──宇宙ができるまで、三兆年待った。
それから地球ができるまで、百億年待った。
生命らしきものが生まれるまで、更にそれから六億年待った。
以降人類が生まれるまで、恐竜の興亡を見つつ五億五千万年待った。
同類に会ったのは最近も最近、つい百五十年前のこと。ささやかな端末の分まで待ち始めた結果といえる。
期待させてくれる人間に初めて会ったのは五年前。だけど結局は彼も期待外れだったな。
めだかちゃんに会ったのはその二年後だ。本日はその三年後──だから。
僕は今日という日を、3兆4021億9382万2311年と287日待った──。
──はずなんだけど。
「あまり面白くないね。やはり絵が付いてなければ──文字列だけなら、せっかくの黒神ファントムの迫力も台無しだ」
「安心院なじみ──貴様、何を考えているのだ……!」
「何も考えてないよ。僕は僕をなぞっただけだ」
さて、ひとまずめだかちゃんは放っておくとして、とんでもなく怒ってる雪ちゃんをどうにかしないとね。
ぼくは、安心院さんの自殺を阻止できない。
自殺するより早く、安心院さんを斬って止めることはもちろんできた。だけどそれをしても、自殺が他殺になるだけであって、結局何も変わらない。
それに、ぼくは雪ちゃんの体を傷つけられない。傷つけたくない。これは気持ちの問題だから、ぼくの甘えなんだけど。
ともかくそういう事情で、ぼくは直接的に安心院さんを止めるのを諦め、間接的な解決を目論んだ。
めだかくんは既に改神モードで黒神ファントムを使用している。クラウチングスタートで飛び出しためだかくんは、通常の黒神ファントムよりも速度が速い。
……とはいえ、それで安心院さんの自殺を止められるかというと、いささか不安が残る。というか、はっきり言って不可能だ。
黒神ファントムは音の壁を生身で破る以上、どうしても空気抵抗による影響を受けて減速する。普段ならそれでも十分なスピードだけれど、こと今回に限っては致命的だ。
だからぼくは、めだかくんが受ける空気抵抗を今回に限って書き換え、受けないこととした。空気を斬るだけなら、ぼくは刀を少し動かすだけでいい。
そして、今。めだかくんはまったくの無傷で安心院なじみの自殺を阻止することに成功した。
確かに阻止はできた。この場にいる全員が無傷で、めだかくんが移動した際にできた破壊痕以外には、先ほどまでと何の変わりもない。
が、しかし。雪ちゃんの体が無傷だとはいえ。
安心院なじみを咎めない理由にはならない。
「どういうつもりだよ、安心院なじみ……!」
「だから、どうもこうもないんだって。僕はきみ達を試しただけで、怒らせようなんてつもりは更々ないんだぜ」
「貴様……確か雪の体を乗っ取っているのだったよな? それなのに、まさか自殺を敢行しかけるなどと──」
「なにかいけないことでもしたかな。現にこうして、僕の自殺は阻止されている。終わり良ければ全て良し、そうだろう?」
こいつ、人の家族の体を使っておいて……!
「……たった今取った行動は、貴様の抱える病であるシミュレーテッドリアリティが関係しているのか?」
「シミュレーテッドリアリティ? ははは、そんなもんとっくに克服してるっつーの。だって、僕は未来を見てきたんだから」
「お前、この期に及んで戯言を……!」
もう辛抱たまらず、安心院なじみに手を上げそうになったところで──めだかくんが、ぼくの手を掴んで止めた。
「ッ──離してよ! こいつは雪ちゃんをいいように……」
「まあ待て、雪。この期に及んで戯言を──あの安心院なじみが吐くと思うか?」
「でも……だって!」
「落ち着け。理論よりも感情が先行しているぞ、貴様らしくもない。それよりも今は、わざわざ秘密を明かしたのだから、それ相応の理由があると考えるべきではないか?」
それは、そうだけど、そうなんだけど……!
