「……安心院さん、どうしちゃったんだろう?」
「空気椅子したい気分だったんじゃないかな……」
「んなわけあるかよ……椅子ならこっちにたくさんあるのに」
「人吉が変なこと二回も言ったから怒ったんじゃねーの? あひゃひゃ!」
あれから数分経つが、安心院さんはぴくりともしない。多分あの空気椅子も、なんかのスキルを使ってやっているのだろう。なんつー無駄な使い方を……。
ちなみにこの数分の間に、宗像くんは赤くんの治療を受けに行った。流石に全身怪我まみれで放置は可哀想だったしね。
「なあ、安心院さん。どうしてそんなに黙りこくってんだ? そこまで驚かれるようなことを言った覚えはないぜ」
「……驚かれるようなことを言っているんだよ、きみは。自覚を持ちなさい。前半は……まあ分かるさ。先人たる英雄達への冒涜でしかなかったが、それでも、巨匠を老害と呼べるアホが、いつだって地球を回してきたというのは事実だからね」
「と、なると……ふたつ目の方ってことか? そんなに驚かれるようなことしたかな……」
「十分驚かれるようなことだよ。はっきり言わせてもらうがね……きみのそれは最早自殺となんら変わらないよ。死ぬ気で戦うのではなく、死ぬために戦うと言っているようなものさ」
うん、そこに関してはぼくも同感だ。実際に雪ちゃんの自殺を止めるとなった時、ぼくが上手くやらなければ、善吉くんの望んだスキルはそもそも発動する意味がない。
命の価値が軽くなり過ぎている。
「──別に、俺は死にに行くわけじゃねーよ。親友を助けに行く。ただそれだけなんだから」
「そのそれだけがいかに難しいことか分かっているのかな。あの子はあれで、僕と似通ったことができる怪物なんだぜ」
「怪物だろうが化物だろうが知ったことじゃないね。あいつは俺の親友で、俺はあいつの親友だ。理由なんて他にいらねえよ」
ただし善吉くんは、そこまで悲観的に物事を捉えているわけじゃなさそうだった。この場合はむしろ──なんだろう、楽観的?
「善吉くん、随分と気軽そうだけど……どうしてなのかな? もしかして雪ちゃんの攻略法、もう見つけてたりする?」
「ん? いや、全然そんなことはないけど」
「全然そんなことはないんだ……」
「いや、なんつーかさ。こっちには雪を説得できるだけのピースがあって、そこで俺が体を張れば救出確率がアップするってなったら……普通にこうするだろ?」
「普通はそんなことしないよ……」
何というか、世間ズレしてるというか、天然が滲み出てるというか……ともかく、どうしてかは分からないけど、頭の螺子が数本行方不明らしい。お兄ちゃんに頼んで締め直してもらえ。
「でもさ、主人公って別に、敵を倒すのが役割ってわけでもないだろ。これは俺の捉え方の問題かもしれないけど、守る主人公だっているはずだぜ」
「……まあいいさ、僕はきみを止めることはしないよ。なんだかんだといちゃもんを付けてみたけれど、結局のところはそれが一番効果的だ。非効率的だがね」
安心院さんはそう言うと徐に立ち上がり、善吉くんと同じ目線になってから……突然頭を下げて、話を続けた。
「謝罪するよ、人吉くん。僕は全てを知った気でいたけれど、どうやらきみの底知れないブレなさを、やはり舐めていたらしい」
「……安心院さん、頭下げるとかできるんだね」
「僕のことを何だと思っているのかな。僕だって間違えば、そりゃあ謝るさ。今回に限って言えば、完全に僕の見当違いもいいところだったからね」
へえ、非を認められるのはいいことだね。それにしたって、安心院さんが他人に謝るなんて滅多にない事だろうに。
「よ……よせよ、頭上げてくれよ安心院さん。らしくねーことすんなよ、大体俺は思いついたことをまとまらないままで話しただけで──」
「分かっているさ……まとめるのは僕の仕事だ。さしあたって──」
ん? どうしたんだろう安心院さん、ゆらゆらと善吉くんに近づいて行って……。
──んなっ!?
「ごめんなさいの、ちゅう♡」
は? えっと、えぇ!?
え? 何してんの?
「あなた……てめえ! 私の人吉くんの上唇と下唇に勝手に何を──むぐっ!?」
「──ふう、こんなもんかな。折角だし、きみも夢の世界へ行ってきなさい!」
突然の蛮行に激昂する江迎くん! しかし安心院さんはすぐさま彼女にも口付け!! 善吉くんと江迎くん、安心院さんのキステクに一網打尽!!
あわ、あわわ……なんだこれ、なんだこれ!?
