「……まあ文面はこれで問題ないと思いますよ。生徒会選挙の──」
「『時期を四月から十二月に前倒すのに紙を使いすぎ』かな? しかしこれは仕方ないんだよ。高校生の子供達じゃなくって理事会のお偉い大人達に提出するものだからね」
「安心院さん、それ嫌われるからやめた方がいいですよ?」
食堂に集合した安心院なじみと半袖の二人は、理事会に提出書類の最終確認をしていた。
安心院なじみの少し気持ち悪い行動──「一言一句違わず放つ言葉を当ててくる」という行為──に、半袖は若干引いていたが、むしろ安心院なじみはその反応を見るために、そんなことをしているようだった。
「気持ち悪いことをするとしっかり反応が返ってくるのは安心するぜ(安心院さんだけに)。なんでか雪ちゃんと善吉くんはもう全然驚いてくれなくて──」
「安心院さん、そうなったのっていつからですか?」
「ん? そうなった、って……負安心モードのことかい? これなら宝探しが終わった時だけど」
「いえ、そうじゃなくて。呼び方のことですよ。どうして人吉のやつだけは下の名前で呼ぶんですか?」
半袖は突然、安心院なじみにそう問いかけた。それを聞いた安心院なじみは、いつものように飄々として返す。
──かに思われたが、むしろいつもよりも困惑しているようだった。
「ああ、そういえば……何でだろうね? 確かに僕は、兄弟姉妹がいない奴のことは苗字で呼んでいるけれど、どうして善吉くんのことは人吉くんと呼ばないのだろう」
「他に何か異変はあったりします?例えば……そうですね、心がざわつく、みたいな」
「ふむ。たった今、現在の時点では特には無いようだけど。それがどうかしたのかな」
「いえ、特に無いなら無いでいーんですよ。あたしの杞憂だったならそれで!」
なにやら半袖には思うところがあるようだが、まさかあの安心院なじみに気付かれずに何かを出来る奴がいるとは思えない。
だからここは、あえて一旦見逃すようだった。仮に何かあっても、まあ安心院なじみなら何とかなるからだ。
「それで人吉の奴なんですが、本当に勝てるんですか? 戦闘ならまだしも、選挙の方がまだ勝算はあると踏んでこうしてるんですよね?」
「ああ、勝てるさ。選挙とは能力ではなく勢力を競う勝負だからね──おっと、ステーキ一枚もらってもいいかな? お腹すいちゃってさ」
「ええ、自分で持ってくればいいじゃないですか……まあつまり安心院さんは、人気投票でなら人吉は勝てると……そう言いたいんですね?」
「うん、最終的には300票差くらいで善吉くんが勝つよ。とはいえまあ、あまり当てにはならない数字だけどね。ところで、ステーキくれないのかい?」
「これはあたしのですからあげません。それより、まるで見てきたみたいに語るんですね、安心院さん」
「もしここで僕が『本当に見てきたんだよ』と言えば、きみは信じるのかな、半袖ちゃん?」
「あひゃひゃ、別に疑ってませんよ! 第一あなたなら、そういうことだって出来るんでしょう?」
半袖の質問に、安心院なじみは頷くことをもって回答とした。少し話し疲れたようで、自由になった左手で水を飲んでいる。
「……ふぅ。それで善吉くんが勝てる理由だけどね、いわゆるアンダードッグ効果──まあつまりは判官贔屓というやつさ。負けている方を応援したくなるのが、人間という奴だからね」
「とはいえ相手はあのお嬢様ですよ? 付け焼き刃みたいな戦略で勝てるほど、やわな相手じゃないというのはお分かりでしょう」
「それはそうさ! 今の状態で勝てるだなんて、口が裂けても言えないよ。だがね、一見完全無欠の勝利に見える四月の選挙だけど、その実致命的な穴がないでもないんだぜ」
「へえ? 是非ともお聞かせ願いたい所ですけど、もしよろしければ教えてもらっても?」
「まあ、選挙の書類も手伝ってもらったしね。駄賃代わりに教えてあげるのも、まあやぶさかじゃないさ」
安心院なじみは再び水を飲み、一息ついてから、再び話し始める。
「ふぅ、何だか今日はやけに喉が渇くしお腹がすくね。えっと、それで……そうそう、めだかちゃんの支持率の話をしようか」
「はーい、お願いしまーす」
「これは僕が頑張って調べた情報なんだが、どうやら今年の選挙の投票率は、全校生徒の50%らしい。そしてめだかちゃんの支持率は98%。これが意味することを、分からないきみじゃないだろう?」
「お嬢様の支持率は実質49%──そういうことですよね。そしてそれは、全校生徒の過半数に満ちていない」
「そういうこと。まあつまり、残りの浮動票である51%分を完全に押さえることができれば、晴れて善吉くんの勝利というわけさ」
得意げに語られたその作戦に、しかし半袖は意外にも難色を示した。どうやらあまり納得がいっていない様子である。
「仮に投票率が100%だったとして、それでもお嬢様は98%の支持を得ていたと思いますけどね、あたしは」
「いいや、僕はそうは思わない。それどころか、半袖ちゃん。きみみたいに『人吉善吉が選挙活動の手伝いをしていたから』って理由で、投票した奴が49%の中にいると……そう思っているよ」
「……なーに言ってんだか分かりません〜〜」
安心院なじみの反論──指摘に、半袖はにやりんと笑ってそう答える。そしてこの返答を最後に、二人の会議は一旦終了となった。
それと同時に、安心院なじみは立ち上がってしばらくどこかへ行き、少し経ってから左手に熱々のステーキを二枚持って帰ってきた。
