ゲームの開始は明朝、ということで各々自由行動になった。
しかし自由と言っても、化け物が居ると分かっている屋敷を動きたがる者はそういない。
一人くらいは手伝いが欲しかったが、と思いつつ、クリスは一人で被害者達の部屋を見回ることにした。何かしら人狼の正体に近づく手がかりが見つかればゲームを有利に進められる、というより、ヒントゼロで臨むべきではないことは考えなくてもわかる。
ジェフから説明を受けた四つの役職を思い返す。
毎晩一人だけ正体を見分けられる占い師。
その日処刑した人物が人間か人狼かを判別できる霊能者。
毎晩一人だけ人狼の襲撃から護ることが出来る狩人。
思考を操作され人狼の味方をしてしまう狂人。
最後の狂人を除いた三つが主な人間側の反抗手段だが、一番大事なのは何と言っても占い師だ。問答無用で人間か否かを判別できるというのは非常に大きい。
そんな役職を人狼側が放っておくはずもない。恐らく何かしらの妨害、例えば自らも占い師を名乗ることで真偽を惑わすとか、真っ先に襲撃して残される情報を少しでも減らすとか、そういった対策は講じてくるだろう。
狩人で護るにしても、二人に名乗り出られたら確実に本物を選べる保証はない。
占い師に頼る以外の勝ち筋も探しておくべきだ。
クリスはその考えの元、まだ血腥い部屋に足を踏み入れた。
(……お腹減った)
サンドラは空腹感で目が覚めた。
いつの間にかソファで眠ってしまったようだ。隣ではジェシカが寝息を立てている。
テーブルに向かっていたソフィアが気配を感じてか振り返った。
「おはよ、サンドラ。落ち着いた?」
「そうね、一応……。ところで、何か食べ物はない?」
「ふっ」
サンドラの問いかけに、ソフィアは軽く吹き出した。
「もう……その様子なら大丈夫そうね。待ってて、ジェフさんからパンか何か貰ってくるわ」
ソフィアを見送りながら部屋を見回す。テーブルをはさんで反対側のソファではアンナが眠っている。
奥の暖炉の前にはバニラとローラが居るが、全く会話している気配もなく、寧ろピリピリとした空気が流れていた。
それ以外に人影はない。アーニー、クリス、メアリーはどこだろう?
サンドラはまだ半分眠い頭で、ぼーっと考えながらソフィアを待った。
「ここも特にめぼしいものはありませんね」
「そうだな。流石に正体がバレたら死ぬってのに、奴らも悠長に手がかりなんざ残しておかんか」
途中からアーニーが加わり、二人がかりで捜索しているが、今のところ収穫はゼロだった。
未捜索の部屋もあとわずか。クリスとしても多大な成果を期待していたわけではないが、こうも芳しくない結果となると気が滅入ってくる。
結局何も得られぬまま、すべての客室の捜索が終わってしまった。
「さて、どうするか……」
廊下にて顎に手を当て考え込むクリス。その横で同じように考え込んでいたアーニーは、「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「まだ一か所探してない場所があるじゃないですか」
怪訝そうな顔で見つめてくるクリスに、アーニーは続けた。
「モブさんの部屋ですよ」
ジェフに許可を貰い、二人はモブの書斎へ訪れた。
ジェフも快く、といった感じではなかったが、こちらの気持ちも察してくれたようだ。
重厚な二枚扉を開け、室内へ。と、そこに意外な人物を認め二人は一瞬怯んだ。
「メアリーさん、だったかな。何故ここに?」
「……あなたたちこそ」
「私たちは、犯人の手がかりを探しにだが……」
「私も同じようなものだ」
メアリーはぶっきらぼうに返すと、手にしていた書物に目を戻した。それは本、というよりは手帳のように見える。
気にはなったが、まずは本来の目的を果たすことにした。モブの遺体に近づき、様子を伺う。
仰向けとなり手を胸の前で重ねられているところを見るに、恐らくジェフが整えたのだろう。首元に乗せられた厚手の布は真っ赤に染まり、その下の惨状が容易に想像出来てしまう。
クリス達は胸の前で十字を切って手を合わせてから、周囲を検め始めた。
意外にも傷は少ない。喉元を引き裂かれたか食い破られたか、それによる絶命だろう。周囲が大して荒れていないことから争うこともなく殺されたという予測が立つ。
「……やっぱり妙だな」
クリスのぼやきに、アーニーが同意を示すように深く頷く。
「襲われた場所が書斎、って聞いた時点で実は僕も気になってたんだ。モブさんは寝込みを襲われた訳じゃなかったのか?って」
「それもそうだし、争った形跡がないのも違和感がある。つまり人狼が化けた相手は、夜中にここに訪れてもモブさんが怪しまない人物ってことだ」
「……もしかして」
アーニーの言葉にクリスは目を閉じた。
そんな単純な話なのだろうか、という引っかかりはある。客室について、証拠隠滅を図られたのか?と問われれば、別にそういった痕跡があったわけでもない。それでも、正体を辿れる手がかりが欠片も残っていなかったのは事実だ。
そこまでの慎重さ、周到さがある相手がこんな一番大きな手掛かりを放置するのだろうか。
ちらりとメアリーに目を向ける。全てを素直に飲み込んで考えれば、確実に彼女は人狼の片割れになる。
ここには証拠隠滅のために訪れたのだろうか。その途中で自分たちが来てしまったため誤魔化している?
