砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 翡翠暗夜行

 

いつしか陽光が空を赤銅に変え、逆光が世界を影に染める。

 

【挿絵表示】

 

宵の足音が聞こえてくる荒野で、3人の娘は竈とも呼べぬ簡素な焚火を囲んでいた。

道中に拾った枯れ枝に携帯燃料を足した火に、取っ手の付いた缶が掛けられている。

 

缶の中、沸騰し水蒸気の泡の出る湯に踊るのは、安物の紅茶葉。

 

緑色の髪をした詩人、ジャマールこと大神アフダルが雑穀のパンを切り分けた。

 

手に余る大きさの雑穀パンは硬く、必要量を薄く切って火で炙る旅の糧食である。

それに切り分けた乾酪を乗せ、好きな様に炙れと少女たちに渡す。

 

渡された板上のアルフライラは、作業用ハンドで雑に乾酪ごと炙り干し肉を挟んだ。

そしてもう一人は、芥子菜を塗りパンを回転させる様に炙り出す。

 

赤金の髪を後ろに括るイルドラード酒場店主の娘、名はタサウブ。

 

「それでさ、ジャマールさん何処に向かう予定なの」

 

熱で若干柔らかくなった雑穀パンを齧りながら問えば、神々は厳かに応えた。

 

「心外、私はどこまでも君の旅を見届けたいだけの身の上だというのに」

「そうだね人の子よ、気にせず思うままに自らの道を行くがよいよいよい」

 

「ちょっと待てや、そこの誘拐犯と攫われ被害神」

 

旅の連れ合いがちょっと姿を消したと思ったら、噂の偽りの大神を攫ってきた。

そんな現実をどうにか飲み込んだ人間に、選択肢まで押し付けてくる悪神と邪神。

 

「そう言えばボス、そろそろ黒銅赤3国からの追手が放たれている頃合ですね」

「ヤバイよね、どうしますかボス」

 

「やめい、大神誘拐なんて歴史に残りそうな大事の主犯に祭り上げないで」

 

そんなどうでも良い会話の合間に、火に掛けた缶を持ち上げるジャマール。

 

沸いた茶の入った上部に取っ手の付いた缶は、注ぎの切れ込みが軽く入っており、

薬缶の先祖のようなそれをしっかりと握り、くるりと肩を回し縦に回転させた。

 

端的に言えば、遠心力でバケツの水が零れない、みたいな有様。

 

そして各神人の手持ち器に茶を注ぐ。

 

「何で注ぐ前に回すの」

「遠心力、茶葉を底に押し付けるんです」

 

姉の疑問に、妹の簡単な返答。

 

「で、まじめな話、何でこんな事をしたの」

 

紅茶を啜り、半目になった少女が詩神に問えば。

 

「突然、急に姉が来たので」

「乗るしかないかなって、この大波に」

 

「よし、まじめに答える気が無いのはよくわかった」

 

6千年会わなかった割に妙に息の合った姉妹の返答に、眉間を抑えた。

 

「まあ優先、今は逃げの一手に専念ですよ」

 

何事も荒野の果てに国境を越え、礫の砂漠に至ってからの話と緑の大神は告げた。

 

「そう言えば姉さん、仙人掌の実が在るので冷やしてください」

 

そして突然に話題を変え、幾らかの棘の在る掌サイズの緑の実を幾つか板上に転がす。

団扇仙人掌の実は水分が多く、市でも積まれがちな砂漠周辺の夏の果実の定番である。

 

いつの間にと聞く開拓少女に、道中で収穫しましたとさらりと答える詩人。

 

そんなやり取りを横に、アルフライラは作業用ハンドで仙人掌の実の皮を剥く。

底にあたる面を切り落とし、棘の在る皮を縦に剥けば赤い果肉と黒い種が見えた。

 

「幸運、赤ですか」

 

作業を覗き込んだ詩人に、色で何か違いが在るのかなと問う板娘。

 

「白いと飲用、果肉が赤く深い色になるほどに甘みが増します」

 

熟しているとかの話ではなく、単純に品種の違いである。

団扇仙人掌は数多の品種が分布しており、総じてその様な特徴を持つ。

 

そして答えながら果肉を受け取った妹神は、そのままに齧り種ごと飲み込んだ。

人の少女も同じ有様で、そういう物なのだなと姉神も果肉を齧り種ごと飲む。

 

「西瓜より舌に絡む、仙人掌系の果肉だね」

「それはまあ、仙人掌ですから」

 

当然の内容をしみじみと語る神に、微妙に困惑した様相で人の言葉。

 

アルフライラ的には火龍果、三角仙人掌の実を意識した発言であったが、

発言の省略が激しすぎて意思疎通に不全が起こっていた。

 

「ううむ、いつのもの面々に甘えすぎていたのかもしれないー」

「何故にその結論に達したのか、さっぱりわからないのですが」

 

サフラの短縮言語に慣れているせいか、アルフライラでも問題なく意思疎通が可能な

ハジャルとマルジャーン相手の普段の会話を思い起こし、反省する神であった。

 

そしてそんな開拓3人衆は、奇しくも宵の市場で仙人掌の実を買っていた。

 

屋台の店主がナイフで皮を剥ぎ、3人にそれぞれと手渡してくる。

果肉はほんのりと黄色く見える白で、店主に銅片を渡し歩きながら齧りついた。

 

「はー、昼に失った水分が戻って生き返る感じじゃのう」

 

水気の多い果肉を一息に食べつくし、手を振り汁を落としながらハジャルが零せば。

 

「アルちゃんに甘えすぎていたのが身に染みるわあ」

 

座った眼でしゃくしゃくと果肉を齧りながら、マルジャーンが言う。

 

何故にと問えば、冷えてないと無念の言葉。

思い当たる内心に、男2人が棒を飲み込んだような顔になった。

 

そのまま無言で、夜の市の喧騒を歩き抜けていく。

 

「悪神アフダルか」

 

しみじみとした口調で、果肉を齧り終えたサフラが零した。

 

緑の大神アフダル、神話に於いて全ての勢力に通じ調略と裏切りを以って名を遺す大神。

その全ては森人種族の利益に通じ、古代森神文明として覇を称えた要因である。

 

「要らん事を承知の上でやらかす性格って、前にアルちゃんが言っていたわね」

 

マルジャーンが過去の雑談を思い出し、言の葉に乗せた。

 

「姉に似たのじゃな」

「そう言ったら目を逸らしてたわ」

 

思い当たる面が多すぎる、安定のアルフライラである。

 

「何故じゃろう、迎えに行く意思が削がれていく様な気がするのじゃが」

「大事なのに、心配するだけ損って気もしてならないのよねえ」

 

何故か僅かな心配の欠片すら心の中に生まれない。

言葉を飾ればそんな信頼が、しみじみとした嘆息を3人の開拓者に生んだ。

 

「路銀には余裕も在るし、氷でも買おうかの」

 

遠い目をしながら、視界に入った氷売りに顔を向けてハジャルが言った。

大小の氷が売り子の前の器に盛られ、その後ろには氷術士が倒れて痙攣している。

 

砂漠に入る前の土地ですら、この有様。

 

「俺たちも、贅沢になったもんだ」

 

気軽に氷を出す少女の規格外さを思い肩を竦めながら、サフラが嘆いた。

 

 

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