コンクリートの歴史は果てしなく長い。
前史紀元前7千年ごろには既にそれらしい物が存在しており、以降に各古代文明、
流れのまま古代エジプトで使われ、エトルリアを経てローマへと伝わるに至る。
当然ながら黒の神国でも様々な用途に使われており。
辺鄙な港町であったその港は、俄かに新たな黒の女神と付随する人の群れで活気付き、
今まさに水硬性コンクリートが、海に建てられた型枠に流し込まれ港湾が造られている。
神国と帝国を結ぶ海上交易路の玄関口。
そうあれかしと神に港を望まれた土地は、急遽に権能で造られた埠頭に交易船を迎え、
細々とした仮稼働ながらも、望まれた通りの性質を果たしはじめていた。
石工や大工が作りかけの湾を忙しく駆け回る。
全ての埠頭を大神エミーラの権能で造ってしまえば、一瞬で終わりはするだろう。
しかしそこには雇用も無く経済の流れも無い、何より港町は住人の物である。
自らが造り上げた港湾都市と、住む者が思える様にとの差配でもあった。
とはいえ弊害として、本格稼働にはいまだ時間がかかると言う現実を得る事になる。
「痛し痒しですわねー」
潮風に新たな黒の大神の髪が靡き、屋台の鉄板から香ばしい匂いが流れる。
踊り子と商人が具を巻いた生地を齧る横で、エミーラは出来立ての同じ物を受け取った。
焼いたパンを割って挟む物も多いが、これは焼いた生地で丸めて纏めている。
軽く檸檬を絞り齧れば、口の中には新鮮な野菜としっかりと火が通り臭みの無くなった鯖の味。
旬にはいまだ少し早い物の、鯖の持つ独特の脂はほぐれる身から染みだし舌を楽しませた。
屋台に視線を向ければ、店主は半身の鯖を焼きながら鉄串で小骨を取っている。
「道理で食べ易いわけですわ」
「数日食べ比べましたが、ここが一番美味しかったですね」
流石は我が商人と満足そうに頷いた神は、大神御愛食と看板に落書きし判を押した。
「ちょっとお客さん、看板に落書きしないでよ」
「ええい、不敬にもほどがありますわねこの店主」
お金を払って書いて貰った看板なのにと、焼きの腕は良い物の識字は乏しい店主が嘆けば、
読める者に読んで貰いなさいなと、飄々とした声色で返す国を統べる大神。
理解の及ばない顔の店主に、ならばと横にある
野菜色の
野菜の塩漬け、この椀には胡瓜が使われている、を乳酸発酵させて酸味を加算した漬物で、
鯖の合間に口直しに野菜を齧り、汁を飲み酸味で脂を忘れながら塩分を補給する塩梅。
黒の神国の海岸沿い、夏場に愛されている港の食事であった。
そんな物を口に運びながら、2人と1柱はぶらぶらと歩く。
「それで我が商人、この地に商会を作る覚悟は出来まして」
困ったような顔で断りを入れようとする商人を、神は笑顔で押し留める。
副王秘蔵の冒険商人、複数の帝国属国の王族やそれに類する立場の者に縁を繋ぎ、
数多の開拓者と共に在り、猫姉と男爵領の交易にも深く関わり、何より長姉の覚え目出度し。
エミーラに逃がす気は、まったく無かった。
「想像してごらんなさい、この港は帝国、そして銅の神国へと繋がりますわ」
指し示す海原は、いまだ静かに凪いでいて。
「この海を統べる青の法と、正面から相対する3国の航路」
しかしその静寂には、来たるべき未来に存在する大船団の幻が在る。
数えきれないほどの金貨を積み上げ、3国を巡る黄金の航路。
刹那に浮かんだ幻想が消える間を置き、黒の女神は商人へと向き直った。
「貴方が必要です」
そして手を差し伸べる。
「共に黄金の夢を見ましょう、我が商人よ」
ついうっかりと、後に商人は語った。
青の関わらぬ最初の国際海運、それを作り上げた大商人の契約の物語である。
かくて黒の神国は様々な事柄が更新されていく。
先代黒の大神が磔刑台から降ろされた頃には、意味の変わった土地も多く。
認められぬ獣人の村が在った土地と、街道にもそれは訪れていた。
簡素な墓石の並ぶ墓守の老婆の家に、勇士たちの遺骨が届けられる。
全身に包帯を巻き、耳などに欠損が出来た唯一の生き残りと共に。
「死にそびれちまったよ、婆さん」
「あら、まあ」
短い会話と、無言の抱擁。
戦傷に意識を失った彼が後に思い返せば、同胞の立ち回りに不信が在った。
皆が死ぬ、だがしかし誰かが生き残るならばこいつであるべきだと。
「後を追おうかと思ったら、アルフライラ様が訪れてくださってな」
そして生存者は、静寂の中に小さな声で道中を語る。
逃走中のどさくさに自由に動いている様は、とても誘拐被害神ではない。
「諦めて、笑って誤魔化せだとさ」
そして寂しそうに笑い、笑えているかと問うた。
まあ、まあとだけしか老婆の音は言葉に成らず、鎮魂の時間は過ぎていく。
朋友の遺志を負い、ただ生き恥を晒し続けようと覚悟した勇士が祈りの。
そして遺骨と遺髪は墓場に送られ、同行した神官は全ての獣人の鎮魂を祈る。
終わった頃には一団は天幕を建て、村の中で測量の準備をする。
荷物から蒸留器を降ろした神官が語るには、神殿を建てたいと。
「ここは港湾都市と神都を繋ぐ交易路、そのひとつになるのです」
故に隊商の宿のための施設が必要であり、黒の民たる獣人の慰霊も行う。
そのために取り急ぎ神殿を建てたいと望み、快諾を得た。
話が終われば、同行した詩人が老婆にいろいろと聞き込みはじめ、
死せる村であった獣人の土地は、俄かに騒がしくなっていった。
そして後に人が移住し宿場町として栄え、永くその名を歴史に遺す。
謳われる勇士たちの眠る町と。