして雪を乗っ取ったのかだ」
「ふーん、てっきり君のことだから『めだかちゃんと俺が仲違いするなんて信じられない』とか考えてると思ってたんだけどな」
「俺は俺なりに色々考えてたんだよ、戦挙戦の時からずっとな。こういうこともあるかもってな。だけど……」
「まさかここまでとは、かな?」
「──おう。少しめだかちゃんに嫌われて、余所余所しい話し方をされた……だけでこの有り様だ。なんとか今まで冷静を保てちゃいるが、正直なところ、心の方はメタメタだぜ」
「うーん、予想よりも君は強いみたいだね。まあ君の心が強くなければ、僕も全てを話すことはできなかったし、好都合だぜ」
安心院なじみは一度そう前置いて、その後端的に事実のみを口にした。
「球磨川雪は死んだ。」
「……どうせお前の言うことだ、何かのレトリックなんだろ」
「うん、正確には心が死んだと言ったところかな。ただね、これが案外大変でさあ。心が死んだってことは、つまり生きる意思がないってことなんだよね」
「それじゃあ雪は……今現在、死んだも同然だって、そういうわけか。そして──」
「僕が雪ちゃんを乗っ取ったのは、はっきり言ってしまえばこの子の自殺を防ぐためだ。体の主導権は僕が握っているから、この子は今何もできないのさ」
つまり安心院なじみは、善吉の友人の自殺を防いだ、間接的な恩人というわけだ。もちろん、彼女の語ったことが本当ならばではあるが。
そして、善吉はこれを信じた。
信じないことには、何も始まらないからだ。
「そういうことなら最初からそう言ってくれよ……あんた紛らわしいんだから、もう少し丁寧に話してくれ」
「わっはっは、僕は人をからかうのが好きだからね。とはいえ遊びすぎたのも確かだ──そろそろ本題に入ろうか、人吉善吉くん」
安心院なじみはそこで一度息を継ぎ、真剣な表情を作って善吉へと問いかけた。
「めだかちゃんの件だ──君は幼少の頃『君は他人を助けるために生まれてきた』だなんて宣ったそうじゃないか。そんな誰にでも言える恩着せがましい言葉で、めだかちゃんを一生縛りつけるつもりだったのかな」
「……別に。俺はそういうつもりじゃなかった」
「君にとってはね。だが実際のところどうだったか、なんてどうでもいいんだ。この場合はそれを言ってしまったという事実が重要だね」
つまり安心院なじみは、その事実自体が君とめだかちゃんの最後の繋がりだ、と……そう言いたいのだ。
「それで、霧散霧消した、めだかちゃんにとっての俺の価値を……俺はどうやって取り戻せばいい?」
「取り戻すのは不可能だよ。以前の関係にはどうやったって戻れない。君が献身し、めだかちゃんがそれを受け取る……なんて、君もそろそろうんざりしていたんじゃないかい?」
「それなら、新しい関係を構築するしかない、か。つってもどうすんだよ。俺は見放されたわけだし、ここから構築できる関係性なんて──おい、ちょっと待て、まさか……!?」
どうやら何かに気が付いたらしい善吉を見て、安心院なじみは一層、その妖しい笑みを深めた。
「俺に、めだかちゃんの敵になれって言うのか……!?」
「ああそうだ。君は君の価値を彼女に認めさせるために、めだかちゃんに勝利しなければならない」
「でもっ……」
「でもも何もないさ。だってめだかちゃんには悪平等でも勝てないんだから、勝ててしまえばそれは変えようのない価値になるだろう? その価値は誰にも消しようがないしね」
口で言うのは簡単だ。しかしこの作戦は、善吉が死力を尽くさねば成立しない作戦でもある。
「それに、忘れたとは言わせないぜ。めだかちゃんは味方よりも明らかに敵の方を好んでいることを。風紀委員長雲仙冥利、『創帝』都城王土、そして負完全の球磨川禊──彼らを羨ましく思ったことがないとは言わせない」
あまりの暴論に善吉は閉口する。
何も、言い返せなかったから。
「これは賭けてもいいがね、君がめだかちゃんを倒せるほどの男になれば、めだかちゃんは間違いなく大喜びするよ」
「それじゃあ俺がラスボスじゃねえかよ……!」
