———次の日
(……?)
サンドラは何か断続的に響く音で目を覚ました。ゆっくりと覚醒する脳でそれが窓で鳴る激しい風音と、それに混じる部屋の扉をノックする音だと認識すると、はーい、と返事をし、ベッドを出て扉を開けに向かった。扉の外には、憔悴した顔のジェフが立っていた。
「お休みのところ申し訳ありません、サンドラさん」
「いえ……何かあったんですか?」
「そう、ですね。その……一旦こちらに来てくださいますか」
「わかり……あ、着替えるので少し待って貰えませんか」
「これは失礼いたしました。大丈夫です。では私は外でお待ちしております」
借りていたネグリジェから私服へ着替え、外で待っていたジェフについて廊下を進む。何となく不穏な雰囲気を感じ、ジェシカやソフィアの事を考え不安になるサンドラの鼻を異臭がついた。
(なに…この変な…家の錆びたバケツみたいな臭い……)
その異臭は廊下を進めば進むほど濃くなっていく。そして
「!?」
廊下の両脇、無惨に扉を破壊された部屋が目に飛び込んできた。真っ二つに折れているもの、真ん中に大穴があいているもの、中には蝶番部分がえぐれ扉本体が無くなってしまっている部屋もあった。
「サンドラさん、出来れば目を瞑るか、もしくはまっすぐ前だけを見て進んでください。大丈夫、私が先導します」
ジェフに言われた通り、目を瞑り、手を取ってもらって先へ進む。しばらく進み、ジェフの「もう大丈夫です」という言葉で目を開ける。そこは暖炉のあるそこそこ広めのグレートルームで、すでに数名の者がソファや椅子で待機していた。
その中にジェシカとソフィアの姿を認め、安堵しながら駆け寄る。
「お姉ちゃん!!!」
「サンドラ、無事で良かった」
「うん、ジェシカとソフィアも……。ところで、何があったの?」
「わかんない……」
「まだここに連れて来られただけで、私たちも何の説明も受けてないのよ」
「そうなんだ」
ジェフはまた別の者を呼びに行ったのか、既に部屋には居なかった。サンドラは部屋を見回し、他に居るものを確認する。以前村の催しの際に見かけたことのあるバニラとアンナ以外、見覚えのない女性が二人。今この部屋にいるのは全部で七人だ。昨晩残っていた人数とあの廊下の惨状から察するものがサンドラにもあったが、深くは考えないようにした。
しばらくしてジェフが二人連れて戻ってきた。一人はサンドラにも見覚えがあるアーニーという少年だが、もう一人の青年は分からなかった。
二人が各々空いていた椅子やソファに腰かけると、ジェフは一礼して話し始めた。
「朝早くから急で改めて申し訳ございません。何から説明すべきか……」
「殺し、ですか」
「……端的に言えば、クリスさんの仰る通りです」
先ほどアーニーと一緒に入ってきた青年、クリスの言葉にジェフは頷いて答えた。横でジェシカとソフィアが息を飲む気配がする。サンドラ自身予測はたっていたが、それでも眩暈がするほどの衝撃を受けた。
「生存者はこれで全員ですか?」
「昨日お泊り頂いた部屋は全て確認しました。あなた方以外は、もう」
「モブは?」
クリスとジェフの会話に、バニラが割って入る。ジェフは一瞬言い淀み、しかしはっきりと言った。
「殺されました」
「そうかい」
バニラは表情を変えずに呟いたが、その声音は心なしか悲しそうだった。その横でアーニーが手をあげ質問した。
「犯人は分かっているんですか?」
「えぇ、分かっています」
「それはこの中にいる人ですか?」
「はい」
その答えに、全員に先ほどまでとは別種の緊張が奔るのをサンドラは感じた。大量殺人犯がこの中の誰かである、それが事実なのであれば一刻も早くジェシカとソフィアと一緒にこの場から逃げ出したい。そんな思いで窓の外を見たサンドラは、それが難しいことを改めて思い出した。
外は猛吹雪だった。
「誰なんだい犯人は。さっさと教えとくれよ」
「それは出来ません」