メアリーは書物に目を落としたまま、こちらを気にする素振りは全く無い。本当に何か調べているだけなのか?
分からない。
クリスは、ふぅ、と少しだけ長い溜息をつくと、アーニーを促し他の手がかりも探し始めた。
「ふぅ」
ソフィアが持ってきてくれたパンとチーズとハムをたいらげ、サンドラは満足げにため息をついた。
こんな時にもお腹は減るし、満腹感で幸福も感じられてしまう。
サンドラは自分で自分に呆れてしまった。親やジェシカから食いしん坊扱いされるのは嫌いだが、仕方ない自覚はある。
そのジェシカは未だにソファで眠っている。姉が食べることを好むのと同じくらい、眠るのが好きな子である。この状況でこんなにぐっすり眠れるのは流石だ。
「そろそろ起こそっか。何かしら食べさせた方がいいだろうし」
ソフィアがそう言ってジェシカを揺する。んんっ、とジェシカが目をこすりながら目覚めた。
「なぁに、ソフィア……」
「そろそろごはん食べな?ジェフさんに色々貰って来たから」
「んー……」
ジェシカは伸びをしてから首を横に振った。
「要らない。食欲無いから」
「気持ちは分かるけど、何かしらお腹に入れないと」
「後で食べとく。今はいい」
「そう……」
ソフィアは心配そうにジェシカを見つめているが、それ以上無理に勧めようとはしなかった。
そこへ、クリスとアーニーが戻ってきた。
クリスは部屋を見回すと、暖炉前のローラの元へ歩み寄る。
「ローラさん、一つだけお聞きしたいのですが」
「はい、なんでしょう?」
「昨晩、書斎を訪れたりしましたか」
「書斎?ですか?いえ、多分行ってないと思います」
「多分?」
多分、という言い方に引っかかるが、ローラの返答や表情には怪しい部分は全くなかった。
「この屋敷には初めて招待されたもので、何がどの部屋なのかわかって無くて……ただ、書斎と呼ばれそうな部屋には行っていないと思います」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます」
クリスは軽く会釈をしてローラの元を離れた。アンナの眠っているのとは別のソファに腰かけ、アーニーに軽く目配せをする。
ローラの回答や表情に怪しい部分は全くなかった。清々しいほどに自然であり、嘘をついているようには感じられない。
だが相手は人狼だ。信じ込みはしない。
(いや、違うそうじゃないな)
クリスはそれが本音でないことをしっかりと認識した。ここでローラを人狼ではないと判断してしまったら、それは結局手がかりがゼロだったことに等しい。
数時間の捜索が徒労だったこと、以上に、明確な勝ち筋が見えない事への不安感。それを直視したくないからこそローラが人狼で嘘をついている可能性に縋ろうとした。
(これじゃダメだな)
また別の策を練ろう。そう思い直し、クリスはソフィアに声をかける。
「余っているなら、それを貰ってもいいかな」
「えっと……」
「全然いいですよ。どうぞどうぞ」
一瞬迷ったソフィアに代わり、ジェシカが返事をした。クリスは礼を言い、アーニーと分け合って腹を満たした。