「だったらなんで自殺なんてしようとしたんだ! 雪ちゃんの体を使って自殺することに、それ相応の理由なんてあってたまるかよ!」
「あー、それに関しては完全に僕の手段が悪かったぜ、申し訳ない、この通りだ、許してくれとは言わないから話は聞いてほしい」
……え?
いや、そんな、いきなり頭を下げられても困る……というか、頭下げるとかできるんだこの人。いやまあ、善吉くんに向かって一度下げてはいたけど……。
「ぁ、え……っと、そういう、ことなら……?」
「良かった、ここで時間を無駄遣いするわけにもいかねーから、分かってくれて本当に助かったぜ──さて、半袖ちゃん。手筈通りに頼むよ」
安心院さんがそう言うと、半袖くんは携帯をぽちぽちといじくり、そうしてしばらくした後。
半袖くんからメールが届いた。件名は「球磨川雪自殺阻止作戦の参加者について」。本文も件名と同じ内容だった。
「うん……メール? もしかして半袖くん、僕達全員にメールを送ったの?」
「いいや? こっちであらかじめ選抜したメンバーだけに送っただけ。ということでメールが来てない皆さーん! もう解散して大丈夫ですよー!」
半袖くんが拡声器を使ってそう言うと、選挙管理委員達の指示のもと、大半の生徒が退場していく。
そうしてこの場に残ったのは、数人の生徒だけ。
黒神めだか。
人吉善吉。
阿久根高貴。
喜界島もがな。
球磨川禊。
球磨川雪。
鶴喰鴎。
「えっ、と……私も残るの?」
「むしろ僕としては、きみがいないと始まらないんだぜ、鶴喰くん──さて、役者は揃ったし、始めようか。球磨川雪を救出するにあたっての、最終確認を」
安心院さんはそう言って、心底ほっとしたように微笑んでから、再び頭を下げた。
「さて、まずはもう一度、正式に謝罪させてもらおう──試すような真似をして、本当に申し訳なかった。だけどあれは、雪ちゃんを救う上で必要だったことだから、どうにか飲み込んでほしい」
「安心院さん……頭、上げろよ。それよりも今は、ここに至るまでの経緯とその理由を説明してもらえねーか?」
「うむ。私としても、善吉にこてんぱんに負けた後に、突然自殺の阻止などと言われて頭が混乱しているのだ。故に、できる限り分かりやすくまとめてもらえると助かる」
「当然そうさせてもらうぜ。雪ちゃんもそれでいいね?」
ぼくは安心院さんの言葉に対して頷くことで返した。それを見て安心院さんは、いつもの笑みで応じる。
「そうだね、まずは……自殺しようとした理由について。これはただ単純に、めだかちゃんと雪ちゃんがどれだけ強くなっているかを計りたかったんだ」
「計る……なるほどな、つまりそれは、雪に通用するかどうかを計りたかったと、そう取っても良いのだな?」
「その通りだよ、めだかちゃん。先ほど大敗したとは思えないくらい、きみは頼り甲斐があるねえ。それで、次。僕の完治したシミュレーテッドリアリティについて──鶴喰くん、説明よろしく」
突然の無茶振りに、しかし鴎くんはさして動揺した様子もなく、また澱むこともなくシミュレーテッドリアリティについて語った。
「シミュレーテッドリアリティ──またはシミュレーテッド仮説。この世界は作り物で自分はその中のキャラに過ぎないという仮説だよ。まあ全能感を持つ者が陥りやすい症状で、用意された世界で用意された人生を送っているだけのように思えてくるんだ」
「はい、説明ありがとう。僕は以前、この世界を本気で漫画だと思い込んでいたんだ。さて、それじゃあここらで、補足説明をしよう」
「えっと、ここで別の説明を始めるんですか……?」
「なんだか、思ってたよりマイペースな人だね」
