蟲人の冒険 作:蟻人B
「きゃっ……何? 誰かいるの?」
ヒレンは、触角により何かの存在を察知し、立ち止まった。するとその何かは姿を見せた。
「すまない、俺は……トウロウ・アーマードという。トウロウと呼んでほしい」
「えっ誰? 突然……何?」
可視化したのは、ヒレンより二回り以上も大きい蟲だった。昆虫種に似た体つきのように見えるが、脚は前後に二対ずつの全部で八本ある。二つの大きな眼に、肉食のためのような大顎。前脚の二対はそれぞれが
「その……君は何をしているんだ?」
ヒレンは困惑する。さっきからこの蟲の目的がわからない。だが、少し考えて素直に答えても問題ないと判断し、相手の出方を伺うことにする。
「私は……ええと、移住の途中よ」
「どこか宛てが?」
「……今のところ特にはないけれど」
「じゃあ……俺はある目的で旅をしているんだが、その……一緒に来ないか?」
「…………はぁ?」
意味不明だったが、その後いろいろ話を聞くところによると、この蟲は魔導国というところに向かっていて、ヒレンに同行してほしいらしい。
「ほら、たぶん君ってそこそこ強いだろ?
「まあ……そうね」
これでもヒレンは優れた信仰系魔法詠唱者で、第三位階までもの魔法を行使可能だ。知性も高く、部族の中だと長のような立ち位置だった。一部の種族は王種は他より優れた能力を持つようだが、自身の種がそうなのかは知らない。
「そう、回復役が欲しいんだよ。他の支援魔法とかもね。一応スクロールは持ってるけど、温存した方が良いし、俺が同行すれば君は安全だし、他にも──」
トウロウが話し続ける間にヒレンは考える。
(なんで、そこまで私を同行させたがる? 油断させて襲い、餌にする? いや、トウロウとか言ったか、私より強そうだしわざわざそんなことしなくても……。だとすると、非常食?)
そんなことを考える。ただ、非常食と考えられているとしても、この場から離れれば仲間たちがこいつに食われる心配はなくなる。もし自分の味を覚えてここへ戻ったとしても、その時には既に仲間たちはどこかへ散っているはずだ。それに言っていることが本当ならば、強力な護衛付きで新天地まで行けることになる。遠い地で子孫が繁栄することこそ部族のためになる。
そこまで考えたヒレンはまだ話を続けているトウロウの言葉を遮って答える。
「──わかった、同行するわ。私はヒレン、今後よろしく」
トウロウは、スクロールを節約するためだとか、回復役や後衛が必要だとか言ったが、それは何よりヒレンが同行する正当性を自分自身に納得させるためのものだとわかっていた。だが、ここで別れたら再会できないかもしれない。蟲国にでも向かわれたら、餌として食われるかもしれない。餌としか見ていなかった種にこんな気持ちを抱くなんて、つい先日の自分に言っても信じないだろう。そう、自分はこのメスに惚れてしまったのだ。種族も立ち場も全然違う、このジャイアント・コックローチに……。
これが終わって共に蟲国に帰ったら、任務達成の褒美として、ヒレンが城付近に滞在する許可を父に願おう。そのくらいは許されるのではないだろうか。そこでとあることを思い出し、トウロウは一人自嘲気味に呟いた。
「ふっ、俺も父の子か……」