砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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04-08 転がる役柄

 

少女の視界には、どこまでも続く草原。

 

「『愛しき草原よ草原(ぽーりゅしかぽーれ) 愛しき草原よ広大なる草原(ぽーりゅしかしろかぽーれ)』」

 

手持無沙汰に口遊むのは、たいして正確にも覚えていない適当な歌。

それは吹き寄せる風に乗り、どこまでも続く緑の平野を走り抜ける。

 

いつもの面々は森を避け、藪を避け、緑の荒野との異名が在る草原を歩んだ。

戦場に駆け付けるであろう黒の勢力に、出くわさないための選択である。

 

「ううむ、前史古代語であろうがさっぱりわからぬ」

「まあ、穏やかで良い歌よね」

 

草花を踏み、膝丈の草を時折山刀で払い、道無き道を進んでいく。

藪と言うほどでは無い、そもそも原生林の藪は人力でどうにかなる物では無い。

 

前史であったならば、重機が必要と判断する所だろうか。

 

だがそれは、あくまでも管理された山林の藪に対しての話であり、

原生林の藪になると、重機の一つ二つ程度でどうにかなる代物では無かった。

 

実際、過去の世界ではそういう時は大型重機の軍団が投入されている。

 

「どうやって今まで開拓してきたのかな」

「それは当然、燃やしたのじゃな」

 

アルコーンあたりかなと首を捻っていた神に、物凄く身も蓋も無い人の返答。

 

火、人類文明の根源に存在する絶対の福音。

 

加熱で可食の範疇に入る食物が、人類に捕食可能な食材数を10倍以上に引き上げ、

藪を焼き払い、毒の水を焼き、浄化し、土地を齎し無明の闇を駆逐した。

 

それは人類種の人口の爆発的増加を招き、文明の黎明へと続いていく。

 

「そもそも藪が出来るほどとは、そこが生命に溢れた場所と言う事でな」

 

人体に有害なあれこれも活発に活動している空間だと、博士が語る。

 

「藪の下に溜まる汚水など、口にしたくは無いじゃろ」

「ああ、『バクテリア』とかも活動が活発なのかー」

 

当然の話では在るが、生命には人に対する忖度など在るはずも無い。

 

切り払う事は出来る、手間をかければ大き目の代物を開拓する事も可能だろう。

しかしそこに潜む毒虫と毒草、汚染された水などは開拓者の命を容易く奪う。

 

「じゃから燃やすのじゃよ、様々な毒もある程度は浄化される」

 

あるいは端から樹木の1本1本、時間をかけて少しづつ削っていくかの二択と。

などと話している内に草群を抜け、芝生の草原へと景色が移り変わる。

 

【挿絵表示】

 

「そしてそんな文明の隙間を、おっかなびっくり進んでおるのが今じゃな」

 

やがて落ち着いた芝生を見つけ、絨毯を敷き小休止の場を作った。

 

「でも何だかんだ普通に歩けるのに、何で人が通らないんだろ」

「手頃な水場が無いからのう」

 

井戸でも掘って開拓村でも作れば街道も敷かれるかもしれないが、

現在の黒の神国には、それを可能にするだけの人口が無いと続く。

 

自分たちの様な少人数なら工夫でどうにかなるが、軍団の様な大所帯では

水の路に沿う様にしか動く事は出来ないと、人の居ない理由が語られた。

 

「そんなわけで今はまだ、手付かずな緑の荒野じゃ」

 

水を出しながら工夫ってと疑問顔の少女に、サフラが応えた。

 

手近な草の茎を2本折り、片方を咥えもう片方をアルフライラに差し出す。

 

「あおくさい」

「貴重な水分ではある」

 

1人と1柱、咥えた茎から中に溜まる汁を吸いながら簡素な会話。

 

「まあ他に穴を掘って布を張るとか、朝に足に布を巻くとかじゃな」

 

布を巻いてどうするのかと聞けば、歩いて草花の朝露を染み込ませると返る。

 

「あの手この手で水を確保するなあ」

「路行くとは、つまるところそういう事じゃからな」

 

やがて湯の中で珠茶が開き、香りが満ちる頃に器に注ぎ分けられる。

 

「して、妹神を放置して進んでおるが構わぬのかの」

 

今ならまだ間に合うと、茶を口に含みながらの問い。

 

先日に国境砦から出陣した軍勢を見送った後、商人などの追軍の勢に混ざらず、

3人と1柱は進軍先を放置して、黒の神国をただひたすらに北上していた。

 

そしてこれ以上進むのなら、もう帝国の戦場に間に合う事は無いだろうと。

 

「何もかもが上手く行ったのなら、エミーラは神都にまで至ると思う」

 

茶を啜りながら、少女は静かに答えた。

 

だから港湾の帝国の戦場を眺める余裕は無く、さっさと北上して獣人を拾い、

大神の座する神都が強襲される時を待つ予定だと。

 

