砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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04-06 水晶の砂漠

 

陽を遮る、陣幕の薄闇に大神の言葉が響いた。

 

「麦が、足りませんわね」

 

神国と帝国の国境手前に建てられた兵舎は、とても臨時の物とは思えず、

石造りの宿舎に様々な場、大浴場まで設置された大掛かりな物であった。

 

属国王の下、領主が将と成り詰めている開戦間近の戦陣にて、

幾つかの陣幕を張り居候しているエミーラ勢力、その対話の場である。

 

糧食の問題かと領主が問えば、自軍の分は確保されていると二十面相。

 

「黒の神国ですわ、飢餓と言うほどでもありませんが」

 

黒の神国は北方に肥大した神国であり、食料自給率に乏しい面が在る。

常ならば青の神国から麦を買っていたのだが、今年は価格が跳ね上がっていた。

 

とは言え、心許ないにしても今日明日に飢餓に陥ると言うほどの問題ではない。

冬季の戦備えで浪費した糧食を補填し、その上で国民が飢えるほどでもなかった。

 

そう、「国民」は飢えていない。

 

「獣人たちが猫姉様の下を目指して土地を捨てていっていますし」

 

余剰食糧でも在れば引き込めますのにと、残念そうに発言を締めれば、

聞いていた壮年の領主は、顎髭を撫でながら面白そうな顔をしている。

 

無言のままに、視線が交錯する。

 

「在りませんの」

「流石にな、そこまで用意はできなんだ」

 

白々しい笑顔のままで会話が交わる。

 

―― やはり、神国の麦が足りなくなる事を識っていやがりましたわね

 

用意はできなかったと嘯く者、黒に属する大神として何某かの譲歩をすれば、

無理をして用意をしたと言う設定の麦が出てくるかもしれない。

 

エミーラは黙考する。

 

帝国の進軍目標は海岸線、港湾都市。

 

そこを渡すのは良い、元よりの係争地。

他にも不凍港は確保されているし、そもそもの話。

 

黒の神国は権能で確保した世界の広大さに対し、内面が釣り合っていない。

人間至上主義を通していたために人口増加が緩やかだったせいも在る。

 

多少のスリム化を果たせば、後の国の立て直しも幾らか容易に成るだろう。

 

だが、必要以上に切り取られるのは禍根が残り過ぎる。

 

そして神国を、そして帝国を出し抜くためにも戦場は限定しておきたい。

 

そのためには可及的速やかに港を陥とし、神国軍を引き付ける必要が在る。

獣人の協力が在れば、戦場予定地までの進軍も速やかに行えるだろう。

 

帝国を騙すためにも、現地の手足の有無は大きい。

 

だから麦が欲しい、出来れば紐付きではない物、だがしかし。

 

思考が堂々巡りに至った時に、来客が在ったと陣幕へ兵士が告げに来た。

 

軍議よりも前の勢力すり合わせ、軽めの対談をひとまず打ち切って、

姫神と領主が供を連れて陣幕を出て、広場へと足を向けた。

 

軽く砂の混ざる広場には幾つかの馬車、物見の兵士と並べられた革袋。

 

そして膝を折り、両の掌を前に組み礼を見せる豚人が居た。

 

「まずはこの場に麦袋80をエミーラ様に、お受け取りください」

 

突然の申し出に聞かされた側が固まる中、豚人の言葉は続く。

他に馬車2台分、そして後に2陣3陣と麦の輸送が行われる予定だと。

 

「え、ええと、何でいきなりそうなったのですの」

「アルフライラ様のご差配であります」

 

勢力の責任者たちが、皆一様に凍り付いた。

 

「か、かの神は、千里の瞳でも持っておる、のか」

 

呆け、引き攣った表情で思惑を覆された領主が無意に心の中を零す。

 

偽りの大神、それは青の女神に知恵を授けた賢神、夏に砂漠で狂える大神を討ち、

冬に獣神と国軍を一掃し、今まさに、千里の果てより戦場を見通した大軍神。

 

