石造りの廊下に石柱は並び、狭間を縫うが如くに足音が響く。
燃える様な紅の髪を肩口まで伸ばす女神、赤の大神アハマル。
昼なお冥き赤の神殿を歩む姿は、神術の薄灯りを遮り朧な影が揺れた。
僅かに下がる位置に在り、共に歩む女神は黄銅色の戦衣を纏っている。
水晶の如く透き通った長い銀の髪を簡素な兜で抑え、背に流す歩み姿。
神代より赤の従者として仕えている筆頭従属神、名はビッラウラ。
2柱は歩きながら、まだ幼さの残る赤の将の報告を聞いていた。
「あの愚妹」
四女による長女強奪の報に、次女は簡素な一言を零して眉根を揉む。
「相も変わらずですわね」
厄ネタが厄ネタと合流してしまったと、遠い目をした従神も感を述べた。
ともあれ捜索の手を出す方向と大神の意を伝え、此度の黒の騒動に対する各報告、
他国内外の問題などの報告を続けて受け、それぞれの対応に関して意を返す。
やがて神殿最奥、赤の居住に至る頃合には報告も終わりを見せ。
「最後に、黒への動きに合わせ神殿にも天羽楼へ通じた者が」
各国の大神が動いた隙に、隠れ潜んでいた内通者も様々な動きを見せた。
そして神殿内にもその様な動きをした者が在り、現在に諜報を行っていると。
「まずは判明している者だけで良い、捕えて締め上げろ」
「泳がせて在り様を探ると言う手も御座いますが」
将の言葉に、大神は燃える瞳のままに神国の在り様を言の葉に乗せた。
「何故、我らが隠れねばならん」
裏切りに怯えながら隠れ探り、時間をかけ真実を得る事にも利点は確かに在る。
だが、それは違うだろうと赤の女神は淡々とした口調で告げた。
「怯え竦むべきなのは、奴らの方だ」
だから誰にでもわかるほどに苛烈に、大々的に狩り立てろと。
やがて全ての報告が終われば神殿の最奥、赤の私室へと至り扉を開く。
薄暗がりの石造りの中、各問題に対してはその様にと告げて対話は終わった。
神宣を受けて緊張の表情で頭を下げた将を残して、赤の主従は姿を隠す。
暖色の柔らかな内装の私室で、アハマルは縫い包みの置かれた寝台に頭から倒れ伏した。
「あー、うー」
電池が切れたような有様である。
そんな主を放置し、冷蔵神器から冷やした紅茶の壺を取り出し軽く呷る従神。
縫い包みを抱え寝台に転がる大神を背中に放置しつつ、取り置きの焼き菓子を齧る。
ビッラウラが齧ったそれは生地に干し無花果、それと馬芹、大蒜を混ぜ込んでいた。
「メルスは焼き菓子の甘みと香辛料の辛みが癖になるのよねー」
転がる大神を肴に、ぼりぼりと菓子を齧りながら冷やし紅茶の壺を傾ける。
食べ終わる頃にはアハマルのアグレッシブ寝返り運動も止まり、呟く様な独り言。
ザハブが居るのなら自分も向かうべきだったか、だがどんな顔をして会えばなどと。
飲食器を片付けながらここ数日、延々と聞かされ続けた繰り言にビッラウラは息を吐く。
「面倒臭いな、この六千年喪女神」
「ふ、不敬ーッ」
本日も神聖にして謹厳たる赤の神国は普段通りであったと言う。
そして黒の神国では、話題に在った黄金の大神が花盛りの広場で正座させられていた。
隣には王の大神も正座させられており、首にはそれぞれ罪状札が下げられている。
罪状:ザハブ 罪状:マリク
1単語で全てを語り尽くす、単純にして明快な表記であった。
その前で会話を繋げている影が2つ、黒髪を二つに括り装飾の多い衣装の少女と、
赤金色の長髪を銅の意匠をあしらった白い聖職の面紗で隠す、貫頭衣の少女。
「まずは我が騎士たちと商人に合流して、港湾を整える所からですわね」
「いや、当然の様にジャルニート仕官を既成事実化しないでください」
黒の大神エミーラと銅の聖女ルゥルゥが実務を語る後ろで、正座の2柱は腕を伸ばした。
ゆっくりと互いの頬に、握りしめられた拳がめり込んでいく。
