国境を目指すアルフライラたちの旅程は、幾らかの変更を余儀無くされていた。
岩の上から眼下に広がる砂砂漠を臨む、道連れの隊商たちと共に。
道中に横断する砂砂漠に季節の風と雨、それと運が幾らか足りなかったせいか、
砂に隠されていた断崖が表に出ており、予定通りの路を進めなく成っていた。
砂砂漠を構成する砂は大地の成れの果てであり、極めて細かく軽い。
理由は単純で在り、風に乗って飛ばされるからだ。
風に乗るほどの軽く小さな砂が、風に飛ばされあらゆる物の上に降り積もる。
それを気の遠くなるほどの年月で繰り返し続けた結果が、砂砂漠である。
なので風が吹けば風紋を描き、日々に容易く砂丘の形を変える。
風向き次第で砂の形は千変し、何某かに積もり緩やかな砂山と成る事も在れば、
砂下に隠されていた断崖を残し何処かへ飛ばされていく事も在る。
南部砂漠の幻の断崖。
交易路の最中に時折表に出る高さの在る岩肌は、そんな名前で呼ばれていた。
場所に因っては人は降りられるだろう、板ならば断崖ですら何の問題も無い。
しかし駱駝が降りられなければ、隊商が進む事は出来ない。
仕方無しと迂回して、最寄りの隊商宿で護衛依頼の契約が終わる。
無料の大部屋と、食と酒を有料で提供している程度の小規模な隊商宿。
石造りの広間のそこかしこに絨毯が敷かれ、人が分かれている。
幾つかの銅貨と引き換えに、開拓者麦酒と粥が人数分用意された。
「あ、短いお米だ」
「西から流れて来ておる品が増えたそうでな」
粥と言う割に使われる水はやや少な目で、ペースト状をしている。
地域によっては乳も入れて煮込むが、宿場の粥には使われていなかった。
「とてもわかりやすいあじ、短いお米ってどこで作られているのかな」
「まあ乳も入っておらんからの、西方の大河周辺や極東あたりが有名じゃな」
そのまま別の隊商と契約し交易路を渡るかの段で、ハジャルが難色を示した。
現在地からイルカサルアルクを目指す場合、間に長城と呼ばれる遺跡が在る。
ただひたすらに長い城壁が残るだけの古代遺跡ではあるが、高さが在る。
都合良く砂が積もっていれば越えられる事も在るが、基本、隊商は避ける。
なのでさらに迂回していけば、道中に従属国の国境を越えてしまうと。
「と言うわけで長城の反対側、砂側を突っ切る路程にしておくべきじゃな」
ハジャルの語った言葉にアルフライラが首を捻れば、マルジャーンが応えた。
「平野側のあのあたりは、女の価値が低いのよ」
男性の財産扱いで、外から来た者も軽く見られがちだと。
「まあ私だけなら、笑顔で近付いてコキュッとすれば済む話なんだけど」
「コキュッって何ッ」
静かな笑顔で疑問を流した人間兵器は、眉根を寄せて言葉を繋げた。
「ただ、そんなとこにアルちゃんを放り込むとなるとねえ」
「穏やかな方向で済んだとしても、軽く争奪戦じゃな」
有力者が欲しがる人型の装飾品としては、間違いなく最高級品である。
「豚人を筆頭に各獣人、及び神国の反応は考えたくもないのう」
「何よりもまず猫系獣人が殴り込むだろうな、獣神を先頭に」
問題は、呪いの人形が如くに曰くが目白押しなところであろうか。
「お高くつく女ね、アルちゃん」
「うわあ嬉しくない」
ならば長城遺跡から砂砂漠を横断して、最寄りの宿場を目指すかと纏まった所、
話が途切れるのを待っていたかの風で、老いた熊獣人が声を掛けた。
黒い熊耳の付いた人であり、老境に在りながらなお若干に毛深い様相。
「偽りの大神ご一行様とお見受けします」
何か定着してると驚く神に、吟遊詩人が謳っておりましたと答える老人。
先を促せば語り始めた獣人の声を、ただ静かに聞いている少女が居る。
黒の神国に住む獣人種族、国から人とは認められていない彼らの事を。
「元々は辺境で畑を作り、たまに来る役人に居住の税を払うぐらいでしたが」
認められてないと言われても何かをされているわけでも無く、
放浪していた獣人種族が神国辺境に住み着き、放置されていたと。
「ただ、世代も移り変わり昨今は事情が変わりましてな」
近年、特に今年は頻繁に国の兵が押し寄せ、略奪を繰り返していると。
「現在の神国は、食糧が不足しがちじゃろうからなあ」
「エミーラも本当に良い時期に ――」
ハジャルの相槌に、頷きながらアルフライラが言葉を繋げれば途切れ。
「いや想定通りか、意識はしていないのだろうけど」
ぼそりと、真顔で呟く。
それきりに生まれた静寂に、ああごめんと改め続きを促す少女。
そして語られる内容は、そろそろ限界なので自分たちの歴史を閉じたいとの言。
「既に女子供や若者は、獣神の元を目指しております」
「エミーラ勢力に合流するって手もあるんじゃないかな」
女神の問い掛けに、静かに首を振る老熊人。
「かのお方の下ならば、きっと我らも無碍には扱われないのでしょう」
想いが座った瞳で、内心の吐露を続ける。
黒の獣人たちの未来は獣神の下に在り、既に黒の神国には存在しない。
ただ、既に老いた自分たちはその未来に席を得る気が無いだけなのだと。
「何もかもを捨て去るとしても、それでも我らにとってそこは父祖が眠る土地」
例え人と扱われずとも、自分たちは確かにここで生きていたのだ。
仇花にも成れず散り果てるとしても、老人たちは故郷に殉じようと望んだ。
「老いたりとは言え、槍が持てる程度には動ける黒の獣人百余名」
故にと、望外の幸運、黒の王でも無く、黒き姫でも無い。
「どうか我らに、死に場所を与えていただきたい」
関りが無いからこそ、千の夜に余命を捧げたいと。
「皆、死ねと」
女神の言葉に。
「死なせてください」
人の即答。
空気は温度の変わらぬままに凍結したかの如くに固まり、
僅かの静寂、そして軽く息を吐いてからアルフライラは宣言した。
「わかった、君たちの生命全て使い潰させてもらう」
手を床につき、深く頭を下げる獣人に視線も投げず、
女神は中空を眺めながら小さく呟いた。
「そうか、エミーラが望む未来はそこだったのか」
横では聞き流していたサフラとマルジャーンが、麦酒を重ねていた。