一枚は半袖に渡して、安心院なじみは再び椅子に座る。熱いのが苦手なのかは分からないが、しばらく待ってから食べるようだ。
「まあ肝心な話は終わったし、ここからは普通のガールズトークと行こうぜ、半袖ちゃん。きみって善吉くんのことを少しそこそこ結構かなりだいぶ好ましく思ってるのにこのまま話進めていいわけ?」
「あひゃひゃ! ぶっちゃけすぎですよ、安心院さん! 何兆年も生きてる割に、デリカシーとかないんですか?」
「どうかな、原始時代あたりに置いてきちまったかもね。その辺掘り起こせば、僕のデリカシーの化石が出てくるかもしれないぜ」
「化石と違って、他人の恋愛事情は根掘り葉掘り聞くもんじゃないですよ。それに失恋だって恋のうちですから、気にしちゃいません」
半袖は心の底からそう思っているようで、その表情に影が差すことはない。安心院なじみは紙コップの中の水を飲み斬り、それから再びノンデリカシーガールズトークを開始した。
「江迎ちゃんもそんなことを言っていたがね、しかし僕には分からねーな。本当にそれでいいのかい? 僕ならハーレムエンドだって作れるのに」
「別にいーんですよ。正義と違って、愛は勝たなくてもいいんですから──ステーキ、食べないんですか? そろそろ肉が冷えて硬くなっちゃいますよ」
「いや、今から食べるところさ──それにしても、半袖ちゃんはよく食べるね。その小さな体のどこに、そんな大量の食べ物が入るのかな。そのステーキで何枚目?」
「さあ? 20枚くらいじゃないですか? 誰かに誇るために食べてるわけじゃないから、いちいち数えてないですって」
そういうものか、と思いながら安心院なじみは左手に持つナイフだけで器用にステーキを斬り分け、それからフォークを使ってステーキを口に運んだ。
「……ふむ、なかなか美味しいね。昔と比べると、随分と食文化も発展したもんだ」
「安心院さん、いつの時代と比べてるんですか? まさか平安時代とか言いませんよね」
「いや、普通に江戸大火──1745年くらいと比べているよ。同じ肉料理で、海外のものだったんだけど、とんでもなくひどい物でね。あれとは大違いだ」
「へえ、安心院さんでもそう感じるものとかあるんですね。なんか意外かも、あひゃひゃ!」
安心院なじみはステーキの固い筋の部分を時間をかけて噛み斬り飲み込んでから、過去食べた中でも特に苦手な食べ物の話を続けた。
「いやまあ、ひどい物とは言ったけど、今のあれなら好きな人もいるとは思うんだよ。内臓系のお肉が得意な人なら、まああまり支障なく食べられるんじゃないかな。しかし当時のものは無理だ」
「あー、なるほどそういう……あれですか、スコットランドの伝統料理で、羊肉を使うやつ」
「うん。きみはかなりの大食いのようだけど、あれだけはやめておきなさい。コストが安いからとにかく量が多い。いい店のものは問題ないが、ダメなところは本当にダメだ。恐らく反吐が出る」
「『反吐が出る』をその使い方してる人、あたしは初めて見ましたよ──って、何してるんです、安心院さん? 危ないですよ」
「まあさっきの発言が色々と危ないのは分かっているけどね、しかし僕としては、あの料理の危なさを──」
「何やってんだっ!!」
突如として叫んだ半袖の声に少しだけ驚いて、安心院なじみの動きが止まる。その隙を逃さず、半袖は素早く安心院なじみの左腕を掴んだ。
「えっ、と……半袖ちゃん? いきなり叫ばないでくれよ、耳が痛くてしょうがない。それで、なんだい? 何か気に触ることでも言っちゃったかな。それなら誠心誠意謝らせていただきたいんだが」
「安心院さんまさか、気付いてないんですか? ちゃんとしてください、左手にナイフを持ったままですよ」
そう言われて、安心院なじみは半袖に押さえられている左腕を確認した。すると確かに、左手には先ほど確かに置いたはずのナイフが握られている。
「……まさか。いや、なるほど。諦めたように見えたのは全部演技か。そして今、僕の気が最大限に緩んだところで、僕の体をナイフで斬って斬り変えようとしたということだね」
思い返されるのは先ほど行った三つの行動。
水を飲み斬る。
ステーキを斬り分ける。
肉の硬い筋を噛み斬る。
雪がその三つそれぞれで「改稿斬昧」を使い、徐々に左手の操作権だけを乗っ取っていたらしい。
一気に斬るなら安心院なじみも気が付くが、そこまで細かく斬られるとさすがに厳しいらしく、結果としてあと一歩のところまで辿り着いた。
が、しかし。雪は半袖がまだ去っていないことを読めていなかった。それ故に作戦は阻止され、今に至る。
「ともかく、こんな展開になった以上、意地でもきみは死なせないぜ。大方今ので全てを元の展開に書き変えてから、ひっそりと自殺するつもりだったんだろうが、そうはさせない」
「安心院さん、もしかして……雪が体を動かしてた、ってこと?」
「うん、そうなるね。やれやれ、困ったもんだぜ。これから聖夜祭までの間、常に何かを斬らないように気を張ってないといけないんだからさ」
こうなってしまった以上、雪は迂闊にスキルを使えない。使ったとして、即座に察知されて回避されるだろう。
──期せずして。雪の行動は、聖夜祭の日まで制限されることとなった。
全ての決着は、12月24日。
合戦の終わりは、すぐそこまで迫っている。