砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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01-05 過去の正価

 

中天に陽が在る火焔の時刻。

陰に成り薄暗い酒場の席で、外に住む者の頭領が語っていた。

 

「まあ餓鬼の頃はそうやって騒いでいたわけだが」

 

春か秋になると父親が放牧している羊から1頭を選んで連れていく。

それを宿場の隊商に渡し、代わりに子供の拳程度の白い石を貰うと。

 

「その日だけは兄弟の誰もが大人しく、飯時には必死に駆け付けるんだ」

 

岩塩である。

 

「今日の飯は味が在る、食いそびれてなるものかってな」

 

そして味の在る飯を普段食いしたくて、外で暮らす道を選んだと。

 

「良い話だったー」

「お、有難い」

 

聞き手の少女が氷を作れば、語り手は頬を緩めて杯で受ける。

 

「何やっとんのじゃ」

 

そして中庭では無く、外壁側の通路から酒場へと顔を見せた博士が

絶賛営業中な謎の氷屋の生態を呆れ混じりに問い掛けた。

 

「麗しの真珠に昔話を聞かせていたのさ」

「お話ひとつに氷が2つー、気持ち大き目」

 

「何やら贅沢なんだか手軽なんだかわからん値段設定じゃのう」

 

そう言ってカウンターに座る姿に、頭領が言葉を投げる。

 

「お前らは水貯めかい」

「うむ、少しばかり長く砂漠に居ったからの」

 

南部砂漠の開拓者や外に住む者、そのような砂漠に暮らす者の間で、

熱砂の中に在ると身体の中の水が失われると言われている。

 

自覚は無く、長く砂で暮らし続けると水が無くなった時に事切れると。

そのため砂漠を渡った後は、身体に水を貯める期間を設けるのが一般的である。

 

先日にそれを聞いた少女は、脱水症状かなと一言で纏めていた。

 

「するとあちらで騒いでいる娘子軍は語った後か」

 

何やら氷入りの新式麦酒を振り回して騒いでいる二人組が居る。

具体的に言えば姫と以前の相互扶助小隊の頭である。

 

「婚約破棄してきた婚約者に全力でざまぁした話だった」

「ああ、あの時の」

 

簡単な纏めに過去を思い出し、眉間を抑えて呻く博士の姿が在った。

 

「博士は何かあるかな」

「ふむ」

 

言われ氷かと一言呟けば、古式の麦酒を頼んでから口を開いた。

 

「ワシが生まれたのは天羽楼と言う都でな」

 

生まれた赤子は親元から離され、纏めて育てられると。

そして等しく初等教育を受け、出来の良いのが博士の道に進む。

 

その道に進まなかったものは教育を終え、国民として生きる事になる。

 

「幸い早熟でな、高等教育を受け後に外交に携わっておった」

 

国民は全て農耕をはじめとしたあらゆる作業を2年周期の

労役として果たすことを義務とされ、博士はそれを免除される。

 

「1年ごとに各作業所の半数が入れ替わり、先達に育てられるのじゃ」

 

そう聞いて聞き手の少女が簡単な疑問を呈した。

 

「育つの」

「ぶっちゃけ無理じゃ、形にはなっておったが歪極まりない」

 

何か不測の事態でも起きれば即破綻したじゃろうなと答える。

 

そんな国民は財産の私有を禁じられ、すべて配給で暮らしていた。

そして生まれた時から教育される、金銀に価値は無い。

 

華美と贅沢は卑しい、文化的な我が国の民には相応しくないと。

 

そうして国内で価値を失わせた金銀を用い同盟を組み、傭兵を雇う。

敵対者には賞金を懸け、あの手この手で貶め引き摺り落とす。

 

対外戦争で自国民の血が流されるのを嫌い、国軍は最後まで温存と。

 

「力関係で下に在る国の民を、金で買って代わりに戦わせておったの」

 

そしてなるべく殺す、生き残った者にしか金を払わない契約だから。

戦うなどと言う卑しい行いをする下賤はどう扱っても良いと皆が信じた。

 

「何と言うか、凄く嫌われそうな生態」

「憎悪と不和を撒き散らして居ったのう」

 

呵々と笑い、何かのきっかけで袋叩きの未来しか見えなんだわと続く。

 

「まあ国民は世界一幸せな国と信じておったが、外交に出ると」

 

自国に居るのが、豚小屋の家畜と悪意の飼い主としか思えなかったと語った。

 

「そんな折に外遊の途中で、暗殺者に襲われ幸いにも死に損なったが」

 

そこで天啓を受ける、おそらくは自分の心の底から。

 

「このまま死んだ事にして、逃げ出せるのではないかと」

 

不幸中の幸いと言うか私有は禁じられており、国元に未練の欠片も無かった。

 

「生まれた時に離されたし、親兄弟などの縁と言う物にも実感は無いしのう」

「逃げ出さない方がおかしいほどに障害が何もないー」

 

逃げ出した後に知ったが、意外と同類が居ってたまに出会うと笑う。

 

「まあそうして流れ流れて、今は砂漠の開拓者じゃな」

「はい氷、わさわさっとな」

 

語り終えた頃に店主が持ってきた琥珀色の液体に、氷屋が氷を注ぎ込む。

 

深い琥珀色のそれは古代から作られている麦酒であり、

近年に流行している、乳酸発酵で白濁した新式麦酒よりも酒性が強い。

 

「どんなものでも、冷たいと言うのは贅沢じゃな」

 

口を付けて出した言葉には、何某かの重みが在った。

 

そして振り返り、離れた所で気配を殺しながら吞んでいる剣士を誘う。

 

びくりと肩を震わせ嫌そうな気配を醸し出した標的は、

気配を殺しながら、以前に所属していた傭兵団の団員と吞んでいた。

 

傭兵団とは言うが、正確には傭兵団から転職した開拓者集団になる。

円満な脱退だったのか、今でも普通に付き合いがある様が見える。

 

「戦場娼婦の餓鬼が傭兵団の小間使いになり、育って今だ」

「さ、殺伐としている」

 

端的な言葉で締めれば、横に居た軽薄そうな男が足りないだろと口を挟んだ。

 

どこかしら軽薄な雰囲気が漂い胡散臭いが、実際は意外と面倒見がよく

根が真面目な人間であったと昨日酒場で少女が倒れた時に大勢にバレている。

 

「ウチの団長と女取り合って、最後は居た堪れなくなって団を抜けたんだよコイツ」

 

それはそれとして性格は悪い。

 

「くわしく」

「しなくていい」

 

身を乗り出した少女の首根っこを引っ掴み板に押し戻す剣士。

 

「氷、水入れて冠水瓶でいいかな、氷で作るよ」

「何この貴族ですら滅多に見れない超贅沢仕様」

「だからしなくていい」

 

騒々しく奏でられる、日避けの酒場内での出来事であった。

 

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