砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

103 / 217
04-02 悪魔の水瓶

陽光が礫の影を伸ばす早朝、団体は隊商宿場を視界の先に捉える。

 

アルフライラたちは岩砂漠を抜け、隊商の護衛を受け持ちながら遠回りに、

礫砂漠周辺の宿場や村を経由しながらイルドラードへと向かっていた。

 

姫神との合流の約束こそ在れど、その時間的余裕は極めて大きく、

礫砂漠の交易路を最短で、あるいは砂砂漠を横断などと先を急ぐ理由は無い。

 

「むしろ少しは間が欲しいかな」

「時間経過で汚染も広がるからのう」

 

朗らかな声とほのぼのとした表情で、何か悍ましい事を言う邪神とその神官。

なので護衛依頼を請けながら紆余曲折の旅程となっている開拓者組であった。

 

そして陽避けの時間に至る前に、本日の宿に辿り着いたところである。

 

隊商宿場は8里、だいたい30km間隔で作られている建前ではあるが、

そう都合よく水の宛てがあるわけでもなく、その質の差は激しい。

 

イルドラードの様に集団を留め置ける大規模な物から、陽除けの屋根が在るだけ、

そんな小休止程度の用にしか至らない簡素な物までと雲泥の差が存在していた。

 

さて、現在に一行の前に在る宿場はかなり小さい。

 

ペル・ジャマル、老駱駝の拠点と呼ばれているその小規模な宿所は城壁に囲まれ、

中央の水場から簡単な駱駝の水呑み場が作られているだけの、簡素な宿である。

 

「とりあえずここで陽を避けながら仮眠じゃな」

 

そう予定を口にしたハジャルを手で留めながら、マルジャーンが前に出る。

何かと誰何する間も無く他の護衛たちも前に出て、隊商をその場に留めさせた。

 

見れば隊商宿の前に何かが放置されている。

 

岩の様な突起を身に纏う山羊の様な魔物、の死体。

 

他にも小動物の死体も散乱し、異様な雰囲気の入り口である。

 

刹那、風向きが変わり腐臭が前衛に届いた。

 

「アルちゃん、風ッ」

 

口元を抑え飛び退いたマルジャーンが叫べば、少女は両手を突き出す。

 

「『はりけーんばっとー』」

 

古代語でやる気なく呟かれたそれと、裏腹に暴風が前方へと向けて吹き荒れる。

 

突風に服をはためかせながら、急ぎ来た道を幾らか戻り距離を取る集団。

牽かれながら風神は、シルバーバトンを突き立てる余裕が欲しかったと呟いた。

 

集団の斥候組は、宿場が毒の空気に包まれていると判断する。

 

やがて陽が昇りきり、昼の灼熱が忍び寄る礫砂漠で小休止する集団に、

改めてマルジャーンを乗せた相乗り偵察板神が、ふゆふゆと帰還して来た。

 

「何か丸くて白い前衛的な壺みたいなのが生えてた」

「膝丈で丸く真ん中の穴に水がたっぷり、悪魔の水瓶ね」

 

顔を抑え呻く一行の中で、何それと聞く少女に博士が応える。

 

「仙人掌の一種じゃな、毒の水を湛え周囲の空気にも撒き散らす厄介物じゃ」

 

そして死体から土を伝って栄養をとるらしいと、簡単に言う。

 

「何でそんなもんが生えてんのかな」

「さてのう、仙人掌オークでも通過したのかもしれんの」

 

微妙な間が空いた。

 

「さぼてんおーく」

 

神が聞き返す。

 

「足が生えて走り回る仙人掌じゃ、各地に仙人掌を植えて回っておる」

 

聞き間違えではなかったかと、アルフライラは頭を抱えた。

 

種族や性別の垣根を容易く越え、生体兵器にすら血を混ぜた古代オークである。

なので植物がその範疇に入らないと言う理由など、在るはずも無い。

 

「探せば大根オークとか人参オークとかも居そう」

 

末妹のやらかしに遠い目をする長姉は、遥か涅槃に視線を飛ばした。

相も変わらず製造物責任法が天敵な生き様を見せる姉妹である。

 

「とりあえずどうしよか、アルちゃんは却下で」

 

「何だろうこの負の信頼」

「宿場を消し飛ばされると困るからのう」

 

そして隊商に混ざり語り合う内にも陽は昇り、中天に至る前にどうにかと、

集団の意見が統一されたあたりで、最寄りの村からの駱駝が合流する。

 

「村の方でも焼き払おうとしているのですが、まだ薪が揃わなくて」

 

水や食料を売りに来た村人は、処理してくれるのならば有難いと語った。

 

「ウチに赤の術師が居るから焼き払えるぜ、問題は近付けない事だな」

「ならウチのアルちゃんが風向きを変えてくれるわ、きっと、たぶん」

 

