自分のドッペルゲンガーを見ると死ぬ、という都市伝説がある。死ぬまでの期間は話によりけりで、三日後だったり、当日中だったり。
しかし実際のところ、あれはただ単に
これはつまり「人は結局自分のことが一番嫌いなので、顔を合わせると殺したくて仕方がなくなる」という、ありがちな教訓を含んでいるというわけだ。
「そういうわけだから、普通ならみんなして自分自身と戦うことに
──しかし。その教訓も、相手が
「確かに半袖の奴が『警戒しろ』とは言っちゃあいたけど、まさかここまでやるとはね」
道案内の引き継ぎ、もといお出迎え、あるいは時間稼ぎを買って出た帯は、到着するなり全滅しているドッペルゲンガーズと無傷の客人六人組を目撃した。
地面に広がっている忍び装束の数は、
「……いつからそこにいたのか知らないが……貴様が里長か?」
「そうだよ、こんにちは黒神家の次期当主。そしてお連れの方々。俺は帯──不知火家を束ねる古株だ」
「そうか。それで、まさかとは思うが……
めだかが声をかけたことをきっかけに、帯に対して少なからず敵意を含んだ視線が集中する。
が、しかし。年の功と言うべきか、シンプルに豪胆と言うべきか、やはり帯はその余裕を含んだ笑みを崩すことはなかった。
「は、それこそまさかだよ。別に俺は咎めに来たわけでも、ましてや留めに来たわけでもない。ただ単に、ここから先は
帯がそう説明すると、注がれていた敵意がやや和らいだ……本当に気持ち和らいだ気がする。帯にとってはやはりこれも、微々たる差でしかないが。
「ところで、確かに『ドッペルゲンガー』ってのは幻影だが──言うなれば
「……本当のところはもうちょっと複雑に
「ここでは俺のことは帯と呼びなさい、球磨川
「お生憎。こちとら生まれて三年なもんでね、絶賛成長中なんだよ」
「……そいつは失礼。ところできみ達、どうしてこの道に辿り着けたのかな?
一応
ちなみに煽った理由は至極単純、どの程度
『ああ、それ? そんなのは簡単なことさ、
「『世界の知識』を使っていないことは把握済みだよ、球磨川禊。というかついさっきあんな質問しておいてなんだが、きみ達はあの程度の立て札で詰むようなタマじゃないだろう?」
だからこれは、シンプルに答え合わせの時間ってわけだね──帯が語った真意は、結局のところ、そんな普遍的なものだった。
「……あの立て札を論理パズルとして考えるのではなく、
「そうだね。続けて?」
「
「お見事。さすが黒神家の次期当主、半袖が影武者を務めた女だけのことはある! それじゃあまあ、便宜上の第一関門と第二関門はクリアだ」
ここでもやはり、帯がその表情を崩すことはない。あくまでも自然体、どこまでも余裕の体。
相変わらずの表情を浮かべたまま、帯は襟に忍ばせていた
「じゃあ次は第三関門──鬼ごっこでもしてもらおう。俺が十秒数える間に精一杯逃げな、その後更に十秒
9、8、7……本来であれば、きっと帯はそうしてカウントダウンを続けて、先刻の宣言通りに
が、しかし。ドッペルゲンガーズを半ば瞬殺と言っても良いほどのスピードで始末した連中を相手にしているのだから、
結論だけ言う。
帯は黒神めだかによって土手っ腹に全力のパンチをぶち込まれ、ド派手に赤々しい血液を吐き出した。
「ぅ、はちっ……かはっ」
「──鬼ごっこの必勝法は
悪びれもせず、そんなことを口にするめだか。対して周囲の反応はといえば、分かりやすく二極化されているようだった。
球磨川禊・人吉善吉両名は、突如として凶行に及んだめだかに驚きを隠せていない様子である。
いやまあ、どちらかと言えば先に凶行に及んだ(正しくは及ぼうとした)のは帯の方なのだから、自業自得と言ってしまえばそれでおしまいなのだが。
対して
まあそれもそうだろう。言うまでもなく、球磨川両姉妹は
だからこそ、と言うべきであるだろう。
後者三名については、
めだかに殴り飛ばされ、派手な吐血をした帯。普通の──
だと言うのに。
不知火の里を取りまとめる長──帯は、殴り飛ばされた直後に
「お見事、正解だよ」
「ッ!?」
「鬼が相手だろうと逃げなきゃいけない理由はないよね。この辺り、案外思い切れな──」
案外思い切れないものなのさ。恐らく帯は、そんなことを口にしようとした。めだかの背後に出現しておきながら、自信満々に、嘲笑うかのように。
が、しかし。嘲笑や中傷の類は、ことこの場においては通用しないと言っても過言ではない──どころか、むしろ
それほどまでに、帯の油断は、
それは何故か?