「……は?」
ジェフの返答に、バニラは唖然としていた。その他数人も何を言っているのかというような表情でジェフを見ている。
「本当に申し訳ございません。私は犯人達とある契約を交わしました。そのため今すぐこの場で犯人の名を出すことは出来ません」
全員が言葉を失う。どれくらい時間が経っただろうか、その重苦しい沈黙を初めに破ったのはクリスだった。
「確認したい。犯人達、ということは複数犯ですね?」
「そうです。お二人ですね」
「二人?まず、私は犯人ではない。ということは、残りの者の中に二人ということだが……言っては悪いが、女子供の二人で私を含めた全員を殺すのは無理がある、それこそ寝込みを襲わない限り。ジェフさんが律義に殺人犯との、その、なんだ?契約?を守る必要はあるのですか?」
「ただの人間であればそうでしょう」
クリスがどういう意味か尋ねる前に、ジェフは続けた。
「あなた方の中に紛れている殺人犯の正体は、人狼です」
人狼。この地に伝わる伝承の中に、その怪物の名は出てくる。領民に重税を課して贅を尽くしそれを見かねた神から裁きを受けた者、快楽殺人を続け被害者からの呪いを受けた者等、話の中身によって描かれ方は様々だが、共通するのは人間に化けて村や町に紛れ込み夜な夜な人を襲って血肉をすする化け物、ということだ。
「人狼、ね。ジェフ、本気で言ってるのかい?」
バニラの問いに、ジェフは黙って頷く。
「空想上の化け物が犯人なんて馬鹿げてる、と言いたいが、ここに来るまでの惨状を見れば納得せざるを得ないな」
クリスはぼやき、続けた。
「で、ジェフさん。契約というのは?」
「簡単に言えば、お互いの生き残りをかけたゲームです」
「ふざけた奴だね」
真っ先にバニラが反感を示した。先ほど同様表情はほぼ変わっていないが、強い怒りが感じられる声だった。
「バニラ、気持ちはわかるが今はまず話を聞こう。ジェフさん、詳しく頼む」
「かしこまりました。まずゲームの内容としては、推理ゲームのようなものです。一日一人、人狼だと思う者を全員で話し合って推理し、処刑する。人狼を二人とも処刑出来れば皆様の勝利です」
「ほう。化け物の考えつきそうな、何とも素晴らしいゲームだ。選択を誤れば無実の人間を自分達の手で殺すことになる。例え勝てても素直に喜べないだろうな」
「でもそのルールだと、二日続けて人狼を当てることが出来たら私たちは誰も死なずに済む、ってことよね?人狼側かなり不利では?」
「そのリスクを負ってでも我々に殺し合いをさせたいんだろうな。反吐が出る」
ソフィアの疑問にクリスは苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。そこにジェフが「いえ、実は」と続ける。
「先ほどのは皆様のクリア条件を含めた大まかな基本ルールのお話です。続きを話させていただきますね。
皆様で処刑する人物を決めた後は、各々決められた部屋に明朝まで待機していただきます。そしてその時間は、人狼の方々のターンです。一日につき一人、襲撃を行います」
「つまり一日に二人ずつ減っていくってことか」
「基本的にはそうですね。皆様の勝利は人狼の全滅、に対して人狼の勝利は自分たちと同じ人数にまで皆様の数を減らすこと」
「例え上手くいったとしても、最低一人は犠牲になるわけか」
それを聞いて、サンドラは思わず身震いした。部屋の中は暖炉で温まっている筈だが、体の震えが止まらなくなってくる。と、すぐ隣にいたジェシカが急に抱きしめてきた。
「大丈夫、なんとかなるよお姉ちゃん……」
「ジェシカ……」
よく見ればジェシカの手も僅かに震えている。それでも自分のことを気遣う優しさを見せてきた妹に、サンドラは姉としてしっかりしなくてはと気持ちが奮い立つのを感じた。
「大丈夫よジェシカ。ありがとう」
「よかった。絶対村に帰ろうね」
「ええ、そうね。絶対に……」