とてもではないが、理解の外に在る。

 

朗らかな春の日差しの中、関係者の背筋は氷よりも凍えていた。

 

静寂はやがてざわめきを呼び、積み重なり続ける麦袋の質量は心を殴りつける。

 

そんな冷気に満ちた空間より遥か、噂の板神は熱砂の上で遊んでいた。

 

極限にまで研ぎ澄まされ完成されたイメージが、板の上に腕を操る空間の先、

そこには何も存在しないはずなのに、だがしかし、確かに見えている。

 

「アルの腕の先に、家猫族の幻が見えるのう」

「ついに想像を具現化するまで、欠乏症が進行したのね」

 

謎の絶技に、ハジャルとマルジャーンが呆れ半分の声を漏らした。

 

などと板が浮遊しながら暇潰しに、無駄に熟達した神域の魔技を披露する中、

ようやくに辿っていた城壁遺跡、長城の砂砂漠側の果てに辿り着く。

 

長く続く城壁を、越える手段ならば幾つか持っている一行ではある。

 

しかしそれは新しい行路を拓くと言うリスクと抱き合わせであり、

わざわざそこまでしなくてもと、無難な道行を選んだ道中の区切りであった。

 

途切れた城壁遺跡の果てに、道標の石柱が建てられている。

 

「この砂漠側の柱の方角に進めばオアシス、横のは砂漠横断で隊商宿じゃな」

 

さて横断じゃと改めて宣言し、城壁の果てを越えて砂を進む3人と1柱。

 

昼は陽除けで仮眠をとり、深夜は凍り付く中で火を焚いて眠る。

数日を掛け、陽が昇る前に歩き、陽が沈む後も月の下に歩んだ。

 

やがて足元の砂の輝度は増し、段々と白に近付いて行く。

 

「水晶の砂漠じゃな、ここを越えれば交易路じゃ」

 

言われてアルフライラが改めて眺めれば、限りなく白に近い砂。

 

【挿絵表示】

 

そこかしこに鮮やかな色合いの水溜まりが在り、幻想的な光景を形作っている。

 

よく見ればほんのり黄色い様な気がしなくも無い砂だが、光を受ける面は白い。

アルフライラが砂の成分がほぼ完全に石英と判断したところに、博士の声。

 

「元は水晶で出来た土地じゃったと神話に在るのう」

 

そして思い出した。

 

「そう言えば大地を作っている最中、エミーラが地平線まで水晶板にした事が」

 

眉根を揉みながら遠い記憶を思い返す創世神。

 

「神話が事実じゃったか、して、その水晶がこれなのかの」

「ちょっと場所はわからないけど、大地の圧力に負けて即座に割れてたから」

 

とは言えここまで粉々になるほどでは無かったと続き。

 

「神代あたりで、砂に成るまで砕ける何かがあったとかなのかも」

 

確認の難しい結論に至る中、水も在るし昼の陽除けに入ろうと、

適当に平面に近い砂場を選んで棒と布で簡素なテントを作り始めた。

 

「ここの水場は湧き水なのかな」

 

「雨季は地下の水位が上がるからのう、下から染み出してくるのじゃ」

「あとは雨水ね、直飲みは駄目よ」

 

会話の横でサフラは穴を掘り、砂に濁った湧き水を作り出す。

小半時もすれば砂も沈殿し、透明な水と成るだろう。

 

「飲むならこっちだな」

 

雨季の間は地下の水位が染み出すほどに高くなっているため、

そこらへんを適当に掘っただけで水が湧いてくる砂地と化していた。

 

「まあ溜まっている水も飲めない事は無いが」

「サフラ以外は腹を下すからやめておこうの」

 

とは言え水浴び程度ならば大丈夫と言う言葉に、興味の顔の神は板から降り、

白い石英の砂地に足を乗せて水場に向けば、それはもう綺麗に転げ落ちた。

 

