出来たばかりの畑には玉菜が並び、その上に喧騒が響いている。
雑多な獣人種族が行き交い、商農の他に建築の音が絶え間なく響き続けた。
視界の果てまで続く平野に築かれる、ペル・アビヤドは発展の最中にある。
岩砂漠を抜け畑を抜け、居住区を抜け市を抜け重要施設を抜け、
いつのも開拓3人組は、岸壁に挟まれた参道を抜けて獣神聖域に至った。
そして白銀の髪を毛羽立てて、シャーッとか言っている白猫獣神。
「まあ、イルドラードの氷室が埋まっていた時点で確信はしておったがの」
ハジャルの視線の先には、荒ぶる妹へと手を伸ばし続ける緑髪の吟遊詩神。
近くに困惑の色を見せて戸惑っている、幾らか見覚えの在る開拓者の少女。
「愉快愉快、相変わらずアビヤドは可愛いなあ」
「ふしゃーッ」
猫耳が横を向いているあたり、本気で嫌がっている。
そんな手を伸ばす度に、猫鉄拳で叩き落とされ続ける大神姉妹のじゃれ合いの向こう、
建築途中の神殿の手前、巨大な毛玉こと家猫族が丸まって乗っている板が浮いていた。
見る限り、本日の柄は三毛である。
「やはり、猫吸いに腐心しておったか」
予想通りの行動をとっていた少女の有様に、呆れ半分でハジャルが呟けば、
気配を消したマルジャーンがそっと板へと近寄っていく。
三毛柄の毛玉の下敷きに成っている創世神は、手と足をはみ出させていて。
前足もとい両手で首筋に抱き着かれ、そのまま押し潰されたかの如き体勢。
そんな掛布団状態の家猫族の尻尾を持ち上げて、そっと股間を覗く。
頷き一つ、尻尾を元に戻しマルジャーンは淡々とした口調で観察結果を述べた。
「雌ね」
「ならば良いか」
「いや良くないでしょうッ」
開拓者上澄み勢の浮世離れした言動に、慌てて異議を唱える開拓少女タサウブ。
そんな時折見かけた程度の知り合いな関係の少女に、達観した声色で博士は語る。
「喉毛と腹毛を堪能している最中らしいからの、邪魔するのもどうじゃろうか」
欠乏症に至ると幻覚を見せてくるしと、謎の経験談も付属。
とは言え、全裸女性に押し倒されていると考えれば確かに問題しか無い様な気もする。
そんな気配を漂わせながら、無言で近寄ったサフラが三毛の首を掴み持ち上げた。
ああんと艶気の在る嘆きを零しながら、去っていく喉毛に涙目を向けるアルフライラ。
「楽しそうだな」
「めっさ楽しいー」
再会の挨拶にしては、気の抜けた会話。
そして毛玉は板の端に置かれ、空いた手は拳に変わり少女の側頭にそっと添えられる。
ごりごりごりと、何とも言えない感情が物理で捻じ込まれつつ力無い悲鳴。
やがて創世神は煙を吹き横たわり、三毛が太腿に顎を乗せ、板がふゆふゆと漂う頃、
そろそろに中天も近くと移動を考える一同に、老いた豚人が訪れ陽除けに誘った。
「まだ完成には遠いんだがですが、本殿の屋根ぐらいは出来たんだですよ」
相も変わらぬ改め切れない粗野な言動が滲む口調で、千夜神殿を語る。
「割った岸壁から吹く水を引いて、氷室の外郭と神殿を通したんだました」
開拓4名と大神3柱が解説を受けながら移動すれば、建設途中の神殿に至った。
すかさず通りすがるサヤラーンが白猫獣神を拉致して去っていく。
あああ姉さまあああぁぁ
呼声即応、はーい姉さまですよ
お前じゃないいいいぃぃ
何か騒がしかったが、神の世界の話なのでと人々は聞かなかった事にした。
そのまま一同は数段の石階段を登り、建設途中の神殿に足を踏み入れる。
湧き水は氷室と神殿に分けられて水路を通り、時折に置かれた素焼きの筒束を潜り。
涼し気な水は濡れた筒の気化熱でさらに水温を下げ、氷室と神殿を冷やしていた。