理由は単純。
帯の首が球磨川
そこに躊躇とか逡巡とか、そのようなものは一切、一切れも挟まれていなかった。
「まったくもう、最近の若者は年長者に対する敬意ってものが無いのかな。俺みたいな隠居にはもっと優しくしてくれないと困るんだが、ね」
「ッ!?」
その首を確かに落とされたはずの帯は、未だ健在である。
「……ま、この程度でやられてくれるタマじゃあないよねえ」
「ははは、こんなナリでも不知火の里を治めている里長──みたいなものだからね、俺は。いやはやそれにしても、
「
「……生意気な
「…………へえ?」
と、誰にも聞こえないレベルで言葉を漏らしたのは、他でもない
彼女は球磨川
故に、球磨川
これもまた。
知る由もないことではあるのだけれど。
知ったところで。
どうにかなることではないのだけれど。
「まあいいさ、きみ達全員ついてきな。とりあえず里の中には入れてやるよ──」
致命傷を二度も負ったはずの帯は、見るからに良い生地で仕立てられている着物に付いた砂埃をぱっぱと払いながら、余裕綽々といった様子でそう呟いた。
何はともあれ。
不知火の里、第三関門。
これといったアクシデントもなく、堂々の突破である。
「不知火の里に部外者が入るのは何年ぶりかな。黒神家の人間でさえここには近寄らないからね……まあ折角なんだし、ゆっくり見学していってよ」
ぼくたちの前を行きながら、半幅──帯くんはそう語った。その足取りは実に優雅なもので、一分の隙もない。
……さっきの斬撃、絶対に通ったと思ったんだけどな。この世界にはぼくの知らない技術がまだまだあるみたいで、興奮が抑えきれないよ。
いやしかし、それにしても──。
「なんというか、
「確かに……
どうやらぼくと善吉くんは同じことを考えていたらしい。こういう庶民的な感性を有している──と言うべきなのかは分からないけれど、しかしいち市民であるぼくたちとしては、やはり驚きを隠せないよね。
「あはは、風情の残る里に、普通の里ねえ。きみ達の言うこともごもっとも──というか、寧ろそう言ってもらえて嬉しいよ」
「と、言うと?」
「まあそう
……これも、
「……使命をまっとう?」
「ああそうだよ、不知火の里の果たすべき使命だ──なんだったら帰るときにあの看板があった分かれ道で、真ん中の道に寄っていってごらんよ」
きみたちなら
「まあ、そうだな。言うなれば俺達は世界を守っている、と。そんな風に捉えることもできるのかもしれないね」
「世界……? ふうん、それはまた規模の大きい話だね……」
さて、それで肝心の
「…………ふぅ」
うーん……やっぱり何というか、
とはいってもこれは、
となると、今度は
半袖くんが
ちょっと違う気もするけど……まあ今このことを考えてもしょうがないか。それよりも、まずは。
「
ぼくたちの目前には、燃え盛る不知火を模った巨大な門──そして、その門の大きさに違わない広大な(膨大と言うべきか)屋敷が現れた。
思うに、文字通り。
ここが
「到着。まあ薄々お気付きだとは思うが、ここが里の中央、不知火屋敷だよ。つまりはこれから出題されるものが
にたりと笑いながらそう言う帯くん。いつのまにか巻物を取り出している。こういうところ、性根の部分にある意地悪さを隠しきれてないんじゃないかなあ。
お節介ながらも、そう思わざるを得ない。
折角美人さんなのに……いや、美人さんだからこそか。
毒のある美人っていいよね。
一本芯がある感じでかっこいいよ。
「さて、肝腎要のラストゲームだが──出題者は他でもない
「……心得た。だが私からもひとつ言っておく」
不知火の里に入ってからここまで、常にぼく達を先導してきためだかくん。ここまで割と大人しめに……比較的大人しめに着いて来ていた彼女も、流石にそこまで気は長くなかったらしい。
見え見えの時間稼ぎにいつまでも付き合うほど、丸くはなっていなかった。
「これが本当にラストゲームだ。もしもこれ以上時間稼ぎに精を出すようであれば、その時は力ずくで通させてもらうぞ」
凛っ……とは、していない。ただ粛々と、最後の警告を
めだかくんならば、それが出来るのだろう。
ぼくには見抜けなかった帯くんの技術さえも、もしかしたらもしやすると、既に看破している可能性すらある。
だけど、だけど。こうしてわざわざ一度
さて、そんな風に正々堂々真正面からの脅迫を受けた帯くんは、一体どうしたのかというと。
「……おっけー。じゃあもんだーい」
……それはそれでどうなんだってくらいに
無頓着、と。そう形容するべきなのかな。ともかくそんな感じで──自分の行く末にはまるで興味がありません、みたいな感じで、帯くんは巻物をばらりと広げ、両手で持ち、そして問題文を読み上げ始めた。
と、そう言えれば良かったのだけど。
しかし帯くんの読み上げた問題には、
「この巻物に記されたクイズの問題文を推理し、それに対して解答せよ。」
「なっ……はぁぁぁぁ!? 問題文を推理しろって……わかるわけねーだろそんなもん!!」
「もちろんノーヒントだ。さ、十秒以内に答えな」
善吉くんの叫びもごもっともだ。かくいうぼくも叫び出したい気持ちで一杯だ──けれど。
しかし落ち着いて周りを見渡してみれば、
……あれ?