正座のまま眉を顰め、歯を食い縛りながらお互いの頬に捻じ込んでいく拳。
首が伸び頭部が斜めに傾いで苦悶の表情を浮かべながら、互いに物音ひとつ立てていない。
くるりと少女たちが振り向けば、男神2柱の拳は膝の上。
金の癖の在る短髪と、黒く長い髪の美青年たちは涼しい顔で反省の意思を見せていた。
そして女神と聖女が会話に戻れば、再び繰り返される遅攻性クロスカウンター。
「何にせよ、帝国との交易港の整備は最優先課題なのですわ」
「私たちの帰還も在りますし、神都が落ち着き次第向かうべきですね」
そして移動手段をと話す段で、振り向いてみれば正座で涼しい顔の大神兄弟。
「機神アルムピアエールに吊るして持っていくのはどうでしょう」
眉一つ動かさずな聖女の提案に、ザハブの顔色がブルーレイ規格と化す。
「こんな事もあろうかと先日、お姉さまに良い物を頂いたのですわッ」
娘の言葉に潜む長女の仕込みを知り、マリクの顔にブラックアウト現象が生じた。
そして姫の玉座より生成される血液袋運搬車。
弾力の在る素材に包まれた車輪が4つ付いている、鋼鉄の荷車の様な形状。
前後のそこかしこに呪術的な意匠があしらわれ、神聖なるV8の威光を示している。
内燃機関前部に備えられた、磔刑台の姿に大神兄弟から悲鳴が上がった。
などと黒の神都で神々が戯れている頃、青の商都ではアズラクが料理をしていた。
いつもの事ではあるのだが、最近は少々に気配が違う。
美食船団上位の料理人たちと一緒に、厨房に籠りきりである。
厨房の台には、粉にしたパンの衣を纏った黄金色の揚げ物料理が山と積まれている。
そしてその横には、汚れないようにと気を付けて置かれたレシピ帳が1冊。
アルフライラ監修くろけっと大全、現代語版。
踊り子付き商人の伝手で、青の神国へと輸送され献上された1冊であった。
そして今、様々な芋を潰した物、凍らせたソースを包んだ物、挽肉を纏めた物、
数多の香辛料で様々に味付けをされた、数えきれない種類のコロッケが作られている。
何故かカツレツもそれなりの種類が混ざっている。
「お頭、物にもよりますが何で時折2度揚げしてんですかい」
「姉さん曰く、揚げるという調理法は水と油の交換現象なのよ」
さくさくと高温でからりと揚がったコロッケを取り出しながら、アズラクが答えた。
「低温で火を通し内部の水分を熱で外側に押し出させ、次いで高温で外側の水を飛ばす」
それを念頭に置いて行えば、カリカリで美味しい揚げ物になると。
「衣で肉を包む系とかだと顕著ね、逆に外側だけ考えれば良い中身は高温1択」
言いながらほとんどチキンカツの様な揚げ物を油から掬う青の大神。
「だから低温と高温の鍋があるんですね」
「まあ、冷たい油から時間をかけて揚げれば良いだけの話なんだけどね」
先史に在った二度揚げという調理法は、あくまでも業務用の技法である。
いちいち冷たい油から揚げ物を作れない厨房環境だからこそ、二度の揚げが必要になる。
ご家庭でやる場合は、冷たい油から温度を上げていけば同じ事なのであった。
そして続々と揚げ物が揚げられてい行く中、上機嫌のアズラクに報が入る。
「何でいきなりレシピ帳をくれたのかと思っていたら……」
青の大神が揚げ物の可能性を追求している隙に、黒の政変は滞り無く終えた。
黒と帝国との海上交易路が作られ、海原に敷く青の法に正面から宣戦を布告している。
青の商人たちも無策では無かったとは言え、しかし彼らは大神の在り様を
アズラクほどに深く識るわけでもなく、此度は無念にも後塵を拝してしまった。
何かの思惑が在るのは理解していた、しかし予測は可能でも回避は不能であり。
クロケットの可能性を追求していた船団料理人たちは、女神と共に頭を抱えたと言う。