旭光が東雲を天に描き、城壁から夜の色が取り除かれゆく。
未だ気温の上がらぬ早朝に、隊商が列を成し宿場へと入ってきた。
隊商は基本、夜間に移動をするので早朝と夕刻に出入りは多い。
割符を持つ商人が事務の手続きに向かい、人足が駱駝から荷物を降ろす。
商人、護衛、同行の様々な者は手が空き次第に続々と飯場へ足を運んだ。
一般に、隊商宿場は正規の隊商に関しては無料で開放されている。
正確には費用は国、現場的にはその地の統治者が負担する形になる。
そのため開拓者の拠点として設置されている宿場と言えど、
春と秋には交易路の一角として隊商が列を成す光景を見せる。
その内訳は家門の者、及び雇いの護衛や人足、臨時で雇われた開拓者、
そしてコネか金を活かして同行を勝ち取った小規模な商人などになる。
そんな商人が連れ合いと二人、酒場へと入ってくる。
未だ薄明の室内で、日と砂避けのローブを外して一息をつく風情。
若い男女、商人然とした衣服の若者に、快活そうな瞳の赤毛を括った少女。
浅く日に焼けた琥珀色の肌に、露出と透過の多い煽情的な衣服を身に纏っている。
そして朝食をとっていたカウンター席のアルフライラの目の前で、ぶるんと揺れた。
それが何かはともかく、何とはなしに白い少女は自らの胸板に手をあて、
そのまま自らが座り込む浮遊板を撫で、一つ頷いて横の剣士に向かい言う。
「でっかい」
「コッチを向いて言うな」
互いの目のハイライトは消えているが、消えた理由はおそらく違うのであろう。
それはそれ、とりあえずは満足したのか、ただそれだけで朝食を再開させる二名。
もきゅもきゅと口に運んでいるのは日本式水餃子イルドラード風。
先日、板の上でゴロ寝していた古代神が店主にレシピ提供したものである。
何の肉のどの部位を使っているのか見た目でわからない挽き肉を、
刻んだ香草と一緒に中に何が入っているかわからない感じで皮に包む料理。
家族や店の主、作り手に信用がないと誰も口にしない駄目料理なのは明白であり、
幸いにも諦め半分で口にした開拓者からは好評で、最近の賄いに定着している。
そんな姿を視界に入れながら、商人と連れは固まっていた。
言葉を聞いて苦笑したまま振り向いて、目に映ったのはまず浮いている板である。
その上に座って何か怪し気な汁物を食べている異様に白く美しい少女。
薄暗く良く見えないはずなのに、何故かそれが美しい少女な事だけは理解できる。
「怪談かな」
「怪談だな」
口から出てくる言葉は間抜けではあったが。
「機巧の技に縁在る神族の方ですか」
「言われてみればそんな感じかもー」
気を取り直した商人が、互いに目を向けた縁と語りかけてくれば、
少し考えた風の少女神は言葉を返した後に、そっと板から賽銭箱を取り出した。
互いの間に、無言のプレッシャーが満ちる。
何やら視線の応酬を交わす神と商人の横、赤毛の少女がそっと銅片を入れた。
相対していた互いの間に落ちていく銅片に視線が集まり、箱の底で音を立てる。
無言の神は無言のまま板から片手ベルを取り出し、鳴らした、栄えあれ。
「初回さーびす」
「喜捨をして即ご利益があったのは初めてだわ」
賽銭箱の後ろから参拝客に対して氷で作られた杯が手渡されれば、
すかさず店主が飲料の種類と価格を伝えてくる、慣れた対応である。
「やはり賽銭箱を置いたら誰か入れてくれると思った私は正しかった」
「何で時折斜め上な方向で小銭稼ぎをするんだ」
神が少し得意気な雰囲気で剣士に言えば問われ、首を少し傾げ考える。
「趣味かな」
