半袖ちゃんと出会いに行くことが決まってからしばらく経って。ぼく達は安心院さんが運転するジープに乗って移動していた。
ちなみに本来は四人掛けのジープだったんだけど、ぼくが「却説遣い」を使って無理矢理六人掛けにした。
やっぱり便利、ぼくの「却説遣い」。
なーんてね。ヒソカぶって格好付けてみた。
『学園を去った不知火ちゃんに会いに行く、ってのはいいけどさ安心院さん。一京分の一のスキルで僕らまとめてぴょーんとひとっとび、瞬間移動とかできないものなの?』
「わははは球磨川くん、きみはあれか。どこでもドアがあればタケコプターはいらないって言っちゃうタイプか。旅ってのは道中を楽しむものだぜ? そこのところ、きみの妹は理解しているようだがね」
「そうだよお兄ちゃん。私の『改稿斬昧』で今すぐ到着ってのもそりゃあ出来るけどさ。せっかくならこういう移動時間も楽しむべきじゃない!」
「……安心院さんに加えて雪までもがそう言うのなら、私としても異存はないが──しかし努努忘れないでほしいものだな、目的地、というか目的を」
「そう釘を刺さずとも分かっているさ。僕は借りを返しに行く。そしてめだかちゃん、きみは不知火ちゃんと友達になりに──おっと」
ん、安心院さんどうしたんだろう。いきなり何かを見つけたみたい──なっあ痛ぁっ!!
まさかの急ブレーキ! 前につんのめるぼく達一同! 前の座席に顔面を強打!
「うぅ……いふぁい……鼻が……」
『……安心院さん。どうして急に急ブレーキを踏んだのかな』
「ちょっと安心院さん、前見て運転してくれないんだったら一生前向けなくさせるよ!?」
「急ではない急ブレーキがあるかよ。というか別に、僕は雪ちゃんに痛い思いをさせようとして急ブレーキを踏んだわけじゃないんだって。道に誰かが倒れてたからさ」
『ふうん、それじゃあ「なかったこと」にするべきは急ブレーキの原因となったその誰かの方か』
「うん、間違いない。始末しよう、痛い目に遭わせちゃおう。安心院さん、そのままアクセル踏んじゃえ」
ぼくが鼻を打ったせいでお兄ちゃんと雪ちゃんが支離滅裂なことを……嬉しいけど、なんか小っ恥ずかしいからやめて。
それで……道に倒れてた人は大丈夫なのだろうか。そう思ってぼくは、先に降車していた安心院さんの視線を追ってみることにした。すると、そこには──。
「あー……残念、踏んでいただけませんでしたか。私のような卑しい影の低級シャドーは、高級車に乗る高級者に踏んでいただくのが何よりの幸せですのに」
──変態がいた。それも、大変なやつが。
『えーっと確か、潜木怪儡……だったっけ? ごめんごめん、僕って欠損してるからさ、男の名前を覚えるのは苦手なんだよね』
「潜木……そうか貴様、漆黒園の時に潜木の影武者を務めていた奴か。こんなところに立ちはだかって……否、寝はだかって何の用だ?」
潜木か……あんまりいい思い出はないなあ。散々やられたし、辱めを受けたし、恥ずかしい目にもあった。
正直なところ、やっぱり少しだけ苦手だ。今でもまだ、肌寒くなる。
「っていうか驚きだよね。安心院さんにこてんぱんにされた怪儡くんが、こんなところで再登場するとは」
「……球磨川雪さん、実はあなたに半袖さまから伝言を預かっているのですが──」
「いや、別に伝えなくていいよ。人伝に聞かなくても、直接聞かせてもらうから」
「そうですか。いやはや、影武者の分際で、少々出過ぎた真似──目立ち過ぎた真似でしたかね」
