「さて、桃園喪々……勝負を始めるにあたって、これだけはやっておきたいことがあるのだが、構わんか?」
「構わんとも。どうせ汝は『人質の差額分三人を解放しろ』とか言うのであろう? もっとも、人吉善吉と球磨川雪は解放できないがな」
「……ああ、それでいい。というか、それがいい。こちらとしても、人質を使った盤外戦術で勝ったなどと思われてしまっては心外だからな」
漆黒宴の決勝戦を始めるにあたって、めだかはまず手近な心配所を排除することに決めたようである。言いがかりを付けられてしまっては、勝てたとしても後味が悪い。
桃園も同意見なのかどうかは分からないが、これ見よがしに、半袖の名札を選べといった態度で名札を見せつけてきた。
「人質のトリアージ……めだかちゃんにはちょっとキツい気がするな。ほら、うちの妹って全員救いたいタイプだからよー」
『そうだね。まあでもここは半袖ちゃんと鶴喰くん、あと半纏さんで決まりでしょ』
「……球磨川の旦那、雪がやられた割には落ち着いてんのな」
『さっき北極でも言ったけど、別に殺されること自体はどうでもいいんだよね。ほら、僕か雪ちゃんのスキルでどうにでもなるし』
「あー、分かりたくねー……何となく分かっちまう俺が嫌んなるぜ、まったくよー」
意外と忘れがちになるが、名瀬はもともとマイナス十三組にスカウトされていたくらいには過負荷に近い。そのせいで、禊の思考回路も半分近くは分かってしまう。不憫なことだ。
「ま、それは置いておいてだ。雪はどうなんだよ? 双子の妹的存在がやられてるわけだが」
「ぶった斬りたいけど6歳のかわいらしい子供のこと斬るなんて無理だよ〜!」
「……うん、そうか。お前はそうだよなー、子供好きだし……」
雪はひんひんと泣きながら、鞘に収めたままの刀の柄に手をつけたり離したりしていた。
これもまた忘れがちなことであるが、雪は子供が好きだ。少なくとも5人同時にご飯を奢ってしまうくらいには、歳下が可愛くて仕方がないのである。
「それに今ここで物事を荒立ててもいいこと一つもないし……だからあの杠とかいう人も斬れないし……あーもうもどかしいいいっ!!」
直接雪を殺した杠のことだけは斬ろうとしているらしいが、しかし感情だけで動くとまずいということも分かっているようだ。杠は胸を撫で下ろした。
「それで……めだかちゃん、一体誰を解放するんだ? やはり俺としては、さっき言った通りに──」
「安心院さん、半纏さん、そして弟くんだ。まずはこの三人を解放しろ」
「はあ!?」
「……承った、受け取れい。ま、吾輩から言うことは何もないわ」
桃園は指定された三人の名札をめだかに手渡した。この展開は完全に桃園の思い描いた通りであり、掌の上で踊らされた結果となった。
──もっとも、めだかとて何も考えていないわけではない。今は仕掛けの段階である。
……めだかが名札を受け取った瞬間、安心院なじみと不知火半纏が自力で脱出してきたのは、流石に予想外だったが。
「……安心院さんに、半纏さん。気分はどうだ?」
「ああまったく最高だとも。どうやら善吉くんと雪ちゃんはやられてしまったようだし、いい加減封印にも飽き飽きしてきたし、言葉とかいうのは攻略法が簡単すぎるし、つーかそもそも封印だって球磨川くんのものより数段レベルが下だし、それを楽しもうとしていた自分も自分だし、もう最高の気分さ。まあもっとも悪平等たる僕の前ではこの世界に存在するありとあらゆるものがチリ一つほどの意味も意義も無いうえに別個の価値なんてもってのほかだからこの僕が珍しく友人だと思っている奴らをまるで邪魔者みたいに扱われた上に僕のことを出し抜きやがってあの凶悪ロリ絶対に許しちゃおけねーなほら僕ってまだまだ子供みてーなもんだし大人気ないとかそういうのは適用されないだろうからこれから先僕が一京分の一のスキルのうち一京全てをあの言葉使い達にぶつけた所でどこの誰がどう見ても可愛らしい子供同士の喧嘩であることは火を見るよりも明らかだから