怒りだ。
その憤怒の相は、いったい何に対しての物なのであろうか。
もはやその怒りを受け止める者も居ない、荒廃した大地の上で。
あるいはその、終わってしまった世界そのものに対する怒りなのかもしれない。
ひび割れた大地を踏みしめ、壊す物無き荒野を征く。
先史極東の古代に在ったと伝わる、鎧武者が如きその威容。
そして今、相対する姿は2体の紅の巨神。
「ばろんぱんちッ」
大質量の具現化が如き赤き巨神から、高らかに少女の声が響き、
中空の古代文字を打ち砕きながら飛んだ二つの拳が、怒りの巨神を打ちすえる。
「ドルフィンパンチッ」
間髪入れず、もう片方の赤き不死鳥の拳が射出され武者の顔を捉えた。
老人の声を響かせた紅は全体的に鋭角であり、相方に比較すればその手足は長い。
たたらを踏んだ武者が足を踏みしめる一瞬、空へと飛びあがっていたバロンが
空中よりその足の裏を敵巨神の顔を目掛け伸ばした。
「ばろんふぁいやああぁッ」
鎧武者の頭を燃やすかの様な足裏からの噴焔は、その視界を奪ったのか。
紅玉は動きを止めた武神を跳び越す様に後ろへと回り、そのままに羽交い絞める。
「今だッ、ばろんふるぱわああああああぁッ」
エネルギー回路を直結する事に因り機関出力の過剰供給を行うレッドバロンの秘儀。
だがその機体性能を遥かに越えた出力は、瞬く間に機体を限界に至らせ崩壊を招く。
僅か1分の超稼働、それは危険な諸刃の剣 ――ッ
などとシュテン星人染みた煽り文句が付随する様な設定の強化状態である。
当然の様に原作リスペクトの精神の元、紅玉のアイオーンも1分後に自爆する。
「よっし、そのまま動くなよッ」
残る紅の巨神から兵器廠爺の声が響くや否や、海老反り腕を回し頭部が高速に回転。
首元に在る兵装制御回路を切り替えるために、頭部を回転させる必要が在るからだ。
しかしそのために操縦者には、高速回転に耐えるだけの強靭な肉体が要求される。
と言う無茶な設定、何故に嵐田一族は設計段階で疑問を持たなかったのか。
そんな4千年遅れの疑問はともかくと、回転を終えた巨神はその瞳を輝かせた。
「マッハコレダアアアアアァッ」
内蔵された小型中性子原子炉を制御し放たれる、高圧電流下の中性子砲。
と言う設定の光線映像が表示され、次いで反物質に因る大爆発が3機を包み込む。
枯れ果てた荒野に、天地を貫くが如き光が溢れた。
当然ながら、不壊装甲を纏った3機のアイオーンには掠り傷すら付きはしない。
まあそれでも消耗はしたらしく、バロン2機がかりで抑え込まれた大魔神は、
やがてその姿を穏やかな阿羅羯磨の神像に戻し、動きを止めた。
そしてノリノリでWバロン対大魔神、終焉荒野の決斗を愉しんでいた馬鹿2名は、
終わった後に会議室の床で、首から札を掛けた状態で正座させられている。
―― 私たちは暴走AIを組んで施設を危険に曝しました
稼働と同時に暴走状態に陥り、燃料が切れるまで破壊の限りを尽くす。
そんな意味不明な物を何故作ったと開発局の心無き爺が問えば、馬鹿たちは答えた。
「素晴らしき原作再現だったぜ」
「クオリティに不満無しだね」
眼が座った爺が無言で天井から下がる紐を引けば、正座な2名の下の床が消える。
水音がして、正座の姿勢で落ちていった少女と爺の叫び声だけが部屋に響いた。
―― 何か、何かヌメヌメしてるうううぅッ
―― お、俺の側に近寄るなあああぁぁッ
やがて粘液まみれで這い上がって来た受刑者に、眉一つ動かさず爺は告げる。
索敵範囲全ての物体を破壊し更地にする様な意味不明な設計にするなと。
「いや、防衛システムが在るからアイオーン程度じゃどうにもならんだろ」
「そもそも無駄にシステムを使う可能性を造るなと言っている」
爺同士の短い会話の後、少女に貴様の言い分はと問いが在り。
「日常のアクセント」
アルフライラは蹴り堕とされた。
暫くして、新しい世界が開く前に何とか這い上がって来た少女の視界には、
