砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-02 東西の坩堝

 

暫定的な正門に篝火は焚かれる。

 

ペル・アビヤドは今なお拡張を続けているため、都市の大きさが定まっておらず、

堀も城壁も設置は後の時代の事と、現状は簡素な柵と兵士で間に合わせている。

 

そして仮正門には門衛と共に篝火が置かれ、宵の口には人が屯していた。

 

時間遅く、商会に荷物を預けられなかった隊商や宿の取れなかった旅人、

それらを目当てに小売りを望む屋台と、軽く露店に励む旅商人。

 

都市外の小規模な夜市は日々を生きる住人の娯楽でもあり、

割符を持って内側から小銭を使いに走る数寄者の数も幾らか。

 

そして例によって例の如く、怪談染みた美貌の板少女と大柄剣士の美人局屋台は、

カチ割り氷を盛大に叩き売り抜けて、小銭を積み上げる結果と成って終わった。

 

「夏も終わるせいか、意外に売れ行きが鈍かった」

 

とは言え売り神は、結果に至るまでの経緯に多少の不満が残った有様である。

微妙に思案顔で瞼を閉じながら、夜市で購入した哈密瓜を板上で転がす。

 

ごろごろと幾つかの瓜が転がり、適度に冷却された頃には宵も更けて。

 

「おーいサフラ、こっちだこっち」

 

声の主は知己である、剣士サフラが以前に在籍していた元傭兵団の軽薄善人。

 

「何で居るんだ」

「買い出しだよ、買い出し」

 

小さな集団が囲んでいる焚火に誘われ、寄ってみれば結構な割合が知った顔。

元傭兵団関係者が軽く会釈をする横で、何やら濁り酒を傾けるマルジャーンが居た。

 

「何故に居る」

「この買い出し部隊、珍しい酒を持ち込んでんのよお」

 

サフラの問いにはご機嫌な返答、集団の女衆に混ざり杯を掲げる飲酒妖怪。

 

「軽い酸味の濁り酒だけど、その割に何かさっぱりしてる」

「火を入れた稲酒よ、要は米で作った麦酒ね」

 

薦められた杯に口を付けたアルフライラが感を述べれば、マルジャーンが語る。

 

稲芽を使い麦酒の様に造られた酒、先史ではライスビールと分類されていた。

麦ではなく米を使うため従来手順では醗酵が弱く、米麹を足している。

 

東西の酒造が交わる、交易路で生まれた品目であった。

 

「脳が溶けるうううぅ」

 

そしてアルライラが切り分けた哈密瓜を齧り、溶け崩れる飲酒妖怪。

何事かと少女が一切れを口にすれば、瞼を細め遠い目で涅槃を見る静寂の刻。

 

「試食、だと、さっぱりな甘さ、歯応え、のに」

 

試食だとサッパリとした甘さで歯応えも良く、それでいて口の中で果肉が解け、

そんな食べ易い果実であったのに、何なのかなこの甘味の結晶みたいなだだ甘は。

 

とでも言いたいのだろうと察したサフラが、少女にそっと酒を注ぐ。

 

「哈密瓜は、物の差が大きいからな」

「いやもうこれすでに、べつのくだものお」

 

口を酒で濯いだ虚弱な神は、衝撃のままに板へと倒れ伏した。

残った哈密瓜を齧り、酒で洗う剣士は訪れた静寂に癒される。

 

―― ペル・アビヤドに咲く白い薔薇よ

 誰も知らぬ麗しの薔薇

 

騒めきの響く宵の静寂に、どこからか聞こえてくる五弦と美声。

何か聞き覚えのある白猫獣神の叫びも響き、そっと遠くに視線を飛ばすサフラ。

 

「サフラよ、アルちゃん様は大丈夫なのかそれ」

「ここまで甘いのは俺の記憶にも無いな」

 

嚙み合っていない様な会話でも、付き合いの長さか納得した様に頷く問い手。

 

「北方に王に献上する特別なヤツを育ててるって言うが、それかもな」

「ああ、神殿に持っていくヤツの余りを売っていたのか」

 

旧知が穏やかな会話を繋げる横で、アルフライラは甘さに痺れて痙攣をしていた。

 

―― もし彼女とまた逢えるのなら

 もう二度とその手を離しはしない

 

 ぎにゃーッ

 

 ちょ、ちょっと獣神様発狂しているけどッ

 

 素晴らしいですな、採用で

 

吟遊詩神一行と獣神と従者の声が聞こえた気がしたが、幻聴であろう。

やがて復活した少女は、倒れたままにごろごろ転がりながら元傭兵に問い掛ける。

 

「そう言えば買い出しとか言ってたけど、普段は何やってんの」

「あれ、言ってなかったか、普段は村の運営で開拓や傭兵は出稼ぎなのよ」

 

気楽な声色で板に転がる神からの疑問に、肩を竦めて応える元傭兵。

どこぞの剣士が抜ける時に騎士爵を断るから、俺なんかが村持ちの羽目になったと。

 

「傭兵団への褒章で団長が土地ごと買爵したはいいけどよ、貧乏なんだわ」

 

放置すれば餓死者が出る程度に。

 

隊長格の騎士爵と寄り子の平騎士、そして貧しい領地を比較的安価で購入した結果。

そんな事を横の大柄な剣士にジト目を向けながら、淡々と語った。

 

「抜ける人間が貰ってしまうのは、義理に反するだろう」

「前線で斬り合い続けてた奴に何も渡せねえ方が、不義理極まるっての」

 

言い訳の様な言葉を、否定する様に咎める言葉。

 

「てわけで俺の村にてめえの畑を確保してるから、路頭に迷ったら顔出せよ」

 

言ったきり顔を背け、大剣使いに目線を合わそうとしない元同僚。

何と答えるべきかと迷ったサフラは、結局は何も言わずに頬を掻いた。

 

微笑ましい物を見つめる顔の集団の面々の横で、我関せずと酒を汲む飲酒妖怪。

訪れた静寂に、遠く詩神の美声が紛れる様に響く。

 

―― いつか来た道を辿り共に歌おう

 翡翠の地に咲く麗しの薔薇のために

 

やがて宵も更けて物音も若干に収まった頃に、ハジャルが面々を見つけ声を掛けた。

 

「何じゃ、変な所に揃いおって」

 

杯を受け取りながら告げる、隊商との契約が纏まったと。

 

「紅玉平野を千夜湖側から抜けて、青の古都に向かう隊商護衛じゃ」

 

かつて青の大神が拠点として使ったと言われる、帝国内の青の街。

森人が居住地としている、緑の密林に隣接する港湾都市である。

 

そして神は耳を塞ぎ蹲り、そっと地名を聞かなかった事にしていた。

 

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