いや、ちょっと待って。
「…………」
目を伏せ、深呼吸して、まるで
……
そうだとしたら、非常にまずい。
いざとなれば、ぼくがスキルで──。
「ふうぅぅぅっ……」
──と、ぼくが疑心暗鬼の渦に飲まれかけていたところで、そんなぼくの意識を現実へと引っ張り上げたのは、他でもない
その表情は、やはり固い。
恐らくは、
ああ、そう。
「ふざけんなよ」
だからぼくは、ついうっかりそんな言葉を使ってしまった。我慢ならなかった。というか、正直言って我慢するつもりもなかった。
「んなっ、えっ……えっ、
と、突如として語気を荒げたぼくを見て狼狽する
「いやいやいやいや、ちょっとちょっと一体どうしたんだよ
「肝心とか肝心じゃないとかどうでもいい。
「──……いやまあ、そりゃあそうなんだけどさ……」
やはりいつもと比べると
「何か隠してるでしょ、
「……証拠は?」
「明らかに様子がおかしいもん。半袖くんに夢中のみんなは気づいてないらしいけど、ぼくには流石に分かるってば」
「……バレてたかあ〜……」
苦笑いを浮かべて頭を掻きながら、
「いやさ、私は正直言って、
「……それなら、そんなにあからさまに緊張してるのは、今後が理由──
「まあね。私の記憶……
ぼくは、息を呑むことしかできなかった。
否、息を呑むことすらできなかった。忘れていた。
それくらいに、
その目は、ここではないどこかを見ている。
ぼくたちのそれよりも一段階高い視座には、果たして何が映っているのか。
いつになったら。
ぼく達を頼ってくれるのかな。
「……さ、
「……ううん、それならよかった。困ったらいつでも頼ってね」
「当然。だって私達、姉妹だもんね!」
ぼくがそれを知る機会は、訪れなかった。
やっぱりぼくは、あの子のことを、全然知らなかったんだろうなあ。
今更そう思っても、もう遅いか。
「化物というか、人間離れしているというか。まさか半袖の意図を読み取っちまうだなんて、流石に流石だね、黒神めだか」
「よく言われる。だがまあ最近は、言われるほどでもないな。例え私が化物だったとして、その時は私を止めてくれる、頼れる仲間も随分増えた。本当に、昔の私が聞いたらどう思うかな……」
最終関門──半袖くんの出題した問題である白紙に対し、それを読み取ってふざけるなと回答しためだかくんは、目を瞑りながらそう言って、粛々と帯くんの後ろに付いて、不知火屋敷の廊下を歩いていた。
ぼくたちは更にその後ろを付いて歩いている。お行儀よく靴は脱いで、靴下でお邪魔している形になっていた。
「しかしそれにしたって、半袖の出題傾向を読んだのは凄いよお嬢様。ただしあいつに会うと言うのならば、やはり一つ忠告しておかなくてはならないね」
帯くんは
「今の半袖は『黒神めだかの影武者』という任を解かれて、別の役作りに入りつつある。だからきみ達の知る不知火半袖とは、
まるで
そして、そこには。
「ッ──不知火……」
「不知火……」
「…………やあ」
半袖くんの腕が上げられ、こちらを指差す。
表情は崩れない。そしてその態度も、同様に。
……ようやく、確信したよ。
「えーっと……どこのどちら様でしたっけ? ひょっとしてこれただの勘ですけど、前会ったことなかったです?」
ぼくの目の前にいるこの女の子は、
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