砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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04-11 昇り来る月

陽は既に沈み野生の声が響く雑木林の、空に欠けた月が姿を見せた。

 

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森と言うほどでも無い昏い樹木の狭間に、数多の老いた獣人たちが屯する。

時折に新しく訪れ、次第に数が増してもはや百に至るほど。

 

仮眠を終え板上で背骨を伸ばすアルフライラに、温かな過泥子(アニス)茶が渡された。

挽き潰した過泥子を煮たてた物で、薄い琥珀色に独特の甘い香気が薫る。

 

「うーん、口の中がサッパリ」

 

寝惚け眼のまま杯を傾け、板に衝立を生成し半睡のままに作業用ハンドで着替えた。

いつもの着た切り白ワンピースではなく、白を基調とした差し色の布が在るドレス。

 

布の品質はかなり高い。

 

流石に貴族の夜会と言うほどでは無いが、村の祭りに纏う一張羅程度の品ではある。

 

「これ、本当に貰って良いのかな」

 

胸元と肩口を露出させ、背中で締める衣服を身に纏い、次いで衝立を消しながら、

スカートの裾を摘まみつつ付近で茶を配っていた老婆へと問い掛けた。

 

「娘の嫁入り道具になるはずでしたじゃ、貰ってくだされ」

 

好々婆とでも呼べそうな獣人老婆は、皺くちゃの笑顔でそう答えた。

 

「んじゃ有難く、永く使うね」

 

だるだるの袖で口元を隠しながら、朗らかに言う千夜の女神。

 

「しかし、ちょっと露出が高い気がする」

「淑女らしい装いじゃない」

 

着慣れない衣服の涼しげな首元を意識する風情でアルフライラが呟けば、

杯片手のマルジャーンが耳に拾い、簡単に感想を述べた。

 

「肩や胸元を無防備に晒すのは、淑女の嗜みよ」

「うーん、文化が違う」

 

首を捻りどこらへんがと問う女神に、素の声色で元高位貴族令嬢は答える。

 

「梅毒を持って無いって意味」

「あ、はい」

 

とても身も蓋も無い理由であった。

 

先史でも、プリンセスラインのドレスはその様な理由で考案された物であった。

梅毒特有の斑点を誤魔化すため、春を売る身分の者などは布や化粧で全力だと言う。

 

「とは言え北方の島国の令嬢などは、首元までピッチリと締めておるからの」

「土地柄で結構違うもんなんだねえ」

 

少し引き気味の古代神の様相に、苦笑しながらハジャルの補足が入る。

 

そこで神が空に成った自らの杯に目をやれば、老婆が静かに代わりを注いだ。

そのままこれもお食べと、胡麻を纏う輪の様な形の焼き菓子を渡す。

 

「わーい、お婆さんありがとー」

「ふぉっふぉっふぉ、孫が居ればこんな感じじゃったのかのお」

 

アルフライラの口元でぱりと音がして、僅かに胡麻が零れる。

独特の硬さの皮に塗られた蜜は、飴と化してその歯応えを増していた。

 

「蜜だけじゃないね、皮と言うか麦が違うのかな」

「小麦に芽の出た大麦を混ぜて、石臼でゆっくりと挽くのじゃよ」

 

そして発酵させ焼き上げた物で、白いパン(シミット)と呼んでいると老婆が語った。

 

「膨らます時に、パン種を少な目にするのがコツじゃなあ」

「ああ、酵母が多いと麦芽の酵素と食い合いになるのかー」

 

果たして会話が噛み合っているのか、微笑みの両者からは見て取れない。

ともあれと和やかなその場を、杯を傾けながらしみじみと伺う他2名。

 

「大神最年長が何か凄い言動をしておるぞ」

「エミちゃんもそうだったけど、やたら爺婆に受けが良いのよねえ」

 

傾けている杯には白濁した酒。

 

