(最悪だな……)
コーヒーを片手に、クリスは考えを巡らす。
メアリーの暴露の後、丁度昼刻を告げに来たジェフと、その際に昼食を求めたサンドラによって一旦話し合いは中断となった。
だが、アンナの動揺具合からメアリーの言っていることがハッタリやでたらめでないことは誰の目から見ても明らかであり、既に数人の彼女への視線からは強い不信感が窺えた。
彼自身アンナが人狼である可能性がゼロでないことは分かっている。彼女が事件以降何か思い詰めるような顔をしていることが多く、口数もめっきり減っていたことを思い出すと、もしや、という考えは確かにある。
しかしそれ以上に、彼女を幼い頃から知っていること、この議論に誘導したのがメアリーであることから、アンナが人間である可能性が高いと思っている。いや、思いたかった。
まだアンナから詳しい事情を聞けていないため庇うも何も無いのだが、どうしても対応を考えずにはいられなかった。
そもそも、何故メアリーはアンナが書斎を訪れていたことを知っているのだろうか。また、それを最初から提示しなかった理由は?
周囲のアンナへの不信感は、アンナが情報を隠していたことに起因する。もし、これこそがメアリーの狙いだとしたら?
(既にメアリーの狙い通りにことは運んでしまっているか……いや、待て)
クリスは俯き、額に親指の付け根を当てた。今の自分は考えが余りに偏り過ぎている。メアリーが人狼であることを前提にするのは、自分が先ほど諫めたバニラと何も変わらない。
メアリーが人狼である場合と人間である場合、両方の面から考えなくてはこのゲームに勝つことは出来ない。
(やはり、まずは詳しい経緯を聞いてからだな……)
残っていたコーヒーを飲み干し、そのカップをワゴンに戻してからテーブルに着いた。
他の者も食事等を終え、テーブルに戻って来る。全員が集まったことを確認して、ジェフが再開を告げた。
「さて、では続きからいこうか」
メアリーが口を開く。
「アンナ、君はあの夜書斎を訪れているな?そしてモブと話をしているだろう?」
「……」
「黙られると困るのだがな。もし知らないとでも言うのであれば、私は……」
「い、行きました!確かにあの夜、私は書斎に行きました!で、でも殺してなんかいませんし、私は人狼じゃありません!!」
アンナが裏返った声で叫ぶ。その目には涙が浮かび、必死さが窺えた。
「では何故先ほど黙っていた?疚しいことがないのであれば、書斎についての話題が出た時に言い出せるはずだ。どのタイミングで訪れ、その際にモブが生きていたかどうか。生きていた時間帯によっては誰か犯行が無理な人物が浮かびあがった可能性さえある。色々な情報を出し合えた可能性を君は潰したわけだが、それで犯人じゃない主張だけされても無理があるな」
しかし、メアリーは一切の容赦なく詰めていく。どんどん追い詰められ顔面蒼白になるアンナを見ていられず、クリスは思わず手を挙げていた。
「め、メアリー。少しよろしいか」
「なんだ」
「あなたはどこでどうやってアンナが書斎を訪れたことを突き止めた?また、何故先ほど書斎の話題の際にそれを言い出さず、別の、言ってしまえば無意味な怨恨の話題を話し合ったりしたんだ?」
「ふむ。では後者から答えよう。私はアンナを試したんだ。私はあの時点ではまだアンナが人狼である確信は持てなかった。そして、アンナが自分から話すようなことがあれば人狼の疑いはかなり薄れると考えていたんだ。まぁ結果としてはこうなったが」
「……」
全く以て正論だ。言い返せる余地もない。
「そして、何故私がその情報を手に入れたかだが……」
メアリーはそう言いながらポケットに手を入れ、一冊の黒革の手帳を取り出す。それは、昨日クリス達が書斎を訪れた際に、メアリーが手にしていたものに似ていた。
「これは、モブの日記帳だ」
全員に驚きが奔る。
「これについて説明する前に、これを私が捏造していないことを証明しておこう。アンナ、君の御両親の名前は、ベリルとレナで間違いないか?」
「あ、え、なんで……」
「答えてくれ、間違いないか?」
「あ……ぁぅ……」
「……そうだよ、間違いない」
口元を震わせ、言葉にならないアンナに代わりバニラが静かに答えた。
「であれば、筆跡と合わせてこれが私には捏造出来ないものであると皆が分かってくれるだろう。では、中身の話に戻る。これは先ほど言ったようにモブの日記帳のうちの一冊であるのだが、この中で唯一アンナの名だけが何度も登場するんだ」
「何……!?」
バニラが驚きの声をあげる。クリスも驚いていた。今朝話題に出たように、モブはクリスが幼い頃から村を訪れることは無くなっていた。また、アンナも村の外に出る機会はほぼ無く、モブと接する機会は皆無なように思えた。
(それなのに、何故……?)