今までも十分目立ち過ぎだったと思うけどな。
「ところで雪さん、あなた今『こてんぱん』とおっしゃいましたが、ふふふ、その通りですね。あの時私が使ったのは刀でしたからねえ。ただ私の専門は、実は銃でして──」
怪儡くんはそう言いながら、懐から銃を取り出した。それを見た雪ちゃんは、どうやら何かに勘付いたらしく、すぐさま止めに入ろうとしていた。
一足遅かったけど。
「あっ、それはまず」
銃火器生成のスキル「失敗ばかりの銃作り」早抜きのスキル「名門構え」早撃ちのスキル「控え目にも止まらない」弾避けのスキル「出来合い避け」流れ弾のスキル「流れる弾は当たらず」当たり判定操作のスキル「任意的な審判」防弾無効化のスキル「護防抜き」銃弾無効化のスキル「火器厳禁」射程距離無限のスキル「地球一周弾丸旅行」引き金を引かせるスキル「平和の引き金」残弾数確認のスキル「次が最後の六発目」弾丸が貫通しないスキル「滞内停弾」対物銃のスキル「生物透過率」遮蔽物無視のスキル「静物透過率」水鉄砲のスキル「水圧遊び」銃強奪のスキル「無銃鳥」ガス銃のスキル「清々しい火遊び」ジャム誘発のスキル「鉄の練りもの混ざりもの」横撃ちのスキル「横々にして横暴」撃った相手を奴隷化するスキル「銃順なる銃僕」空から弾丸を降らせるスキル「弾が降ろうと銃が降ろうと」弾丸補充のスキル「弾爪の麗人」散弾丸のスキル「蜂の巣落とし」銃口を向けると標的が動けなくなるスキル「金物縛り首」相手の拳銃を撃つスキル「銃撃」星を弾丸にするスキル「星に狙いを」二丁拳銃のスキル「右も左も頭撃ち」口径自由化のスキル「口径射」超々精密射撃のスキル「紅一点突破」施錠痕操作のスキル「戦場生活反応」目隠し射撃のスキル「見るまでもない射殺体」跳弾のスキル「堕天使の飛び跳ね」エアガンのスキル「お前に火薬は勿体ない」空砲のスキル「空を撃つように君を撃つ」弾痕のスキル「あいた穴が塞がらない」連射のスキル「間隙なし魂」マッシュルーミングのスキル「潰滅的破弾」ゴム弾のスキル「柔らかい殺意」スタンガンのスキル「雷に撃たれよう」永久弾丸のスキル「ぶっぱなしが尽きない」自動狙撃のスキル「繊細な感度」マシンガンのスキル「言うこと機関銃」弾丸軌道操作のスキル「丸みを帯びた変化球」ペイント弾のスキル「鈍色の弾丸」弾で弾を撃つスキル「飛ぶ弾を落とす勢い」追跡弾のスキル「牢獄の果てまで」急所をかすめ撃つスキル「かすり掛け」麻酔銃のスキル「土の中で眠れ」n-way弾のスキル「不規則正しい制圧」対空砲のスキル「銃をしゃぶって上を凌ぐ」マズルフラッシュのスキル「派手に散り散り」肉体を銃にするスキル「育った成銃」消音器のスキル「音に聞こえない射手」煙弾のスキル「可愛らしい硝煙」照準のスキル「狙撃的な出来事」片手撃ちのスキル「片手は娘を抱くために」無反動のスキル「救いの反動」見えない銃のスキル「無色無銃」銃身を伸ばすスキル「背伸びした拳銃」火炎放射器のスキル「火縄銃」人間大砲のスキル「つつがなき大筒」コーナーショットのスキル「過度な曲がり角」銃創治療のスキル「傷だらけの傷痕」零距離射撃のスキル「平らな分度器」弾速調整のスキル「拙速動物」紙鉄砲のスキル「書面の硝煙」弾丸節約のスキル「一弾二鳥」弾幕のスキル「多銃結界」安全装置のスキル「完全装置」三段撃ちのスキル「三銃身」曳光弾のスキル「格好の栄光」閃光弾のスキル「好戦銃」回転式拳銃のスキル「古きよき悪魔」自動式拳銃のスキル「新入りの天使」撃鉄を起こすスキル「指でやった方が速い」カウンタースナイプのスキル「お先に反撃」銃身冷却のスキル「銃凍砲違反」予備弾のスキル「呼ばない予備には及ばない」空気抵抗無視のスキル「なお空気抵抗は考えないものとする」目玉を発射するスキル「目による氷瀑」背中合わせに十歩歩いて振り返り際に撃つスキル「対決」威嚇射撃のスキル「翼の生えた威嚇銃」接射のスキル「お近づきの印に」3点バーストのスキル「月替わりの速射」ソウドオフのスキル「切り落とし」試し撃ちのスキル「死工作後」水中銃のスキル「銃水無垢」ライターのスキル「放火砲」足で撃つスキル「狙撃手の足跡」口で銃を撃つスキル「銃口」乱射乱撃のスキル「二射線混雑」オーバーホールのスキル「愛銃と呼ぶために」曲撃ちのスキル「前転後天大逆転」銃剣術のスキル「無銃剣幸福」レーザーガンのスキル「超えてはならない熱線」隠し銃のスキル「服の中の悪意」弾丸を受け止めるスキル「痛手の捕手」いくら撃っても当たらないスキル「素人間隔」暴発のスキル「感謝感撃雨暴れ」無鉄砲のスキル「やりたい砲台」
「ああ……間に合わなかった」
「いやはやすげーな、きみには会うたび圧倒されるよ。たった一京しかないスキルをまたもや百個も使わされたぜ」
「…………!!」
安心院さん、味方だと本当に頼もしいよね。怪儡くんだって十分に強いんだけど、それをこうも易々と……。
善吉くんとめだかくんも驚いてる──っていうか最早引いてる。安心院さんに情け容赦が無いのは今に始まった話じゃないのにね。
「スキルってのはこういう風に使うのさ──さあ球磨川ファミリー、こいつの傷を治してあげて? 首に縄つけて道案内でもさせようぜ」
えっ。治してあげてって、安心院さん、そんなこと言われても……。
「絶対に嫌なんだけど」
「絶対に嫌なんだけど」
『絶対に嫌なんだけど』
「……そうかい。ちなみにこれは興味本位からくる質問なんだが、何故?」
「潜木家には良い思い出ないし……ほら、ぼくってばもぐらくんに尊厳をボッコボコにされたでしょう」
「私はシンプルに、斬り変えての治療が出来なくなっちゃったから。こちとら幸せ者なんでね」
『僕は男性の傷とか治療したくないしねー』
ぼくとお兄ちゃんの嫌がってる理由がしょうもなさ過ぎて、相対的に、というか普通に雪ちゃんが素晴らしく見えるよ。
善吉くんの方を見てみると、なんか苦笑いしながらこっちを見てた。なんだよこのやろー、言いたいことがあるならはっきり言えー。
「まあ、そんな冗談は置いておいて。怪儡くん、治療はどうする? もししてほしいんだったら、全然治してあげるけど」
「……ふふふ、お気遣いは結構。手足に枷も、首に縄も結構。踏まれるのが好きなだけで被虐趣味があるという訳ではないのでね──言われなくても、道案内はしてあげますよ」
そのためにここで寝はだかっていたのですから、と言った怪儡くんの表情に嘘はなかった。なんというか、その辺律儀だよね。
「ようこそ、不知火の里へ。人里離れた人智を超えた、黒神の裏側の陰影の里へ」
そんなこんなで、ぼく達は怪儡くんに引き連れられて半袖くんのいる場所──不知火の里へと向かい始めた。
半袖くん、何を考えてこんなことをしたんだろ。
絶対にとっ捕まえて、聞き出してやる。
「……あれ、雪ちゃんそんなところで何してるの? 早く行かないと、みんなに置いてかれちゃうよ」
「ああ、いや……ちょっと緊張してて。ふぅ……うん、もう大丈夫。じゃあ行こっか、雪ちゃん」
……?