誰も文句は言えねーはずだし最近活躍の機会もなければあの二人に会わせる顔もないからもういっそここらで僕が婚約者全員ぶちのめしてこの第二回漆黒宴を完全に滅茶苦茶に引っ掻き回して結果なんかも有耶無耶にしちゃって月氷会も黒神家分家の連中も黙らせちまってどこの誰にも文句なんか一言も言わせねーくらい完膚なきまでに勝利を手にしてやろうかなとかはまあ思っちゃいるけどしかしそもそもそれ以前に善吉くんと雪ちゃんを傷付けて封印しているというそれ自体がそもそもなんだか許せねーみたいな気持ちのせいでやたらと胸の辺りに違和感を覚えているからさっさとケリをつけて箱庭学園に帰り善吉くんと雪ちゃんを球磨川くんのスキルで復活させた後に憂さ晴らしにボウリングでも付き合ってもらおうかなもちろんお代は年長者である僕持ちで二次会にカラオケなんかも行っちゃったりして青春を存分に謳歌させてもらおうかな生徒会への依頼って言えばあいつらなんでもしてくれそうだしなんて思ったりしているだけで、それ以外はおおむね最高の気分であると言わざるを得ないぜってわけでつまり今の僕はあくまで普段通りに公平でいつも通りに平等な僕だからそんなに気にすることなんて一つもないのでめだかちゃんは安心してくれたまえ(安心院さんだけに)。」
(滅茶苦茶ブチ切れてる……!)
安心院なじみは笑顔だった。笑顔だったがしかし、微笑んでいるようには到底見えなかった。
今にもスキルを使いそうであるし、未だかつてないほど瞳孔が開いている。どこからどう見たってブチ切れている。
尾を踏み躙られた虎のようだし。
逆鱗を引っ剥がされた龍のようだった。
が、しかしめだかは、怒り狂う虎、あるいは龍であるところの安心院なじみの肩を掴んでスキルの使用を阻害し、戦闘を回避した。
「……張り切っているところ悪いのだがな、安心院さん。あやつらを助けるのは私の役目だ──どうか私に、友のために戦わせてはくれないか」
「……しかし、そんなことを言われてもね。めだかちゃんが気付いているかどうかは分からないが、これでも僕は案外怒り心頭でね。なんとかあのちびっ子をぎゃふんと言わせたいんだが」
「……それでも、だ。抑えてくれ、頼む」
めだかのシンプルかつ直球な懇願に、安心院なじみはしばらく考え込むような様子を見せた。
そしてたっぷり考えること2秒、安心院なじみは桃園に背を向け、剣呑な気配を納めてしまった。
「ま、いいよ。よくよく考えたら、君なんて婚約の約束をした瞬間に相手を殺されちゃったわけだし? 3兆年生きている僕としては、まあ一度くらい報復のチャンスをふいにしてやるのも吝かではねーな」
「っ……、安心院さん……!」
「貸し一つだぜ、めだかちゃん。これが終わったら暇つぶしに付き合ってもらうから、精々その気でいなさい。ボウリングが先かカラオケが先かは選ばせてやるからさ」
そんな風に、若干の茶化しを入れながらも、安心院なじみは引き下がった。桃園の方を少しだけ見るが、その表情に変化はない。
(予想通り、って感じだね。ますます気に食わねーちびっ子ちゃんだぜ)
「……おお、怖い怖い。人ならぬ汝にそう睨みを効かされてしまうと、吾輩のような幼子はもう芯から震え上がってしまうわ」
「おや、肌寒いのかい? そうならそうと言ってくれれば、文字通りに身体の芯から温めてやったのに」
「具体的には、どうやって?」
「電子レンジの要領で。」
「……冗談じゃないわ、人外め」
安心院なじみの脅し──犯行宣言に、桃園は内心恐れ慄き、冷や汗を流すところだったが……しかし6歳らしからぬ精神で、そこはカバーしたようである。
そうこうしているうちに、一同は漆黒宴決勝戦の会場へと到着していた。全員が部屋の中に入ったのを確認すると同時に、桃園はゲームのルールを解説し始めた。
「さて、ルールを説明しよう。『消失しりとり』──何、かしこまることはない。一度聞けば幼子でも分かるルールである──」
桃園はそう凄みながら、ルールの説明を開始した。