ハイライトの消えた瞳でAIは安全性とぶつぶつ呟く正座の兵器廠爺が映り。
「這い上がるまでの短い間に、いったい何が」
「はい、AIはあんぜんきじゅんをみたすことをこころにきざみます」
棒読みの声色で何度も繰り返される反省の言葉。
そんな日常風景の後で開発局爺が席を外し、互いに全身の粘液を分解消去し
2柱は会議室の床に座ったまま今回のロボはと反省会を始めた。
「まあ、破壊衝動が強すぎる人格は駄目って事だな」
僅かの黙考、アルフライラはさも考えた風な顔をして口を開く。
「次は猫的な感じに組んでみるとか」
「いや、猫と言われてもどんな動物なのかわかんねえって」
隙あらば猫をねじ込む長女で在った。
しかし、他の動植物と同じ様に猫と言う生き物が絶滅してから既に久しい。
どうしたものかと首を捻る中、扉が開いた。
「アル姉さま、仕事終わりましたか」
「私たちも開拓準備が一段落した所です」
白猫と黒猫の妹弟が入室して、そのままに姉に向かい突撃した。
6千年後の板上邪神では耐える事は出来なかったでろう2匹の衝撃は、
しかし生命維持装置を脊髄に直貼りしている現在は何の問題も無く。
2匹を受け止め、その首に4本の腕が回されて。
連続した膝蹴り。
ボキボキと肋から音を響かせ、口元から血を垂らしつつ押し倒された長女の、
その身体の上で2匹は丸くなり、その姿勢のまま両腕で下敷きを捏ね回す。
やがて噛み付きの歯形が幾つか付いたあたりで、猫弟妹の首根っこを掴み
頭痛を堪えながら長女から引き剥がす犬狼の弟、ラマディ。
「だからよ、姉貴を折るなっての馬鹿猫ども」
そして休憩は終わりだと言いながら、猫たちを吊るしたまま部屋から出て行った。
後に残るは、寝床に引き込まれたボロ布状態で修復の煙を吹く少女と爺。
「そう、これが猫」
「攻撃性の塊にしか見えやしねえよ」
感情の高ぶりが後ろ足の蹴りと成って発散され、信頼の証に身体の上に乗り、
親愛の情が対象を前足で捏ね潰し、所有権を主張する愛情が噛み痕になる。
人間サイズですら大惨事であり、アイオーンに至るならばどれほどになるのか。
「そこはマイルド化する方向で」
「つか猫をテーマに都合の良い機械人格にした方が良いな」
猫格をいじって無害化するよりも、猫っぽいだけの機械格を組んだ方が早いと爺。
「まあ、信頼と愛情で連続ヘッドバットされるのも困るよね」
会話を重ね、ああでもないこうでも無いと続く内。
「ここぞと言う所で口を開く相棒ロボ、良いよね」
「……良い」
当然の様に話は斜め上に突き進んでいく。
そして、そんな2大治金邪神を白い眼で眺めているナハースとエミール。
どこかアルフライラに似た外観の少女で、しかしその髪は赤銅に瞳は琥珀。
少し後ろに立つ、肩にかからない程度の真っすぐな黒髪を持つ紅顔の美少年。
いつ間にか4人に増えていた会議室に、無言の時間が幾らか流れた。
「えーと、バカ部の2匹がまた何か要らん事を」
「待って、ナハース待って」
手持ちの子機から通報しようとする末の妹を、しがみ付いて止める長女。
そんな有様を困った顔で見つめる少年の横で、爺が何かに気が付いた顔をした。
「もういっそ、機械人類に世界を任せるのはどうだろうか」
「それだ」
「それだじゃねーですわよ、この気狂いども」
言いながら長女を蹴り倒し、天井から下がる紐を引く末妹。
―― ああああ、何か今度はなまあたたかああぁ
―― ようマリク、お前も落とされぬらあああああぁぁ
―― マリカ、誤解だ、誤解なんだああぁぁッ
無言でそっと追加の操作をし、床の穴を閉じるナハース。
静寂。
そして首を振り、眉間を揉みながら天井を仰いだ。
「あいつら、放置していると加速度的に新世界がヤバくなる気がするのよね」
どこか生真面目な所が見える少女を微笑ましく見つめながら、
エミールは困った様な苦笑をその口元に浮かべた。