阿久根くんと喜界島くんの意見には概ね同意だけど、補足説明? 一体何の……あっ、もしかして。
「わざわざ負安心モードを使って封印されっぱなしになっている理由?」
「それもあるね。まあこの際だ、そっちから先に説明しちまおうか。理由は簡単でね、『却本作り』の封印を雪ちゃんに転用したかったのさ」
「なるほど……確かにそれなら、雪にも封印を施せるのか。その上で『慢心操意』を使うことで、操術権を奪えば雪は自殺できなくなる」
「善吉くんの言う通りだね。この負安心モードはあくまで雪ちゃんの自殺を防ぐために取った処置だ。だから悪意を持って乗っ取ってるわけじゃないんだぜ──それじゃ、本来の補足説明に戻ろうか」
脱線させちゃってごめんなさい。だけどまあ、今ので安心院さんのスタンスが何となく分かったかも。
とりあえず、雪ちゃんのことはそれなりに心配してくれているみたいで良かった。
「もしかしたら気が付いている奴もいるかもしれないが、雪ちゃんはどうやら未来を知っているようでね」
「未来を……めだかちゃんの言う通りなんだね。やっぱりそれはスキルで?」
喜界島くんがそう言って安心院さんに問いかけるけど、安心院さんはむしろ首を横に振って、明確に否定した。
「いいや、これはスキルというより……体質と言った方がいいのかもしれないね。スキルみたいに自由に取り回せるものじゃなくて、ただ知っているだけなんだから」
「そして雪と融合している今、貴様にもその知識がある、と……そういうわけだな」
「そういうこと。話が早くて助かるよ、まったく。ともかく、その知識の範囲にあるものを雪ちゃんは全部覚えてる。だからあの子を救う時、その知識よりも成長していなければ、軽くあしらわれて終わるってわけさ」
なるほど……だからこそ、ぼくとめだかくんを試したのか。ようやく繋がったぞ、紛らわしいんだよこの野郎。
でも多分、本質はぼかして話してるんだろうな。安心院さんのことだし、この人ならそういう風に話すはずだから。
「その知識の中で、僕はめだかちゃんに一発ぶん殴られた後、人生とは何かを問われてね。そこで僕はようやく、人生の素晴らしさに気が付いたわけだ。だからめだかちゃん、あのセリフはこの後にとっておきなさい」
「それが、シミュレーテッドリアリティを脱した理由ですか? でもそれにしては、なんか理由が弱いような……」
「そうかな。僕がシミュレーテッドリアリティを脱するには十分な衝撃だったよ。こんな僕をぶん殴って説教してくれる相手がいたことも、僕よりも世界の真実に近いくせに精神が健全なやつがいたことも」
……めだかくんと、雪ちゃんか。まあめだかくんが人助けするのはいつものことだけど、それにしたって気になることがある。
ぼくが感じていたその疑問は、どうやら善吉くんも感じていたようで、すぐさま安心院さんに問いかけていた。
「安心院さん、その……世界の知識? ってやつがあれば、雪の救出だって簡単に対策が錬れるんじゃねえのかよ」
「やっぱりそう思うよね。僕もそう思って、色々と試してみたけど──どこにもいなかったんだ、球磨川雪なんて人物は」
安心院さんが放った言葉は、僕の耳にしっかりと響いた。と、思う。
「それどころか、球磨川雪も名前だけの登場だったぜ。とにかく、きみ達二人だけがいなかったんだよ、雪ちゃんの知識にはね。だから対策なんて出来ないんだよ」
……何かひとつ、選択を間違えていればそうなっていたのかも。ぼくは今、間違いなくここに存在しているから、そこまでショックを受けることはないけど、しかしそれでも衝撃的だ。
「さて、ここまで話せば、ここにみんなを残した理由は大体分かってくれたかな?」