「いいや、ラスボスになんかはなってほしくないな。だってそうだろう? ラスボスってのは負けが宿命づけられた奴だ。最後には必ず主人公に負ける──でもさあ、人吉くん。君の人生の主人公は、めだかちゃんじゃないんだぜ」
再び善吉は絶句した。言葉が出なかった。安心院なじみの言っていることが理解できたから。
「君は主人公になりなさい。」
それがいかに無茶なことか、分かりきっているから。
要するに、主人公vs主人公の形式にしてしまえ、ということだ。そうすれば敗色濃厚な戦いでも、五分五分には持っていける──と、安心院なじみはそう言っているのだ。
「そしてもう一つ、君にはやってもらわなければならないことがある。こっちはわざわざ僕が言わなくても分かるね?」
「……雪の救出、だろ。でも、一度死んだ心を持ち直すなんて、それこそ新しい関係を構築するよりも難しいんじゃ──」
「うん、とても難しいことだよ──だが、君が主人公になってしまえば、『難しい』なんて言葉を無視するのは難しくないな」
安心院なじみの理論武装は完璧だ。そもそもが善吉を言いくるめるためにやっているのだから、完璧なのは当然なのだが。それはそれとして、これ以外に方策がないというのもまた事実である。
善吉が主人公にならなければ、大切な幼馴染であるめだかと関係を繋ぎ直すことはできず、大切な友人である雪は死ぬ。
「でも……どうやって『主人公』になるんだよ。あんた前に言ってただろ、主人公は数千年に一人だって」
「嫌だなあ、もう忘れたのかい? 君達生徒会が一度吹っ飛ばした計画──完全な人間を作るための計画があったと思うんだがね」
「──ッ!! まさか、フラスコ計画か!?」
突然話題に上がった、あの日のことに善吉は動揺した。それもそのはず、現状がここまで拗れてしまったのは、全てあの日が発端だから。
「あんた、俺にフラスコ計画の被験体になれって言ってんのかよ……!」
「ピンポン! 良かったじゃないか善吉くん。君が自己犠牲の精神で被験体になれば、生徒会が懸念していた一般生徒への被害を無くすことにつながる──だけじゃないぜ。めだかちゃんに勝てる『主人公』になれる上に、君の友人の命を助けられるんだ」
一石二鳥どころではない。
文字通りに一石三鳥である。
善吉が「主人公」になるだけで、ここまで拗れてしまった筋書きは、おおよそ元の形に戻り、いつも通りの学園生活が──いつも通りの生徒会が帰ってくるのだ。
「さあ、選択肢は示したぜ、善吉くん。あとは君の意思で決めてくれ」
安心院なじみは再び座り込んでしまった善吉へと向けて、さらに言葉を継いだ。
揺さぶった。
「地球育ちのサイヤ人孫悟空のように
強く」
「宇宙海賊 コブラのように
ダンディで」
「シティーハンター冴羽獠のように
頼り甲斐があり」
「北斗神拳伝承者 ケンシロウのように
愛に生き」
「天才バスケットマン桜木花道のように
努力家で」
「テニスの王子様 越前リョーマのように
小気味よく」
「サッカーの申し子大空翼のように
爽やかで」
「セクシーコマンドー部部長花中島マサルのように
剽軽で」
「電影少女の再生者 弄内洋太のように
ピュアで」
「現代の本因坊秀策 進藤ヒカルのように
懸命で」
「表裏一体の決闘者 武藤遊戯のように
伝説となり」
「帝拳高校の番長 前田太尊のように
仲間思いで」
「男塾総代 剣桃太郎のように
漢気に満ち」
「ジョースター家の末裔空条承太郎のように
クールで」
「霊界探偵 浦飯幽助のように
型破りで」
「小さな勇者 ダイのように
勇気を持ち」
「崑崙山一の策士 太公望のように
機転が利き」
「正義超人 キン肉マンのように
友情に厚く」
「青銅聖闘士 ペガサス星矢のように
熱血で」
「人斬り抜刀斎 緋村剣心のように
優しく」
「大ふへん者 前田慶次のように
傾く」
「そんな主人公に きみもなってみないか?」
安心院なじみの甘い誘惑に、善吉は──。
「──いいぜ、なってやるよ、主人公に。」
──即答し、凡人と人外の手が今ここに結ばれた。
既に筋書きは壊れ、物語は破綻した。
されど人生は続いてゆく。
人生は、物語ではない。