神は、高慢の元に嘲笑を以って追い払われた。
緑の髪を流す、長い耳の女性は静かに歩んでいく。
何事にも役に立たず、さらに王の意に添わぬ駒など要らぬと。
石と罵声を浴びながら、神殿造りの城郭を抜ける。
「やれやれ、少しは手心が欲しいものだよ」
緑の髪に絡みつく、小石を払いながらの嘆息。
背後に遠ざかる森人の王国は、悪神追放の歓喜に沸いていた。
とぼとぼと供も無く単身、アフダルは街道を歩み続ける。
青空の下に見えるのは、整備された道と左右に並ぶ森林。
「わずか数代、理想は腐りて遺志は恣意的に歪められ」
何という徒労感と、溜息が風に散った。
左右の林からは様々な音。
動植物は蠢き、砕き潰れる音と、血の臭い。
「まあ、これもまた民の選択か」
もはや、我がとは付かぬ。
刺客であった肉塊が土に埋まる頃になれば、都は既に視界に遠く。
緑の大神は視線を切り、果てしなく続く未開の大地へと目を向けた。
「答えには到達、神としての義務は終わった」
人は人として生まれ、人としての責任のままに生きて死ぬ。
生老病死、喜怒哀楽の全ては人のままに、人が得る。
望むと望まざるに関わらず。
「かつて我が民が望んだ、夢の形とは違い過ぎても」
そこにはもう、神は居ない。
一歩、踏みしめた。
「例え、模範解答には遠くとも」
歩を進める。
もはや緑の答えは出た、出てしまった。
整備された街道が砂利に変わり、土が露出する物に変わっていく。
月と太陽が幾度も巡り、何もかもを終えた大神の抜け殻は歩み続ける。
川で服と身体を洗い、獣道は草木を移動させ歩み易く変える。
どこまで進んだのか、陽が沈む頃には海原が見えた。
自分が今、どこに居るのかも正確にはわからない。
ただ、代り映えの無い景色の、突然の変化。
終には辿り着いたと、そんな諦観が神の思考に浮かんだ。
そして宵に浮かぶ星月の下で、久々に息をした気分に成る。
月明かりの下で水平線が、世界の果てを誘っていた。
「先史では、海の向こうに楽園が在るとか言われていたんでしたっけ」
水平線の果てにそれは在るのか、それとも此処が楽園であったのか。
馬鹿馬鹿しい思考が、神の表情に苦笑を生む。
「今度こそ自分だけの、新しい夢でも探しに行きましょうか」
浮かぶ月に、懐かしい人の名前を思い出した。
大神を失った森人の国は衰退を続け、やがては消滅の憂き目に逢う。
残された民は森に還り、精霊の加護の元に静かに暮らし始めた。
神よりの自立を謳った賢王の志は歪められたままに消え果てて。
ただ亡国の愚王が、晩年に大神の行方を捜していたと伝わる。
後にジャマール・シャムスと名乗る。
神国の狭間を歩む吟遊詩神の旅は、この様に始まった。