黒神めだかの後継者編、最終回です。
「──まず始めに。貴様に聞いておくべきことがあるな。
めだかちゃんは、
「……正直なところ、思ってる。
「うむ、そうか……そうだろうな。私とてつい先刻、生きる理由を見失ったところだから、その気持ちの辛さはよく分かる」
「ああ、そっか……善吉くん、やっぱりちゃんと勝ったんだ」
よかった。めだかちゃんの前でこんなことを考えるのも、かなり失礼な気がするけど、
……そうだ、謝らないと。
いや、違う。
「みんな、今更遅いかも──いや、
「ああ、もちろんだ」
「……おう」
よかった。
よくない。
許されると思うな。
めだかちゃんと、めだかちゃんに肩を支えられながら立ってる善吉くんからは返事をもらえた。だけど、後ろに立ってる
どうしてだろう。何かあったのかな。
『
──その言葉を聞いて、なぜだか知らないけど、なにかが少しだけ、緩んだ気がした。
「そういう、ことなら……めだかちゃん、善吉くん。
「違う。」
えっ? 違うの?
慌ててめだかちゃんから目を逸らし、善吉くんの顔を見た。なんだか難しい顔をしていた。
「えっ、と……
「それも違うっ!」
えぇ? これも違うのか。
再び善吉くんの方を見る。なんだかさっきより険しい表情で、今にも叫び出しそうな表情だった。
どうしよう、分からない。
謝り方が分からない。
謝る内容が分からない。
誤ったことが多すぎて分からない。
どうしよう、どうしよう。息が詰まる。言葉が詰まる。怒られる、このままだと怒られる。今度こそ呆れられる。見捨てられる、見放される。
違う、自分を責めるな、責めろ、違う。今じゃない。逃げるな、自傷で反省したつもりになるな。
言え、なんでもいいから声に出せ、音を出せ、出せ。
「みっ、みんなを!
怒号が上がり、思わず縮こまってしまう。やめて、怒らないで。
前方からじゃない、めだかちゃんの声じゃない。女の子の声だった。誰? お母さん? ちがう、じゃない。ここにはいない。
あんな声聞いたことない。怒らないで。声を張り上げて怒るところを見たことがない。叩かないで。
恐る恐る後ろを振り向くと、こちらに向かってずんずんと歩いてくる
しかし予想外にも、
思い切り胸ぐらを掴まれて、
「本当にいい加減にしろよお前! さっ……きから聞いてればそれっぽいやり過ごすための言葉をぐちぐち並べ立ててるだけじゃん! それで謝罪とか笑わせんな!!」
思っていたよりも強い語気だった。
そんな風に、怒らないでよ。
そんな風に、怒らせたくなかった。
「大体なんだよ禁止令って! 生きるの下手くそか!? 細かいことまで気にしすぎなんだよ完璧主義者! そのくせ諦めて最後は死のうとしてってアホか!!」
「そんな、完璧主義なつもりは──」
「いーや絶対にそうだよ!! 見てて分かる、
生きてるだけで、立派。
誰も、そんなこと、教えてくれなかった。
「……生きてるだけで、立派……だったとしても。
「まだ言うかよ、こんの分からず屋ァ!!」
「へぶっ!?」
痛い……痛い。
──まさか、
「いった……ちょっと
「うるさいうるさい! こうでもしないとぼくの気が済まないんだよ、このバカ妹!」
「だからって叩かないでよ!
「知らないよそんなの! 知ったことかよ、知ったこっちゃないよ!! そんなの
「しょうがないじゃんか!!
そう言った瞬間に、
こうなると
「はあ、はあ……『その生き方しか知らない』んじゃなくて、『その生き方を変えようとしなかった』だけでしょ……!」
「ッ……それは、そんなことは……」
──無いとは、言い切れない。
「まだ、これでもまだ、ここまで言ってもまだ! お前は『死にたい』とか『消えるべき』だとか、そんな寂しいことを考えながら生きてくつもりなの!?」
──しょうがないじゃん。
「しょうがないじゃん!