葡萄酒を2度蒸留した代物の水割りで在り、2度目の蒸留には過泥子が入る。

透明度の高い酒であるが、水で割ると白濁する性質が在り獅子乳酒と呼ばれている。

 

「過泥子が使い回されているわね」

「このあたりでは双翼種と呼ばれておるらしいの」

 

口を付ければ、過泥子の甘い香りと爽快感が在る口当たり。

宵の木陰に獣人が集まる最中で、僅かに月が昇り始めていた。

 

そして同じ夜の中、エミーラたち飛竜勢も何処かの木陰で休んでいる。

 

一刻を争う最中、先を急ぐ竜たちに対し大神は断言した。

 

「お姉さま曰く、極限状態なら猶更休息をとるのは義務なのですわッ」

 

ブラック労働の申し子の語るデスマーチの乗り越え方には、嫌な説得力が在る。

そして襲撃前の最後の休息であり、今はとにかく死ぬ気で休めと命を下した。

 

言い終えて即座に熟睡した姫神と、守る様に囲み休息に入った竜たちの中で、

一足早く目が醒めた長の古竜が、頭を掻き大きく欠伸をした。

 

それに同じく早めに覚醒した古竜が気が付き、水と糧食を持ってくる。

 

味気ない純水と謎ペーストである。

 

「何が何でも生き延びてやるって気分になるね」

「これを最後の晩餐にしたら、未練が残りまくりですね」

 

死んだ目をしてペーストを啜り水で流し込む竜人2匹。

 

やがて続々と竜たちは覚醒し、目が死に、後にエミーラが高らかに宣言する。

 

「さあ、夜が明ける前に討ち入りますわよッ」

 

休息には、夜襲に於ける時間の調整の意味も含まれていたらしい。

そしてやるせない思いのぶつけ先を示された竜たちから、咆哮が上がる。

 

宵の地平に浮かぶ月を横目に、改めて飛び立つ数多の翼が在った。

 

やがて神都に激しい音が響く。

 

それに合わせる様に進む一団は、神に率いられた老いた獣人たち。

既に死せる者は魂魄共に在りと、数よりも多くの意志がその歩みを支える。

 

ふと、先導する様に浮かぶ女神が問い掛けた。

 

「お婆さんはどうなるのかな」

 

月光を編んだが如き髪色で、獣人の礼装を纏い。

 

「残りも少ない身の上ですし、墓守として残りましただ」

 

槍を担いだ獣人が、皺くちゃの顔を微笑ませて答えを返した。

言葉を受け、アルフライラは無言で視線を下げ、スカートの裾を摘まむ。

 

「ちゃんと詩にして、返してあげないとね」

 

誰ともなく呟かれた言葉に、老獣人たちは微笑みを深める。

 

これは、死出の旅である。

 

後に一連を謳われた、昇り来る月と共に歩んだ獣人たちの詩である。

 

その誰しもが知る、入る事が叶わぬ神都を一望する丘のほとり。

いつしか誰かが行進曲を口遊み、やがて誰ともなくと音が続いていた。

 

死を告げる孤独な妖精の歌声の如くに、静かに夜の中に響き続ける。

 

昇り来る月の隣で。

 

道程に泥壁の中より、贈られた様々な視線が識る事が在った。

多くの潔い老人たちの心が、来たるべき朝の光を待ち望んでいる事を。

 

その月は黎明を呼び、太陽を引き連れてこの場に在る。

 

百と余名の槍は月の光を受け輝きを纏っていた。

 

やがて、彼ら自身の永遠の鐘が鳴るだろう。

 

彼らは苦難を過ごした獣人たちのために命を捨てるのだ。

それは、悲惨に満ちた彼らの運命だった。

 

何と誉れ高き誇りと悲しみなのだろうか。

 

在る事が許されなかった黒の獣人が名誉のために、その心は歓喜した。

心臓が動く限りは神の命に従うのだと。

 

月は昇った。

 

やがて遠からず黎明に至るだろう。

 




とても具体的な黎明の月扱いの元凶

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