砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

12 / 217
01-07 篝火の宴

 

交易路の安定は国是であり、様々な便宜が図られている。

 

その理由は流通の確保であり、宿場に集まった隊商は

近隣の村々や都市などに足を延ばし商取引を行う事になる。

 

とは言え、それだけで全ての需要が賄えるものではなく。

 

何か特に必要な物が在る、もしくは商人の通わぬほどの辺境。

その様な様々な理由を持った者たちは宿場まで買い付けに訪れる。

 

そして需要と供給が、無駄無く合理的に満たされるはずも無く

集団が必要を満たすまで数日逗留する事態も珍しくは無い。

 

結果として、隊商の訪れる季節は宿場に人が溢れる事になる。

 

余った者、宿場を利用する由縁無き者などは城壁外、

幾つかの集団に纏まり、簡素な柵を作りテントを張る。

 

中には木賃宿なども在り、辺境から少人数で訪れる者、

最低限の安全を金で買う、余裕の在る者が泊っている。

 

人が集まり金と物が在れば、当然に騒動の火種は燻るわけで。

 

陽も落ちて砂丘に隠れる頃合、城門前に篝火が焚かれた。

砂礫が揺れる炎の色に染まり、待機している開拓者も同じに染める。

 

あくまでも宿場が用意するのは治安維持のための最低限であり、

それ以上を望むのなら、集団が個別に開拓者を雇い入れる必要が在る。

 

何はともあれ篝火は焚かれた。

 

無聊を囲い灯りに寄る者、集団で身を守るだけの予算の無い者、

様々な人間が篝火に寄り、それを顧客とし歌と踊りがはじまる。

 

「スープが銅2片、3片払えば具が入るぞー」

「つめたくておいしいお水ー、氷が入って銅2片ー」

 

そして当然こんな店主と板、あと護衛の熊も居る。

 

揺れる光源にあやふやな視界の中ですら美しいとわかる

心霊現象レベルの美形な水売りにふらふらと客が寄れば。

 

山賊と熊が左右を固める、美人局の気分を味わえる屋台。

 

「何、この …… 何?」

 

そんな現場に、先程まで篝火に踊っていた踊り子が声を掛けた。

商人にハレムから強奪されたともっぱらの噂の美姫である。

 

少し前に、踊る様を眺めながら少女神がハイライトの消えた瞳で

しんじんるいのくーぱーじんたいをきょうかするべきではなかった

などと言っていたが、その意味を理解できる者は居ない。

 

「水屋だー」

「小銭稼ぎだ」

 

「見廻り組への報酬でもある」

 

夜警組には夜半に汁と水が支給される契約になっており、

ついでに他者にも売り捌き小遣い稼ぎをしていると。

 

「ええと、氷の入ってない水ならいくらかしら」

「ほんのり冷たい常温檸檬水が1欠片」

 

そう言いながら水屋はそっと屋台裏から硝子容器を取り出す。

底部に水で戻された乾燥檸檬が沈み、涼し気な見た目。

 

「何て言うか嬉しいものがあるわね」

「歌い終わったら飲みにくるだろうしねー」

 

何であるのかと口に出さない疑問に、そっと篝火の方を示し

視界に人影を入れさせてから、用意している理由を口に出す。

 

博士が二弦の琵琶を鳴らし、それに合わせて姫が歌っていた。

 

「一同揃って小銭稼ぎ?」

「小銭って……いいよね」

「騒ぐのが好きなだけだ、多分」

 

もしかして歌っている側の2名に聞いても理由がバラバラなのではと、

そんな事を思ってしまう見事なまでの意見の不一致であった。

 

「わかります、小銭いいですよね」

 

そして胡乱な考え事の最中な踊り子の横から、商人が出て来て頷き語る。

 

「数えて数字になってきっちりと計上すると、もう」

 

溜めひとつ。

 

「最高ですよね」

「わかるー」

 

「わかるのか」

「相方の感性に同意する人、神?は初めて見たわ」

 

言いながら踊り子分に自分の分を追加して、銅片を売り子神に渡す。

 

「あ、僕の分には氷入れてください」

「まいどありー」

 

