副王都より出立した姫神の一行は、数多の馬車や駱駝を連ね大所帯と成っていた。
元よりの姫神勢力の他、前副王サバルジャドよりの寄進、護衛などが連なり、
楽団、詩人、商人、護衛を雇う金の無い旅行者などが後続に続く大行列。
国境線を目指すそれらは須らく姫神のためと言うわけでも無く、副王都より近隣、
目的地に至るまでの外交と交易も兼ねた集団であり、言わば大神は飾りである。
飾りならば飾りらしくと、かのサバルジャドが姫神を後援すと大々的に知らしめ、
故に旅路の狭間に延々と宴席を連ね、その度に何某かの寄進で勢力が膨れ上がる。
この状況を端的に表すのならば、そう。
足が遅い。
そんな大勢がゆるりとした道中の中心で、エミーラは玉座に倒れ伏していた。
「め、めんどうくさすぎなのですわああぁぁ……」
物、金、人と積み上がり続けるエミーラ軍の代償として、お飾りの仕事は増える。
各地宴席にて人面獣心の輩と交流を深め続ける犠牲神の精神は、もう限界であった。
「今更ですがああぁぁ、お姉さま逃げやがりましたわねええぇぇ」
ごく自然と別行動を選んだ長女の真意に、ようやく到達した妹の恨み節。
この恨み晴らさで置くべきかと、何かに覚醒しようとしている新たな邪神の横で、
今更気付いたんですかと遠い目をする二十面相、そして黒子衆。
「いつかここぞと言う所で、裏切るなり何なりで高笑いをしてやりますわああぁ」
恨みの拳が突き上げられた空は、既に蒼く晴れわたっていた。
そして遠く同じ空の下、イルドラードへと帰還した怨敵神は荷物を抱えている。
手隙の開拓者たちと一緒に近隣の村からの依頼を受け、ついでに水回りを整え、
既定の依頼料以外に感謝と信仰と賽銭と奉納を受け、戻って来たところである。
いつもの面々は宿場での水溜め期間故に、不参加であった。
陽除けにはまだ少し早い頃合、新たに到着した隊商の者に混ざり酒場に入り、
借り受けた大き目の器に拳大の氷を幾つか、それと清水を生成し揺蕩わせた。
そこへ放り込まれるのは茎の付いた小さな赤い果実、件の奉納品である。
先史極東では桜桃とも呼ばれていた、本来はそれは実の成る樹木の名であったが、
生産、次いで流通の場で果実も桜桃と呼ぶ様に至り、そのまま定着した由来が在る。
嫋やかな指先で弄ぶ様に、果実と共に水に浮かぶ氷塊を転がしている内、
昼の飲茶と見せかけた、飲食呑龍自堕落行為を企むマルジャーンが訪れた。
少女に近いカウンター席に座り、勧められるままに果実を口に放り込む。
「これには新式の方の麦酒ね」
種を吐きながら流れる様に酒を頼みつつ、氷を額に当てて熱を醒ました。
「ひぁ冷たぁッ」
などと呻き声をあげながら、次いで首元などにもあてて散々に血流を冷やし、
衣服がそれなりに塗れそぼった頃合に、小さくなった氷を口に放り込んだ。
「んで、どうしたのこれ」
「間引きついでに井戸を掃除したら捧げられたー」
そして白濁した新式麦酒を口にしながら、神へと問いかけた人へ返る簡単な神託。
「もうカラズの季節なのねー」
言いながら甘味の中に爽やかな酸味の隠れる果実を二つ三つと口に放り込む。
板神の方も冷えた実を口にしながら、頼んだ古式麦酒に氷を放り込んだ。
「あれ、酸味を合わせるより苦みを並べる派だったかしら」
「と言うより、水気が強い方が好みだからかな」
新式麦酒は乳酸菌発酵させている分、とろみが強い気がすると語る。
ならば古式麦酒に氷でも放り込んで、冷やしつつ水で薄めた方が良いかと。
「いやあんたら、そこで茶じゃなくて酒を頼むのはどうなのよ」
呆れた声色で嗜めたのは、馴染みの女性相互扶助団体頭首。
薦められるままに果実を口にし、冷えてると酸味が際立つわと頬を綻ばせ、
そのまま日焼けした肌に気取った表情を乗せて、私は薄荷茶かしらと口にした。
対してぴこんと、アルフライラは要らない事を思い付いた表情を見せる。
「犬狼のお嫁さんになった彼女、幸せそうだったよ」
「ド畜生ッ、店主、古式の濃い所を割り材無しでッ」
途端に気取り顔を豹変させ獅子吼する、哀れな獣。
ハイタッチしながらお仲間が増えた事を喜ぶ駄目人間と邪神の横で、
涙目で恨み言を零しながら、杯と共にカウンターに突っ伏す独身没落貴族令嬢。
そんな頭首の有様に、近くの席で相互扶助の面々が茶を舐めながら苦笑を零した。
「アル姐さん、何か周囲の女怪どもから悪い影響受けてね」
それはそれとして件のアイツは爆発しろと、前衛頭。
「いやあ、元から結構あんな感じだったでしょ」
それはそれとして件のアイツは爆発しろと、斥候頭。
見事に男を捕獲し団体から一抜けして、幸せな家庭を作った元同僚への祝福が、
怨嗟の衣をまとって悶々と席に溜まり瘴気を漂わせはじめている。
「獣人になるけどペル・アビヤドに来たら何人か紹介できるって」
「素晴らしきは仲間の絆だなッ」
「私は信じていたわッ、彼女は決して裏切らないって」
次いでの言葉に突っ伏していた党首が、肉食獣の瞳を輝かせ真顔で神を振り仰ぎ、
並び全ての憂いが晴らされた笑顔の集団の圧が、創世神に冷や汗を流させた。
切実さが怖いと遠い目で人間への恐怖を語る、確実に選ぶ側の超絶美少女神に、
ナチュラル上から目線があと、魂を燃え盛らせ伸ばされる反逆の手。
板の周りに亡者は集い伸ばされた腕が絡み合い、この髪がこの肌がと撫でまわし、
頭を撫で、頬をぷにぷにと押し、髪を三つ編みにして、やがて席へと戻っていく。
後には供物と化した神が、三つ編みを飾り紐で括られ板上に倒れ伏していた。
「いや何の騒ぎじゃ」
気が付けば訪れた男衆が、呆れた顔のまま有様を眺め口を開き、
伏した大神の薦める果実を受けつつ、カウンターに座りながら薄荷茶を頼む。
「果実が在るとは、嬉しいものよの」
「これだけ酒が連なる中で、茶を頼める面の皮の厚さは流石よね」
呆れを返したマルジャーンの言葉に、さてのうと笑顔のまま杯を舐めるハジャルと、
そっと目を逸らし心の距離をとろうとするサフラの姿。
「そう言えばアルよ、倉庫に贈られておった麦袋が激減しておったのじゃが」
「ああ、それなら必要分以外はエミーラの方に回して貰ったー」
豚人勢力からの貢ぎ物攻勢の中に、大量の麦が在り倉庫を圧迫していたところ、
そこまでの量は要らないから余剰分は妹にと伝え、送り返したと語る。
「厄介事が収束していっておるのう」
しみじみと頷きながら薄荷を楽しむ元害悪外交官が感を漏らせば、
妹が働け私はダレると、板の上で伸びている邪神の神託。
そして放置すれば邪悪な方向に一直線と、気付いてしまった剣士が眉間に皴を作り、
三つ編み神の首根っこを掴んで普通に座らせるところから修正が開始される。
さして意味も無い思惑が交錯する酒場で、溶けかけた氷がからりと鳴った。