建物を抜けた水は用水の溜池に注がれ、途中に様々な獣人たちが水遊びをしている。
「笑えるぐらい恵まれた造りじゃのう」
「これもアルフライラ様のご神徳だぜですな」
岩とは言え砂漠に隣接した土地での水の使い方に、ハジャルは少し呆れていた。
それらを可能とした、豚人族の力の入れ具合に見える本気度にも。
水路に挟まれたような石畳を歩けば、幾つかの門は出来上がっておりそれを潜る。
そこかしこに太陽と月が意匠として掘られ、繰り返される夜を表現していた。
そして物陰に潜み、思い思いに涼んでいる数多の家猫族。
「疑問、これはもはや猫の神殿では」
「猫なのだから何も問題無いのだ」
緑の妹の困惑に、板の姉から業の深い答え。
遠い目をした詩神の視界に、水路を流されていく猫人が見えた。
何か色々と諦めた表情で流れに身を任せ、流されながら涼んでいる。
「幸い、飲用にも適してんでおりましてな」
「何じゃろう、言葉が紡がれる度に贅沢度が上がっていっておる」
やがて屋根の在る本殿の手前、水汲みの場の如くと造られた水槽が在る。
水流に晒すように網籠が置かれ、上には布が被せられていた。
老豚人は布を取り、籠から幾つかの瓜と胡瓜を取り出して配る。
水流に冷やされた果物は、濡れた布の気化熱でさらに冷やされており、
灼熱と化していく夏の南中に、異界染みた冷気を醸し出していた。
「豚人の知識と技術ってやっぱ凄いわねー」
ぼりぼりと胡瓜を齧りながらマルジャーンが嘆息する。
言いながら入った本殿の屋根は高く、冷えた床には所々家猫族が伸びている。
中央の祭壇の上には、悪魔の言語で代理と書かれた焼き物の招き猫。
「確信、やはりここは家猫神殿」
詩神ジャマールの断言には、微塵も反論の余地が無かった。
「もうそれで良い様な気もする」
「本尊が認めるな」
流される創生神の頭頂に、ずびしと入る豚人族の信仰を代弁したサフラの手刀。
パタQと倒れ煙を吹く少女に、寄ってきた家猫たちが続々と積み重なっていく。
「して、アフダル神が何故アルの奴を拐かしたのかは、聞いても良いのかの」
毛玉の山と化していく板から目を逸らし、砕いた瓜を齧りながらハジャルが問えば。
「訂正一個、私は吟遊詩神ジャマール・シャムス」
本殿の石畳に座り込み、五弦を爪弾きながら詩神が応えた。
「そうですね、急に姉が来たのでその場のノリで」
「ナハース神に徹底対策した黒の法陣を潜り抜け、神殿を植物で覆った上での」
張り付いたような微笑の互いが、しみじみとした声色で会話を続ける。
「驚愕、恐ろしい偶然もあったものです」
「流石に大神の偶然は、桁が違うのう」
面の皮が拳よりも厚そうな1人と1柱の脇で、他3名は毛玉山に集まっていた。
重量的にやばそうな位置に居る家猫の首をサフラが摘み、場所を修正する。
タサウブが瓜を割って渡し、マルジャーンがアルフライラの口に捻じ込んでいく。
しばし同行していたせいか、開拓少女も創世神介護に結構慣れてしまった様だ。
「何か真面目な事を話していそうですけど、良いんですか」
「聞き流しなさい、伝染るわよ」
具体的に言えば、面の皮の厚さが。
などと中堅開拓者に、上澄みからの有難い教授が齎されれば。
酷い言われ様だと苦笑する1人と1柱が、果実の合間の冷水を口に含み。
しばしの静寂が神殿に積もり、弦の鳴らす音階だけが石畳に響く。
「正直、過去の清算を試みたいのですよ」
やがてぽつりと、放浪の詩神は言葉を零した。
「同行要請、姉さんをかつて緑の神国と呼ばれた土地に」
自分だけではどうにもならないのでと、緑の大神の本意が述べられた。