ジェシカの手を握りながら、サンドラは静かにしかし力強く呟いた。
その間に、クリスやソフィア、バニラの質問に答えながらジェフのルール説明は進んでいた。
「纏めると、人狼の全滅もしくは人間と人狼の数が同じになるまでゲームは続く。昼ターンと夜ターンがあり、それぞれのターンで出来ることが決まっている。人間側のうちの四人には役職が配られて各々能力を行使できる。ただ、うち一人は人狼の味方になってしまう、と」
「そうですね。『狂人』という役職、これは他の三つと違い人狼の呪いの力で実際に人狼に尽くすように思考操作をされてしまいます。それ以外は私が情報開示などをすることで疑似的に能力行使とするわけですが」
「思考操作…って恐ろしいことサラッと言うわねジェフさん」
「つくづく化け物だな。人狼ってやつは」
「でもその狂人ってのになったら、最後はどうなるんだい?人間側が勝っても人狼側が勝っても難しい立場になりそうだが」
「人間側が勝つということは人狼が全滅していることになりますし、呪いが解けて正常に戻るはずです。人狼が勝った際には、明言はありませんでしたが、恐らく……」
「用済みで腹の中かい。全く、なりたくないねその狂人ってのには」
バニラはそう言うと、チラリと部屋の中央、暖炉前のソファに視線を向けた。
「ところでジェフ、あそこに座ってる二人だが、よそ者だろう?あいつらなんじゃないのかい、人狼は」
ソファに座っていたのは、メアリーと、朱色の髪をアップで纏めている女性。
「現時点で私からは肯定も否定もできません」
「そうかい。まぁ私はこいつらだと思うよ。人数的にもぴったりだ」
「落ち着けバニラ」
けんか腰で宣うバニラをクリスが宥める。それに対し、メアリーは立ち上がりながら平然と答えた。
「別に疑うのは勝手だが、思考が短絡的過ぎるな。きちんと人狼を探し出せるのか、その程度で?」
「なっ……!」
「まぁまぁまぁ……」
メアリーに見事なカウンターを決められ、言葉に詰まるバニラをクリスが再度宥める。
それを気にも留めない素振りでメアリーは中央のテーブルにあった水差しからグラスに水を注ぎ一息に飲み干すと
「すぐ戻る」
と言って部屋を出て行った。
「あの……」
息を荒くしてメアリーを睨み続けていたバニラが落ち着いてきたかというところで、もう一人の女性が話しかけてきた。
「先ほどのお話ですが、疑われても仕方ないとは思います。しかし私は、モブ叔父様に招待されてここに来ただけのただの人間です」
「そうですか。モブさんのお知り合い……と。失礼ですが、お名前は?」
「ローラと申します」
そう言うと「ローラ」は一礼し、そして続ける。
「それを証明する手立てはないですが……。今のところ、私は処刑の一番の候補、ということですよね」
「そこは何とも言えません。聞こえていたかもしれませんが、役職の能力というものもありますから、始まってみないことには」
「そう、ですか。わかりました」
悲しそうに目を伏せ、ローラは元居た椅子へ戻った。
それを目で追いながら、クリスは再度ジェフに話しかけた。
「契約、の内容は理解しました。それを踏まえてお聞きしたい。何故人狼たちはこれに応じたんです?向こうが従う義理、と言うか理由が分からない」
「そうですね……何から説明すればいいか。全てお話するとなると、かなり長い話になります」
「うーん、構わないから全て聞かせてくれと言いたいところではあるが、その前にゲームの事も考えなくてはならないな。……それでは、一つだけ確認しておきます。人狼達がこのゲームのルールを守る保証はありますか?」
「あります。彼らは絶対にルールを破れません」
クリスの問いに、ジェフは力強く即答した。
「なるほど。であれば一旦私はゲームの方に集中します。奴らに勝った上で詳しく聞かせて頂きますよ」
そう言って、クリスはアーニー達の元へ戻っていった。