営業の横で、この神って何の神なの、最近よくわからなくなってきた

などと相方組の話が弾み始める頃合に、歌が終わる。

 

お水ー、などと言って近寄ってくる姫の体臭には多分に酒精が混ざり。

 

「何か凄く出来上がってるッ」

「うむ、演台に居ると勧められ続けるのう」

 

涼しいと言いながら板上に絡みついてくる歌姫妖怪に悩まされながら、

水を押し付け熊に剥がして貰い、一息をつき話を聞く。

 

「何か今回の隊商、かなり気前が良くていつも以上なのよー」

「とは言え、これ以上あのあたりが盛り上がるのも警備の負担じゃからのう」

 

それで抜けてきたが、正直状況は変わってないと語る。

 

「とりあえず注意をこっちに向けて、勢いを分散させるか」

 

宿場の纏め役たる店主がそう言えば、博士は板娘に二弦琵琶を渡す。

 

「何故に」

「前回の隊商で盛り上がったヤツがあるじゃろ」

 

うえと嫌そうな顔を見せる神の横で、置いてあった賽銭箱を熊が持ち上げる。

払いは全部お前の物だと纏め役が言えば、諦め顔で少女は板に座り直した。

 

浮遊板の上で片足だけの片胡坐を組み、太腿の隙間に共鳴胴を落とす。

撫でる様に右の手で弦をなぞり、軽く音を聞きながら左手に銅片を握る。

 

「左の横弾きですか、いろいろな意味で珍しいですね」

「これが中々、堂に入った弾きっぷりでな」

 

世間では楽器を置くか、あるいは立てて演奏する姿勢が一般的である。

 

何事かと騒いでいた人々の視線が屋台に向き、

一欠けらの静寂が篝火の周りに生まれた時、声が響いた。

 

透き通る、先程までの歌姫の肉感的なものとは違う、

まるで此の世ならざる物であるが如き透明感の在る歌声。

 

―― 副王が再度に凱旋し城壁をくぐる時

 

何事かと戸惑いの空気が流れる中、

万歳(タクビール)と、纏め役が叫べば万歳(アクビール)と開拓者たちが返す

 

 皆は心からの歓喜で迎えるだろう

 

万歳、万歳と再びの合いの手が入る。

 

 男達は喝采し少年達は叫び

 淑女は皆が外に出て

 

 そして皆が陽気になるだろう

 副王が再度に凱旋した時は

 

気が付けば人は手を叩きはじめ、皆が屋台に視線を向けている。

 

 都の神殿は喜びの鐘を鳴らすだろう

 

万歳と、今度は何人かが叫べば幾らかが万歳と返してくる。

 

 私達の愛する戦士たちを迎えるために

 

万歳、万歳と勢いよく叫びが続く。

 

 国の若者と娘達は声を掛ける

 道に撒く為の薔薇の花を持ち

 

 そして皆が陽気になるだろう

 副王が再度に凱旋した時は

 

気が付けば篝火に居た全員が屋台を見守っている。

 

 祝賀の準備をしよう

 

万歳、万歳ともはや誰が言っているのかもわからないほどに。

 

 そして我等の英雄に3度の歓呼を送ろう

 

ただ拍子だけを合わせて数多の陽気な声が響く。

 

 月桂の冠を用意した

 誠実な彼の頭に載せるために

 

 そして皆が陽気になるだろう

 副王が再度に凱旋した時は

 

いつしか酒が酌み交わされ、拍子が小気味良く夜に響いた。

 

見も知らぬ互いが篝火の前で肩を組みながら歌いはじめる。

栄光の独立戦争を、我らが副王の偉大なる戦果をと。

 

「いかん、全体的に盛り上げ過ぎじゃ」

 

歌い終わった屋台の前で、状況の推移を見守っていた博士が零した。

 

今回の警備を請け負っていた女性相互扶助小隊の頭首が

少しばかり恨みがましい視線を屋台に向けている。

 

「……汁の他に、パンも付けておくとしよう」

「水を果実水にしておくねー」

 

バツの悪い表情の二人が、そっと福利厚生の強化を決める。

余談に成るが、賽銭箱の中身は結構増えたらしい。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。