まず私がするべき事は、冥加くんからの猛攻を凌ぐ事だろう。めだかくんがここを通るまで耐久し、その後『反則王』こと鍋島猫美くんに場を引き渡すのが最善……だけど。
原作ファンなら冥加くんともお話してみたいよね?
ってわけで、無謀にも言語の解読を試みてみようか。
「4136、163735641?」
これは知ってる。なのでここから先しばらくは、リスニングだけなら可能だということが判明した。なぜなら今のは、原作でご丁寧にルビまで振って使われてる数字だからな。
ただ……リスニングだけが出来ても、それはお話したとは言えないだろう。スピーキングが出来ないと話にならない。お話にもならない。
だから、ここからしばらく『聞き』に徹する。正直言ってかなり厳しいが……冥利くんに頼み込んで反射神経を鍛えた今なら、何とかなるはずだ。
えーっと確か……冥利くんは冥加くんの数字言語が分かるんだっけ? よし、ひとまず方針は決まった。私に出来る限り冥利くんの気持ちになりきってみよう。
「日本語話せやボケが、何言ってっか分かんねえよ!」
「138768428? 39754387626949」
何言ってるか分かんねえっつってんだろ! いや、落ち着け。Be coolだ、私。とりあえず今の言語を解読せねばなるまい。
私が叫んだ後、冥加くんは目を細めて顎に手を当てて頷いていた。つまり何か考えていた、もしくは何かに感心していたはず……となると、弟の物真似に感心していた可能性が高い。
原作での描写を思い返す限り、数字言語と日本語の文法は一致しているはずだ。前半のセリフには疑問符が付いていたし、「……これは弟か?」のような事を話していた可能性があるな。
自慢じゃないが私の物真似の精度はそこそこ高い。目を瞑って頷いていた様子から推測するに、後半部分は「中々似ているじゃないか」に近い事を言っていたはずだ。
それらの考察、そして原作での冥加くんの話し方と示し合わせた上で、声の抑揚や表情、体に纏っている気配や呼吸の仕方から判断するに──。
──よし分かった。「……138768428? 39754387626949」だな。
となると「13」が「弟」に該当するわけか。そんで「87」が接続詞、「68428」が「物真似か」となると……何だこれクソ面倒臭えな。
しかもこれ何がヤバいかって、しばらくすると言語システムが入れ替わるんだよな……原作では同じ単語でも別の数字で表されていたし。それを即座に解読し続けて会話を繋げていためだかくんは正真正銘の異常だとつくづく思うよ。
おっと危ない、ひゃー、流石に100kg超えの物体が頭の横を掠めてくってのはスリリングだぜ……っておい床に罅入っちゃってんじゃん!? これ直すの誰だと思ってんだよ!!
……一旦落ち着こう。騒いでてもどうしようもないからな……よし、落ち着いた。続いては問題のスピーキングをしなければいけない訳だが、よく分かんないし当てずっぽでいっか。もしかしたら偶然話が通じたりするかもしれないしね!
「0721576358756679564504315387924984」
「……680751363646645」
おっ、なんか通じたっぽい。ラッキー。いやでも、何でそんな苦虫噛み潰してセンブリ茶で流し込んだみたいな顔なの? もしかして私ってばとんでもない暴言吐いたりした?
おや、段々と人が集まってきちゃった。そらそうだよな、いきなり廊下から轟音がしてきたら普通は見に来るよな。普通なら。
どさくさに紛れて猫美くんが出てきてくれたりするかと思ったが……よくよく考えたら私と猫美くんって面識ないし、来てくれるわけがないか。別に悲しくないぞ。人望が無いなって実感しただけだ。くすん。
「86453807621865457634907513846」
ん……? いやあの、ちょっと冥加くん? 私の見間違いでなければ6個の鉄球全てが私目掛けて飛んできているように見え──ッ!? ぐあぁ痛ったぁ!! 腕折れた!? いや折れてない! 危ねえ!
っていうかヤバ過ぎだろ、一発当たっただけでこれかよ……! 剣道の要領で去なそうとしたけど、速すぎるし重すぎて捌き切れなかった……!