質量分の衝撃で水飛沫が上がり、間抜けの音が響く。

 

「アルちゃんはもう」

 

言いながら傾斜に踏み出したマルジャーンも、砂に足をとられる。

 

「って、あらッ」

 

身体のバランスをとり踏み出した足も砂に滑り、身体は傾く。

 

「あららららららららあッ」

 

そして伸身に捻りを入れた、芸術点の高そうな滑落が水飛沫と化した。

 

【挿絵表示】

 

踏み込みの効かない石英の砂の傾斜は、見た目よりも強く傾いていたらしい。

 

呆れ顔で、ぷかりと浮かぶ2体の土座衛門に近い岸辺の傾斜に対し、

サフラとハジャルは尻を砂に乗せ、手足で制御しながら滑り落ちて行く。

 

土座衛門たちを引き上げ、板に乗せ、ふゆふゆと斜面を登るそれを、

追いかける様に四つん這いで両手足を砂に埋め乍ら登る男衆。

 

視界の先の青空はどこまでも深く。

 

やがて日光に消毒された間抜けが渇く頃、日陰に香ばしい香りが漂った。

小荳蔲の清涼感が在る淡く甘い香りが珈琲に乗り、場を染めている。

 

珈琲(カフワ)、炒った珈琲豆と小荳蔲(カルダモン)の鞘を砕き煮出した物である。

 

「外に住む者は、こうして小荳蔲の鞘と挽いて煮出すそうじゃ」

「悪くないな」

 

ゆったりと陰に休む二名の横で、板の上で日光に裏表と乾かされた雑巾組は、

横たわったままうつ伏せで、顔と腕だけ板から出して珈琲を啜る。

 

「そう言えばアルちゃん、板上なら一瞬で乾くんじゃない」

「日光の殺菌能力を無碍にするのも勿体無いしー」

 

時々、自分を布団か何かと間違えている神であった。

 

次いで、軽く焙った平パンを齧る。

 

「そう言えばアルや、エミーラ神に麦を贈ったのに理由は在るのかの」

「んー、必要になりそうだったし」

 

平パンを見て暇潰しにと、他愛無い問いをした博士に適当な返答の女神。

 

「まあ、糧食はいくら在っても困りはせんがのう」

「それと、帝国って今年は黒の神国に対して軽く餓え殺しかけてたでしょ」

 

気軽な声色の返答に、真顔になったハジャルは思考に入る。

どこにそんな兆候が、いや麦ならばと思い至り、静かに言葉を紡いだ。

 

「青の硝子か」

「たぶん、嫁入りの引き出物名目で盛大に輸入していたよね」

 

意味の分からぬ顔の聴衆に、ハジャルが頭を振って軽く解説した。

 

「硝子を割らぬための緩衝材じゃ、大量の麦藁が帝国に流れ込んでおる」

 

一緒に麦を買えば、わざわざ穂を外す手間も無い、故に。

おそらく昨年から青の神国で麦は高騰し、黒の神国の輸入量は減っただろうと。

 

「無くなるほどキツイものでは無いけれど、国家規模で乏しくはなるよね」

「辺境の獣人からの略奪が頻発する程度にはの」

 

溜息交じりの会話に、聞かされる側は眉根を抑えている。

 

大神の動向とは無関係に、帝国は今年に神国の領土を切り取る予定だったのだ。

 

「道理で、エミーラ神に都合よく後援者が増えたのは怪しかったが」

「攻める予定だったところに、都合よく姫の大神が乗っかったって感じかな」

 

だからまあ、エミーラ個神の手札が増えるのは良い事だろうと板神は続け。

ほのぼのとした空気を醸し出しながら、気楽な声色で一言を告げる。

 

「あの娘が帝国を出し抜くためにも」

 

妹の性格を熟知していた姉の言葉が、石英の砂の上に響いた。

 

 




陽除けで寝転がっている時の視界

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