砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

124 / 217
Extra 千夜教閑話

 

男爵領は、交易路の交差する平野に在る。

 

隊長格騎士爵であった頃から、山岳に近い森林に面する土地を本拠としていたが、

準男爵の頃でも既に寄り子とのやり取りなどに幾らかの不足が在り。

 

男爵への昇爵と降嫁に合わせて、与えられた新領地から交通の便の良い土地、

交易路の交差する街イル・ムクラムへと本拠を移して、幾らかが経過していた。

 

そして前領主から使われている領主館、領地規模の割に若干小さめの建物。

館の表には庭が無く通りに面しており、利便性は高いが威厳は今一つ。

 

昇爵に伴い忘殺の極み故に、建て替えなどは先送りにされているそれの中の執務室で、

男爵と新妻こと元皇女は羊皮紙の束を抱えながら、ひたすらに仕事に追われていた。

 

新婚生活って何でしたっけと、夫人に付いてきたメイドが遠い目をしてぼやく。

 

「だからだな旦那様、ペル・アビヤドと協同で銀行を作る話は乗るべきなのだ」

「青の神国の金貸し制度だったか」

 

犬狼族との協議で出た一案を、積極的に進めるべきだと男爵夫人が主張する。

 

「利点も難点も様々に在るが、何よりもまず商人階級の保護を優先するためだな」

 

銀行の設立、それによる様々な経済的な恩恵は青の前例を見れば数知れずではあるが、

それは置き、何よりもまず商人階級に蓄財の権利を保障すると言う点に意義があると。

 

「帝国でもいまだ、殴れば金の出てくる肉袋扱いの土地は多いもんなあ」

「そしてウチとペル・アビヤドに蓄財させれば、嫌でも交易路を使わざるを得ない」

 

信用も実績も何も無い状態ではあるが、皇族と犬狼の権威で形だけでも作れば、

幸いにも豚人族が最初の顧客と成ると内諾を得ている現状、勝率は在る。

 

そんな事を語り、予算と人員を何とか捻出しようと四苦八苦している最中、

がらがらと脚車を鳴らしながら、昼食の乗った配膳台を男装の乳兄妹が持ち込んだ。

 

名主の家の生まれの女従士スファル、この度の皇女降嫁に伴い妾として囲われている。

 

とは言え人材の確保を急務としている昨今、お妾様でございとサボる事は許されず、

結局はこれまでの生活と何も変わらない、どころか雑事が増えたと嘆く有様であった。

 

そんな切実な偽メイドの配膳を受け、昼食だと休憩に入る最高責任者夫妻。

 

「何かまた、白兎みたいな飯だな」

「交代兵が隊商と一緒に帰ってきましたから、お土産の白兎族レシピです」

 

試食と言いながら乱雑に机の上を片付け、並べた皿の料理は赤い汁の乗った雑多な穀物。

 

混ぜ飯(コシャリ)、米と小さく刻んだ捏ね麦(パスタ)に豆を混ぜて炊き、赤茄子の調味液(ソース)をかけた物。

その皿ではさらに酪を混ぜて炊き上げ、煮詰めた赤茄子に大蒜と馬芹が使われている。

 

そして上に、雑に散らされている揚げ玉葱。

 

「まあ、食べ応えはありそうか」

「砂漠側からの旅人は喜ぶだろうな」

 

「そこにこれですよ」

 

初見の料理に多少の困惑を見せる夫妻に、調味料の壺を示す妾。

 

大蒜酢(ダッア)、混ぜ込んだ香辛料の組み合わせはアルちゃん様直伝の一品なのです」

 

刻み大蒜で香りを付けた油に酢を混ぜて、檸檬を絞り攪拌した調味料である。

攪拌時に馬芹や香菜など好みで香辛料を混ぜる物であり、作り手の独自性は強い。

 

酸味が強い場合は水で薄めるため、先史悪魔語では大蒜酢水などと表記された事もあった。

 

「うあー、夏に嬉しえ」

 

雑にかけた酢からは大蒜の香りが漂い、熱気の中でも強烈に食欲を刺激している。

赤茄子と酢の酸味で混ぜた穀物を口に運びながら、男爵が感を零せば夫人が続いた。

 

「そして、豚人族には間違いなくウケるであろう」

 

アルフライラ直伝の時点で、呪いの赤い汁ですら笑顔で飲み干しかねない連中である。

 

「ウチの神殿も千夜神殿になりましたしねえ」

「ちょっと待てそれ聞いてない」

 

さらりと語った女従士の言に、驚愕し慌てた男爵の制止。

 

「こんな事もあろうかと、アルちゃん様から神宝も賜っておきました」

「気付かねえ内に領地に邪神信仰が蔓延っていやがるッ」

 