「甘えんな! 知ろうともしなかったくせに被害者ヅラすんな!お前は結局、
「ッ──現状、を……」
「このバカ、バカ、バカ野郎っ!! お前がぼくを変えたんだ、お前のおかげでぼくは変われたんだ!! なのにお前が、
──瞬間。
なんだかとても、その言葉が、胸の中にある穴にすっぽりとはまった感覚があった。
なんだよ。
そんなに簡単なことだったのか。
「そんなに禁止令が好きならぼくがお前の行動をガチガチに禁止してやるよ! 二度と! 簡単に『死んだ方がいい』とか! 言うんじゃねえ!! 分かったか、この大バカ野郎!!」
頭が冷えて、そこでようやく気が付いた。
みんな、
そんなことに、今更気づくなんて。
「──うん、うんっ。ごめん、ごめんね、
「……ばか、
教室には、二つの啜り泣く音だけが響いた。
──きっと、お兄ちゃんの言葉で緩んでいた
ここに来て、私はようやく『消えてしまえ』だとか、そういう過剰に自罰的な感情の一切が無駄であることに気が付いたのだった。
大切な人であるということを、知ってしまったから。
「──ふう、頭がスッキリしたぜ。いやー、
教室空間から脱出し、負安心モードを解除した途端、
胸の「
久しぶりに外に出て、クリスマスの夜の空気を吸い込んでいると、後ろからめだかちゃんに声をかけられた。
「ところで
「ううん、
私はそう言って、めだかちゃんの質問に即答した直後、ふと思い立って日本刀を取り出した。
「……まさか
「いやいやいやいや!! もう本当に反省したから! 二度と同じミスしないように全力で努力する所存だよ!」
「まあ、それならいいや。それで? その日本刀使って何するんだよ」
「えっとね、それは──こうするの!」
「んなっ!?」
んふふ、善吉くん驚いてるな。というか、みんながみんな目を見開いてた。あの鴎くんですらそうだったから、結構衝撃だったのかな。
私はすっかり伸び切ってしまった髪を
「
「──うん、気合いが入っていていいと思うよ。なんというか、
「長い方よりも、短い方が似合ってるね! とってもいいと思うよっ! あと……わたしの方から頼ることもあるかもだけど、その時はお互い様ね!」
「……ま、いいんじゃない? 私は助けるとか助けないとか、そういうのあんま気にしないタイプだけど、まあ困ってたらその顔拝みに行ってあげるよ」
阿久根くんも、もがなちゃんも、鴎くんもそう言って褒めてくれた。あんなに酷いことをしたのに、三人も許してくれたから、今度何かお礼をしないと。
その後善吉くんとめだかちゃん、そして
そうそう、
「……お兄ちゃん、褒めてくれないの?」
『いやいや
「何言ってんのお兄ちゃん、私に同情心が集まりやすくするため、わざとボコボコにしてくれたんでしょ? さっきまでならともかく、今の私ならそれくらい分かるよ、ありがとう」
まあ本当のところは分からないけど、こうでも言っておけばお兄ちゃんは折れてくれるでしょ。多分。
『──どういたしまして。二度と御免だけどね……短い髪、すごく似合ってるよ。ずっとその髪でいて欲しいくらいだぜ』
「んふふ、ありがとう!」
感謝してもしきれない。
そうして私が、お兄ちゃんに褒められて喜んでいたところ。
「
めだかちゃんに突然呼ばれ、お話しすることになった。なんだろ、まだ何かあったかな? あったらあったで、変えていけばいいだけだけど。
「それで、どうしたの? めだかちゃん。何か私に言いたいことがあるのかな、なんでも聞くよ?」
「
「本当は、
めだかちゃんが「ヒネたガキ」って言った瞬間、
──というか、
私は居佇まいを正して、めだかちゃんの言葉を聞いた。
「人間が変わるというのは難しい。無理難題かもしれない。無茶な話かもしれない。だけどそれらは決して無駄ではない。世界は平凡かもしれない、未来は退屈かもしれない、現実は適当かもしれない。しかし安心しろ、それでも──」
──そう言って、めだかちゃんは私のことを優しく抱きしめた。人の温かみを感じるのは久々のことで、漠然とした安心感に包まれた気がした。
優しく微笑みながら、しかし力強く放たれたその言葉は、私にはあまりにも効果覿面で、目の奥から込み上げるものを止めることなんてできない。
めだかちゃんは、私にもその言葉をくれるのか。そこまで自信満々に、言い切ってしまうのか。
生きることは劇的だ。
ああ、そうだとも。
生きることって、物語よりも、劇的だ。
想ってくれる人達がいる。
死んだら悲しんでくれる人達がいる。
生きているだけで、喜んでくれる人達がいる。
私は常々、
私の嬉しさを、嬉しいと思ってくれる友がいる。
私の悲しさを、悲しいと思ってくれる友がいる。
生きる理由とか。
死ぬ理由とか。
そんな大層な、格好付けた言葉はいらなかった。
私が欲しかったのは、きっと気の置けない友だった。
「……話は以上だ、これ以上は無粋というものだしな。さて──善吉! 私達は生徒会長の引き継ぎを行わねばならんから、生徒会室まで来い! 先に行っているぞ!」
言いたいことだけ言って、まるで嵐みたいに、凛とした雰囲気を纏っためだかちゃんは去っていった。風情みたいなものはまるでなかったけど、それが却ってあの子らしかった。
と、思ってたら。善吉くんはめだかちゃんを追いかけるよりも前に、私の方に近寄ってきた。愚痴かな?
