砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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04-01 日々是好日

 

陽は中天に昇り、イルドラードの酒場は人に満ちる。

 

春先に至り隊商の訪れる機会が増えた交易宿舎に、日中の暑を避ける者たち、

酒場に屯しては茶を、あるいは酒をと嗜む傍ら、吟遊詩人の声に耳を傾ける。

 

―― 酔っ払いどもをどうすれば良い

 酔っ払いどもをどうすれば良い

 酔っ払いどもをどうすれば良い

 

 朝早くからッ

 

景気の良い歌声を上げる女詩人を背に、カウンターに座るのは年若い娘。

 

赤金の髪を後ろに括り、肩を出して涼し気なシャツと半ズボン。

その上からチョッキと長袴を重ね着る、少しばかり金銭に余裕の在る服装。

 

「そっかー、噂の偽りの大神様は不在なのかー」

 

んで父さん、どこ行ってるのかとか知ってるのと尋ねる娘に、

開拓者がどこ行こうと自由だってのと、守秘を貫く酒場の父親。

 

少女は、店主の娘である。

 

母親は近くの町に住み、普段はそちらで開拓者として活動している。

たまにイルドラードにも顔を見せ、知己もそれなりに居る身であった。

 

―― 錆刃で下の毛剃っちまえ

 錆刃で下の毛剃っちまえ

 錆刃で下の毛剃っちまえ

 

 朝早くからッ

 

そして背後から、麗しき美声で乱暴な歌詞が酒場に響く。

 

「ジャマールさん、何歌ってんのさ」

 

酔っ払いの喧騒の中、届いた歌詞の内容に呆れ半分の感を漏らす。

知り合いかと問う父の声に、知り合い兼今回の護衛依頼の主と応える娘。

 

話の詩人の容貌は整い、緑色の髪を後ろに結い上げた長耳族の女性であり。

だぶついた衣服に身を包み、長いローブを首元に飾りで留めた姿をしている。

 

「歌のネタにでもするのか、偽りの大神様を探しているんだって」

 

言いながら荷物袋から硝子の切子を取り出す。

そして青く輝くそれに、何か冷たいものを貰えるかなと頼んだ。

 

「何だそれ、やたら高価そうな器を使いやがって」

「遅れてるぅ、最近の都の流行りだよ、青の神国の硝子製品」

 

副王からの進言を元に、選定王が皇帝へと薦めた青の器。

それがアイン皇女の降嫁の祝いに、皇都で大量に配られたと語った。

 

青の硝子を持たない者、その様な嘲りを避けるためにとの理由も含め、

帝国貴族、下位諸王国も含むそれらががこぞって硝子を買い求め。

 

現在、とてつもない規模で流行しているらしい。

 

「ここらも遅れて流行が来るだろうし、買い込むと儲かるかもよ」

 

言いながら硝子に受けた果実水を口にする少女と、しげしげと器を眺める店主。

 

―― 店主の娘の寝床に放り込め

 店主の娘の寝床に放り込め

 店主の娘の寝床に放り込め

 

 朝早くからッ

 

そして噴出した。

 

「って、ザッケンナコラーッ」

 

突然に犠牲にされた被害者の反応に、酒場の酔っ払いたちは盛り上がる。

そして苦笑を零し、頭を掻きながら店主は喧騒を見守った。

 

今日もイルドラードの陽除けは、いつもと変わらない喧騒である。

 

一方その頃、アルフライラには生命の危険が訪れていた。

つまりは普段通りで、何の変わりも無いとも言う。

 

枯れ谷を歩んでいた開拓者と商人、外に住む者たちは足元を薄く流れる水に

若干の水の流れの変化を認識しながら、水源へと歩を進めていた。

 

【挿絵表示】

 

果たして、滝である。

 

普段は降雨の後にだけ水が噴き出る枯れ谷の水源は、晴れの続く本日にも

何故かそこそこに景気良く水が噴出し、足元を水浸しにしている。

 

「上の重しが消えたのに、水が噴き出るってのはどういう事なんだろな」

 

水流の変化に対する外に住む者の頭領の疑問に、ハジャルが簡単に答えた。

 

「抑えられて水が流れなかった場所に、水が通ったりする事もあるからのう」

 

結局の所は水流がどう変化するかなど、神すらもわからぬじゃろうと続く。

 

何はともあれ、水場である。

 

水は流れる土によって様々な性質を持ち、飲用に適うかどうかは不明ではある。

 

とはいえ枯れ谷の水場は、以前ならば沸かせば飲めたとの証言も在り、

水回りを見渡しても塩などの結晶も見当たらず、足元の水は駱駝が呑んでいる。

 

「まあ多分、大丈夫じゃろうな」

「一応は飲む分は沸かしておくぜ」

 

少し高さの在る乾いた岩の上に、岩陰と棒と布で簡単な陽除け場所を作りながら、

そんな会話を続けていたふたりの横には、脱いだ砂避けローブが積み重なり。

 

奇声を上げながら着衣のままで滝壺に突撃していくその他全員。

 

頭から被り全身濡れ鼠と化しながら、生き返る表情のサフラとマルジャーンの横、

当然の様に滝壺に突撃し、水流に打ち倒された創世神が居る。

 

普段は枯れていた谷、滝壺は膝までも無い深さで在り。

流れて逝く事も無く水に浮かんだ神の死体を、疲れた顔で持ち上げる剣士の姿。

 

「何故に学習しない」

「アルちゃんって、刹那に生きてるわねー」

 