「更に、事件の夜とその前の日にこのような記述が——」
「やめて!!!!」
アンナが立ち上がり、金切り声で叫ぶ。
「もういい、やめて……お願い」
「もういい、とはなんだ?」
「もう、この話はやめて……」
消え入りそうな涙声で言ってから、アンナは席に崩れ落ちるように座り、言った。
「私を殺していいから……だから、もう……やめて……」
クリスは目の前が真っ暗になるのを感じた。
銃声が響き渡り、アンナの体が椅子から崩れ落ちて床に倒れ伏した。メアリーは無表情で銃をジェフに返すと、自室に戻る、と言って部屋を出て行った。
クリスは隅のソファに座っていた。処刑前に、ソフィアが見せたくないと言って双子を部屋に返したため、部屋に残っているのは、彼を含めて4人だ。
あの後、クリスとバニラは何とかアンナに考え直すように言った。更に、メアリーに手帳を見せるように要求もした。しかし、アンナはすすり泣くばかりで何も言ってはくれず、メアリーも彼女が死を受け入れている以上彼女の希望を蔑ろにする気はない、と中身を明かしてはくれなかった。
どうすれば良かったのか。クリスは何度目になるかわからない自問自答を行う。
明日にならなければ結果はわからないが、アンナは人狼だったとは思えない。だからこそ、アンナは死なせたくなかった。でもあの時あの場で、彼女を助ける方法を考えつくことが出来なかった。
メアリーの論理に穴は無かった。被害者本人が残した手がかりを活用していて、それは捏造を疑えるものではなかった。そして更に、容疑者本人が何の弁明も行おうとしなかった。どう足掻こうが、あそこからアンナの立場を回復させることは不可能だった。
だからといって、仕方が無かったよな、と諦めなどつくわけがない。
彼女が生まれた時のことを思い出す。クリスの村には子供が少ない。だから、彼女の誕生は大いに祝福されたし、村人全員からとても可愛がられていた。クリスもよく子守をしたものだった。よく熱を出す赤子だったが、大きくなってくると健康そのもので、村の手伝いを積極的にしていた、本当に良い子だった。
村に残して来たマリアンヌの顔を思い出す。彼女はアンナを実の妹のように可愛がっていた。彼女になんと告げようか。いや、そもそも自分はこのゲームで生き残り、村に帰れるのだろうか。
悲しみや強い喪失感、不安や後悔、やり場のない怒りといった様々な感情がクリスの思考を乱していた。誰が人狼であるか、それを突き止め処刑し、アンナの仇をとって村に帰る。そうすべきだ、そうしなければならない、という意思が幾度となく心の奥底で生まれている認識はある。しかし、それがしっかりとした形となり、クリスを奮い立たせることはなかった。
ふと部屋の暗さに気が付いて、クリスは立ち上がった。グレートルームはクリス一人だった。アンナの遺体も、ジェフによってだろうか、いつの間にか運び出されたようで、そこにはわずかな血痕が残るのみになっていた。
「アンナ……すまなかった」
クリスは呟き、重い足取りで自室へと戻っていった。