ばちこんと得意げに語る妾に絶叫で応える夫の横で、妻がしみじみと悟った。

 

「ああ道理で、豚人族をよく見かけるわけだのう」

 

遠い目をした先の窓には通りを忙しなく渡る豚人商人、だけでも無く。

以前は犬狼ぐらいしか見なかった土地だが、現在は数多の色彩が溢れていた。

 

「豚人のみならず、獅子の獣人、虎の獣人、猫の獣人、犬狼の獣人」

 

そして戯れに男爵夫人は、視界に入る様々な毛皮の持ち主を謳い上げていく。

 

「猿の獣人、蜥蜴の獣人、材木の獣人、鉱石の獣人、芸術の獣人」

「ちょっと待て後半」

 

何の疑問も持たず淡々と語る妻の、並べたてた怪しげな単語に夫からの疑問が飛んだ。

ちなみにそれぞれ、純粋人類系、竜人、森人、穴居人、奇獣人の自称である。

 

【挿絵表示】

 

どんな百鬼夜行だと男爵が窓枠にしがみつけば、流れる景色は人種の坩堝。

 

「ああ、窓に窓に」

「正気に戻れ旦那様」

 

これは夢、目を醒ましたら山沿いの村の孤児で壊れた弓を直して森に行くんだ、

とか言い出した立志伝中の人を、悪夢に引き戻す血も涙も無い妻妾の2人。

 

後ろから妻が夫を羽交い絞めにし、妾は正面から気付けにと口へ紅茶を注ぎ込む。

 

「熱甘ぬとろッ」

 

味以外が紅茶じゃねえと異世界に迷い込んだ風情の驚愕に、スファルは飄々と答えた。

 

「あ、これもお土産で受け取った茶です」

「甘い香りは肉桂か、そういやこんな感じのが向こうで出ていたな」

 

紅茶に溶かしこまれとろみを付けていた物は、妖精蘭(サハラブ)の塊茎を粉末状にした物であり、

その粘度から茶が冷め難く、白兎族は年を通して飲んでいるが冬場に消費量は上がる。

 

「しかし森人(エルフ)か、平野で見かけるのは珍しいな」

 

いけ好かない奴らだがと零す元皇女の言葉に、女従士は首を軽く捻る。

 

「故郷の森人はざっくばらんで気の良い連中でしたよ」

「土地柄で違うのかもしれんな、帝都を訪れた連中は酷いものだったよ」

 

そんなこんなと騒がしく落ち着いた場に、外からの喧騒が届いた。

 

「どうやら揉め事の様であるぞ」

「出張った方が良さそうか」

 

窓から伺った妻の言葉に男爵が問えば、それには及ばなそうだと落ち着いた声。

 

それでも何事かと3人窓に寄れば、見えたのは座り込む子供と柄の悪そうな成人。

隊商の荷物を運んでいた犬狼族の少年と、悪質な開拓者崩れたちといった様相である。

 

そしてその場へ静かに歩んでいく、貫頭衣を纏った禿頭の神官の姿。

 

―― おう何でえ坊さんか、俺たちに説教でも

 

言葉は途中で止まる。

 

神官の顔は焼き物の仮面で隠されており、その左右非対称な表情が異彩を放っていた。

 

「あ、あれがアルちゃん様から貰った仮面です」

「呪いの装備にしか見えねえよッ」

 

神宝、月の顔。

 

正面から見れば満ちた月であり、角度を変えれば欠けて見える独特の構造をしている。

 

下賜した千夜神に曰く、天に在る月に正対する人の世の月と謳われた神器であり。

この世の如何なる手段でも傷を付ける事が出来ない、畏るべき神威を備えていた。

 

【挿絵表示】

 

あと、これを装着していると何故か芸術の獣人から同族扱いされる。

 

―― 説教はせん

 

異形が齎した静寂の場に、仮面の神官の言葉が響いた。

 

領主館の中から注がれる視線の中で、神官は静かに片腕を上げ筋肉が盛り上がる。

ぼきぼきりと鳴らされた指が小指から順に握り込まれ、鈍器の様な拳が誕生した。

 

―― 許せ、未熟な私には言葉でそなたらに神意を伝える徳が無いのだ

 

「アルちゃん様曰く、暴力は全てを解決するのだ」

「やかましい」

 

横で神の教えを告げた邪教の信徒に、間髪入れずな男爵の言葉。

 

「おお、人間とは縦に回転するものなのだな」

「相変わらず剛腕ですねえ、ウチの神官様は」

 

「いやごく自然に受け入れるなよッ、おかしいのか、俺がおかしいのかッ」

 

騒がしい領主たちの部屋に、負けず劣らずな喧騒が日中のイル・ムクラムに生まれ、

途切れる事無く悲鳴と打撃音が連続する、領主館前の通りであった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。