砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-01 昼と夜の狭間

 

太陽も傾き、地平の砂塵に朧と溶けて空を茜に染めた。

 

【挿絵表示】

 

気が付けば晩夏に至り、平原を渡る風もそれなりに涼し気な物に変わる。

ペル・アビヤドから少し離れた空き地で、炭火で焼かれた羊肉の煙が風に流された。

 

こんな感じかなと聞くアルフライラに、そうそうと答える穴居人の若者。

若者ではあるが、小さく頑強な体躯に濃い髭面の年齢不詳である。

 

「霊峰の方に住んでる奴らの流儀だと、こんな感じだったわ」

 

穴居人は鉱石を求めて世界の様々な山を渡っており、各地に土着している。

故にその文化も雑多であり、飲食に関してもまるで統一性が無い。

 

それはそれとして、つまりはご当地の名物料理と言う物が存在すると言う話で。

 

今回、隠れ里の穴居人と交流の在る霊峰の穴居人のレシピが、幾つか神に捧げられた。

 

そしてアルフライラは、鉄串を打った羊肉を炭火でじっくりと焼き上げる。

まあ炭火の前でくるくると串を回しているのは作業用ハンドで、本神は板上だが。

 

直火焼き(バラ)、蕃椒と大蒜を主として鬱金などの香辛料を混ぜ込んだ調味液に、

一口大と言うには気持ち大き目ぐらいの羊肉を漬け込み、炭火で串焼いた物である。

 

調味液と炭火で濃い色になった外側と、遠赤外線で柔らかく火の通った鮮やかな内側。

 

歯応えと柔らかさの両立した串焼きは、容易く開拓呑兵衛妖怪ペアの心を鷲掴みし、

焼いた端から消費されては杯が空き、杯が空き、杯が空いて、そして杯が空いた。

 

杯に入っているのは、蒸留器から造られた透明度の高い液体。

 

霊峰の穴居人は呼ぶ、生命の水と。

 

これを使うと葡萄酒や麦酒の様な果実や穀物の溶き水が、本物の酒に成ると言う。

穴居人集落には必須の魔法の水であり、それを造るための機器であった。

 

「えっぐいぐらい、酒精が強いわああぁ」

 

そして板に上半身を倒れ込ませたマルジャーンに、渡される冷水。

 

「穴居人の焼き酒、恐るべしじゃなあ」

 

板の端に背中からもたれ、焦点の在ってない瞳で前衛的な姿勢のハジャルが零す。

調理担当神は作業用ハンドの数を増やし、冷水を入れた杯を忙しく配り出した。

 

「ちょっとここまでの惨状になるとは、思わなかったのだけど」

「料理が単純なだけ、逆に破壊力が酷かったな」

 

食べる暇も無くハンドを操作する少女に、他人面をした剣士の感想。

その片方の手にはしっかりと串を握り、杯は板に引っ掛けられている。

 

「霊峰聖域の部族だと言語が違い、直火焼き(ウォー)と呼んでいたなあ」

 

気が付けば穴居人の若者は、何もない空間に向かって淡々と語りかけていた。

 

「実は結構回ってるな」

「水、用意するね」

 

見てわかる現状を言葉に変えたサフラと、冷静に仕事を追加するアルフライラ。

そして水も回り、ようやくと作り手が串焼きを齧れば、ふらりと来客が在る。

 

「千夜神にご機嫌麗し、作業場に流れてくる匂いが暴力なんでわけてくだしぃ」

 

耳が長い、日焼けしていない肌の若者、材木の獣人を自称する森人(エルフ)である。

 

「神殿に飾りでも奉納するのだー」

「あ、それは言われなくてもやるんですが串はわけてほすぃ」

 

さよけと神が告げ、串焼きは若者の手に渡される。

 

味が濃いと喜びながら、手持ちの袋から乾燥させた桑の実を取り出して杯に、

生命の水を注ぎ香りと色を移しながら、割り材として置かれた氷水で割って口にした。

 

「洒落たものが出てきたねー」

「あ、要りますぅ」

 