神らしき傲慢な物言いであった。
そしてそんな即座に現世利益を齎す神の在り様を目の当たりにした商人は、
懐から銅貨を取り出し、賽銭を入れようとして止まり、少し考えて口を開いた。
「そう言えば、機巧の神ならばお聞きしたい事が在るのですが」
「機巧かどうかはともかく、何かなー」
焦らしおるなどと言いながら問いを返した神の前で、
参拝客予定は降ろした背負子の中から二つの板状の金属を取り出す。
蜂の巣の様に、六角形が連なる形に成っている金属製の格子。
そして、その六角形にピタリとはまる突起が並んだ金属製の板。
道中で開拓者から買い取った古代遺跡から拾ってきた遺物と語り、
それはそれとして何に使う物なのだかさっぱりわからないと言う。
「こう、綺麗に合うので組み合わせの何かだとは思うのですが」
「あ、珍しい、そんなもん使ってた文明が在ったんだ」
あっさりと答える。
「わかるんですかッ」
そして突然の静寂、会話を途切れさせた空間の中央に賽銭箱。
商人は銅貨を懐にしまい、それと入れ違いに精度の高い帝国銅貨をとり出した。
「神話より遥かに前の超古代、凍てついた北の地で使われた器具だね」
無言。
そっと賽銭箱に帝国銅貨が入れられる。
ちなみに貨幣価値は銅片4つで銅貨1枚、銅貨2枚で帝国銅貨1枚。
帝国銅貨12枚で帝国銀貨1枚と言った塩梅で流通している。
頷いた少女神は二つを受け取った後、板を厨房側に移動させ店主に声を掛ける。
「店主、餃子作るから種と皮に使う生地貰うよー」
「出来上がったのは寄越せよ、昼に使うから」
あいあいさーと謎の古代語が発せられ、中空で煮沸され蒸気を上げる古代遺物。
そして生地が伸ばされる、少女の細腕はいつしか半透明の構造式に覆われ、
生地の上に出現した半透明の機巧めいた両腕が綿棒を転がしている。
広い面積の生地を2枚作り、片方を六角格子の上に置いた。
「本来なら玉子を皮に練り込むけど、まあ今回はそのままでいいやー」
格子の穴にあたる部分に餃子の種を乗せ、水を塗って上から生地を被せる。
そして突起の付いた板を合わせて、ガシャコンと音を立てて押し込めば。
「これもギョウザの一種か」
「似てるけど餃子とは地域が違うかな」
六角に切り取られた、変形の餃子とも言うべき物が大量に転がっている。
「これは北方の寒い地方でつくられていた料理、ペリメニって呼ばれてた」
そして出来上がったペリメニもどきを店主に渡し、格子を再度煮沸して返す。
「つまりこれは」
「調理器具だね、纏めて作るための」
笑顔を湛えた神の目前で、商人は膝から崩れ落ちた。
使い道が限られる上に木枠でも代用できる微妙すぎる古代遺物に、
帝国銅貨1枚の価値が在ったのか、そもそも買取価格は適正だったのかと。
「べ、便利そうだし、使い道無かったらハレムのお土産とかに出来るじゃない」
奥で果実水を冷やして飲んでいた赤毛の少女が、冷や汗を流しながら
崩れ落ちた商人に慰めの言葉を積めば、聞き慣れない単語が出る。
「こないだまで副王のハレムに居たのよ」
問えばあっけらかんと答えが在った。
詰まる所、囲われ者である。
「ああ、王の難題を解いてハレムの踊り子を奪っていった商人ってアンタか」
「何か初対面の人に事情を把握されてるッ」
剣士の得心が言った気配の発言に、崩れていた商人が驚愕の叫びをあげた。
「昨日出た隊商付きの吟遊詩人が歌ってたよ」
即座の神託に、無力な人間は全身で崩れ落ちる。
「噂は砂漠を飛び回りそうねえ」
赤毛の踊り子は苦笑交じりの声を出し、朝の酒場の混沌に華を添えた。