「まあな。先ほども貴様が言っていた通り、その知識よりも成長している面々を残したのであろう? そして私達であれば、雪の予想を超えた動きができる」
「その通り。善吉くんと雪ちゃんは救出作戦に必要不可欠だから。めだかちゃんと喜界島ちゃんは明らかにパワーアップしているから。阿久根くんだって、身体能力が劇的に向上している。鶴喰くんは、雪ちゃんが一番来ないだろうと思っているからだ」
安心院さんはそこで一度言葉を切り、わざとらしくお兄ちゃんの方を見て「分かっているね?」と聞いた。
ちょっと待ってよ、なんだよそれ。なんでお兄ちゃんのことを言わないんだ。
それじゃあまるで、まるで──。
『僕は行けないって言うんだろう? だって僕は、まるで成長してないからね』
「悪いね。きみが行っても、残念ながら足手纏いにしかならない。今の雪ちゃんは自棄だから、身内にだって容赦しないと思うよ。それに、変化のないきみを起点に戦局をひっくり返されかねない」
『なんにせよ、僕は身内に甘過ぎる──僕が行っても、叱りつけて改心させる、なんてことは出来ないから、ここは身内に厳しいみんなに任せるよ』
お兄ちゃんの表情は……特に変わったところもなく、いつものように、へらへらとした薄い笑みを浮かべているだけだった。
『大方僕を残したのも、それをわざわざ説明するためだったんだろう? 律儀なことだ──それで、安心院さん。今のうちに言えることは言っておいたらどうなんだ』
しかし、やはりそこは球磨川禊──お兄ちゃんらしく、相手の事情も心情も考えずに、探られると痛い腹を探る腹づもりらしい。
「相変わらず球磨川くんは揚げ足を取るのが上手い……つーか、上げてもいない足だったんだがね」
『五年の付き合いだぜ? 箱庭学園で初めて会った時から、普段と様子が違うことなんてお見通しだったさ』
「敵わないなあ、上手くやってるつもりだったんだが──それで、えっと、僕の内心でも語ろうかな。3兆年生きてきて初めてのことだけど、まあ聞いてくれたまえ」
そして安心院さんも、どうやらなにか、心情に変化でもあったのか──彼女にしては珍しく、本当に珍しく、本音で話すことにしたらしかった。
「──正直ね、僕はずっと不安だったんだ。だってそうだろう? 僕は雪ちゃんの知識を通じて、別の世界線の自分を見たわけだ。そこには、善吉くんを勝たせることに成功した後、めだかちゃんに改心させられる僕がいた」
普段は見せないような表情。あえてここで、言葉にするような無粋な真似はしないけど……おそらくは、ずっと隠し通してきたそれを、ぼく達は目の当たりにしていた。
「不安だった。こっちの僕はそうなれるのか。なれたとして、それは幸せなものなのか。向こうの僕に出来たことが、僕にも出来るのかどうか。僕は3兆年生きてきたけど、初めて知ったよ。出来ないと思いながら実行するよりも、出来ると分かっていることを実行することの方が怖いだなんて」
そう語る安心院さんの顔には、しかし優しい微笑みが浮かんでいた。昔の彼女からは、想像もできないものだ。
「僕は嬉しかった。心底ほっとした。向こうの僕に出来たことは、ちゃんとこっちの僕にも出来ることだった。僕にも『嬉しい』とか『ほっとした』とか、そういう感情がちゃんとあるって分かったのは──皮肉にも、僕を苦しめた雪ちゃんの知識のおかげだった、というわけさ。そういう意味では、あの子は僕の恩人であると言えるね」
人外を自称する安心院さんは、ほかの何よりも人間らしいその感情に、立ち位置を引き摺り下ろされたらしかった。
物語から、人生へと。
「そういうことだから、みんな頼んだよ。球磨川くんの妹を、僕の恩人を──どうか、助けてやってくれ」