護衛の開拓者が隊ごとに意見を出し、擦り合わせた所で板に視線が集まる。

 

少女は無言で板から装飾の少ない銀色の杖と黒い外套を取り出し、

どこぞの黄金髑髏を彷彿とさせる様な形にそれらを身に纏った。

 

杖を地面に刺し、外套の端を握り片手を胸に、片手を天に。

次いで両腕を空に伸ばし、口を開きながら身体の前で交差させた。

 

「改めて『はりけーんばっとー』」

 

言うまでも無いが、全ての動作に特に意味は無い。

 

かくして追い風に包まれ宿場に歩み寄る法術師と板の神。

硬い表情の壮年の男性と、無駄に呑気な大神の少女。

 

辿り着けば正門の内側、壁に沿う影の中にそれが在った。

 

白く丸く、中央にくぼみが在り中身を抜いた饅頭の皮の様な形状の植物。

中央のくぼみには透明な液体が湛えられていて、水瓶の様にも見える。

 

「では、燃やします」

「よきにはからえー」

 

創世神の見守る中、人間の法術師はその手の杖を高く掲げた。

 

アルフアイが観察した所、それは魔素に対する伝導率の高い触媒で在り、

肉体の中に混ざる感応力の高い細胞が一時的に活性して、世界に繋がる。

 

―― ああ、杖の様な触媒はアンテナ代わりか

 

観察者が得た見識は、口に出せば邪魔になるだろうと心の中に留められた。

 

「赤の信徒ヘアムが願い奉る」

 

赤の権能を借り受ける祝詞、魔素のネットワークに対する申請でも在る。

謳われるそれが進むにつれ周囲の気温は上がり、術者は額に汗を浮かべる。

 

時間は流れ、対象の温度は上がり続け持ち上げた杖の震えは大きくなる。

 

「最近、何故か帝国でも他国と同じ様に消耗が激しいんですよね」

 

発火点に近付く中、魂魄を世界に接続したままで震えつつ術者が零した。

そう言われてようやく、アルフライラは思い出した。

 

そう言えば帝国内の大神権能制限したんだったと。

 

「許可する」

 

アルフライラが一言を告げた途端、毒仙人掌が燃え上がり炭へと変じた。

 

一瞬固まった術師は、ぎりぎりぎりと錻力の人形が如く音を立て首を回し、

自らの背後で板に乗る神へと視線をやれば、誤魔化し全開モードの笑顔。

 

次いで、いつの間にか板の上に乗っていたマルジャーンが気配を見せ、

近場に在る神の後頭部を景気良くスパンと叩き、乾いた音が響いた。

 

やがて事が終わったかと他の面々、集団も隊商宿場へと近付き、

屋根の下に駱駝や荷物を降ろし、雑多に動く中で全てが有耶無耶になる。

 

【挿絵表示】

 

建物の中、大広間とでも言うべき空間に幾つもの絨毯が敷かれ、

絨毯ごとにそれぞれの集団が纏まって影の中で休息へと入った。

 

集団が個別に分かれる程度の広さは在る、もう少し大きい宿場ならば

区切りの柵でも在るものだが、ペル・ジャマルはそこまででは無い。

 

「まあ何じゃ、そろそろイルドラードも近付いてきたの」

 

毒仙人掌焼却の礼にと、村人から貰った平パンを齧りながらハジャルの言。

 

「護衛依頼を乗り継いできたから、結構時間かかったわねー」

 

まあ春先に間に合うから問題ないわねと、マルジャーンが返す。

 

サフラとアルフライラは無言でパンを食み、時折に冷水を口にする。

 

「非発酵パンなのに柔らかい、油のおかげかな」

「それも在るだろうが、今日焼いたものらしいからな」

 

近隣の村の平パンで、果実油とともに捏ねて鍋で焼く非発酵パン。

鍋にそった焦げ目がつき、薄焼きなせいも在り柔らかく食べ易かった。

 

「戦場のパンも、焼き立てはまだ食えるんだ」

 

遠い目をしながら眉根を寄せる剣士に、苦笑いでかける言葉の無い少女。

 

巷で噛めば歯を砕くと嘯かれる、長期保存の代名詞な非発酵固焼きパン、

旅や戦の糧食でありふれたそれは、意外に焼き立ては普通に柔らかい。

 

少なくとも歯で噛み千切れるほどには。

 

冷めて、時間経過と共に硬度を増して、半日、翌日、数日と過ぎれば、

いつしか食べる者の歯を砕く凶器へと変じ、呪われし鈍器と化す。

 

そんな事を話していれば影は深くなり、どこからか寝息が聞こえる。

 

ふと、3人と1柱が無言で互いの視線を絡ませた。

 

焼却作業で時間をとられた分、時間的余裕が無かったと思い出した面々は、

少しだけ慌てて平パンを水で流し込んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。