上手く行かなかったらどうするのじゃと、試みが如くに人が問えば、

まさか砦の会合が終の別れになるとわなどと、お道化る女神。

 

そして、でもまあと軽く言った。

 

「駄目だったら、それはあの娘が人の世の贄になったと言うだけの話だね」

 

発言は響き、草群に消える。

 

酷薄な神の言葉を染める様に、草原には冷涼な風が吹いていた。

 

そして語られていた姫の大神は、港湾都市で呆れ混じりの声を零す。

 

「何でこう、何の抵抗も無く港湾が墜ちていますの」

 

城壁の中で、二十面相と共に遠い目をしながらの言葉。

 

五角の港、港湾都市ムダラアミーナ。

 

水硬性コンクリートで造られた六角形の港湾の内、1面が空いて海に面し、

残りの5面に船舶が身を寄せる大型の交易都市である。

 

事前には攻略は相応に難物であろうと思われていたが、実際に戦端を開けば、

少々の小競り合い程度で降伏開城し、容易く占拠が達成されてしまった。

 

全ての話は極めて平和的に推移し、兵による略奪すら行われない始末。

 

「まあ、これから防衛戦ですから損害が無いのは良い事なのですけど」

 

獣人を引き込み、内部と通じ、帝国からも様々な工作が在り、

結果に理由は在れど、それでも納得できないほどに出来過ぎている。

 

何でかしらと首を捻る。

 

はじめから帝国に帰順するつもりだったのか、しかし都市からは

結構な人数が戦後に神国へと帰還したいと希望が出されている、不可解。

 

それと、何故か都市の人間からの視線が生暖かい様な気がしてならない。

 

モヤりますわねと零せば、近場に通りすがった帝国領主が聞き留めた。

何だ、知らなかったのかと応え、指し示したのは広場で興行している劇団。

 

黒髪を二つに括った女優と、顔の上半分を覆面で隠した男優が演じている。

 

―― 為すべきか、為さざるべきか、それが問題だ

 

美人と美丈夫が滔々と台詞を謳い、観客からは幾度も歓声が上がる。

 

すんと、エミーラと二十面相から表情が消えた。

 

物凄く心当たりの在る姫神と従神が舞台上で演じられ、乳繰り合っている。

父神の圧政に心痛めるエミーラ、忠誠と愛情の狭間で苦悩する二十面相。

 

舞台はやがて終わりに近付き、国を出奔する姫神に二十面相が迫る。

突き付けられた刃に、しかし彼女は優しく手を添え、口を開いた。

 

私を止めるのならば、そのまま貫いて欲しいと、

 

―― この虚ろな愛の鳥籠を開き、そして眠らせて

 

心の衝撃に固まった舞台上の二十面相は剣をとり落とし、

エミーラ役の女優をその腕に抱きながら共に国を後にする。

 

―― いつか私たちは帰って来る、この国を救うために

 

観客と化していたエミーラと二十面相は、口を開き呆け、痙攣していた。

 

周囲の民衆は盛り上がり、王の大神への不安と姫への同情を口にする。

 

それらを聞き流す2柱は、言葉も無い、と言うかどう反応したら良いのかと。

そんな内心が立ち尽くす背中から滲み出し、能弁に周囲へと語り掛けていた。

 

とりあえずと、話を振った領主が少し引きながら補足を入れる。

 

「吟遊詩人もあんな感じで謳っているな、少し前からあちこちで」

 

ひぇッ、と言ったのはどちらだったのか。

 

何にせよ、状況を把握した2柱は頭を抱えて地面へと沈み込んだ。

 

「あああ扇動、情報操作、姉様やりやがりましたわねええええぇッ」

「あの邪神あの邪神あの邪神あの邪神んんッ」

 

そう、姫の大神エミーラが国を救うために今まさに帰還したのだ。

抵抗少なく港湾都市が平和裏に接収出来たのは、そこのところも大きい。

 

「まあ何だ、港が陥落した以上は神国も本腰を入れて攻めてくるわけだし」

 

肖像権と叫びながら嘆き沈み込む晒上げ被害神に向かって領主の、

初戦の被害が無くて良かったじゃないかと、明後日を向きながらの慰め。

 

「で、一応に聞くが君たちにも港を守りきる目算は在るのかね」

 

精神的ダメージで泣き笑い状態の女神が、それでも問われるままに応えた。

 

「手札の幾らかは伏せておりますけど、相手もどれだけ用意している事やら」

 

結局の所、結果は地獄の蓋を開けてみるまではわからない。

 

在る事は在りますわと言おうとして、少し止まる。

 

状況は開始されていますし、もう備えが足りるであろう事を信じるしかと、

そんな内容を、ふと古い記憶から思い出した姉の言葉を借用して語った。

 

「賽は投げられました、後は勝つだけですわ」

 

いつもの長姉の様に、無駄に自信と確信を漂わせながら。

 

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