緊張って、何に対しての緊張? 今更半袖ちゃんに会いに行くのに緊張するって柄でもないだろうに。
「……ごちそうさま。もう下げていいよ」
皿に盛られているのは、いかにもといった和食の数々。白米、味噌汁、煮物、漬物、焼き魚──しかしそれらの大半が、未だに残されたままであった。
「……よろしいのですか? まだ半分も召し上がっておられませんが……」
そう問うたのは寿家の影武者、寿蜃気郎。その背後には桃園家の影武者である桃園幻実も控えている。そんな彼らが、敬語を用いて話しかけている相手こそ──。
「いーんだよ、あたしはこれまで『影武者』のつとめとして、黒神めだかの代わりに食べてただけなんだから。お嬢様がストイックな肉断ちとかをやめた今、あたしが大食いする理由もまたないってことさあ」
──不知火半袖、その人である。彼女は高級、というよりむしろ高貴に感じられる和服に身を包んでいた。
あくまで冷静に、冷徹に半袖は先の言葉を吐いたわけだが、しかし直後幻実が放った言葉には、流石の半袖といえどもほんの少し動揺したようだった。
「……怪儡から通信がありました。そのお嬢様と連れの者五人が、里の入り口に来ているようです」
「……そ。球磨川先輩の『大嘘憑き』も、案外当てになんないな……こうなるんだったら無理言って雪か雪にやってもらうべきだったか」
半袖は湯呑に注がれていたお茶を作法に則り丁寧に飲みながら、そんな風に話した。あまり大した反応を見せていないことから、ある程度は織り込み済みだったのだろう。
と、そこで半袖の付き人である蜃気郎が、誰に向けてというわけでもなく口を開いた──憎まれ口を叩いた。
「連れの者五人にはどうせ人吉善吉と球磨川姉妹もいるんだよね? ほら、漆黒宴のとき大した活躍も見せられなかったやられ役三人衆!」
それはいわゆる、余計な一言というやつだった。
「まあ一言くらい言いたくなるのも分かるよね。あいつらは自分たちが黒神めだかを助けていたつもりだっただろうに、実際の所はむしろ助けられていた上、真にサポートしていたのは半袖さまだっていうんだから──」
蜃気郎は、別に悪意を持って善吉たちを愚弄しているわけではない。不知火の里に帰って来てからこの方、その仏頂面を崩していない半袖のためにこんなことを言っている。
半袖が仏頂面を晒している原因を掴み損ねているからこそ、こんなことを言っている。言ってしまっている。
誤った解釈に対する報酬は──その報いは、半袖によって顔面にお茶をぶちまけられることだった。
「なっ……!?」
「……ごめん、手が滑った」
半袖はすぐさまそう言ってはいたものの、どう見ても手が滑ったどころの騒ぎではない。明らかに故意にやっている。
しかし、他でもない半袖自身が手が滑ったと言っている以上、そこに反論を挟む余地はなかった。
「人吉と大親友ってありかたも、雪に女子らしいことを教えてやるのも、雪と度々くだらないことで戦ったりするのも──全部お嬢様の『代行』に過ぎなかったのに……」
「は、半袖さま……?」
「どうもまだ役から抜け切ってないみたいだよ……きっと役作りしすぎたんだな。ちょっと頭冷やしてくるね、咄嗟だったとはいえお茶かけちゃったりして本当ごめん、ごめんね」
そう言って半袖は部屋を後にした。残された二人は呆気に取られ、後を付いてくることはなかった。
そうして屋敷の中庭まで移動した半袖は、何かをするでもなく、ただぼんやりとそこを眺めていた。
と、しばらくそうしていたところで。
半袖は背後から、突然声をかけられた。
「大任を終えてお疲れかい? 半袖」
「帯……驚いたな、お前まだ引退してなかったんだ」
半袖に声をかけてきたのは帯──本名を不知火半幅という──だった。ちなみに「帯」というのは、不知火家を束ねる者の通称である。
帯は妖しげな笑みをたたえながら半袖に近づき、何やら巻物を手渡したようだった。
「『役』払いには次の役が一番だよ。ほら半袖、お館様から次の任務だ」
「お館さま──舵樹さまから? 全く休む暇もないなあ。ま、お嬢様の影よりも大変な役ってのもないだろうけど──」
半袖はそう言いながら巻物をくるくると開き、内容を検め、そしてたっぷり数秒後。内容どころか、自らの発言を改める羽目になった。
「……ほっ、ほおおう。これはまた演じ甲斐のある……」
半袖は冷や汗なんかもかきながら、そう口にするのが精一杯だった。強がりというわけではないが、しかし虚勢を張っていることに間違いは無いだろう。
──もっとも。
彼女にそこまでの反応をもたらした、肝心の巻物の内容がここで明かされるようなことはないのだが。