濡れて透けた絶世の美少女でありながら、何故か土座衛門にしか見えない不思議。

 

おそらくは神徳か何かであろう。

 

そして煙を吹きながらふゆふゆと陽除けテントへと移動する板を、

修行僧の様な瞳で見つめ続ける突発性滝行の実践者たちが居た。

 

何か変な物を悟りそうな空気である。

 

いつもの有様に苦笑を零したハジャルは、通り過ぎそうな板を影へと引き寄せ、

横で爆笑していた頭領は、洗った円匙(スコップ)で器の中身をかき混ぜていた。

 

器には沸かした湯を注いだ燕麦、軽く塩で味付けがされている。

 

西方から流れてきた品で、豚人隊商がアルフライラへと捧げた献上品である。

 

押し潰し火を通した燕麦は、水分を得るも粥と言うには少しばかり粘度が高く、

さながら先史時代のお好み焼きの種とでも言うべき有様と成っていた。

 

白湯をのんびりと啜り、身体を温めている少女の目の前で、

頭領は円匙を改めて拭い、脂身を載せて火の上に翳し溶かし伸ばす。

 

脂が回った頃を見計らい燕麦粥を掬い、そのまま再び火の中へと突っ込んだ。

 

下部は獣脂で揚げ焼かれ、上部は直火で炙られる燕麦生地。

 

香ばしそうな色合いがついた所で、ほいなと板の上の少女へと渡された。

焼き立ての高温も、作業用ハンドの前では何の障害にも成らない。

 

「香ばしい焼き燕麦かと思ったら、意外に獣脂の主張が強い」

 

外はカリカリ、中はしっとり、口に広がる脂の旨味と目を細めながら語り、

名前とか在るのと聞けば、鋤焼きとか円匙焼きとか呼ばれていると応え。

 

「戦場の燕麦焼きだな」

 

水を軽く払ったサフラが訪れ、そんな事を言った。

 

「糧食の燕麦を、よくこんな感じで焼いて食っていた」

 

言いながら片手で焼き上がった2枚目を齧れば、3枚目を受けた博士が続く。

 

「どこぞの王の好物じゃったとも聞くのう」

「戦場帰りとかだと、これが好物ってのが結構居るわね」

 

マルジャーンが4枚目を待っていると、座った眼の頭領が口を開いた。

 

「いやてめえらは自分で焼けよッ」

 

至極真っ当な要求が渓谷に響き渡った。

 

やがて陽は翳り服も乾き、仮眠も終えた一行は谷を進む。

闇に染まる渓谷に同行の隊商法術師が炎を呼び、角灯の色が岩を染めた。

 

月は僅かに削れ星天を統べ、月光を弾く白石が駱駝たちの足元に在る。

夜明けまでには岩砂漠を抜け、最寄りの宿所に辿り着ければ良いと歩む。

 

その頃にはイルドラードでも喧騒は収まり。

 

酒場に僅かに灯る灯りの中に、引き上げる開拓者たちと酔い潰れた死体。

 

「せっかくアルちゃんアビちゃんが居ないのに、何で美女が居るのよぅ」

 

泣きながら机に突っ伏し酔い潰れているのは、女性相互扶助の面々。

酒場の娘が連れて来た、無駄に整った容貌の依頼人に心が折られた様だ。

 

そんな呟きに困った顔をしながら、吟遊詩人はカウンターに腰かける。

 

店主より果実水を受け取りながら、手元の楽器を軽く爪弾き柔らかな音を出す。

右の横引き、4弦の共鳴胴を太腿にひっかける特徴的な奏法。

 

「改めてご挨拶、ジャマール・シャムスと申します」

 

護衛を依頼した相方の父へと声を掛ければ、顔を顰めた店主が言葉を返した。

 

「美の輝き、いや、輝ける美か」

「意外、博識なのですね」

 

人の名前などに使われる古代言語、その単語の意味を正しくとれる者は少なく、

庶民での名付けなどは、過去の誰かの名を受け継ぐような形で付ける事が多い。

 

「開拓者の纏めなんかやってるとな、知識が結構増えるもんだ」

 

様々な依頼人や役人、貴族相手の交渉なども受け持つ地位故にと軽く語る。

 

「聞きました、噂の大神様は獣人自治区に居るらしいとか」

「まあ、隠しているわけでもないからなあ」

 

あいつらはと、酒場の開拓者たちへと溜息を吐く店主に対して、

少しばかり決まり悪い気配の混ざる苦笑を零す、美貌の吟遊詩人。

 

次いでそこまで足を延ばすと告げる娘の依頼人に、ここで待たないのかと

久しく顔を合わせていなかった娘への未練が籠もる、店主の問い掛け。

 

昨年からどこかの板由来の諸騒動のせいで、妻の家に通う余裕が無かったのだ。

 

「獣人自治区にも興味、まあ入れ違いになったらその時です」

 

またこちらへ戻ってきますよと告げる詩人に、目線を逸らし頭を掻く店主。

 

その有様を微笑ましく見守っていた妙齢の美女は、ふと思い付きの気配を見せ、

悪戯染みた微笑を浮かべながら、入れ違いになった時の言付けをと口を開いた。

 

「悠久の旋律、とだけ伝えておいて頂けますか」

 

妖精は居ませんがと、意味の分からぬ言葉に銅貨を添えて。

わからぬ事をわからぬ儘に、まあ機会があったらなと銅貨を受け取る酒場の主。

 

そして砂と渡る風の音に、酔い潰れの呻きが混ざる宿場の宵は更けていった。

 

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