「いやあ、さすが異常……あれ、冥加くんは異常じゃないんだっけ……? いや異常だったよな……今はそんな事どうでもいいか……」
「07946356135460431549574312436076458624943346946276? 348702676615876319376646」
「何言ってるか分かんないっての……! 私ってば幼気な美少女なんだからさあ、ちょっとくらい手加減する気になってくれたりしないかなあ?」
「21487214」
おい今のは知ってるぞ。「もう一発」って意味だろ? 原作で読んだから知ってる……これは避けられないな。だって私の後ろには一般生徒たちがいるから。きっと冥加くんの渾身の攻撃は、避ける事自体は容易だろう。なんなら見てから反応できる。
しかし、しかしだ。
代理とはいえ副会長の私が、生徒を守らないでどうする。
「……はあ、本当に損な役回りだよなあ……」
直後私の体は轟音と共に宙を舞い、そのままの勢いで壁に叩きつけられた。だからさ、こういう壊れたもの直すの誰だと思ってんだよ、暴れまくりやがって……あーこれやべえな、めっちゃ血出てるし、多分骨折れてるし、滅茶苦茶痛いし、このままじゃ意識が保──。
「……321975312436312897645864。03125679452610643215970040943513378016454079」
学園理事長である不知火袴からの呼び出しに応じ、フラスコ計画への協力を断った黒神めだかが直後目にしたものは、三対六つの鉄球を携えた雲仙冥加と──全身を血で赤く染めて倒れ込んでいる杵築雪の姿だった。
その光景を目にした黒神めだかが最初に感じたのは、友が攻撃された事による怒りでもなければ、痛々しい姿になってしまった友に対しての謝罪の念──でもなく。
「……なぜ私は雪に関わる事にはいつも間に合わない?」
頭の中を駆け巡る疑問。疑問のみが黒神めだかの思考を埋め尽くしていた。しかし、長考している黒神めだかを雲仙冥加がみすみす見逃すはずも無く。
「375193549432184675!!」
腕力をフルに使った渾身の一撃×6。それら全てが物思いに耽る黒神めだかの脳天を目掛けて襲い掛かる。だがしかし、黒神めだかにこの程度の攻撃が通じるはずがない。
「835」
「ッ!?」
六つの鉄球全てを拳で殴り飛ばし、鉄球は全て雲仙冥加を目掛けて跳ね返った。当然、狙って行った事である。
とはいえ雲仙冥加も異常。自分の攻撃で自分がやられるなどという無様を晒すはずも無く、曲芸のように軽々と鉄球を回避してみせた。
「……4647。325678754656455467。3254546363636363763243」
「『835』7345462、5631673764。07634685793767137657656876315704634925252682!」
黒神めだかは我を忘れて獣に成り下がるのではなく、極めて真っ当な人のように怒りを露わにした。友のために怒る事に、獣の凶暴性は必要ないと気付かされたから。
「079315875079346576349750764168。13799579587572234、943763464307946679628464586。676! 46793465675672765464267558!!」
黒神めだかは人のまま人のように人のために怒り人を愛する。だからこれから行われるのは争いのような野蛮な物でも、まして決闘のような血腥い物でもない。箱庭学園の生徒会長によるただのお説教だ。
「07634576546428359? 3489548850675382415793464397682、312436!!」
「357963536、159763536!
4352793563546634642、5631673764!!」
その叫びを皮切りに、ダンプにも匹敵する拳と100kg超えの鉄球が激突した。
……黒神めだかは気づかない。彼女の頭を埋め尽くしていた疑問は、いつの間にか忘れ去られてしまったという事に。気づいていないという事にさえ、気付けなくなっているという事に。
「──知らない天井……でもないな。さっき冥加くんとやりあった場所だし、動かされてないのかな……ッ痛……」
あいたた……まだ身体中が悲鳴上げてるな……全くもう、困ったもんだよ冥加くんには。可愛いから許せるけどさ。
「0763……」
「ん……? あっ冥加くんじゃん。
365425785698? 1573697372554287683」
良かった、無事だったか冥加くん。って事はめだかくんにあしらわれて改心したのかな。猫美くんとやり合ってたら今頃病院送りだからな。
ごめん、猫美くん。君の見せ場無くなっちまった。
「357……0735425698234。45、28972863698686866」
ほう、冥加くんから私に言いたいこと……何だろう。「次こそは叩き潰してやる」とかかな? いやでも、そんなこと言うキャラではないだろうし……うーん、予想できない。
「0673、0763……93465、391……195」
……なあんだ、そんな事? 別にそんなに気に病む事ないんだよ。人間誰しも間違って成長していく物だからね。そもそも怒ってないし、鉄球で殴られた事を責めるつもりもない。ただ……。
「0437267387658642676」
「348685。657372619046764954658437603464576279273541」
そっか。それならもう私から言うことは何も無いかな。よーし、これにて一件落着……じゃないな。むしろまだ何も始まっちゃあいない。
今から急いでめだかくんを追いかければ都城王土くんのプロポーズシーン見れるかな……いや、無理だな。起きるのが遅過ぎた。しゃーない、切り替えて廊下の応急処置するか……さ、やろうぜ冥加くん。
「347」
その後、夕暮れまで二人で作業した。慣れると楽しいもんだね、数字言語。今度からこれ使って善吉くんを揶揄ってやろうと思う。どんな反応するか今から楽しみだぜ。
──なお、家に帰るまで黒神真黒くんの事を完全に忘れていた事はここだけの秘密だ。情けない。