砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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04-Ex 少女と飽食

 

さほどの時間が過ぎたわけでも無いのに、何故か懐かしい。

 

礫の交易路を越え、午前の光が輝かせる日焼き煉瓦の城壁を見やる。

門の前には入りきらない隊商が拠点を作り、大小様々なテントを並べている。

 

そう言えば、イルドラードの春ははじめてだったかと気が付いた。

 

ふゆふゆと板は征く。

 

見知らぬ人の好奇の視線を過ぎ、見知った顔の笑顔に手を振り返し、

日向に倒れ伏す酔漢を作業用ハンドで日陰に転がし、ようやくに戻って来た。

 

「アルちゃん様の帰還ー」

 

お道化て言えば、ノリの良い酔っ払いたちの歓声があがる。

 

無駄に両手で伸ばしてくる手を叩き続け、アビヤドはどこって自治区だよ。

エミーラは副王都に向かったよ、そして潮が引く様に席に戻る全員。

 

「何この一糸乱れぬ見事な撤退」

「生命の危機に敏感で無いと生きていけぬからのう」

 

横から私を追い越しながら博士が酷い事を言った。

 

まあ何はともあれと賽銭箱を設置して、カウンターの定位置で一息を吐く。

久々の開拓麦しゅわーに氷を入れて、ころころと音を立て杯を回す。

 

「何か、変わらないね」

「そうでもない、今年は例年より隊商が多いぜ」

 

くぴくぴと杯を傾けて感を零せば、久々の店主がカウンター越しに発言。

何でも、獣人自治区改めペル・アビヤドに向かう人が多いらしい。

 

「そうそう、お前宛てに預かっている品々が積まれていてな」

「わあ、さては神の威光に打たれ貢ぎ物を届けにきたとかかな」

 

微笑ましく朗らかな感じに表情筋を動かして太々しい発言からの、真顔。

 

「誰から」

「安心しろ、豚人からだ」

 

言いながら店主がカウンター下から、手で持てる大きさの樽を積み上げる。

何か気が付けば有力なスポンサーと化しているな、豚人王一派。

 

樽に可愛く焼き印されている豚さんマークが実に先史時代のセンス。

 

「向こうでなくコッチにまで贈っておくとわすきがない」

「いや本当に、何やったらここまで手厚く敬われるんだよ」

 

疑問を聞き流し蓋をとってみれば、塩と潮。

 

詰め込まれた塩の中に、腸の抜かれた魚が海の香りを漂わせていた。

 

「春告の、軍団魚の塩樽だな」

 

両手で持ったら少しはみ出る大きさの塩漬け魚は、背は青黒色で、腹は銀。

 

つか鰊だねコレ。

 

「軍団魚か、春先に島の様に集まり、漁師がその上に立てるほどと聞くの」

「北の漁師が、旗を立ててみたら倒れず結構長持ちしたとか言ってたわね」

 

杯片手に瞳孔が肴一色と化した面々が樽の中身を覗き込む。

左右から、容赦なく、距離を詰めて、つぶれれれれ。

 

そして首根っこを掴まれ、開拓者型プレス機から引きずり出される私。

 

「豚人の塩樽は良いと聞くな、陸でなく船上で樽に詰めるかららしい」

 

いつもの剣士さんの瞳は、しかし珍しく苦労よりも好奇の輝きが勝っていて。

 

さては好物なのかな。

 

「樽の塩漬けかあ、ちょっと触った事無いなあ」

 

調理工程がいまいち思いつかない、とりあえず塩抜きするのだろうかと悩めば、

1尾を取り出した博士が、受け取った木の板の上で雑にぶつ切りにする。

 

「何、焼いて良し煮込んで良し、パンに挟むも袋焼きにするも思いのままよ」

 

そしてぶつ切りにした身を、一切れ口に放り込んで麦酒で流し込んだ。

そのまま目を瞑り、笑顔を固定したまで頭を振り、震える唇で言葉を紡ぐ。

 