今は顔が涙でぐちゃぐちゃだから、あんまり見られると恥ずかしいんだけどな。だけどまあ、みんなにならいいか。
「ったく、なんだよめだかちゃん……急に行っちまって」
「はは……でもそれがめだかちゃんらしいところだよね。ぐすっ……さっきもあんな感じで、私の不安を吹き飛ばしていっちゃった」
「ま、普段からそういうことばっかしてたからな。むしろ悩みをぶっ飛ばすなんて、得意分野だろうけどよ──よし、それじゃあ行ってくるわ。明日あたり、飯でも行こうぜ」
「うん、っ行こう行こう! それじゃ、いってらっしゃい!」
善吉くんはそうして、私の前から去って行く──途中で何かを思い出したように振り返り、そしてこっちに向かって手を振りながら、らしくもなく格好付けて、大声で叫んだ。
いつかの仕返しに、私は泣きながら、笑顔で、大きな声でそう返した。
んふふ、もう冬休みだし、明日が待ち遠しいな。
一緒に何して遊ぼうか、今から迷うね。
『……それじゃ、
「ほら帰るよ! さあ立って立って!」
お兄ちゃんと
『ご飯はどうしようか。二人とも、何か食べたいものある?』
「ぼくは特にない──あっ、そうだ! 折角だし、
「え、私が? うーん……まあいいや、迷惑かけたしそれくらいはやらせてもらうよ! 下手っぴでも、文句言わないでよね!」
そう言って私達は、家路に就く。
過去は置いていく。こっちで生きていくのに、それは必要ないから。だから、さようなら。
ついさっきまで、私の頭は悲観に満ちていたのに。今となっては、今日以降の生活しか頭には思い浮かばなかった。
──自分勝手に傷付いて、自分勝手な行動で周りに迷惑をかけて、かっこいい所なんてほとんど見せられず、むしろ情けない所だけを曝け出す羽目になった、とても苦しい二学期だった。
だけど、その苦しみの果てに私の
きっと私が苦しみ抜いたのは、無駄じゃなかった。
なんとも都合が良い結末で、リアリティには欠けるけど。
最後の戦いが終わってから、約一時間後。
俺──人吉善吉と、めだかちゃんは二人っきりで生徒会室にいた。
とはいえ、なにか青春にふさわしいような、甘酸っぱいイベントが発生するわけではない。今は生徒会長を引き継ぐための書類を二人で整理している所だった。
そうして、しばらくした後。めだかちゃんは何かを思い出したかのように、突如として口を開いた。
「しかし善吉よ……こうして二人で生徒会室にいるのは、意外にも初めてのことではないか?」
「ん? そうだっけ……ああ、そっか。最初に入った時は
思い出されるのは、
「うむ、やはり球磨川に似ているともなれば、放っておくわけにも行かなかった──それだというのに、なんだかんだで生徒会はほぼ半数が球磨川姓だったな」
「一般生徒から紛らわしいってクレームが来たりもしたなー……でも、あの三人の繋がりを守れて、本当に良かったぜ──よし! これで引き継ぎの書類は終わり!」
ちょうど話が終わるくらいのタイミングで、俺は厄介な引き継ぎの書類を片付け終わった。後はめだかちゃんから会長の腕章を受け取って、正式に引き継ぐだけである。
「そうか、ならば後はこの腕章を渡すだけ、ということだな──さて。それではこれを貴様に引き継ごう。くれぐれも努力を怠るなよ、善吉?」
「当然お前の後釜として生徒会長になるんだから、その辺はちゃんとやるよ──はい、確かに受け取ったぜ」
これで引き継ぎが完全に完了し、生徒会長は黒神めだかから人吉善吉──俺へと変更された。今日の作業は完全に終わりだ。
そして、あまりに信じられない話だが、冬休み明けからは俺が主体となって生徒会運営をしていくことになる。
が、しかし。
めだかちゃんはまだ何か俺に言いたいことがあるようだった。
「おっと、そうだったそうだった。
「ん? まだなんかあんのか──ッ!?」
俺がそう言い切る前に、めだかちゃんが俺の腕を掴んで無理やり引っ張り、そして俺達の顔が急激に接近し。
突然のことに反応が遅れる。否、
めだかちゃんと敵対して、必死に努力して、恥を忍んで協力を仰ぎ、偶然みたいな展開で勝利して、そして最後には斬り刻まれる、とても苦しい二学期だった。
だけど、その苦しみの果てに、今の俺があるのなら。
きっと俺が苦しみ抜いたのは、無駄じゃなかった。
「──これも、行き過ぎ愛情表現か?」
「ううん、ぴったし! 格好良かったぞ善吉、惚れ直した!」
やはりどうしても都合がいいように思えて、展開にリアリティなんてものは全くなかったけれど。
黒神めだかの後継者編、一件落着!
ということで、二週間とちょっと毎日投稿しました。書いた文字数は約118,000文字です。二分の一西尾維新ですね。
次章の漆黒の花嫁衣裳編は、4月になってから投稿すると思います。
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