「半袖くん! ちっ、痴女だよ! 痴女がいるよ!!」
「あひゃひゃ、雪あんた慌て過ぎだって! あの安心院さんがやることなんだから、意味があるに決まってんじゃん?」
ああ、まあ……そりゃそうか。いきなりすぎてびっくりして焦っちゃったよ、まったくもう。
「雪ちゃんと半袖ちゃんはどうする? なんならきみ達も──どうしたんだよ雪ちゃん、そこまで僕とキスするのが嫌かい?」
「いや、嫌っていうか……キスってなんだか、恥ずかしいことしてるみたいで……しかもぼく達、友達同士なんだよ?」
「そこまで僕とキッスするのが嫌かい?」
「嫌っていうかいやらしくなってるよ!」
「それじゃあ、投げキッスならどうだろう」
うん……うん? あれ、途端にいやらしさが消えたな。
「『いやらしさが消えた』と、今きみはそう思っただろう?」
「思ったよ。すごいね、投げが付くだけでこんなに耳触りが良くなるなんて」
「投げ 放送禁止用語 」
「うわああぁぁ絶対ダメだよそれは女の子がそんなこと言っちゃあああぁぁぁ!!!!」
「あのさ、話進めないの?」
ああ、そういえば安心院さんの話の途中だった──いや脱線させたのも安心院さんじゃん。じゃあぼくは悪くないよ。
「日本語で遊ぶのはひとまず置いておいて──置き去りにしておいて。今僕は『口区間』というスキルを使い、二人を『あっち側』……分かりやすく言えば、夢の世界へと送ったってわけさ」
「えっと、それはどうしてなの? わざわざそんなことをするなんて、よっぽどの理由があると思うんだけど」
「理由は単純、全力を尽くすためさ。こっちの世界の僕は半ば封印されている身の上だから、向こうの世界じゃないと本気を出せないんだよねえ」
へえ、そういうものなのか。お兄ちゃんが悪いことをしたなあ……。
「というわけで『人吉善吉はバカにできない』ということが分かった以上、全力を尽くすのが礼儀ってもんさ。もっとも──」
安心院さんはそこで意味深に笑みを浮かべ、過激なことを口にした。
「アホもバカも、主人公も英雄も、巨匠も老害も、僕の前ではみんな等しく、ただのくだらねーカスなんだけどね──」
「あ痛っ……誰だ今俺の頭叩いたの──あれ、ここどこだ……?」
安心院によって夢の世界──安心院なじみが根城としている教室へと送られた善吉と江迎だったが、どうやら善吉の方が一足早くに目覚めたらしい。
服装はなぜか中学校の頃の制服になっている。隣で未だ眠っている江迎は、あまりキャラ設定に合っているとは言えないイケイケの私服だった。
それをさほど気に止めることもなく、先ほど起こされた時何者かに叩かれた感触を確かに感じたので、それの出所を探るために、善吉は教室を見回した。
すると自分の右隣に、古びた剣道着を身に纏った雪が、不機嫌なのを隠すこともしない表情で立っていることに気が付いた。
「なっ、雪!? お前、どうしてここにいるんだよ!?」
「…………」
善吉は思わず雪にそう質問したが、雪から帰ってきたのは沈黙という明確な拒絶だけだった。
その後雪は善吉の隣で眠っていた江迎を揺さぶって──扱いの差に善吉は思うところがあったものの──二人とも、雪に起こされ覚醒した。
「えっと、雪ちゃん? ほら、私だよ、江迎怒江。覚えてない?」
「…………」
日頃からよく一緒に遊びに行っていた江迎が話しかけるも、やはり反応は無い。どうやらこのままだんまりを決め込むらしい。
雪はそのまま教室の隅の方へと移動して、体育座りで座り込んだ。膝に埋めるように顔を伏せたため、その表情を窺い知ることはできない。
「雪、本当にどうしてそうなっちまったんだよ……」
「どうもこうもないさ。ちょっと不貞腐れて、憂鬱な気分になってるってだけだよ。まったく、思春期ってやつはこれだから困る──」
「ッ!? 誰だ!!」
突如として教室内に響き渡った、雪のものではない声に、善吉は過剰に反応する。そうして声のした方、後ろを振り向くと、そこにいたのは。
およそ三年前、球磨川禊に顔を剥がされる前の──つまりは、全盛期の安心院なじみだった。
「あ、思い出した……! あんた、あの時に会った……!」
「やっと思い出してくれたのかい? やれやれ、ここまで長かったねえ。僕は戦挙の庶務戦から待ってたっつーのにさ」
安心院なじみは優しく微笑み、いっそわざとらしく足を組んでから、善吉達に向けて語った。
「今の僕は雪ちゃんと体を共有している状態でね。だけどご覧の通り、あの子は操縦権を放棄してる。外での僕の見た目が負安心モードだったのは、つまりそういうわけなんだ」
「なるほど……じゃなくて! それだったらわざわざ、俺達をこっちに呼ぶ理由は──」
「いいや、それが残念ながらあるんだよ。現状認識もままならないところ勇み足で悪いが、真・フラスコ計画フェイズ1! さっそくスタートだぜ」
安心院なじみの提案に、善吉と江迎は困惑した。だってそんなもの聞いたことがないのだから。
「聞いたことがなくて当然さ。だってさっき考え付いたからね。これまでのデータとこれからのデータを加味した最新版だ。半纏が善吉くんの言ったスキルを作っている時間を、ただ何もせず無為に過ごすのは無駄でしかないから、さっさと始めちまおうって魂胆さ」
「……私達は、いったい何をすればいいのかな」
「なあに、そんなに難しいことは言わないさ──真・フラスコ計画フェイズ1、『安心院さんに勝とう!』だ。まあそういうわけで、善吉くんと江迎ちゃん、二人がかりでかかってきなさい」
にやにやと嗜虐的な笑みを浮かべながら、安心院なじみはそう宣言した。即座に善吉と江迎は戦闘態勢に入る。
「まあ精々頑張りたまえ。僕の与り知らぬところで成長しているきみ達ならもしかすると、僕の顔面に一発くらいは入れられるかもしれないぜ?」
安心院なじみプレゼンツ、真・フラスコ計画はこうして、あまりにも突発的に始まった。
教室の隅に座り込む雪は、少しだけ頭を上げて、ただそれをぼーっとしながら眺めていた。