桑の実(トゥトゥ)、春から夏にかけて収穫される果実であり、干して保存される。

完熟時は紫を煮詰めた様な黒となり、何かに混ざると容易く対象を紫色に染める。

 

なので捧げられた果実を底に顔の在る硝子の杯に入れ、生命の水と氷水。

そんな事をしたアルフライラの手元には、紫色に染まった水割りが出来上がった。

 

「底に、顔、だとぉ」

「杯に顔が在っても良いじゃないかー」

 

何か神と職人の間に芸術が爆発している横で、静かに杯を傾ける他人面の剣士。

 

「そう言えば、森人の国ってどんな感じなのかな」

「いあいあ、国と言うよりは村って感じですねぅ」

 

いつの間にか陽の傾きも極まり、空の紅を宵の色が駆逐していっている。

両手の空いたサフラは、そっと無言で泥酔死体たちを板と火の元から遠ざけた。

 

「気の良い連中ですそ、只人が村長になるぐらぃ」

 

聞けば土砂崩れで村落滅亡の危機が訪れた時、ふらりと東方から訪れた純粋人間種が、

あれこれ差配して村を立て直す内に、何故か村長になっていたと軽い口調で語る。

 

「まあ短命種なので、もう精霊の御許に招かれましたが」

 

それはそれとして残された東方式の木工の業で、自分は身を立てようと村を出てきたと。

 

そんな事を語る横で、死体の処理をどうしようかと悩む剣士の姿が夜に霞む。

夏も終わり、岩砂漠の外とは言え隣接地故に、夜の冷え込みは無視できない要因である。

 

「長閑だなあ、帝国の皇女さんはいけすかない連中とか言っていたけど」

「ああ、それは高原住み(ハイエルフ)の連中でそぅ」

 

古代語の意味は正確にはわからないが、高い森人とか言う意味らしいと補足。

その横で軽く頭を掻いたサフラが、板に乗せれば良いかと言い出しそうな表情をした。

 

「とすれば、とりあえず目指すのは森人村かなあ」

 

言っている神の後ろで、着々と酔っ払いが板に押し込まれていた。

振り向いたアルフライラと、サフラの座った眼が交差して静寂が訪れる。

 

そして、それを破る切なげな叫び。

 

「何故だい、何故逃げるんだい黒曜の君よッ」

 

声から距離を取る様に、四足歩行で疾駆していた黒毛の敷布団筆頭家猫族は、

板上に飛び乗り酔っ払いを足蹴にし、潜り込むように飼い主の背中に巻き付いた。

 

突然の猫型ソファーに無言で身体を沈める姉と、駆け寄ってくる緑の妹。

 

姉さんずるいと言いながら、即座に手を伸ばせば黒猫の後ろ足で叩き落とされ、

叩き落とされ、叩き落とされ、叩き落とされ、いい加減にしろと姉の作業用チョップ。

 

その間アルフライラ本体は、杯を持って毛玉に寝そべりうあーとか言っていた。

 

「猫に嫌われる系の猫好きか」

「驚愕、聞き捨てならないその評価ッ」

 

サフラの端的な評価に、衝撃に表情を染めた大神が大袈裟に振り返る。

 

「喧しい、構い過ぎる、動作が大袈裟、眼力が強い、顔を高い位置に置きっぱなし」

 

毛玉に埋まる好かれる系猫好きが指折り数え、妹の背中に言葉を投げれば、

急所に的確に直撃し続けた様で、真っ白に燃え尽きて体前屈の敗北者。

 

そして杯を傾けながら、アルフライラは流し見た。

 

一連の騒動を気にも留めずに、無心に串焼きを頬張る森人の有様を。

 

「ややこしい事になっていそうだなあ」

 

黄泉帰ったジャマールは諦めずに黒毛玉に飛び掛かり、障壁に阻まれずり落ちる。

少女はとりあえずと酒精で喉を焼き、毛皮の上で脱力をした。

 

その横で、サフラは静かに酔い潰れた穴居人を障壁内に捻じ込んでいた。

 

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