安心院さんは、そう言って再び頭を下げた。
……こんなことを言われちゃあ、しょうがないな。
お兄ちゃんのために、安心院さんのために、ぼくのために、そして雪ちゃん自身のために──全力を尽くさなくちゃ。
「手筈はこうだ。まずは雪ちゃんを僕の教室へ送る。そこから善吉くん・めだかちゃん・阿久根くん・喜界島ちゃん・鶴喰くんの順で送っていく」
「あのー……私帰っちゃダメかな。なんというか、生徒会の面々の中に入り込むのはかなーりハードル高くない?」
「わがまま言うなよバーミー。お前がいた方が成功率は上がるんだから──まあ、これが終わったら飯でも食いに行こうぜ」
「そうだよ鴎くん。なんだったらぼくからのバレンタインチョコを確約してあげてもいいんだよ? 欲しいでしょ、女の子からのチョコ」
「うーん……安物なら、渡してあげてもいい……かな。それでやる気を出してくれるなら、わたしだって多少は身銭を切るよ!」
「ふむ、そういうことなら私からも贈ろうか。黒神グループの全力を使って開発したチョコレートを──」
「めだかさん、それは流石にやめておいた方がいいと思いますよ……とりあえず今は、雪さんに集中しましょう」
鴎くん、12月の時点でバレンタインチョコを三つも確約されるなんて、幸せ者じゃんね。
……と、まあこんな感じで。たった今から自殺志願者を助けに行くというのに、ぼく達に緊張は一切と言っていいほどなかった。
お兄ちゃんの「大嘘憑き」で日々の疲れをなかったことにしたから、ぼく達は全員元気いっぱい。要するに、絶好調だった。
と、その時。めだかくんが思い出したかのように、突如として口を開いた。
「ん、そういえば……各々が別々の相手と戦うことは数多くあったが、生徒会全員が力を合わせて戦うのは初めてではないか?」
『おいおいめだかちゃん、僕はお留守番なんだぜ? それなのに──』
「抜かせ、どうせ貴様のことだ……このまま大人しくしているわけではないのだろう」
『……どうだろうね? 僕は面倒くさがりだから、このままみんなを見送るつもりだけどなー』
((((絶対何かするつもりだな……))))
お兄ちゃんの発言に、善吉くん阿久根くん喜界島くん鴎くんは渋い顔をしていた。まあ日頃の行いが悪いから、そうなるのもしょうがないけど。
「確かに、みんなで力を合わせるっていうのは意外と初めてかもね。そう考えると、ぼくも何だか気合いが入ってきたよ」
「確かにそうだな、大抵の場合はめだかちゃんがなんとかしちまってたし……でも、これでようやく、全員肩を並べて戦える」
「おいおい人吉くん、戦うだなんて物騒なことを言うなよ。相手は女の子なんだし、そうでなくても俺達は『救出』に行くんだから」
「あれっ、そういえば安心院さんが言ってたけど、雪ちゃんっていっぱいスキルを使えるんだよね? わたし達、向こうに送られた瞬間に斬られたりしない……?」
ああ、その件ね。まあ間違いなく全員斬られるから、そのために善吉くんのスキルがある。
「だから心配しなくていいよ。それに、大抵の斬撃ならぼくが打ち消せる」
「そういえば、きみって刀の取り扱いに長けてるんだったね。私にはそうは見えないけど、期待してもいいのかな?」
「任せて。ぼくの唯一の取り柄だし──刀を扱えば、誰にも負けない。遅れも取らない。頼っていいよ」
「それは心強いね。それじゃあ私はそろそろ黙るとするよ。無駄話をし過ぎるのも良くないからさ」
「さて、そろそろいいかな? まずは雪ちゃんだ、こっちに来なさい」
おっと、もうそんな時間か……さて、それじゃあ行ってくるか。