「当然、生でもイケるのじゃ」

 

そこからさらに麦酒、そこへ横から嫋やかな手が伸びる。

 

カウンターで切り身を奪い合いはじめた酔っ払いたちをスルーしつつ。

 

鰊か、生前の記憶の中で言えば甘露煮ぐらいしか思いつかない魚だけど、

そう言えば日本は数の子目当てで獲るから、他国と違って鰊が不味いとか。

 

鰊目当てで獲る国だったら美味しい魚だとか、1万年前に聞いた覚えが。

 

作業用ハンドで尻尾を持ち、目の前にぶらりと垂らしてみる。

 

齧るのか、それともこのまま焼いてパンに挟むか、塩抜きして煮込むか、

いっそパイにでも入れるべきか、私これ嫌いなのよねやかましい。

 

とりあえず後ろで視線が魚に固定されている剣士さんにパス。

 

見ていれば顔を上に向け口を開き、頭から一気に行った。

 

そのままカウンターに歩み寄り麦酒を受け取り、飲み干して杯を叩きつける。

ひたすらの無言、俯いたまま目を閉じて、ぷるぷると震えている。

 

「凄い魚だと言う事はわかった」

 

酔っ払いが正気を無くす程度には。

 

「まあ比較的安価で、長期保存できる庶民の味方だな」

「そんな言葉では擁護しきれない醜態が目の前に在るのだけど」

 

場を取り繕う店主の言葉に、ジト目で返す私。

 

そして目の前に、ほれと軽く焙った半身の皿が渡された。

 

「脂がのっていて普通に美味しい」

「塩、脂、魚と揃っていれば目の色も変わるってもんだ」

 

卵を持たない出し殻では無い鰊は、かくも芳醇な身を持っていたのか。

塩辛さでも消しきれない、魚の美味しさが口の中に広がっている。

 

「これは甘露煮には勿体ないな」

「なんかまた聞き逃せない料理名が零れ落ちたな」

 

笑い乍らどうすると聞かれたので、まあ幾つかは好きに使ってと返す。

鰊を食べ終えた後の余りまくった塩で、潮汁みたいなのも作れるらしい。

 

「しばらく賄いが豪華になるな」

 

酒場に聞こえる様にした店主の発言に応え、酔っ払いたちの歓声が響く。

 

「まあ他には、お前を訪ねてきた輩が幾人か居たぐらいか」

「商人さんや、あとは吟遊詩人あたりかな」

 

まさしくだなと返り、詩人はジャマール・シャムスと名乗っていたと続く。

最短でペル・アビヤドに向かったらしいので、綺麗に入れ違いに成った様だ。

 

「輝ける美って、随分な名前だなあ」

「美人ではあったな」

 

そしてそうそう、弦楽器の弾き方がお前に似ていたと補足。

 

「入れ違いになった時は、悠久の旋律とだけ伝えてくれと言っていたな」

 

聞いて、想像とは違った別件の吟遊詩人だったかと気が付く。

 

無言。

 

天井を見る。

 

まあ何かな。

 

壁を見る。

 

眉間を抑えて頭を振る。

 

あのやろお。

 

「ええと、何かな、つまり」

 

神代、寝物語に語った様々な物語を思い起こさせられる。

 

エターナルメロディ(悠久の旋律)ロクサーヌ(輝ける美)なコスプレした阿呆が居たとな。

しかも緑髪の長耳族、ひとの事言えないけど何やってんのアフダル。

 

「いや、うん、何でもない」

 

予想外の角度からプレイヤーが参戦だ、みたいな衝撃に思考が纏まらない。

 

ひとまず遠く、涅槃を眺めた。

 

次いで身近、目の前には焙った鰊。

 

よし、とりあえず食べて呑もう。

何かもう皆吞んでるし、食べてるし。

 

そして飽食の限り、そんな感じの陽除けの宿場だったとか。

 

 

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