ぼくは安心院さんの前に立ち、手を繋いだ。
「それじゃ、お先に」
「おう、先鋒は任せたぜ!」
その言葉を皮切りに、ぼくの視界は暗転した。
──視界が、明転する。目の前には、いつもの教室が広がっていた。ただし普段とは違い、机や椅子は全て片付けられている。
目の前には、既に刀を振り上げている雪ちゃんの姿。恐らく、初めにぼくが来ることと、お兄ちゃんが来ないことは予想していたのだと思う。
それを予想していたのであれば。
きみは必ず、最初にスキルを連発してくるだろ。
敵の体勢を斬り崩すスキル「危険体」先端から斬り裂くスキル「小手裂きの勝負」刀を盗み取るスキル「窃刀罪」全身くまなく斬るスキル「一視同刃」一振りの重さを二倍にするスキル「鍛冶場の馬鹿力」斬った相手が犯した罪の数だけ切断するスキル「人科千件あれば愛も地に堕ちる」斬ろうと考えた部位がいつの間にか斬れているスキル「刀行逆施」刀傷に病原菌を流し込むスキル「一寸裂けば病み」常に切れ味を最高の状態で保つスキル「初心に太刀返る」手で触れた刀身を瞬時に修復するスキル「元の鞘を手中に収める」先の先を取るスキル「先々恐々」過程を斬り落とすスキル「人の噂も一刀両断」刀の真価を引き出すスキル「刃事は棺を蓋わずとも定まる」窮地に陥ると刀の切れ味が増すスキル「剣が峰に仁王立ち」剣の動きを完璧に見定めるスキル「試剣官」斬撃がその場に留まり続けるスキル「虎は死して皮を留め人は死して傷を残す」斬撃に鎌鼬と雷電が追従するスキル「風刃雷刃」斬った物体が朽ち果てるスキル「腐れ縁は斬り離せず」攻撃を刀で受け流すスキル「細工は流刀仕上げを御覧じろ」急所を斬られたと錯覚させるスキル「寸断殺陣」刀身が燃えるスキル「発火傷」斬られた数だけ動きが鋭くなるスキル「斬って反省斬られて感謝」必ず鍔迫り合いに持ち込めるスキル「至れり鍔迫り」音の刃を放つスキル「斬響時間」相手に割腹を強要するスキル「腹を割って斬り離す」斬撃無効化のスキル「剣もほろろ」七刀流のスキル「七剣抜刀」ありえない斬り方をするスキル「剣士の一生は重荷を負うて今は無き道を斬り拓くが如し」斬れば斬るほど威力が上がるスキル「乱刀騒ぎ」刀に触れると勇気が湧くスキル「鼓舞道」攻撃権を持ち続けるスキル「基本的刃剣」斬り結んだ刀剣が持ち上がらなくなるスキル「上段抜き」最高の斬撃を繰り出すスキル「精神一刀何事か成らざらん」無闇矢鱈と斬りまくるスキル「斬虐」体内から斬るスキル「獅子心中の武士」悪感情の重みを刀に乗せるスキル「坊主憎けりゃ袈裟斬り」剣を引き寄せるスキル「剣引力」音を立てるように斬ると切れ味が上がるスキル「剣々諤々」傷からの出血を増やすスキル「裂き染め」斬った相手の冷静さを奪うスキル「堪忍袋の緒を斬り結ぶ」物理法則を斬るスキル「守破理」刀を受けた物体の経験値を減らすスキル「荒刀無稽古」光速で斬るスキル「電光切火」常識を斬るスキル「大根で正宗を斬る」声で斬り刻むスキル「言の刃」刀が薄くなってしなるスキル「剣先三寸」必ず斬撃が当たるスキル「見敵斬殺」全力を出し続けるスキル「死刀の果てに」何でも斬れるスキル「無想剣」
──ぼくはその悉くを、相殺した。
そして距離を取ってから、再び中段の構えを取る。剣先は雪ちゃんへ向けたまま、ぼくは雪ちゃんに語りかけた。
「ぼくから言いたいことはたった一つだよ。それさえ聞いてもらえれば、もうきみに言うことはない──」
ぼくは大きく息を吸い込んで、絶対に聞こえるように、何があっても聞き逃さないように、はっきりとした声で断言した。
「絶対死なせないよ、馬鹿野郎。」
それを聞いた雪ちゃんは、なんだか面白い表情を浮かべていた。